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逃亡したら闇堕ちまっしぐらな勇者とかなに?

からんころんと涼しい音を立てているのは、おれの飲んでいる酒の中の丸い氷である。

つまりこの酒は度数がべらぼうに高く、ちみちみと口に運ぶ事を想定して作られた酒である事を示している。

おれがいるのは、結婚式を挙げた王国から北方にかなり進んだ公国。ここは魔王の呪いの進行がどの地域よりも進み、あちこちの町の住人が石化したり魔物となっていたりした、なかなか呪われていた国である。

おれとあいつの最終目的地は、この公国からさらに北。魔王の体の半分が封印されていた地域である。

おれたちはそこで激戦を繰り広げて、なんとか魔王の肉体を消滅させ、そしてあいつの勇者の力を使い、魔王の魂を浄化し、あの世に放り込んだわけである。

そんな血なまぐさい思い出ばかりがあるこの地域に、なぜおれがいるのかと言えば答えは簡単で、シャンドラから逃げたからである。

いや、だって、ねえ?

おれの事を皆が男だって勘違いして、シャンドラ結婚して、あいつ男と結婚したって思われてるんだぜ。それってどうなのよ。

おれは同性だからどうだとかああだとかは、あんまり思わねえけど、シャンドラは勇者で、救国の英雄であって。普通だったら子供とかを熱望される人間なのだ。

そんな男が男と結婚したなんて思われていたら、もう、色々残念だろう。

たとえどんなにおれの見た目がよかったとしても、やっぱり美男子には美女がくっついてほしいのが民衆心理というわけで、さらにおれの見た目は自慢じゃないが美女ではない。

美男子? もっとありえねえ。

そんな残念平凡人間にしか見えないおれが、シャンドラと結婚したという事はもう、どうあがいても消せない事実で、しかもおれの書いた創作のせいで、シャンドラは男と恋人同士だと思われてて……なんかもう、罪悪感が半端じゃねえから、おれはとっとと逃げ出す事にしたのだ。

この世界の離婚の条件として、新婚の相手が数年の間、結婚相手を無視してどこかへ逃亡したら、離婚案件として認めてもらえるってのがある。

だからおれはそれを利用して、シャンドラに離婚してもらって、あいつが幸せな可愛らしい奥さんをもらう事を見届ける事にしたのだ。

色々知ってたら、おれ、闘技場で結婚してやるなんて口が裂けても言わなかったんだけどなあ……おれの事皆が男だって思ってるって事もかなり衝撃があるが、まあおれの見た目はなかなかに野郎っぽさがあるから、ある意味仕方がねえっちゃぁ仕方がない。

男と並ぶ上背に、曲線の足りない肩幅に、うすっぺらな胸と尻。顔は口の大きな三白眼。

これで女だって思われたらびっくりだ。

と言ったのはいつぞやの誰かである。その頃はまだおれも子供だったから、哀しくって仕方がなくてちょっと泣いて、シャンドラがそいつをぼっこぼこにぶちのめして殺しかけたから、おれがシャンドラをぼこぼこに殴って正気に戻したんだっけなあ。

おれはそんな事を思いつつ、本日の宿の部屋に持ってきてもらった酒をなめなめ、原稿を書いていく。

配達屋には、差出住所を隠してほしいと入念に言ってあり、介入しているギルドにもそれの話は通っているから、おれの居場所が露見する事はきっとない。

そしておれは連載の原稿料をもらうってわけだ。

原稿料って大事だなって良く思う部分である。

おれはそろそろ佳境に入り、魔王と勇者とその相棒が戦う手前まで原稿を進めた。

その間に、色々あった接触案件は皆書いては消して書いては消し手を繰り替えし、魔王の居場所が近いから、そう言った接触もなくなっているほど緊張しているのだな、と読者にも輪せている。

実際の過去の中では、シャンドラがちょっと精神不安定に陥ったり、おれが魔物に騙されて飲んだ毒を解毒するために、シャンドラが四苦八苦したりしたこともあるが、割愛させてもらっている。

ちなみに王国にいる編集者はどうやら


「シャリオスとバドゥがいきなり不仲になったのは何故」


何ていう事を言っているらしいが、おれが色々書いていないだけで、友情は変わらず続いているのだ、編集者よ……お前も同類の腐女子だったのか。

時折ギルド経由で届くあれこれの中には、もっとシャリオスとバドゥの接触を増やし友情面が一層深まる描写を、何ていう指示があるものの、無理である。

現実と投影してしまう読者があんなにいるのに、シャリオスとその相棒を接触させるわけにはいかない。現実と混同されて、困るのはシャンドラだ。

おれは……女だから、男だと勘違いされて便利なのは、冒険中くらいだ。

女だと舐められるからな。でも日常生活の時は、女だって理解してもらった方が通りがいい事はたくさんあるわけで。

おれは延々と原稿と戦い、編集から時折届く、もっと勇者と相棒を親密にという指示を丸無視して、度数の強い酒じゃないとやってられねえから、それをちみちみと舐めて、なんとかやってきていた。

それに、魔王との戦いの前夜は、はっきり言って客観的に見ればシャリオスとバドゥが一夜を共にしてるんじゃないかって読者が思っているってのが、何とも泣ける話なので、そんな事を匂わせる描写を徹底的に破棄している現段階だ。

実際に前夜にそんな事はしなかったし、シャンドラが迷った顔で。


「なあ、ヴァミー。この戦いが終わったら、妹が結婚できるから、その時は一緒にお祝いをしてくれないか」


って頼んできた事くらいしか、エピソードねえんだよ。

さてはてそんなわけで、おれは指定の量の原稿を終わらせて、封筒に入れて封印を施し、明日の朝いちばんに配達屋に依頼することを決めて、寝台に潜ったのだった。





ギルドでは何やら皆が話し合っている。その内容を耳に入れると、


「聞いたか、勇者が今、世界を放浪しているらしいぞ」


「なんでまた。褒美として領地までもらって、そこで平穏に暮らしているって話じゃなかったのか」


「なんでも、勇者は闇堕ち寸前らしいぜ」


「おいおい、冗談が過ぎるだろうが、勇者が闇堕ちしたら、魔王以上にやべえだろうが」


「なんでも、恋人に捨てられたらしい」


「恋人に捨てられて闇堕ちするメンタルの勇者が、なんで魔王なんて倒せたんだよ、でまとかがせとかだろ」


「でも、道中で勇者の邪魔をした盗賊とかは、闇の魔法で叩きのめされているらしいぜ」


「まてよ、闇の魔法って言ったら魔王の専売特許だろうが。そんな物を人間の勇者が何で使えるんだよ!」


「なんでも、聞いた話じゃ、魔王の呪いらしい。魔王が死に際に、勇者にそう言った呪いを放っていて、勇者の精神状態がおかしくなったら発動するようにしたとか」


「どんだけえぐい呪いなんだよ! 恋人に捨てられたんじゃなくて、恋人がむごたらしい死に方でもしたんじゃないのか? そっちの方が闇堕ちの理由っぽいだろうが」


「だよなあ……」


何て中身だ。おれは想定外すぎて一瞬固まったものの、シャンドラにそんな大事な恋人がいるんだったらそいつと結婚しろよ、と思いつつ、ギルドの手続きを済ませて、原稿を王都へ送ったのだった。


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