赤い絆と緑の襷 第1話
流石は日曜日の観光地、人でいっぱい!
「ここは、初めて?」
「はい! 初めて来ました。イイ所ですね、八景島シーパラダイスって」
「良かった。でもゴメンね、私のバイトの都合で」
お姉さん、いやいや、光井栄美さんが申し訳なさそうに手を合わせて、照れ笑いを浮かべる。
「そんな事、無いですよ。ゼンゼン」
そう言いながら俺は顔の前で、ブンブン手を振った。
「とりあえず、あと少しで休憩タイムだから。もう少し待ってね」
「何時間でも待ちます!」
多分、真顔で言ったんじゃないかな、俺。そんな俺の顔を見て笑いながら、栄美さんは告げる。
「一緒にイルカショー見に行こうね、メールするから」
手を振りながら仕事に戻っていく、美大生のお姉さんを見送って、俺は水族館の建物の中に入って行った。
「来て良かったぁ」
栄美さんの笑顔を思い浮かべながら、俺は昨日を振り返る。
そう、とんでもない経験だった。昨日の早朝、多元宇宙の異世界から戻ってきた俺達。とりあえず我が友は二人とも病院送りに。
「すぐに退院できると思いますよ」
銀八さんはそう言ったけど、退院前に記憶消されるんだろうな、きっと。
あんなの覚えてない方がイイとは思うけど。
「ともかく、君のお母上に納得して頂くのが最優先です」
そう言う銀八さんこと、多元宇宙の異世界で暮らす俺、1637番宇宙の時保琢磨の言うとおりだった。
「ちょい異世界に行ってました、とは言えないからね」
「当然でしょう」
ひんやり感満載だね、ガス人間8号さんの口調は。
結局、銀八さんが全て説明してくれた。
古井戸に潜った友人二人の帰りが遅いので、救助に突入。しかし充満したガスで自らも意識朦朧に。で、銀八さんに救いをメールで求め、昨日土曜日の朝、無事に救助されました。
こんなストーリーを即興で。
銀八さんの説明で、我が母も納得はしてくれたけど、再び説教の嵐が吹き荒れたんだ、昨日は。
「あんたが父さんの真似をしたがるのは、血筋かも知れないけどね。レンジャーなんかじゃ無い高校生が無茶しないでよ」
「判ってる、父さんとは違うし、俺は。もう二度と、こんな事しないよ」
ウソ言ってる。自分でも判ってて、そう言うしかない。多元宇宙を知ってしまった、関わり続ける、なら何度もこうなる、きっと。
「できるだけ、無理なんてしないから」
平謝りの末、母は怒りを収めてくれた。まぁ、関西弁が出なかったから、本気でキレてたりはしてなかったんだと思うけど。
その直後に飛び込んできたメールで、俺は今日この日曜日、ここ八景島シーパラダイスに来てる。
あんな事が有った翌日の外出だから、我が母はイイ顔しなかったけどね。
化物に囲まれた異世界で、ずっと会いたいって想い続けてた人からのお誘いメール。断る訳が無い。
「当分は巻き込まれないようにしないと」
そんな事を考えながら、俺は水族館の中をのんびりと歩いてた。
ここは水族館3階、昨年に出来たばっかりらしい『くらげりうむ』って言うクラゲ専門の展示エリア。
少し薄暗く、青っぽい照明。そしてお客さんが少ない。梅雨はまだだと思うけど、本日は雨が降ったり止んだり。
そんな日は日曜日の観光地でも、こんなに人が疎らなんだろうか? いやいや、場所によるよね、外は全く別だったんだから。
何だか一人だと昨年の、始まりの秋雨の黄昏を思い出してしまう。
「お守り、効いてくれよ」
呟きながら俺は、首から下げた石を服越しに掴む。
棗のオッサンの言うとおり、あのニセ総理事件で預かったままの青く煌く宝石みたいなのを、今日は持ってきていた。
「ん? なんか熱持ってる?」
ずっと体に付いてたから体温で、とも思ったけど……違う。この石そのものが温かくなっている。
「しかも、これって脈打つってヤツか?」
石が心臓みたいに一定間隔で振動していた。
「なんだ? この感覚……」
目眩じゃない、けど頭の芯が揺さぶられてるみたいな。そう思った途端、後ろに人の気配が。
「誰も居ない?」
振り返った俺の真後ろには何も無い、少し離れた所に親子連れが見えるくらい。その向こうはデート中の二人、かな?
