以心伝心
―ああ何か疲れたな。
領主館からの帰り道、アロウは足取り重く大通りを下っていた。
中央の役人からの呼び出しということで身構えて行ったものの、想定とは違う方向から厄介事を積まれたせいだ。
別に難易度の高い依頼というわけではない。
だが、ひどく疲れる内容だった。
いつものくせで屋台の立ち並ぶ広場を通って宿への道をたどる。
「飯買って……いや、シンを連れてまた来るか、それとも割高だけど食堂……」
シンは「ご飯に好きなものを選べる」ということに目をキラキラさせる。
可能な限りは好きに食べさせてやりたいと思った。
もう一度出かけるのはおっくうだが。
(好きな食べ物……)
「シチュー食べたい」
知らず言葉がこぼれた。
修行中、師匠のところで疲れ果てていた時でも食欲をかきたてられたあの香り。
ほかほかで、スパイスが効いていて、野菜がごろごろ入っているスパイスシチュー。
しかしこの地方ではさほど知名度のない料理だ。屋台でも手に入らないだろう。
(あー食べたい赤いソースに肉と、とろとろのたまねぎで…熱々の…)
思い描いた鍋いっぱいのシチューに次第に腹が空腹を主張し始めた頃、気が付けば宿の玄関に立っていた。
どこからかスパイスの香りがする。
空腹すぎて空想で匂いまで感じたのかとアロウは眉を顰める。
……いや、これは確かにスパイスシチューによく使われるハーブの匂いだ。
カラン、と白狼館のドアベルが鳴る。
アロウが姿を現すと、受付カウンターにもたれていた三男坊がはじかれたように立ち上がった。
「あっ帰ってきた!」
「えっマジ!?」
ドタバタと足音が響き、なぜか厨房につながる奥のドアからシンが顔を出した。
「おかえりぃ!!」
キラキラした表情とは反対に、髪は何か白い粉をかぶり、服はシミと焦げだらけ、ついでに肩には野菜の切れ端が乗っている。
「……何の騒ぎ?」
一応訪ねつつも、アロウはどうにもシチューの香りが気になる。
シンは騒々しくあちこちぶつかりながら三男坊に助けられてカウンターを回り込んできた。両手に抱えているのは、何かが載ったトレーだ。
「お夕飯できたよ!!」
ほめてほめて、という声が聞こえるかのような期待に満ちた大きな目で見上げてくる。
トレーの上には、スパイスシチューがなみなみと注がれた皿があった。ちょっと焦げたパンと、粉々になったデザートとおぼしきリンゴが添えられている。
こんなことってあるだろうか?
食べたいとひっそり思っていたものが、目の前に現れる。
なんて魔法だろう。
でも、これは魔法ではないのだ。
「おなかすいてるかな」「何が食べたいかな」
そんな思考がたまたま自分の気分と合致した。
ただそれだけのこと。それだけ。
「……ハグしていい?」
「はあ!?」
シンが放り投げそうになったトレーをそっと掴む。
でも今は無性に"こっち"がほしい。
「部屋帰ろう」
この可愛い生き物と一緒のくつろぎの空間に早く帰りたい。
「なに言ってんの!?」
「ちょっとだけだから」
「言ってることが怪しい客引きのお兄さんだよ!!」
トレーを掴み合って攻防を繰り広げる二人の間で、ふいに「ぐぅーーー」という主張が響く。アロウの腹の虫だ。
「ほらおなかすいてんじゃん!!ごはんが先!」
びしっと腹を指差されてアロウは反論に詰まる。
「でも」
「メシは食べれるときに食べるの!!」
「はい……」
みなしごの実感がこもった一喝にアロウはしぶしぶ食堂へと向かうことになった。
一口ごとに横から「おいしい?」と聞かれても、今日だけはおとなしく「うん」と頷きながら、シンの肩についた野菜くずやら髪にかぶった粉を払い落としてやるアロウなのだった。




