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真似できるもんならやってみなさい  作者: 佐伯帆由


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中編

 一年ぶりの祖国は、少し変化していた。ファッションはずいぶん隣国の影響が見られるし、女性たちの顔は明るくなっている。商人たちの台頭も著しい。変化しているのだなと感傷的になった自分に気付いて、私は苦笑した。

 久しぶりの学園で復学手続きを終え食堂に入ると、昼食時で賑わっていたが、カレンの姿はすぐに見つけられた。

 だって、一年前と全く同じ服装、髪型。変化がないのだ。あの時から、少しも。一年も経てば流行遅れなのに。

 真似する相手がいなかったからだろうか。


 カレンも私に気付いて声をかけようとしてきたが、私の髪を見て絶句した。


「リリー、髪を切ったの!?」

「ええ。久しぶりねカレン。最初の一言がそれ?」


 周りが私たちに気付きヒソヒソと話し始めると、カレンは素早く周囲を見回して声を張り上げた。


「遅かったじゃない、すぐに帰るとか言っておいて。やっぱりあなたの言葉は信用できないわ」


 ……これを周りに聞かせたかったのか。引きつりそうになる表情をおさえて、私も音量を上げた。


「まあひどい。お祖母様のご病状は、ずっとお知らせしていたでしょう?離れるに離れられないって、あれほど説明したじゃない」


 私の言葉に、周りからは動揺が伝わってきた。私の不在を捻じ曲げて伝えていたんじゃないだろうか。カレンは慌てた。


「だからってそんなに短く切って……」

「……お祖母様がついに虹の橋をお渡りになってしまったことも、お知らせしていたわよね。喪服に気付かなかったかしら。あなたからはまだ、悔やみの言葉も慰めも、これまで一度ももらっていなかったわね。それでいきなり髪の話?驚いたわ」


 カレンは不利を悟ったらしい。口の中でもごもごと悔やみを述べ始めた。それを呆れたように眺めていた令嬢が、立ち上がって歩み寄ってきた。


「リリー・オーセベリー様。突然失礼いたします。お祖母様のこと、お気の毒でした。どうかあまりお気を落とさず。力になれることがあれば、おっしゃってくださいね」


 私は令嬢に微笑み返した。


「まあ、ありがとうございます、イザベル様。今の私には、そのお心遣いがとても嬉しいです」


 令嬢は、ぱっと表情を明るくした。


「私を覚えていてくださったのですね、リリー様」

「もちろんですわ」


 その言葉を聞いて、私たちの様子を窺っていた周りの学生たちが皆、口々に悔みを述べ、私を力付け始めた。カレンが唇を噛むのが見えた。




 翌日、講堂に入ってくるカレンを見て仰天した。彼女は喪服で現れたのだ。


「私だって喪に服すべきだと思ったの」


 カレンは私を見てニッコリと笑った。喪服でする表情じゃない。


「……悔やみの言葉も促されなければ忘れていたような人が、亡くなってひと月以上経つ今更?それにお祖母様は、あなたにとっては自分の母親の、姉の夫の親だわね?一度も会ったことはないでしょう?」

「と、遠くても親戚には違いないわ。喪服を着る権利はあるわ!」

「……権利……?」


 私は首を振ってため息をついた。


「あなた、ちっとも変わっていないのね。驚いたわ」


 周りの学生は、眉をひそめて視線を交わし合っていた。



 戻ってすぐ、私は隣国で磨いた理科学分野での学力を発揮しはじめた。人間、どんなことでも突き抜けた存在は一目置かれるものだ。見下していた連中が見る目を変えるのは割とすぐだった。私に成績でコテンパンにされて憎悪を募らせる輩もいたけど、「悪口でなく成績で見返してくださいませ、()()()皆様ならきっとすぐにおできになりますわ」と大差をつけた順位表の掲示板の前でにっこり笑ってやったら大人しくなっていた。

 カレンも、私を真似して理科学分野に挑戦してみたものの、全く歯が立たなかったようだ。私にひっついて数学の授業を受けようとしたが、教室いっぱいの学生の前で教授の質問にひとつも答えられず、聴講すら拒否され一人教室から出て行かされていた。

 その様子はその日のうちに噂になっていた。隣国ではこう言う状況を「ざまぁ」と言うらしい。ざまぁ。



 私の所作が優雅だと言ってくれる人が増えたので、運動をしていると伝えると、教えて欲しいと請われるようになった。淑女方に一番広まったのは乗馬だ。隣国で乗馬が静かなブームになっていたからだが、私が乗馬の楽しさを力説したからもある。少しは私の味方をしてくれた家族の役に立てたと思う。我が家の特産品は馬なのだ。

 カレンは動物が嫌いだ。馬場に見学に来てすぐに帰って行った。もっと早くこの手を使えばよかった。




「ねえリリー様。その帽子、素敵ですわね?リリー様の髪に、良くお似合いですわ」


 あれ以来、私はイザベル・アルデッツ嬢と、その友人のモリー・カデル嬢と親しくしている。


「実は姉も同じスタイルの帽子を持っているのですけれど、やはりこの手の帽子にはリリー様の髪型の方が格段によろしいですわね」


 モリー様も通る声ではっきりと話す方だ。


「ありがとうございます、お二人とも。この髪も帽子も、隣国で大変流行っておりますの。皆がこぞって髪を短くするものですから、髪結が失業すると嘆いておりました。でもこの髪型、維持するには頻繁に切らねばなりませんから、理髪店は繁盛しておりますのよ」


