4.デートに行こう
今日はデートである。
神殿まで迎えに来てくれたジェラルド様は、わたしの姿を上から下まで見つめて、開口一番にいった。
「聖女としての装い以外ろくな服を持っていないと昨日の夜に気づいて、大慌てでシスターたちに助けを求めた結果ですか?」
「……正解です……」
白のブラウスに白のロングスカート、いかにも神殿関係者という格好だ。わたしはうなだれるしかなかった。
※
ジェラルド様が『プラスの百点になったら俺は君に心奪われたと認めましょう』なんてテストの課題みたいなことをいい出してから二週間。
現在のわたしのポイントはマイナス55点だ。
おかしい、どうしてこんなことに。
ジェラルド様を誘惑しようと日々がんばっているのに。
愛読書を参考に「お仕事お疲れさまです♡ 紅茶にしますか? コーヒーにしますか? えっ、わたしがいいんですか? もう、ジェラルド様のエッチ♡」と小芝居をしたら減点30点になったのは今でも納得いっていない。
大幅な加点を狙って、わたしがジェラルド様を外出に誘ったのが昨日のことだ。
「遊びに行きませんか? ジェラルド様にも息抜きが必要だと思います」
「おや、デートのお誘いですか?」
「……交際してない内からデートとは呼ばないと思いますけど、ジェラルド様がわたしを大人の女性として扱えるならデートでいいですよ」
動揺を隠していい返す。
するとジェラルド様は目を細めて楽しそうに笑った。
「それでは明日、君をデートに迎えに行きましょう。……大人の男としてね」
意味深な響きに、含みのある眼差しだった。
どくんと心臓が跳ねる。
ぼうっとしたまま神殿へ帰り、ぼけっとしながら夕食を取って、明日はデートなんだ……と思ったところで、わたしはようやく正気に返った。
「明日!? 早すぎる!!!」
確かに明日は聖女の休日だ。デートにはぴったりだろう。
でも、何事にも準備というものがある。
わたしは慌ててクローゼットを開けた。
聖女としての装いは神殿が管理しているから、ここにあるのはわずかな私服だけだ。それも学園に通っていたときの制服や、変装用のシスター見習いの服だけ。今までもジェラルド様に連れられて街へ出かけたことはあったけど、いつも変装用の服で済ませていた。普通の服を買ってもどうせ着る機会なんてほとんどないんだから、お金がもったいない。有事に備えて貯蓄しておこう。そう思っていた。
「……でも、デートでこれはないよね……」
変装用のシスター見習いの服をもって鏡の前に立つ。
そこには長く伸ばした栗色の髪と薄茶色の瞳を持つ、平凡なわたしが映っている。普段は顔を隠しているため、世間では聖女は女神のような美しさだといわれているらしいけれど、実際はごく普通で平々凡々だ。桁外れの美貌というならジェラルド様のほうがよほど当てはまっている。
わたしは頭を抱えた。
今まで何度もジェラルド様が服やアクセサリーを買ってくれるというのを断ってきた報いがこんなところで来ようとは。
一人でしばらく考えてみたものの、名案は浮かばない。わたしは助けを求めて部屋を飛び出した。
※
シスターたちは全力でわたしの力になってくれた。
ただ、聖女の側近に選ばれるシスターというのはキャリアが長く人脈が広い女性ばかりなので、全員わたしより二十歳以上は年上だ。皆の手持ちの服を代わる代わる貸してもらっては試着してみたものの、最終的にはいかにも神殿関係者らしい白のブラウスと白のロングスカートが最も無難だという結論に落ち着いた。
シスターたちに頼んで長い髪は結い上げてもらっている。綺麗にメイクもしてもらった。服だけがどうにもならなかったのだけど、ジェラルド様は予想していたらしい。軽く頷いていった。
「まずは服を買いに行きましょうか。今日は俺に贈らせてくれるんでしょう?」
「もう子供じゃないんですから、服くらい自分で買いますよ」
「モニカ、君が大人の女性のつもりなら、俺からのプレゼントは当たり前の顔で受け取りなさい」
優しいのに有無をいわさない口調だ。この人は命令することに慣れている。
素直に頷くのもなんだか悔しくて、わたしはジェラルド様の傍に身を寄せた。怪訝にこちらを見下ろしてくる薄い青の瞳に、愛読書を参考にして囁きかける。
「いいんですか、ジェラルド様? デートで服を贈ってくれるなんて、わたしを脱がせたいという意味なのかと勘違いしてしまいますよ?」
「………………勘違いではなくして差し上げましょうか?」
ひっ。
ジェラルド様がとても怖い眼で笑った。
「いいですよ、モニカ。君が望むなら、行き先は俺の寝室へ変更しましょう。───君をベッドに押し倒して、服の上から全身を余すところなく愛して、君がじかに触れてほしいとねだって泣きじゃくるまで焦らして差し上げます。手加減せずにね。君が泣いても許さない」
わたしは真っ赤になったまま固まった。
すると薄い青の瞳の怖さが少しだけ和らいだ。わたしの反応を楽しむようにジェラルド様の唇が上がる。
途端に負けたくないという気持ちがむくむくと湧いてきた。なんの勝負なのかと聞かれたら答えられないけれど、いいようにされっ放しではいられない。
「ジェラルド様……」
「反省しましたか? 後先考えずに滅多なことを口走るものじゃありませんよ」
「……いつも守ってくれるあなたがわたしを泣かせるはずないです……!」
ジェラルド様が虚をつかれたような顔をする。
大きく見開かれた青の瞳と、わたしは無言で見つめ合う。
やがてジェラルド様はわたしから離れると、これ見よがしなため息をついた。
「この中途半端に箱入りで世間知らずで妄想癖だけ育った小娘が。君の愛読書をすべて焚書してやりたい」
そしてぎろりとわたしをみて冷ややかに告げた。
「減点二十五点です」
「また増えた!?」
「よかったですね、モニカ。マイナス百点まで残りわずかですよ」
「あの、もしマイナス百点に達した場合、わたしはどうなるんでしょうか……?」
ジェラルド様は反社会的組織の若頭のような顔で笑うだけで答えてくれなかった。




