前編
従姉妹のカレンは私と同い年。母の妹であるキャサリン叔母様の娘だ。
そして彼女は、昔から私の真似をするのが大好きだった。
「カレンは、キャサリンの悪い所が似たようね……」
ある日、母がため息をつきながら言った。私たちが学園に通い出した頃だった。
「キャサリン叔母様の?叔母様、お母様の真似をしていたの?」
「ほんの子供の頃にね。私も、キャサリンは可愛い妹だから多少は目をつぶっていたけど、あの子、何でもお揃いが可愛いと思う傾向があったの。カレンもそうなのかしらね。……ねえリリー、妹の立場から考えて、自分の姉の真似をしたいと思うことはある?」
私の姉は年が離れており、随分前に嫁いでいる。私は少し考えて答えた。
「お姉様は私の憧れですから、あんな風になりたいと思うことはありますが、カレンが私の真似をするやり方とは違うと思います。カレンときたら、私の髪型から服装から持ち物から言動まで……。でも、「そっくりね」とか「双子みたい」などと周りから言われて喜んでいるカレンを見ると、苦々しくも何も言えなくて……」
お母様は私の目をじっと見ると、ぎゅっと抱き寄せてくれた。
「お揃いも仲良しも程度が大事よね。あんまりなら必ず言いなさいね、リリー。我慢することないのよ。まずは相談。約束よ」
私はお母様を抱きしめ返した。
そんな日々が破綻したのは、私の婚約者のギルバート・メドーズが私と間違えてカレンに声をかけたことが始まりだった。
「だって君の従姉妹のあの子、リリーそっくりだから」
彼の言葉に私は唖然とした。
「私たち、そんなに似てないわ。髪色だって目の色だって全然違うじゃない?」
「いや、でも、服装なんかはそっくりだろ」
「あの子が私の真似ばかりするのよ、困っているの」
その時は彼は、肩をすくめただけだった。
「いくら親の決めた婚約者同士でも、私と他の人を見間違えたりしないでよ」
「……そうだよな、ごめん」
彼はそう言って笑った。
それからカレンは、なにかといってはギルバートに近付いて行動を共にするようになった。噂になったので訊ねても「挨拶しただけ」「リリーのことを聞いていただけ」などと言う。ギルバートからも同じような答しか返ってこない。二人が親密になるにつれ私は次第にどうでも良くなってしまい、婚約の解消を考えるようになっていたのだが。
「君に贈ったことになっている髪飾りがあったろ?君は、カレンに、二人お揃いがいいから僕から同じものを贈ってもらえと言ったのか?」
「……え?どういうこと?」
ある日のこと、珍しくカフェに呼び出されたと思ったら、ギルバートからいきなり厳しい口調で問い詰められた。
「だから、髪飾り。カレンは、「同じものが欲しい」と言えと君に強要されたと困っていた」
「まさか!あれは本当は姉からもらったのを知っているでしょう?」
姉の夫はヤキモチ焼きで、私と姉が仲が良いのに嫉妬して拗ねるので、気を回して姉からではなく婚約者からもらったことにしていたのだ。
「知ってる。そんなものまでお揃いにしたいだなんて、君はどれだけカレンの真似をすれば気が済むんだ」
……は?
