第1話「誰でもできる仕事」
短編「"誰でもできる仕事"をしていた私が辞めたら、会社が止まった」
ご好評いただきありがとうございます。
連載版をスタートすることといたしました。
章ごとに主人公が変わるオムニバス形式で様々なストーリーを描いていきます。
第一章は短編のリメイクとなります。
完全新作は第二章からとなりますのでよろしくお願いいたします。
「辞めます」
と言ったとき、部長は鼻で笑った。
「急だな」
それだけだった。
七年間、この会社のためにやってきたことへの言葉は、たったそれだけ。
「まあ、引き継ぎだけちゃんとやってくれ」
部長はパソコンの画面に視線を戻した。
私の退職届を、引き出しに放り込んで。
*
総務部、と名前はついているけれど、部員は私一人だ。
社員百二十人の中小メーカーで、総務に人を割く余裕はないらしい。だから全部、私がやる。
朝は八時十五分に出社する。
まず給湯室のコーヒーメーカーを動かして、来客用のお茶の在庫を確認する。足りなければ発注をかける。お茶の銘柄は三年前に専務が「これがいい」と言ったものを変えていない。備品業者の担当の山下さんの名前も、締め日も、最低発注数も、全部頭に入っている。
九時半、来客対応。
会議室の予約状況を確認して、お茶を出して、終わったら片付ける。営業部は直前に予約を入れてくるし、開発部は予約せずに使う。私が毎朝ホワイトボードを書き換えなかったら、会議室はとっくに戦場になっていた。
昼までに届く宅配便の受け取り。
備品の発注処理。コピー用紙、トナー、ボールペン、付箋、クリアファイル。フロアごとに消費量が違うから、発注のタイミングも変える。開発部はホワイトボードマーカーの減りが異常に早い。
午後は契約書の管理。
取引先との契約書はすべて私がファイリングしている。更新時期が近づけば担当営業に声をかけ、原本を金庫にしまい、PDFをサーバーにアップする。百二十人の会社に、取引先は二百社以上ある。
社用車の管理も私だ。
三台ある社用車の車検、保険の更新、タイヤ交換の手配。営業が「来週大阪出張なんですけど」と言えば、車の空き状況を見て割り振る。高速のETCカードの精算も私。
経費精算は月末に集中する。
百二十人分の交通費、出張旅費、接待費。領収書の日付が間違っている。金額が合わない。上限を超えている。一件一件確認して、差し戻して、締め日までに処理する。月末の三日間はほとんど昼食を取れない。
それから、歓迎会の店探し、忘年会の幹事、健康診断の日程調整、防災備蓄の管理、取引先からの電話の一次対応。
これが私の一日だった。
毎日。七年間。
*
面談は半年前のことだ。
年に一度の人事考課で、部長と二人きりの会議室に入った。部長は私の直属の上司ということになっている。実際に何かを指示されたことはほとんどないけれど。
『来期の目標と、自己評価を聞かせてくれ』
私は用意してきた資料を広げた。
業務改善の実績。備品コストの削減率。契約管理のデジタル化。経費精算の処理時間を前年比で三割短縮したこと。数字を出せるものは全部出した。
部長は資料にざっと目を通して、閉じた。
『うん、まあ、頑張ってるのは分かるよ』
その「まあ」に、全部が詰まっていた。
『ただね、正直に言うと、昇給は難しいんだよ。君の仕事は、うーん、言い方が難しいんだけど——誰でもできる仕事だから』
頭が真っ白になった、というのは嘘だ。
むしろ、すごくクリアに聞こえた。一語一語、輪郭がはっきりしていた。
先月、部長のプレゼン資料を徹夜で作り直したのは私だ。スライドのデータが古いと気づいて、最新の数字を引っ張ってきて、グラフを差し替えた。部長は翌朝「お、よくなってるな」とだけ言った。
その資料を持って出張に行ったのも部長だ。出張の手配——新幹線のチケット、ホテルの予約、先方へのアポイント調整——を三十分で組んだのは私だ。当日朝に「やっぱり飛行機にしてくれ」と言われて、全部取り直したのも。
出張から帰ってきた部長が取ってきた契約。
それが評価されて、部長は課長から部長に昇進した。
面談では「来期はもっと目に見える成果を」と言われた。
——目に見えない成果で会社を回してきたのは誰ですか。
そう思ったけれど、口には出さなかった。
口に出しても、届かないと分かっていたから。
代わりに、退職届を書いた。
百均で買った便箋に、黒のボールペンで。書式はネットで調べた。こういう事務的なことだけは、得意だった。
*
引き継ぎ資料の作成に二日かけた。
フォルダの場所、発注先の一覧、業者の連絡先、更新スケジュール、各部署の備品消費量の傾向、来客対応の手順、経費精算のチェックポイント。七年分の知識を、誰が読んでも分かるように書き起こした。
A4で三十二ページになった。
目次をつけて、索引をつけて、よく使う連絡先には付箋をつけた。共有フォルダにも格納して、全社員にメールでパスを送った。
でも、誰も読まないだろうなと思った。
私がいるうちは読む必要がないし、私がいなくなったら存在を忘れる。
三十二ページ分の「誰でもできる仕事」の手順書を、誰も開かない。そういう未来が見えていた。
*
最終日。
十二月の金曜日だった。送別会はなかった。
誰かが企画してくれるかもしれないと、少しだけ思っていた自分が恥ずかしい。そもそも、今日が最終日だと知らない人のほうが多い。退職の挨拶メールは前日に送った。返信は三通だった。百二十人中、三通。
朝、いつも通りに出社した。
コーヒーメーカーを動かした。来客用のお茶を補充した。郵便物を仕分けた。届いた請求書を処理した。午後の来客に会議室を用意した。最後まで、いつも通りだった。
誰も「今日で最後なんですね」とは言わなかった。
定時になった。
パソコンの電源を落とした。デスクの引き出しを確認した。私物はトートバッグ一つに収まった。七年でこれだけか、と思った。
ロッカーに忘れ物がないか確かめて、鍵を総務の棚に戻した。
受付の前を通ったとき、誰とも目が合わなかった。
ビルを出た。
十二月の風が冷たかった。マフラーを巻き直して、駅に向かって歩いた。
振り返らなかった。
明日から、行く場所がない。
それがどういうことなのか、まだ分かっていなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
縁の下の力持ち、総務を軽視してはいけません。
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