 イザベル様たちは声をあげて笑った。


「素敵、私も切ってみようかしら」

「イザベル様の髪質なら、きっとお似合いになりますわ」


 私は、後ろで聞き耳を立てるカレンに気付いていた。やっぱりなと思ったが、翌日彼女は髪を切ってきた。予想通り、似合っていなかった。周囲は、「リリー様がカレン様の真似をしてたって、本当かしら」「これでは逆ではないのか?」という声が聞こえた。カレンにも聞こえたに違いない。




「まあ素敵。隣国の最新ファッションですわね!」


 ある日イザベル様に声をかけられた。


「イザベル様はお詳しいですわ、喪が明けたので着てみましたの。軽薄な服装と言われることもありますけれど、実は隣国で百年ほど前に流行した形のリバイバルですのよ。窮屈な下着もいらなくて動きやすいし、こちらでももっと流行って欲しいと思っていますの」


 もちろん私は、後ろの方で喪服のまま立ち尽くすカレンに気付いていた。


「リリー様の細身のお体に、良くお似合いですわ。私も着てみようかしら」

「そんなことをおっしゃって、まだ髪もそのままでいらっしゃるじゃないですか」


 私が揶揄うように言うと、イザベル様はニヤリと笑って声を張り上げた。


「リリー様の真似ばかりする方がこれ以上増えたら、困りますでしょう?」


 私はつい笑ってしまった。カレンがこちらをものすごい顔で睨みながら立ち去っていくのを目の端に捉えたからだ。


「私をまるっきり複製するのでなければ、気にしませんわ。ただのファッションの傾向ということですものね」


 その言葉を聞いて安心したのか、イザベル様とモリー様が着始めたのを皮切りに、少しずつ隣国スタイルをする学生が増えていった。

 二人はあっという間に着こなしていた。特に、高い踵の靴を履きこなす様は瀟洒で上品で、真っ直ぐ歩くだけでも日数を要した私は感嘆し、ほんの少し拗ねた。二人は拗ねた私の理由を聞くと爆笑し、彼女たちお気に入りのカフェに連れていってくれた。

 高い踵の三人が颯爽と廊下を歩くと人混みが割れるようになった。感嘆の声をかけられるようになり、私の悪評は完全に払拭された。



 私の悪評が払拭されたということは、カレンの評判がガタ落ちするということである。彼女は焦って策を弄するが、どうにも的外れで、あきれられるばかりだ。

 カレンが私の真似をしたのはもう明らかだ。なぜそんなことをするのかと直接聞いた猛者がいたらしいが、その問いへの答えもなかなかに奮っていたともちきりだ。


「だって、リリーが私に、彼女の真似をしろって強要するから……」


 強要?なぜそんなことをしなければならない。もしあの子と本当にお揃いがいいのなら、何故私はこんな服装をしているのだ。それに、もし私が、強要したとするならば、それにカレンが従わなければならない理由は?

 矛盾だらけの主張はあちこちで失笑を買っていた。



 我慢できなくなったのかもしれない。カレンはまた私の前に現れて大声を上げた。


「そうよ、私、あなたの真似してたわ。それがそんなにいけないこと?こんなに無視されたり悪口言われたりするほどのことしてないわ!」

 

 あのね、私に言われても。


「この際だから聞くけどね。本音を言えばもう、どうでもいいんだけど。あなた自分の好きな服はないの?」

「私はお揃いがいいの!でもリリー、お揃いを嫌がるじゃない!」

「当たり前でしょう?小さな子供じゃあるまいし、そっくり同じだなんて嫌よ」

「お揃いじゃないとお母様に可愛いって言ってもらえないんだもの!」


 カレンが叫んだ。私は呆気に取られ、彼女の顔をまじまじと見ることしかできなかった。


「キャサリン叔母様?」

「お揃いだと可愛いって……」


 カレンはしゃくりあげながら言った。


「ちょっと待って。一体それ、いつの話?」

「小さな頃よ、あの頃は私たち、本当に仲良しだったじゃない」


 いや、小さい頃も仲が良かった覚えはない。従姉妹というだけだった、少なくとも私にとっては。


「……子供の頃なら話はわかるわ。キャサリン叔母様も小さい頃は私の母の真似をよくしていたそうだもの。でも子供なら真似も可愛い範疇だけど、こんな歳になってもお揃いだなんて嫌に決まっているわ。

 それにね、百歩譲ってお揃いがいいなら、そうと言えばいいじゃない?だから私の真似してるって。それを、私があなたの真似をしたと主張するなんておかしいわ」


 カレンは俯いたが、顔を上げて怒鳴り始めた。


「だからって、私の悪口を言いふらしたりすることないでしょう?私、悲しかったし怖かったんだから!」

「あなたの悪口どころか、あなたの話すらしたことがないわ、こう言ってはなんだけど、あなたのこと考えるのも嫌なの」

「……ひどい、やっぱりひどい人なのね、従姉妹なのに!みんなが私のこと、悪く言ってるのに自分はチヤホヤされて」

「あら、私もあなたの流した嘘のせいで、随分と悪く言われたわ。じゃあ、あなた私とお揃いね。よかったじゃない」


 カレンは泣き崩れた。手を差し伸べる者は誰もいなかった。



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