魔女になりました
テレサは神殿を出て、隣接する王宮の方へと向かうマキアにうつむきながらついて行く。
絶対に聖女になるのだと意気込んでいたのに、補佐にもなれなかったことで意気消沈していた。
(聖女になって、生涯独り身になることでマキアへの思いを完全に断ち切ろうと思っていたのに……)
その望みはもう叶わない。
しかも、魔女というのがどういった存在なのかはわからないが、マキアと同じ魔法省の管轄になるなど……。
このままでは更にマキアへの思いをこじらせてしまうのではないかと、ついため息が出てしまった。
そのまま黙ってついて行くと、王宮に着く前にある堅強そうなつくりの建物にマキアは入っていく。その中の一部屋に入り、座るよううながされテレサはソファーに腰を下ろした。
「……ごめん」
「え?」
マキアもソファーに座り、ひと息入れたところで突然謝られる。思わず顔を上げると、少し申し訳なさそうな困り笑顔が見え、テレサは彼が責任を感じているのだと思った。
試験の練習を手伝ってくれたマキア。その内容が、聖女としては不適切だったことを自分の責任だと思っているのかもしれないと。
だが、申し訳なさそうな顔はすぐにいつもの微笑みに変わる。
その変化にテレサは違和感を覚えた。
(いつもの微笑み? ……っ! 違う、これ、いつもの優しい微笑みじゃないわ!)
しばらくマキアのこの表情を見ていなかったから忘れていた。
マキアは優しい微笑みだけでなく、時折とても意地悪そうな笑みを浮かべるのだ。
それは優しい微笑み方と似ているため、ほとんどの人は気付かない。だが、幼馴染みでもあるテレサは何度もこの笑みを見て違いを知っていた。
同じ微笑みでも、意地悪な笑みのときには目がとても楽しそうな色をしているのだ。
「マ、キア?」
キラキラと綺麗なほど楽しげな瞳に、何故今その表情をするのかと問いかけるように名前を呼ぶ。
身分が分かれてからは付き合いも少なくなったとはいえ、幼い頃からの付き合いだ。マキアもテレサの疑問には気付いているのだろう。すぐに説明をしてくれた。
「ごめんな、テレサ。試験に魔術は使わないってこと、俺知ってたんだ」
「っ!?」
もう一度謝罪をするマキアだが、その様子はまったく悪びれない。
「どうして、って思うよな? それはもちろん、テレサに聖女なんてなって欲しくなかったからだ」
テレサが疑問の声を上げる前に、その疑問の答えを口にする。そして彼は、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そしてあわよくば、魔女になって欲しかったんだ」
「……その、魔女ってなんなの?」
自分を騙したことに文句を言いたかったが、それよりも自分が任じられた魔女という称号が何を意味するのか、どんな仕事を課されるのかの方が気になった。
少し警戒するように聞いたテレサの質問に、マキアは腹が立つほどの美しい笑顔で説明をする。
「魔女とは、聖女に次ぐ地位を持つ女性のことだよ。事例があまり無いから知らないのも無理ないと思うけれど」
そう始めた説明によると、魔女は聖女と同等の力を持っているが聖女の資質には向かない者に与えられる称号らしい。
大体が聖女補佐に任じられるので、魔女になる者はほとんどいないとも聞かされた。
「簡単に言ってしまえば、魔術側の聖女みたいなものって感じかな?」
「……そう」
とりあえず、やるべきことは聖女とあまり変わらないらしい。
そのことに安堵すると、今度はやはり怒りがふつふつと湧いてきた。
「つまり、マキアは聖女になるっていう私の夢を叶えさせないために……そして魔女にするために試験方法に魔術を使うよう教えたって訳ね?」
言いながら、怒りで握る拳が震えてきた。
(私が聖女になるためにと頑張っていた姿を間近で見ておきながら……騙して夢を壊すなんて!)
