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9、不整脈は疲労でも起こります

 落ち着いた雰囲気の部屋にハーブの香りが漂っている。クラウドは目の前に置かれたティーカップに口をつける。

「……落ち着くな」

「そうでしょう。これはリラックス効果がありますから」

 自分の分も淹れ終えたエリーが、クラウドと向かい合うように座る。

 しばらく二人はのんびりとお茶を楽しんだが、そう時間もないクラウドが切り出した。

「侯爵家の令嬢に会わなくてはいけなくなった」

 エリーは大きく目を開いてから、少しだけ首を傾げた。

「まぁ、どうしてですか? 用事は侯爵様にではなかったのですか?」

 エリーは尋ねてから、聞いてはいけなかったかとクラウドの様子を窺ってくる。その奥ゆかしさに、クラウドは今回の訪問について教えてしまう。

「実は、王子妃候補になることを了承してもらうためにここへ来たのです」

「……直接、頼みに? そういうことは親を通して申し込むのかと思っていました」

 エリーの疑問はもっともで、それを晴らすにはこれまでの経緯を多少話す必要がある。

「侯爵殿には先に相談した」

「では、侯爵様は何と?」

 噂話を好むようには見えないエリーだが、この話にはずいぶん食い付くとクラウドは驚く。

「一度は断られたが、しつこくお願いすると、娘を説得してみろとの許可がおりた」

「ふーん……丸投げ。侯爵らしいっちゃらしいけど」

「エリー?」

 一人納得するエリーの様子がさっきまでと違いすぎてクラウドは思わず呼び掛けてしまう。

「はい?」

「い、いや……それでエリーは令嬢エアリルのいる場所を知らないか?」

「御令嬢に会って、どうなされるのですか?」

 この流れなら答えは決まっているのにエリーはクラウドに尋ねてくる。

 クラウドはエリーについて多くを知っているわけではないが、察しが良いと評価していたため意外な質問だと思う。

「それはもちろん、王子妃候補となることを了承してもらうため説得する」

 当然だとクラウドは答えるが、エリーはそうではなかったらしい。

「それは駄目です!」

「えっ?」

 思いもよらぬ反論に、クラウドは固まってしまう。

「女心がわかっていませんよ! 親から強制されているわけじゃないのに、説得に応じる必要なんてないのですから」

「だ、だが……ふさわしいと思うから頼むんだ。説得と言わず何と言う?」

「そうなんですけど、違うんです!」

 少し興奮した様子のエリーは、今までの落ち着いた雰囲気から一変している。

「違うとは一体?」

 すっかりと押されているクラウドは、おそるおそるエリーを窺う。エリーはそんなクラウドと目を合わさせるとしばらくじっと見つめてから、何度か瞬きして気まずそうに笑う。

「失礼しました。ちょっと興奮しちゃって……」

「いや、エリーの意見を聞きたい」

 クラウドは女心などわからない。だから、エアリルと対面する前に学んでおくべきだろうとエリーに助言を乞う。

「いえ、私の意見など……」

「ぜひ、聞きたいのだ」

 恐縮したように小さくなっているエリーにクラウドは身を乗り出して頼めば、ようやくエリーは口を開く。

「えっと、つまり私がクラウド様にふさわしいと、突然結婚を決められたら困るでしょうという話で。ですが、エアリルは強制されているわけじゃないから私が大きい顔をしてどうこう言う問題じゃないので……」

 しどろもどろに言い訳するエリーが侯爵令嬢のことを親しく呼んだが、クラウドはそれどころではなかった。

(エリーと俺が結婚……)