「な、何を言っているの?」
「君はなんでもカレンの真似ばかりだ。服装だって持ち物だって……」
「……カレンが私の真似をしているんだって言っているでしょう!服だって物だって私の方が先に注文しているわ、商店に問い合わせればすぐにわかるし、この髪型は、姉が考えた髪型なのよ!その歳の頃の人に聞けば誰でも知ってるわ、それを私が教えてもらったのにカレンが真似したの!」
「口ではなんとでも言える。カレンは嫌がっていたぞ。君がカレンのことを真似っこなどと呼んでるってな。本当はリリー、君の方がカレンの真似をしているんだろ」
そんなことはしていないし言っていない。私は冷静になろうと深呼吸をして、じっとギルバートの顔を見つめた。
「……ギルバート。あなた、なにがなんでも私を悪者にしたいみたいね。何故?」
「……え?」
「それに、さっきからずっとカレンのことを名前で呼んでいるわね。いくら婚約者の従姉妹だからって、許されることじゃないわ」
「……」
ギルバートは口篭ったまま真っ赤になって俯いた。私は頭にカッと血が上るのを感じた。
「言っていることが矛盾しているのはわかってる?私が真似しているなら、なんで私の髪飾りと同じものをカレンが欲しがるのよ。それに私が彼女に強要しているのだとしたら、髪飾りはお姉様に頼むように言うはずじゃない、あなたじゃなくて。さっきからカレンを庇ってばかりね。カレンの方が良くなっちゃったの?それで私を悪者にしようとしているわけ?ひどいわ。婚約者の言い分より、その従姉妹の言うことを真に受けて、きちんと調べもせず貶めようだなんて」
ギルバートはグッと詰まったが、立ち上がると怒鳴った。
「君のそういう理詰めで攻めてくる感じがたまらなく嫌なんだ!カレンは嘘などついていない!」
「理詰め?馬鹿馬鹿しい。話がそんなことならば、私はもう帰るわ。大声で怒鳴って、迷惑よ」
私は荷物を掴むと、お茶代をテーブルに叩きつけて立ち上がった。扉を目指そうとすると怒鳴りつけられた。
「まだ話は終わってない!どこに行く!」
私は深くため息をついた。こんなに話のわからない人だっただろうか?ゆっくりと振り返り、ギルバートをまっすぐに見た。
「あなたは、婚約者以外の女の子を好きになってしまったのが後ろめたくて、私のせいにしようとしているだけよ」
「君はいつもそうだ、理屈っぽく小賢しい。カレンは……。最初は君に似てるから気になったが、カレンは君よりずっと、か弱く繊細で従順なんだ!」
「嘘ついて真似するような子だけどね」
彼は音もなく近寄ると、私の頬を叩いた。倒れ込んでしまった私は、痛さと驚きで涙が浮き上がってきた。ギルバートを見つめたまま涙を止められない。
「……あ」
自分の手を見て驚いているギルバート。自分で叩いたんだろうが!私は立ち上がり、一言も言わずにまっすぐ家に帰った。
頬を腫らした私が家に帰ると大騒ぎになり、家族は母を筆頭に一丸となって怒ってくれた。父と兄が交渉した結果、ギルバートの家からは慰謝料が支払われることになり、公衆の面前で令嬢の頬を叩いたギルバートは謹慎となって私たちの婚約は解消された。
カフェでの出来事はあっという間に広まり、あたかも私の責任のような噂になった。確かに私はギルバートが言うように「理屈っぽく小賢しく」、成績も上位者だったので、一部の男子に嫉まれていたのだ。「ほらみろ、成績が良くても身だしなみは人真似ばかりするようだから婚約破棄されるんだ。やっぱり女は、まずは美しく素直でないと」などと言われているらしい。特に親世代の間で。随分な話だと思う。大体、破棄じゃなくて解消だ。こんな時にこんな風に思う私は確かに理屈っぽいのだろう。
ギルバートと別れたのは、まだ仕方ないと思える。だが、解消の原因は、私がカレンを真似していることだと言われるのは我慢がならない。
「本当に残念だけど、カレンとギルバートくんは法を破ったというわけでも深い仲になったというわけでもないし、リリーの頬を叩いた件は慰謝料に上乗せしてあったし、これ以上動くことができなくてな」
「……大丈夫だよリリー、ありもしない悪評を立てられたとして調査を依頼しているから」
父と兄が交互に慰めてくれるが、どうやらあまり成果は期待できそうにない。
ギルバートはまだ謹慎している。でもカレンは私の母からの抗議でキャサリン叔母様からたしなめられたくらいで、これといった咎めはなかった。味をしめたのか、カレンはまるで何もなかったかのように振る舞い、相変わらず私を真似してくる。すごい神経だと思う。
