第10話 ぼっち陰キャと登校後の朝
揃ってマンションを出た龍弥と由紀は、時間に余裕がないこともあり、少し足を速めて学校へ向かった。
だが、一緒に登校するといっても、コミュニケーションが苦手な龍弥にとって、自分から話しかけるのはかなり難易度が高い。それも相手が女子ともなれば、なおさら不可能に近かった。
そのため、登校中の会話は、由紀の話に相槌を打ったり、由紀からの質問に答えたりするものが中心になっていた。
(まあ、昔見たネットの記事に、女の子と話すときは自分のことばかり話すより、相手の話を聞くべきだって書いてあったからな)
高校デビューを目指していた頃、たまたま目にした記事の内容を思い出し、龍弥は今の自分の状況を正当化していた。
そんなことを気にしている龍弥とは対照的に、隣を歩く由紀は本当に楽しそうに、彼との会話を楽しんでいた。
ほかのカップルがどうなのかはわからないが、少なくともこの二人に関しては、龍弥が読んだ記事の内容は正しかったらしい。
そんなふうに会話を続けていた二人だったが、ふと由紀が尋ねた。
『そういえば、龍弥ってメッセージアプリ使ってる?』
中学時代も含め、メッセージアプリをあまり使ってこなかった龍弥。登録されている連絡先も三十人ほどしかいない。
自分の交友関係の狭さを少し恥ずかしく思いながらも、龍弥は答えた。
「うん。あまり家族以外とは連絡を取らないけど、一応使ってるよ」
すると、由紀はそれまで以上に笑顔になり、少し緊張した様子で尋ねてきた。
『じ、じゃあ、私と連絡先を交換してもらえませんか!』
急にテンションが上がったような由紀の様子に、龍弥は少し戸惑った。しかし、断る理由もないため、素直に応じることにした。
「いいよ。じゃあ、交換しようか」
『やったっ!』
普通、こういうことは男性のほうから言い出すものではないだろうか。
何から何まで由紀にリードされている自分に呆れつつも、初めて女の子の連絡先を手に入れたことに、龍弥はひそかに喜びを感じていた。
『ちなみにさ、龍弥の連絡先に女の子っているの?』
すると、由紀が不意にそんなことを聞いてきた。
もしかして、自分の浮気を心配しているのだろうか。
そう考えた龍弥は、そこまで自分のことを想ってくれているのかと、少し優越感に浸った。
もっとも、浮気相手になりそうな女性など身近にはいない。そもそも、連絡先に登録されている女性といえば、家族くらいのものだった。
そのことを正直に伝えると、由紀はぱっと顔を輝かせた。
『ホントっ!』
どうやら、安心してくれたらしい。
それを見て、龍弥は昨夜から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「そういえばさ、由紀って、結構男慣れしてる? 今まで誰かと付き合ったことってあるの?」
すると、由紀は慌てた様子で否定した。
『ないよ! 今まで付き合ったことなんてないから!』
「えっ、そうなの? でも、結構慣れてるというか、余裕がある感じがするんだけど……」
『それは、龍弥としたいことを言ってるだけだよ! これでも結構緊張してるんだからね! それに、本当に龍弥が初めての彼氏なんだから!』
そう言って、由紀は自分が初めての彼氏を持ったのだと、念を押すように強調した。
そんな彼女を見て、龍弥は素直に可愛いと思った。
そして、わざわざ「初めての彼氏」だと強調してくるあたり、乙女心にも何かあるのだろうか、と考えた。ほんの少しだけ、乙女心の片鱗を理解できたような気がした。
『それと、龍弥に安心してほしいから言うけど、私の連絡先には男の子も結構いるんだ。でも、最初の挨拶以外はほとんど連絡を取ってないから。これからも、私から連絡したいのは龍弥だけだからね!』
由紀は、龍弥を安心させるためにそう伝えてくれた。
先ほどの様子を見る限り、由紀が自分からほかの男子に積極的に連絡を取る姿は想像できなかった。
だからこそ、龍弥は自分の行動で彼女を傷つけることのないよう、気をつけようと思ったのだった。
学校が近づくにつれて、こちらに視線を向ける生徒が増えてきた。驚いたような表情で二人を見つめる者も少なくない。
龍弥にとって、こうした好奇の視線を浴びる経験はほとんどない。そのため、少しおどおどしながら歩いていた。
一方、学園のマドンナである由紀にとって、周囲から注目されることは珍しくもない。彼女はまったく気にする様子もなく、龍弥との会話を続けていた。
そうして、ホームルーム開始五分前に学校へ到着した二人は、昇降口で靴を履き替え、階段を上って教室へと向かった。
教室にたどり着くまでにも、何人もの生徒が二人を見てきた。そのたびに、龍弥の胃はきりきりと痛み始めていた。
そして、いよいよ教室の前まで来ると、緊張はさらに高まった。
龍弥はドアの前で立ち尽くしてしまった。
『大丈夫? 龍弥』
隣にいる由紀が、心配そうに顔をのぞき込んできた。
(こんなことまで情けねぇ……)
自分の不甲斐なさに情けなくなりながらも、龍弥は勇気を振り絞った。
「ああ、もう大丈夫だ。それじゃあ、行こう」
そう言って、龍弥は教室のドアを開けた。
教室に入ると、クラス中の視線が一斉に二人へと集まった。
いつもなら、ホームルーム開始直前になっても由紀が登校していなければ、昨日何かあったのではないかと心配する彼女の友人たち。そして、担任が来るまで集まって話をしていた男子生徒たち。
その全員が、驚いたようにこちらを見つめていた。
そんな視線を気にすることなく、由紀はいつもどおりの明るい声で挨拶した。
『みんな、おはよう~!』
しかし、学園のマドンナである由紀が、男子生徒と一緒に教室へ入ってきた。それも、昨日、公然と告白していた相手と一緒に。
その事実に、クラス中の生徒が目を見開いて二人を見つめていた。
それでも、先ほど教室の前で覚悟を決めた龍弥と、もともと人の視線に慣れている由紀は、周囲の反応を気にせず、それぞれ自分の席へと向かった。
最も早く驚きから立ち直ったのは、昨日、龍弥の告白に対して注意してきた、由紀の友人グループの女子生徒だった。
彼女は龍弥のもとへ歩み寄り、その目の前で立ち止まった。
静まり返った教室の中、クラスメイト全員が二人のやり取りを見守っている。
そんな中、女子生徒は少し戸惑ったように口を開いた。
「えーっと、確か辻くんだよね。私は由紀の友達の川崎美穂っていうんだけど……もしかして……」
言葉を濁しながら、龍弥の顔をうかがう美穂。
それに対し、龍弥は覚悟を決めたように答えた。
「ああ、想像どおりだ。俺と由紀は昨日から付き合い始めたんだ」
次の瞬間、教室中が大きな声に包まれた。
『えええええええっ!?』




