16.灯香梨スイッチ、ON
ここ最近、灯香梨は胸の奥に渦巻くもやもやが、どうにも止められない。
理由は何となく、自分でも分かっていた。
(大塚さん……鬼堂君といつの間に、あんなに仲良く……?)
過日、徹郎は灯香梨と雪奈を貶める様な台詞を放って、クラス全体を敵に廻した。
直接の被害者は間違い無く灯香梨と雪奈のふたりだが、しかし怒りを発したのは当の本人達ではなく、ふたりに味方する他のクラスメイト達だった。
結局灯香梨は、仲良しグループの女子達から守られる格好で、徹郎と半ば絶縁に近しい状態に追い込まれてしまった。
そしてそれは雪奈も同じ筈であった。
彼女の場合は、主に男子生徒らが雪奈を貶める奴は許さないということで、一斉に徹郎を攻撃した。逆に雪奈と仲が良いと目されている女子達は、この件には余り関心が無さそうだった。
だがいずれにせよ、灯香梨も雪奈も徹郎から事実上の絶縁宣言を叩きつけられた様なものだ。これ以上、自分には関わるなと宣告されたに等しい。
にも関わらず、だ。
最近雪奈は目に見えて、徹郎といちゃつこうとしている。
徹郎の方は煙たがっている様にも見えるのだが、雪奈の方はどんなに遠ざけられようとしても、逆にぐいぐいと果敢に攻め込んでいる様に思えてならなかった。
この姿に困惑しているのは、周囲の男子達だ。
彼らは雪奈の為にと徹郎を攻撃し、雪奈には金輪際関わるなとまでいい切った。
であるのに、その雪奈自身が徹郎に猛烈アタックを仕掛けているのだから、彼女に味方した男子達こそ、好い面の皮であったろう。
それにしても、一体雪奈の心境にどの様な変化があったのだろう。
こればっかりは、外から見ていても決して分からない。
(訊いてみようかな……)
このままだと、取り残されてしまう様な気がしてならない。
しかしいきなり本人に突撃するのは何となく躊躇われた。そこで以前、徹郎宅でご馳走を一緒になった礼司と裕太に話を持っていこうと考えた。
あのふたりなら、何か良いアイデアを出してくれる様な気がした。
◆ ◇ ◆
その日の昼休み、灯香梨は学生食堂で礼司と裕太を同じ卓に誘い、昼食を取りながら思い切って打ち明けてみた。
「あぁ、うん……俺も大塚さんの変化にはちょっと驚いている」
礼司が何ともいえない面持ちで頷き返した。
一方の裕太は、一時期の微妙に塞ぎ込んでいた頃に比べれば今の明るい雪奈の方が断然良いと熱弁しつつも、同時に羨ましいを連発していた。
「急にデレたって感じだもんなぁ。何か劇的なイベントでもあったんじゃね?」
しかし少なくとも、校内では無さそうだ。もしあれだけ目立つ美少女の周りで何か起こったのなら、校内で話題にならない筈が無い。
では、学校の外で何かあったのだろうか。
「流石にそこまでは……クラスメイトだからって、プライベートな問題に首を突っ込んで良いのかどうか」
礼司の言葉にも確かに、一理ある。
灯香梨は雪奈のグループとは普段余り接点が無いし、何より灯香梨自身、雪奈とそこまで仲が良いという訳でもなかった。
とはいえ、気になるものは気になる。
「矢張り直接、本人に訊くのが一番だろうな」
礼司のこのひと言で、灯香梨も漸く腹を括った。
訊き出すとするなら、放課後だ。雪奈を狙っている男子は数多いが、その大半は放課後、部活に身を縛られている。雪奈を追いかける連中も激減する筈だ。
問題は雪奈自身が徹郎を追いかけていくかも知れないという点だが、その前に捕まえてしまえば何とかなるだろう。
(うん、絶対聞き出してみせる……大塚さん、一体何があったの?)
灯香梨は両の拳をぎゅうっと握り締めた。
◆ ◇ ◆
そして、放課後。
灯香梨は帰宅準備を進めている徹郎の横を素通りし、彼と一緒に帰る気満々の雪奈にそっと声をかけた。
「あの、大塚さん……ちょっと良いかな?」
「え? あたし?」
雪奈は灯香梨から声をかけられたことを意外に思っているのか、きょとんとした表情で訊き返してきた。
灯香梨は小さく頷き返し、雪奈を廊下に連れ出した。
「えっと……率直に訊くね。最近の大塚さんて鬼堂君に猛アタックしてる様に見えるんだけど」
「うん、そだね。自分でもぐいぐい行ってるなーって思う」
あっけらかんと笑う雪奈。その姿に灯香梨は軽い衝撃を覚えてしまった。
「でも、あの件で大塚さん、クラスの男子が沢山味方してくれたよね。あのひと達にはどう説明したの?」
「ん? 説明なんてしてないよ」
これまた、さらっと当たり前の様に応じてきた雪奈。罪悪感は、覚えないのだろうか。
そのことを問いただすと、雪奈は別に何とも思っていないと更に予想外の応えを返してきた。
「だってさ……あたしの味方してた男子って結局、あたしと付き合えるかも知れないっていうワンチャン狙いばっかりだもん。それって結局、あたしの為じゃなくて、あのひと達が自分の為にやってることだよね。全然、あたしのことなんて思ってくれてないじゃん」
成程、そういうことなのか――要は雪奈の味方に付いた男子共は全員、下心が見透かされていた訳だ。
だったら確かに、雪奈が彼らに気を遣う必要など無く、堂々と徹郎にアタック出来るという話になる。
だがもうひとつだけ、分からないことがある。
何故急に、徹郎にぐいぐい行こうと思う様になったのか、だ。
「ん~……御免、それは内緒。徹っちゃんにも口止めされてるから」
という訳で、聞き出せたのはそこまでだった。
が、ここで新たなもやもやが生じていた。
(え? 徹っちゃん?)
今まで徹郎のことをぼっち君呼ばわりしていた筈の雪奈が、名前から取った仇名で呼び始めている。
これは雪奈本人の中では相当、前に進んでいることを意味していた。
(何だか……このままじゃいけない気がする)
機嫌良さそうに教室へ戻ってゆく雪奈の後姿を見つめながら、灯香梨の中で何かのスイッチが入った様な気がした。