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星縫いの転移師  作者: かもちゃん


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第五話 貴族と平民の間にある、見えない壁について

第五話「貴族と平民の間にある、見えない壁について」


 セラ・ミストレアが最初に「それ」をされたのは、入学から四日目の朝だった。

 俺はたまたま、その場にいた。

 食堂の配膳列で、セラの前に並んでいた三人の生徒が、入れ替わり立ち替わり割り込んできた。最初の一人は「ちょっとすみません」と言いながら当然のように前に入り、二人目は何も言わずに割り込んだ。三人目は「平民の列はあっちじゃないか」という言葉まで添えた。

 平民専用の列など、この食堂にはない。

 セラは何も言わなかった。

 表情も変えなかった。ただ静かに、自分の位置が後ろにずれていくことを受け入れた。その目は前を向いたまま、感情を一切乗せていなかった。

 俺は少しの間、その光景を見ていた。

 介入すべきか、しないべきか。

 感情的に言えば、すぐ動きたかった。理不尽な扱いを目の前で見れば、誰だってそう思う。だが感情に従って動くと、大抵ろくなことにならない。前世で何度も見た。教師が生徒間の問題に「正義感だけで」介入した時、問題が解決するより悪化するケースの方が多かった。

 特に「立場の差」が絡む問題は。

 俺が今ここでセラの代わりに三人を怒鳴りつけたとして、何が起きるか。

 その場は解決する。しかし翌日、来週、来月。セラへの扱いはどうなるか。「子爵家の人間が庇っている平民」という印象がつけば、彼女の立場はより複雑になる。守った側の人間が去った後に、より陰湿な形で続く。そういう構造を、前世でも見てきた。

 だから俺は、少し迂回した。

 配膳台の向こう側にいる食堂の係員に声をかけた。

「すみません、この列、かなり混雑していますね」

 係員が顔を上げた。

「最後尾の案内板を入口に出したほうが、流れがよくなると思うのですが」

「あ、はい、そうですね……」

「あと、列の順番が乱れているようで」

 係員が列の方を見た。

 割り込んでいた三人が、係員の視線に気づいて少しだけ動いた。明確に「咎められた」わけではない。ただ「見られた」だけで、三人は自然に後ろへ戻った。

 セラの前が、空いた。

 俺は配膳を受け取り、セラの隣で立った。

「お先にどうぞ」

 セラは一秒ほど俺を見た。それから無言で配膳を受け取り、二人で食堂の奥に向かった。

 テーブルについてから、セラが言った。

「なぜ直接言わなかったんですか」

「直接言うと、あなたの立場が複雑になる可能性がありました」

「……それは分かっています」セラはスープを一口飲んだ。「だから私は何も言わなかったのに」

「俺の介入は邪魔でしたか」

「邪魔ではありません」彼女は俺を見た。「ただ、あなたがそこまで考えて動く人間だとは思っていなかった」

「失礼な」

「褒めています」

 俺は少し笑った。セラは笑わなかったが、スープを飲む速度がわずかに上がった気がした。


 問題が本格的になったのは、その三日後だった。

 実技基礎の授業後、訓練場の隅でセラが数人の生徒に囲まれていた。

 俺が訓練場を出ようとして気づいたのは、囲みの中心にあった緊張感だった。声は上がっていない。暴力もない。しかし四人が一人を取り囲む構図は、それだけで十分な「圧力」になる。

 囲んでいる四人は、いずれも貴族の子弟だ。それほど上位の家門ではないが、平民の奨学生に対して「それなりの立場」を示せると思っているタイプの人間。前世でいえば、クラスで二番手か三番手のグループが一番弱い子を狙うような構図だ。

 セラは相変わらず無表情だった。

 ただ、手が握られていた。こちらからは見えないかもしれないが、俺の角度からはっきり見えた。両手が、布の裾を強く握り込んでいた。

「平民の奨学生が土属性Sとは、笑える話だよな」

 四人の中の一人が言っていた。笑い混じりの声で、明確な侮りがある。

「本当にSなのか、測定器が壊れてたんじゃないか?」

「そうそう、農村出身でSはないだろ。家柄がなければ魔法の才能だって」

 俺は少しの間、立ち止まって考えた。

 今回は前回より状況が重い。前回は「構造的な問題」への対処だったが、今回は直接的な言葉による攻撃だ。俺が声をかけることで「子爵家に守られた平民」という図式が生まれることへの懸念は変わらない。しかし何もしないことの代償も、今回は大きい。