怒りが頂点に達したところにマキアは「そうだよ」と頷く。反射的に怒鳴り返そうとしたテレサだったが、いつになく真剣な表情になったマキアの雰囲気に呑まれた。
そんなテレサに、マキアは続ける。
「俺はテレサに聖女になって欲しくなかった。だって、聖女は生涯独身でいなければいけないじゃないか」
話す言葉に怒りが滲んでいる。
怒っているのはこちらのはずなのに、とテレサは戸惑う。
「聖女補佐だって、その地位を辞さない限り結婚は出来ない。でも魔女は違う」
「どういうこと? 何が言いたいの? マキア」
何故今、生涯独身だとか結婚出来ないという話になるのか。
だが、テレサの疑問を無視するように、マキアは言葉を続けた。
「魔女はその地位にいても結婚出来るんだ。純潔を尊ぶ神殿とは関係ないからね」
「だから、何が言いたいのよ!?」
結婚出来るからなんだと言うのだ。
むしろ自分はマキア以外と結婚したくないから聖女を目指したというのに。
怒りだけでなく悲しみまでも湧いてきて、泣きたい気分で叫ぶ。
だが、次のマキアの言葉で怒りも悲しみもスコンと抜け落ちてしまった。
「俺と結婚しよう、テレサ」
「は?」
「俺と結婚しようって言ったんだ。ずっと好きだったんだ、神にテレサの一生を奪われるなんてたまったもんじゃない」
神に向かって悪態をついたマキアは、そのまま立ち上がりテレサの側に跪いた。そして、ローブの中から小箱を取り出す。
マキアの長い指が開けた箱の中には、ブラックダイヤモンドと思われる石の付いた指輪が入っていた。
「もう一度言う。テレサ、俺と結婚してくれ」
「っ!」
男性が求婚する際は、自信の髪色と同じ色の石を女性に渡すのが慣わしだ。
マキアの髪色と同じ色の石を見つめながら、紛れもないプロポーズだと知りテレサは一気に心臓の鼓動を早めた。
一番に感じたのは喜び。
だが、すぐにこの求婚を受けることは出来ないのだと現実を思い出してしまった。
「……無理よ、私は平民だし。貴族であるマキアとは結婚出来ないわ」
本当なら一も二もなく受けたい求婚。しかし、叶わない現実に高揚した気持ちは沈んでいく。
だが、マキアはその気持ちを拾い上げるような事実を話した。
「身分なら問題はないよ。魔女は聖女に次ぐ地位を得るって言っただろう? 当然その地位に見合った爵位も与えられる。……一代限りだけどね」
「は?」
「言っちゃ悪いけど、テレサは他の候補者と比べたら教養の部分で劣ってた。聖女補佐にすらなれたか少し怪しい」
「それは……確かにそうだけど」
マキアの評価に多少不満はあるが、概ね事実なので反論が出来ない。
突然聖女試験の評価を話されて戸惑うが、続いた言葉でマキアが何を言いたかったのかを知った。
「試験で魔術を使用すれば、聖女にはなれなくても魔女にはなれると思った。テレサが望む聖女ではないけれど、聖女に次ぐ地位だ。それに、魔女なら聖女と違ってこうして求婚も出来る」
(つまり、マキアは私の願いも叶えつつ、自分の願いも叶えられる方法を取ったってこと?)
呆れのような、なんとも言えない感情が沸いてくる。
とはいえ、マキアと結婚出来る今の状況はテレサが本来一番に願っていた夢だ。
複雑な思いがないわけではないが、求婚自体は純粋に嬉しかった。
「だからテレサ……俺と、結婚して欲しい」
もう一度真剣に告げられた言葉に、テレサは仕方ないなと息を吐く。
「嬉しいわ、マキア。私もずっとあなたのことが好きだった……求婚を受け入れます」
テレサの承諾に、マキアの顔は喜色満面となる。
だが、その喜びを押し留めるようにテレサは人差し指を彼に向けた。
「でも、騙したことは怒ってるんだからね!」
こればかりはそう簡単に許すことができない。
聖女になるため、本当に……本当に頑張ったのだ。それなのに黙って勝手に魔女になるよう画策していたとか。
しっかりと償ってもらわなければ。
マキアは幼さを垣間見せるような軽い驚きを見せ、すぐにふわりと優しい微笑みになる。
テレサの手を取り、彼女を見上げた。
「わかった、一生をかけてでも許して貰えるように頑張るよ」
怒られているはずなのにとても嬉しそうなマキアを見て、テレサは「流石に一生はかからないわよ」と苦笑した。
END