そんな事を考えてた俺の目の端、二つ向こうの円柱の前あたりが揺らめく。いきなり4人の人影が。
「えっ、幽霊?」
そう言うしか無かった。どこかボンヤリしてて、実体が無いような不思議な、淡い揺らめきと共に歩いてる。
みんな日本人じゃない、外国人の男女4人。
そして4人が4人とも、肩から斜めに幅広のグリーンの布、タスキって言うんだっけ? を掛けていた。
一人は透け兵衛さん、じゃないや万事屋さんこと1438番宇宙の時保琢磨おじさんくらいの年齢の、これまたナイスミドル。いやいや、こっちの方が遥かにダンディー。
その隣に居るのは中学入りたて、いや小学生か? あの日のガス人間8号くんを思い出しそうな子供。
二人の向こう側に、栄美さんと同い年くらいの女性。
ドラマで見た、バリバリ仕事できる社長秘書みたいなタイトスカートの、キリッとした女の人が。
「凄っ……キレイ過ぎだ」
その三人よりも、俺から一番離れた場所に居たのが、今の感想を呟いてしまった相手。
場違いと言ってイイような、ふわりと柔らかそうで、しかも豪華なロングドレスを身に纏った多分、二十歳前後の女性。多分。
「まるで……」
あの異世界の白い砂漠で出会った、不思議な少女と同じ類? どこか気品がある。程度じゃないね、これは。
「姫君ってヤツか……」
あのライオン少女が貴族のって感じなら、目の前のロングドレスの女性は、まるで姫様。そう、絶対権力者・王の娘って感じなんだ。
気品と風格って言うか、存在自体が別格って感じ。
「でも、やっぱり幽霊?」
俺以外の、親子連れも恋人さん達も誰一人、この4人に気付かないみたいなんだ。
「ここで外国人の殺害事件とか、聞いた事無いよな」
そんな呟きと共に4人を見送る俺の目に、はしゃいでいた姫君様が軽く跳ねるのが映る。
「あれ? 俺、知ってる?」
何故だか判らない、でも今の見て俺は間違いなく、姫君様を知ってるはずだと思った。どこかで確実に見てる、そう記憶の端っこから手が伸びてきた感じがした。
「どこでだっけ。外国人だぞ、テレビのニュースか?」
思い出そうと脳みそフル回転の最中に、4人は上の階へ向かう方向に消えていく。
「追いかけてみようか……」
そう決めた瞬間、メール着信の揺れが。
「あ、お姉さん」
いかんね、未だに名前で呼べてないとは。反省しつつ見た画面には一つ上の4階、アクアスタジアムに来て欲しいって書いてあった。
階段を駆け上がり、栄美さんを見つけて二人で席を探す。最上段に近いトコしか、もう空いてないよ。
「最前列はダメ、水被るのはNGだからね」
女性は顔に水が掛かるのはダメなんだそうだ。お化粧の関係らしいよ。
ショーはイルカの名演技で、結構楽しませてもらえた。子供の頃、母の田舎に帰るたびに水族館巡りをした事を思い出しながら。
ただ二つ、とても気になる事を除いては。
「なんで、あそこに……」
イルカショー用プールの向こう側、スタンド席の反対側に特別に台が作られていた。そこにあの4人組が居たんだ、かなり豪華な椅子に座って。
そして、ショーの最中にお姉さんの視線は頻繁に、その4人組の居る特設台の方に向けられていた。
「なんで、あそこに?」
「あ、いや、何でも無いです」
そう言いつつ俺の視線は自然に特設台の方へ。栄美さん、それに気付いたみたいだ。
「君、まさか……」
最後まで言わなかったけど、判る。見えてるの?
やっぱり幽霊じゃなかった。これは、また巻き込まれか? でも、それに美大生のお姉さんが関わってる?
「あの……」
問いかけようとして口を開いた俺の前で、栄美さんのトランシーバーが鳴る。
「あ、ごめんね。はい、私です。え?」
トラブル発生らしい。あと少しでイルカショーもエンディングを迎えるってトコで、謝りながらお姉さんは立ち去っていった。
「迎えに来るから、一緒に帰ろう」
「もちろん! 待ってます」
聞きたい事も出来てしまったし。
とりあえず、イルカショーの終わりと共に席を立ち、ちょい我慢してたトイレへ。
「居ない、か」
スタンド席を降りながら見た特設台には、もう誰も居ない。もしかしてあの4人もイルカショーを見に来てたんだろうか。
「また会えたりして」
いやいや、それこそ巻き込まれだって。
変に期待してる自分に気付きつつ、用を足してトイレを出る。出た途端、人にぶつかった。これってヤバいパターン?
「さんたく君じゃないっすか!」
「金営さん?」
それはアキバテロ事件でお世話になった、多元宇宙の異世界から来た人だったんだ。
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