絶対にこのまま引き下がったりしない。そっちがそのつもりなら、カレンが絶対に真似できないような私になってやる。カレンには不可能なことを成し遂げてやろう。私は奥歯を噛みながら誓った。
「え?留学!?そんな……」
学園の食堂でカレンは大声で叫んだ。周りの淑女方も驚いて、こちらに歩み寄ってきた。カレンが泣き出したのを見て、私の方を非難の目を向けてくる。大方、カレンが言い立てた嘘を鵜呑みにしている連中だろう。私は彼女らに、カレンにした説明を繰り返した。
「皆様、留学だなんて、そんな大層なものではありませんのよ。祖母の具合が良くないので、少しの間、そばにいたいと思ったのですわ」
「お祖母様ならお元気じゃない、嘘つき!」
カレンが借りたハンカチを握りしめながら叫んだ。私はカレンに向き直り微笑んでやった。
「お母様方のお祖母様じゃないわ。私のお父様方のお祖母様よ。第一、お母様方のお祖母様ならこの近くにおいでじゃないの。それを嘘つきと決めつけるだなんて、なんてひどいの。父方の隣国のお祖母様がご病気なので側にいたいのよ。それがいけないことだったのかしら」
「……そんな、勝手に決めて……」
「勝手にって、カレン。我が家の事情なのに、カレンの許可がいるんだったの?私はただ、もし万が一、このままお祖母様に何かあったらと思うと……」
そう言って涙ぐんでみせると、ようやく周りの淑女方もカレンも黙り込んだので、見物人たちがほっと息をつくのがわかった。数日後、私は隣国に渡った。
実は、お祖母様のお体の具合が良くないことは本当だが、すぐに何かあるという状態ではなかった。ご本人に、こちらに来る口実にしてしまったことを謝ると、お祖母様は爆笑した後「ダシにでもタテにでもしてもらえたなら嬉しいわ」と抱きしめてくれた。私はお祖母様の屋敷で世話になりながら隣国での生活を始めた。
まず私は、髪を短く切った。隣国で流行り始めたスタイルだ。私の髪質ならばこの髪型も容易いが、カレンが真似したら彼女のふわふわの髪では毎朝苦労することになるだろう。
次に、体を鍛え始めた。本国では淑女は体を鍛えたりしない。細くて白くて儚げなのが良いとされるからだ。だが隣国では女性も運動するのが普通で、幼い少女から年配の方まで楽しく様々なスポーツをしている。
初めのうちは全くついていけず筋肉の痛みに悲鳴をあげ涙したものだったが、本国にいる人々の顔を色々な意味で思い出しては自分を奮い立たせた。そのおかげでずいぶんと引き締まり、体も良く動くようになった。
なにより姿勢が良くなり歩き方まで変わった。私もカレンも背が高い方で、小柄が好まれる本国ではいつも背を丸め俯いていたが、今では肩を開き真っ直ぐ前を向いている上に、憧れだった高い踵の靴も履きこなし、走っても立ち続けてもフラつかなくなった。礼だって美しくなった。
優雅さって筋力がいるのだな、と思い知った。
それから学問。本国では女子に対する教育は、もっぱら語学や文学だ。だが隣国では違う。私はできるだけ本国の淑女たちが選ばなそうな理系分野を積極的に学んだ。これが大ハマりした。特に数学は楽しくて、これほど面白いものを「淑女だから」と遠ざけていたことが悔しくなるほどだった。「理屈っぽい」私には向いていたのかもしれない。私はあっという間に実力をつけた。これなら本国の男子学生らも蹴散らすことができるだろう。
自分でも変わったと思う。今までは傷つけられても波風を立てるべきではないと飲み込んでいた。……いや、それは嘘だ。波風が立った結果を考えると面倒だったのだ。だから黙っていた。そうするのが淑女だと自分に言い聞かせて。馬鹿だったと思う。
でも、もう違う。
カレンからは当初は「いつ帰ってくる」「寂しい」「すぐ帰ると言ったのに」といった手紙が来たが、毎回お祖母様の病状を詳しく返してばかりいると、だんだんと音信は途絶えていった。
このままずっとこちらで暮らしていくことになるのだろうか。そう思って一年が経った頃、大変残念ながらお祖母様がお亡くなりになった。
お祖母様は私に、様々な選択肢を残してくださった。隣国の学校を続けることもできたけど、ケリをつけなければならない相手がいる。このままでは本国にいた頃の私と同じだ。今後の自分のためにも一度は本国に戻るべきだ。お祖母様の葬式にやってきた家族と共に、私は喪服をまとって祖国に帰った。




