見えない友人
遠と名乗った青年は、私以外の人には姿が見えないし声も聞こえない。つまり、他人には認知できない存在らしい。
不思議な同居生活を初めて早1週間。
自分が学校に行っている間に母が部屋を掃除してくれている時、彼女に自分の姿が見えるかどうか試したらしく、認知されなかった事につまらないとぼやきながら彼は教えてくれた。
「見えた方が良かった?」
振り向きざま、鏡の向こう側にそう問いかけながら手元の学校の課題である英単語の書き綴りを進めていく。
「見えない方が都合は良いんだけどね、
こう、見えない人の前にいると自分が存在しないみたいでなんか寂しいなぁって。
あ、そこスペル間違えてるよ」
見えてるなら書き終わる前に教えて欲しかった......
指摘された部分を消しゴムで消して
書き直し、ノートを閉じた。これで今日の分の課題は終わりだ。
「そーいうもんなんだ」
「そーいうもんだよ。お疲れ様」
私の口調を真似しながらおどけて見せた青年は思いのほか頭が良く、ついでに教えるのも上手く面倒見も良い。
「いつもありがと」
初めて会った日から毎度のように学校から出された課題に付き合ってくれていた。
「どういたしまして」
飄々《ひょうひょう》とした態度とは裏腹にその所作は丁寧で色々な面で助けられている。
立ち上がって先程母が持ってきてくれたばかりのケーキを机の上に置く。
最近は苦めの珈琲も一緒に出してもらい始めたので、珈琲や紅茶好きの母が嬉しそうに鼻歌を歌いながら美味しい珈琲を入れてくれてた。
机の前に大きな姿見が来るように、部屋の模様替えをしたのは、遠と一緒におやつを食べたり話したりする為だ。
「美味しい?」
「とても」
鏡の向こう側で嬉しそうに珈琲のカップを口に運ぶ青年の姿に、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら自分のケーキを食べ始める。
「遠って何歳だったっけ?」
そういえば年上だろうと思っていただけで彼の年齢を聞いた事が無かった。
「もう少しで21かなぁ」
「私は16だから5歳差だね。いつ誕生日とか分かるの?」
今日は11月15日。お小遣いにはまだ余裕があるのでちょっとしたものならプレゼントできるかもしれない。
......何が良いだろうか。
「11月19日。もしかして何かプレゼントとか考えてたりする?
しーちゃんは変な所で律儀なんだから」
早速バレてしまった事に肩を落としているとその代わりに、と手を振ってこちらに近づくように促した。
「なぁに?」
「この家のどこかに、2つで1つのネックレスがある。それを見つけて欲しい。
青い石の付いたやつなんだけど......2つ揃うと心臓の形になるんだ。それを探して見せて欲しい」
「青い心臓のネックレスね、分かった」
いつになく真剣なその表情と声音に即答してしまったが、正直あまり自信が無い。
残された期限は4日間。
この4日間でネックレスを見つけて遠に鏡越しに渡す。それを彼が望むのなら自分なりに頑張って見つけてみせよう。
頷いてケーキの最後の1口を頬張り、苦い珈琲で流し込んでみせた。
「でも、無理はしなくていいからね。いつでもいいんだ。気長に待ってるよ」
理由は分からないがきっと無理をしているのは彼の方なのだと、その作ったような微笑みからなんとなく察した。
本当に大事なものなのかもしれない。
「うん、頑張るね」
「......聞いてないでしょ、もう」
呆れたようにため息をつかれてしまったがやると決めたのだ。やれる限りの事はしたい。
青年が珈琲を飲み終えたタイミングで立ち上がって、カップと食器をカチャカチャと音を鳴らしながら片付け、下のリビングに持っていく。
「ごちそうさま、ケーキと珈琲美味しかったよお母さん」
「あら、そう良かったわ。今日のは上手く入れられたと思ったの」
台所にいた母にお礼を言って食器を渡す。
「あっそうだ......」
遠の言っていたネックレスの事を聞こうとしたがすんでの所で止めた。
勘でしかなかったが、母や父が何か知っていたとしたらまずいと思ったからだ。
「なーに、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
不思議そうに首を傾げた母に曖昧に笑いかけ、慌てて、けれどそれが態度に出て不審がられないように、そっと自分の部屋へと戻ったのだった。
「お母さんに聞こうとしたでしょ、でもその顔は......止めたんだねぇ」
部屋に戻った途端、鏡の向こう側にいる青年と目が合い、そうすっぱりと言い当てられてしまって少々気まずかった。
何でいつも、遠は私の隠しておきたい事ばかりに直ぐに気づいてしまうのだろうか。
なんとも不思議な事である。
「ひみつ。教えない」
鏡に背を向けてそっぽを向く。
背後から聞こえたその怪しい微かな笑い声に、耳を手で塞いで聞こえないフリをした。