 クラウドはエリーとの結婚生活を想像した――


「今日も一日疲れた……」

 仕事を終えて邸へ帰ったクラウドを執事より先に妻のエリーが迎えてくれる。

 栗毛の髪を高く結い上げ、背に少し流した流行の髪型に華美過ぎないが上品かつ繊細なドレスを着たエリーは美しい。

「おかえりなさい。今日も一日お疲れさまです」

 柔らかな笑みに癒されて、クラウドは邸に入る。

 結婚してから早一月、まだまだ甘い蜜月だ。

 王都の教会で挙げた式は、つい昨日のことのように思い出される。

 シルクの手触りが良いドレスに身を包んだエリーの姿を見れば、その日ばかりは王子からいくらからかわれても我慢ができた。

 おそるおそるレースのヴェールを上げてした口づけを思い出すように、クラウドは妻に日課の帰宅のキスを落とす。

「毎日待たせてすまない。さぁ、夕食にしよう」

 どんなにクラウドの帰宅が遅くてもエリーは帰りを待って二人で夕食を共にする。このためにクラウドはなんとしても早く仕事を終わらせようと奮闘しているのだ。

 テーブルに並べられた料理はクラウドの体調を考えてエリーがコックと相談し決めてくれている。

 クラウドはこんなに幸せなことがあっていいのかと、一口、一口を噛み締める。

「最近、胃の調子がいいんだ」

 クラウドは胃のあたりを手で押さえてエリーに笑いかける。

「まぁ、それはよかった」

「エリーが邸へ来てから食事は旨い、生活は穏やかに、おまけになぜか王子も大人しくなって仕事もはかどる」

 エリーと結婚してから良いことばかりだとクラウドは喜ぶ。

「王子が大人しいのですか? 本当に?」

 エリーが迫ってくるのは嬉しいが、何かおかしいとクラウドは唸る。

「王子が大人しい……大人しい? そんなことあるか? いや、疑うな。心を入れ替えてくれたのだ。何も心配することはない」

 両手でエリーの小さな手を包み込んだクラウドは、そのままゆっくりと瞳を閉じる。

「誰が心を入れ替えただ! どこにそんな必要があるという。まったく、しばしの蜜月を味合わせて仕事を増やそうとする飴とムチ作戦だったが、ばらしてしまったではないか」

 最高に良い雰囲気をぶち壊したのは、クラウドの主にしてこの国の王子レイバンだった。

「邸まで押し掛けてくるとは……」

「側近とは主と一心同体、公私の別があると思うな! 面白いことは、すべてさらしてもらう」

「こんなところまで追い掛けてこずとも、自分だって結婚したのですからそちらで楽しんでください!」

 胸を張る王子にクラウドは精一杯抵抗する。

「んっ? 結婚? 誰が、誰と?」

「誰と……そ、それは、そう! フレデリック侯爵の娘とです。苦労して説得し、俺たちより早くにしたでしょう」

「何を言っている? 結婚などしていないぞ。クラウド、お前もな」

 当然のように言ってくる王子にクラウドは嫌な予感を覚える。

「しましたよ……俺たちは」

「いいや、していない。なぜなら、エリーは俺様と結婚したのだから!」

「な、ななな何を」

 すぐ近くにいたはずのエリーがいつの間にか王子の腕の中にいるのに気が付いて、クラウドは慌てる。

「クラウド様、クラウド様!」

「エリ――――」

 助けようと伸ばした手が空を切る。

「クラウド様、クラウド様。どうしたのですか?」

「えっ?」

 エリーの問いかけに、クラウドの意識は現実に戻された。


「あっ、えっ……王子は?」

「王子ですか?」

 訝しがるようなエリーの表情に、クラウドは今まで白昼夢を見ていたことに気付く。

 ちょっとした想像から妄想へと変化し、最後にはとんでもないものを見てしまったとクラウドは汗を拭う。

「大丈夫ですか? やはり具合が悪いのでは?」

エリーがクラウドの顔色を確認するために近づいてくる。

「ああっ、だ、大丈夫だ。なんだか急に鼓動がおかしくなって……脈が落ち着かないだけだ」

「大変! 不整脈は心臓病ではなく疲労でも起こるのですよ」

 エリーが薬箱を漁りはじめる。

「たいしたことはない」

「そんな、いけません。侯爵領で大病を引き起こしたなんて名折れです」

 意外なことを気にするエリーにクラウドはされるがまま、様々な診察を受けることとなった。


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