33.家庭科教室の乱
絹里高校では、家庭科は男女必須科目として指定されている。
当然一年D組の生徒らも週に一度、水曜日の六時間目に家庭科教室へと足を運び、諸々の指導を受けつつ、班毎に分かれてそれぞれの課題をこなしていた。
各班は基本的に、男女ふたりずつの計四名から構成される。
班は一年を通して同一のメンバーで組むのではなく、約三カ月に一度の頻度で班替えが発生することになっていた。
そしてもう間も無く六月が終わり、七月からの新しい班編成の時期に差し掛かろうとしている。
家庭科に於ける班はくじ引きや名簿順ではなく、生徒達が自主的に組む相手を探し、合意が取れた時点で編成完了となる。
その為、あぶれた者は最終的には本人らの合意云々は関係無く、残り者同士で強制的に組まされることになっていた。
D組は全員で36名在籍している為、班は合計で九つ編成される。
四月に入って最初の班編成の際には、徹郎は同じ陰キャ同士で第七班を組んだ。
ラノベ大好き少年の飯村守、図書委員で歴史オタクの金山芳子、演劇部で脚本作成係の黒田美香の三人が、徹郎が所属するの第七班のメンバーだった。
この班は兎に角、成績が良かった。
調理や被服部門では常にトップを維持し、その他の座学でも常に上位三傑の中に入っていた。
その大半は徹郎の技術と知識によるものだったが、他の三人も徹郎のリーダーシップによくついてきており、思いの他、素晴らしいチームワークを発揮して成績上位を獲得し続けていた。
灯香梨と雪奈への暴言事件でクラスメイトの大半が敵に廻った時でさえ、守、芳子、美香の三人は徹郎の味方であり続けてくれた。それ程までに、この四人は強固な絆で結ばれていたという訳である。
その第七班とも、いよいよお別れの時期を迎えた。
「皆のお陰で、家庭科がとても楽しいって思えたよ」
家庭科教室での班替え直前、第七班の席で守が充実した表情を浮かべながら最後の挨拶を口にした。
「私も、チームとして動くことがこんなにわくわく出来るだなんて、全然知らなかったわ」
芳子も、しみじみとした表情で他の三人の顔をゆっくりと見渡した。
「これからはライバル同士になるけど、また偶に、一緒に何かしたいね」
美香の言葉に徹郎、守、芳子の三人はうんうんと何度も頷き返した。
「ほんなら、今日で最後や……いつものアレ、やろか」
徹郎の音頭で四人は円陣を組んだ。
別段気合の声を入れる訳でも無かったが、授業開始前にこうすることで、毎回特別な一体感を得られる様な気がした。
新しい班でも、頑張れ――お互いに激励の声を贈りつつ、四人は家庭科教室内の四隅にばらけていった。
「はぁ~い、それでは皆さん、新しい班を作りましょう。今日は班を作って、お互いに自己紹介して、来週からの調理実習の予定を立てるところまでです~」
家庭科担当教諭がのんびりとした声音で呼びかけると、家庭科教室内は少しばかり騒がしくなった。
ここで徹郎は己の長身を活かして、室内をざっと物色する。D組には所謂陰キャと呼ばれる者が、クラスのおよそ四分の一、8名か9名程は居る筈だ。勿論その中には徹郎自身も含まれている。
陽キャな連中はどうせさっさとお互いに組むだろうから、そこからあぶれた者に目星を付ければ良い。
などと思いながら室内をじぃっと観察していると、いつの間にか傍らに誰か佇んでいる。
見ると、雪奈が当たり前の様に徹郎の隣に立っていた。
「……自分、何してんの」
「何って、徹っちゃんの班でしょ、ここ」
にこにこと笑顔を絶やさぬ雪奈と、こめかみに青筋を浮かべる徹郎。
