赤い絆と緑の襷 第3話
姫君様の言葉に有った二次創作って単語、何となく聞き覚えが有るんだけど、意味が判らない。
これが我が友、ヲタ平やスケコマ師なら何か判るんだろうけど。
ただ、その単語を耳にして、クレアって名乗り直した少女には劇的な変化が。
「申し訳ございません! ご無礼何とぞ、お許しを!」
そう叫ぶと共に、小学生低学年の姿をした彼女は地面にひれ伏した。
「ど、土下座?」
刹那、重く垂れこめた雲を雷が駆け抜ける。直後にとんでもない大音響が。どこかに落雷したのかも知れない。
「ひ、ひぃい」
情けない悲鳴が俺の後ろから聞こえる、金営さんが腰を抜かしているのが、振り返った俺の目に飛び込んできた。
実は俺自身も、叫びそうになった。なんてタイミングで雷が落ちるんだよ。
「妾の問いに答えよ」
さっきの雷より鋭く、姫君様の声が平伏した少女の背中に落ちた。
ははっ! って時代劇みたいな返事が、地面に額をこすり付けているだろう女の子から。
「我ら1962宇宙に住まう者、その特性であります素粒子化の応用にございます」
「この1500番宇宙の、整形とやらに近いはずよな?」
再び、さっきと同じ反応をする少女。確かにクレアって名乗り直してから、言葉遣いがいきなり大人になったよ。
「されど、子供の姿になるなど、耳にした事が無いが?」
「禁断の、外法にて。我が娘の姿を」
話をしている姫君様の後ろから、三者三様の溜め息が漏れる。
「鞠亜……紅亜、そうか」
ダンディー紳士が、そう呟く。姫君様が面白そうに笑いながら、そっちに振り返った。
「気付くのが遅かったな、ボリス・ザギトワともあろう者が」
「失念しておりました、1962番宇宙と聞いた時点で思い起こすべきでした」
「第二席でも、そういう事が御有りなんですねぇ」
小学男子が呆れたように言う、すかさず社長秘書風の女性が不遜な、と呟く。
それを聞いて、俺の中でまた記憶の端から手が伸びてきた。何かが引っかかったんだ。
「それくらいに。時間が惜しい」
さっきと打って変わって、穏やかに姫君様の声が。三人とも一礼をして並び直す。まるで軍隊だ、軍服の方が似合いそう……アレ? 更に引っかっかったよ。
「さて、クレア。続きを聞こうか」
「数々のご無礼、お許し頂きたく。全ては我が夫……」
「待て」
いきなり姫君様が遮る。ハッとしてって感じで少女が顔を上げた。
「その名は、ここで語らぬ方が良かろう。今は通り名を名乗っておると聞く」
「確か、ビューレット。でございましたな」
ボリス・ザギトワ。そう呼ばれたダンディー紳士が告げる。それで良い、の一言で姫君様は済ませた。
「ビューレットは現在、多元宇宙広域窃盗団のアジトに監禁されており、私は何とか救出を思いましたが……」
「多勢に無勢。故に助力を求めたか」
「御意」
時代劇みたいなセリフで、小学生低学年にしか見えない女の子は、再び土下座の姿勢に。
俺の後ろでは金営さんの、そんな、そんなって繰り返しが続いてる。ついでに、誰と話ししてるっすかってセリフも。
やっぱり金営さんには見えてないんだな、この4人組は。
それはともかく、俺も同じ事を言いそうだ、あのビューレットさんが監禁?
「先ほど、理解した。そう申したがな、クレア」
何だか気の毒そうな声音で、姫君様は少女姿のクレアさんに呼びかけた。
「我らとて、国家に属する言わば公務員に過ぎぬ。妾の一存で、全てを決められる訳では無い」
「それでは、我が願いは……」
「許せ」
短い。だけど、それだけに有無を言わさない強さが有った。
「詫びる必要が御座いましょうや? 姫様。この者の無礼の数々、不問に処すおつもりなのでしょう? それで十分で御座います」
「第八席、厳しすぎませんかね?」
「黙れ、刃の眷属ごときが」
そう言われて小学男子が、噛み付いた。
「確かに席次を頂いては居りませんが、私とて……」
「二人とも、止さぬか。客人の前で見苦しいぞ」
ダンディー紳士が二人を止めに入る、が、それよりもクレアさんのすすり泣く声が、俺の耳を打った。
「国元に問い合わせ、そなたの依頼を受けるかどうか決めようとは思うが」
いつになるか判らない。言外に漂わせた物を俺もクレアさんも気付く。
多分それでは遅すぎるんだろう。だけどビューレットさんは俺にとって命の恩人だ。何とかしたい、でも、どうやって?
「可哀想でしょ、いくら何でも」
小学男子が今一度、声を上げてくれた。
「口を出すな、第三席の腰巾着が」
また第八席と呼ばれた社長秘書風女性が、彼を罵倒する。でも、小学男子が言い返す雄叫びを俺は聞いちゃいなかった。
「第三……席?」
そうだ、他の人も第二席とか第八席って呼ばれてるのに、第三席が出てきて俺は、やっと思い出した。
異世界から戻ってきた夜明け、城跡の枯れ井戸の前で銀八さんは、ロシア貴族のイケメンさんを第三席って呼んでたはずだ。
と言う事は、この人達はイケメンさんと同じ。ジレーザ!
その人達が姫様って呼ぶ、この女性をイケメンさんはジレーザの主って言った。
あのお宝ティンはんを恐怖のどん底に叩き落とした、その人の事を彼女は何って呼んでた? それをイケメンさんは、どう正したっけ? 確か……
「スタリーチナヤ……」
思い出した単語を、俺は口に出していた。
ハッとしたって感じで振り返った少女姿のクレアさんが、目を真ん丸に見開いて俺を見つめてる。
「貴様!?」
小学男子の叫び声で我に返った俺の目に、殺気を漲らせた彼と第八席と呼ばれた所長秘書風女性が飛び込んでくる。
それをダンディー紳士が止めてくれた。二人の肩に、軽く手を置いた様にしか見えなかったけど。
「二人とも、姫様を見よ」
二人同時に、すごい勢いで同じ方を見る。俺もつられて視線を向ける。
「え?」
三人とも多分、同時に同じ一言が出たんだ。そこには、満面の笑みを浮かべた姫君様が。
「少年、中々に良い発音であった」
思わず俺も土下座しそうになった。それほどの存在感が、姫君様の声には有る。
「この異郷における辺境の地で、妾の二つ名を正しく発音する者が居ようとはな。されど……そちは、この地の者のように見えるが?」
笑みの消えた真顔で、姫君様が俺を真正面から見据えた。
「クレア、そなたの従者か?」
「いえ、その……」
「この者で、試したな」
再び地面に額を擦りつけるクレアさん。
そして俺は自分の左手を見る。そうか、そう言う事か。俺が、あの子の言う事を何でも聞き入れてたのは。
「何者か?」
「それが、この少年は通りすがりの……」
「サンたく君っす、姐さん! 班長の手紙の、彼がサンたく君っすよ!」
俺の後ろから、金営さんの叫び声が。その声が俺の背中を押した。
「あ、あの! 姫君様! あの、ビューレットさんは、俺の命の恩人なんです! 俺からもお願いします。助けてください!」
自分でも無茶苦茶な事してると思う。でも言わずには居られなかった。
「貴様! この御方をどなたと……」
「少年、ひとつ君に尋ねたい」
所長秘書風女性の怒りに満ちた怒号を、あのダンディー紳士が遮る。
「我らの事を知った上で君は、そう口にしたのだと思うが、先ほどの姫様の御言葉を覚えているだろうか?」
え? 何だったっけ?
俺の考えは、すぐに顔に出たと思う。
「我らは公務員に過ぎぬ。覚えているかね? つまり無償では動けない。君が口にした事は我らを雇うと言う事、支払う事ができるのだろうか、君に」
そうだった。確かに姫君様は、そう言った。
あの異世界でロシア貴族のイケメンさんが俺達を助けてくれたから、俺はジレーザを正義の味方みたいに勝手に思っていた。
でも、違ったんだ。
「い、今すぐは無理でも……」
上ずった声で、そんな事を言いかけて俺は、社長秘書風のジレーザ第8席さんに遮られる。
「姫様。ここまで、で御座います」
かなり厳しい表情で社長秘書風女性は、姫君様の横に並んだ。
「この地の北北東より接近する者共が居ります、僧会かと」
「それは有り得ぬ」
穏やかに、でも反論を許さない強さを秘めて、イケメンさんがスタリーチナヤと呼んだ女性は言う。
「我ら4人、この緑の襷を身に付けておる故、僧会如きに発見などされはせぬ」
「かような物、この1500番宇宙の拙き技術の産物では御座いませぬか」
第8席さんが語気を荒げて姫君様に詰め寄るのを、後ろからダンディー紳士が止めた。
「これは1500番宇宙の物では無い、同盟国の産物だ」
「同盟国?」
社長秘書風ジレーザさんの疑問に、彼女の主が答える。
「これは基本、クレアの世界の物、そうであろう?」
その問い掛けに、少女姿のクレアさんは御意、とだけ告げた。
「1962番宇宙の技術、確か遮蔽装置と」
「クローキング・デヴァイス、の方が響きが良いですよ。第2席」
第2席さんに続いて、やっとって感じでそれまで黙っていた小学男子が口を開く。途端に、黙っていろと言わんばかりに第8席さんが怖い顔で睨んだ。
に、しても。そんなすごい技術が使われてるのに、なんで俺には見えてるんだ? クレアさんの場合は、あの巨大メガネなんだろうけど。
「されど姫様、ここに向かってくる者共が居る事は事実で御座います。僧会以外の何者が……」
「あれで有ろうな」
姫君様の視線が上に。ずしりと重くのしかかる雨雲の下、ホバリングしてるのは……
「ドローン?」
俺の一言に、姫君様の声が続く。
「あれが見ておるのはクレア、そなたであろう。そして、そこな二人か。我らは、やはり見えておらぬな」
「姐さん、やばいっす! 追っ手っすよ!」
俺の後ろから金営さんが叫んだ。その声に社長秘書風の女性がまた、姫君様に詰め寄る。
「なれば尚、厄介者を残し退散すべきでは」
「この世界の子供を残し、尚かつ、あれを放置してか?」
姫君様ことスタリーチナヤ様が指さす方を俺は見上げた。
ドローンが低空飛行? 近付いて来てる。そう思った途端、空気を切り裂くような音が俺の耳を打つ。
次の瞬間、ドローンに金属の棒のような物が突き刺さった。低空飛行していた機械は爆発して四散する。
「矢……だった?」
そんな事を呟きつつ振り向く俺の目に、少女の手を取って立たせようとする姫君様の姿が映った。
そしてジレーザの主は、こう言ったんだ。
「クレア、そなたは国元に帰れ」
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