その時、目の前を奏恵がふらふらっと通りがかった。彼女の視線は徹郎を真っ直ぐ捉えている。徹郎はすかさず雪奈の背中をぐいっと押して、奏恵の横に並んで立たせた。
「男子諸君、D組の美少女が二戸一で売り出し中ですよ」
きょとんとしている雪奈と奏恵を尻目に、徹郎は周辺を行き交っている男子達の注目を引こうと、しれっとした顔でそんな台詞を発してみた。
すると雪奈と奏恵の周りに、ほとんど一瞬にして男子達の輪が出来た。それぞれが口々に、自分と組んで欲しいと二戸一美少女ペアに猛烈アタックを試みる。
「あぁ~! ちょっと、徹っちゃん!」
「う……これはいつかの意趣返しかね、鬼堂君!」
雪奈と奏恵が男子の輪の中でもがき苦しみながら必死に脱出しようとしているが、徹郎はさっさとその場を離脱し、別の観測ポイントにて他の陰キャを探し始めた。
(陽キャは陽キャ同士で組んどったらエエねん)
恐らく雪奈と奏恵は、クラスの男子に頼まれれば嫌とはいえないだろう。ふたりは何だかんだいいつつも陽キャの連中とは仲が良い。彼らを蹴ってまで徹郎に迫ろうなんて気概は無い筈だ。
更にもうひとり、懸念材料となっている灯香梨を目で追ったが、彼女はもじもじして徹郎をちらちらと見つつも、迫ってくる気配は無い。クラスメイトの前では赤の他人を通せという徹郎の指示を、しっかり守ってくれている様だ。
「よぉ鬼堂。お前、誰と組むのか決めたのかぁ?」
不意に裕太が、横合いから声をかけてきた。まさか、一緒に班を組めというのではなかろうか――徹郎は警戒の視線を叩きつけたが、裕太の後ろには礼司の姿が見える。
「自分らはもう組んだ?」
「おう。俺と礼司、後は国見と藤田」
どうやら裕太は礼司の他に、灯香梨の仲良しグループの友人達ふたりと班を結成した様だ。
徹郎はほっと胸を撫で下ろした。
クラスの男子の中でも最高級のイケメンふたりと組んでしまう様なことだけは絶対避けたかったから、ここは本気で安堵した。
ところが、大方の班編成が終わったところで、徹郎は誰とも組んでいないという奇異な状況に陥っていた。
「あら、そうだわ。今日は三人、病欠してるんだったわね」
家庭科担当教諭が今更の様に思い出して、うっかりしてたわぁ、などと呑気に笑っている。
しかし徹郎にしてみれば、これは好都合だ。
病欠の三人は確か、いずれも陰キャだった筈。自信は無いが、何となくそんな記憶が残っていた。
どうやら次の三カ月も、平和な家庭科で過ごすことが出来そうだ。
ところが――。
「せんせ~、それじゃあ鬼堂君が可哀そうだと思いま~す」
雪奈が余計なことを口走り始めた。
「今日休んでる三人、他の班に入れてやるってのはどうスか?」
何故か裕太までもが雪奈に同調し始めた。この馬鹿共、何をいっているのか分かっているのか。
「ん~、それもそぉねぇ。偶々休んでただけで残り者扱いは、確かに良くないわね」
まさかの、家庭科担当教諭の同調。
このままでは予定していたプランが崩壊する。何とか食い止めなければ。
「あ、じゃあせんせ~。あたしんとこにひとり、入れたげてよぉ。あたしは残り者で良いからさ~」
雪奈が嬉々として手を挙げた。逆に、喧々囂々の主導権争いの末にやっと雪奈と班を組むことが出来た男子ふたりの顔は、驚きと絶望の色に染まっている。
家庭科担当教諭はどうしたものかと未だ悩んでいる様子だったが、そんな彼女の結論を待たずに、雪奈がさっさと立ち上がって、徹郎ひとりしか座っていない卓に軽やかな足取りで移動してきた。
徹郎は、奥歯をぎりぎりと噛み鳴らした。
こんな筈ではなかったのに、と。