 どうするか。

 前世で培った判断基準は「介入の形を間違えるな」だ。直接助けるより、相手の行動を「続ける意味のないもの」にしてしまう方が効果的な場合がある。

 俺は囲みの外側から声をかけた。

「ミストレア、アルベルト教授が呼んでいた。資料の件で」

 全員が振り返った。

 俺は四人には目を向けなかった。セラにだけ視線を向けた。

「急いでいるようだったので、早めに行ったほうがいいかと」

 セラは一秒の間を置いた後、「分かりました」と言って四人の囲みから出た。

 俺は彼女と並んで歩き始めた。

 背後で何か言う声があったが、聞こえなかったことにした。

 訓練場を出てから、セラが言った。

「アルベルト教授は呼んでいない」

「知っています」

「嘘をついたのですか」

「緊急の撤退経路を確保しました」

 セラはしばらく黙った。

「……ありがとうございます」

 今度は「邪魔ではありません」ではなかった。

 俺は「気にしなくていい」と言おうとして、やめた。気にしなくていい、は相手の感情を軽くする言葉だ。彼女の「ありがとう」は重いところから出た言葉だから、軽くする必要はない。

「また何かあれば言ってください」

 それだけ言った。

 セラは頷いた。短く、でも確かに。


 その日の夜、俺はクロードと中庭にいた。

 クロードには午前中に「セラのことで少し話したい」と伝えていた。彼は「分かった」と言って、特に詮索はしなかった。

 石畳のベンチに並んで座り、俺は今日あったことを話した。

 聞き終えたクロードは、しばらく何も言わなかった。

 珍しいことだ、と俺は思った。クロードは普段、話を聞き終わる前に口を開く人間だ。

「……俺、知らなかった」

 クロードは石畳を見ながら言った。

「セラがそういう目に遭ってたこと」

「あなたは気づかなかったというより、セラが見せなかったんだと思います」

「それでも、気づくべきだった」

「気づけなかったことを責める必要はないが、これからは気づく、でいいでしょう」

 クロードは「そうだな」と言った。

 それからしばらく黙った後、「俺はどうすればいい」と聞いてきた。

「今すぐ四人に怒鳴り込む、は駄目ですか」

「駄目です」

「だよな」

「セラの立場がより複雑になります。それに、怒鳴り込んでも根本は変わらない。あの四人が特別に悪いわけじゃなくて、構造的な問題だから」

「構造的」

「貴族と平民の扱いの差が、学園の中でも当然のように存在している。それは四人を怒鳴っても消えない。消えるとしたら——セラ自身が、誰も反論できない実力を示した時だ」

 クロードは「うーん」と首を傾けた。

「難しいこと言うな、お前は」

「簡単に解決できる問題じゃないということです」

「じゃあお前は今日、どうして助けに行ったんだ。構造的な問題は変わらないのに」

 俺は少し考えた。

「セラが今日、手を握り込んでいたんです。服の裾を」

「それが?」

「怒りを抑えていたのか、怖れを抑えていたのか、俺には分からない。ただ、抑えていた。一人で、黙って。その場で一人にしておくのは、違うと思った」

 クロードは長い間、黙っていた。

 星が出ていた。今夜は特に多い。

「俺もそういう時、そうしてほしかったと思ったことがある」クロードが言った。「別に大した話じゃないんだけど。子どものころ、剣術の師匠んとこで同門の奴にひどいことされた時。誰も来なかった。それだけの話」

「それだけの話、ではないと思います」

「そうかな」

「そういう積み重ねが、人間の根になる。根が傷んでいると、どこかで折れる」

 クロードは空を見上げた。

「お前って、たまにすごいこと言うよな。さらっと」

「教師っぽいですか」

「ん? なんで教師」

「いえ、何でもありません」

 クロードは「変なやつ」と笑った。気にした様子はなかった。

 俺はそこで話題を変えた。

「セラのことですが、クロードにお願いがあります」

「何?」

「普通に接してほしい。特別扱いせず、今まで通りに。セラは『庇われている』という立場を嫌がるタイプです」

「分かった。じゃあ俺はいつも通り騒がしくして、飯の時も普通に隣座って、変なことあったら俺が気づく係をやる」

「それで十分です」

「……簡単に言うけどな」クロードは頭を掻いた。「俺、人の気持ちに気づくの得意じゃないから、多分見逃すこともあるぞ」

「見逃しても、いつも隣にいること自体が意味を持ちます」

 クロードはしばらく黙ってから「そういうもんか」と呟いた。

 納得したような、まだ考えているような顔だった。


 翌日の午後、俺はアルベルト教授の研究室を再び訪ねた。

 前回の続きで、古文書の写しをさらに何冊か見せてもらった。内容は大陸各地の遺跡から採取された碑文の記録で、断片的だが、繋いでいくと一定のパターンが見えてくる。

 そしてその日、予定外の来客があった。

 ドアをノックして入ってきたのは、ダリウス・フォン・アードラーだった。

 教授の部屋に来ることを俺は予想していなかったが、ダリウスも俺がいることは予想外だったようで、一瞬足を止めた。

「アードラー、ちょうどいい」教授は顔を上げた。「今日来る予定だったね。エールハルト君も同席させてもいいかね」

 ダリウスは俺を一度見た。

「構いません」

 椅子を一つ増やして、三人で向かい合う形になった。

「アードラー公爵家は、古代遺跡の調査に関する資金提供をしてくれている」教授は俺に説明した。「ダリウス君には定期的に進捗を報告している」

「祖父の代からの支援です」ダリウスは言った。「アードラー家は大厄災の研究を重視している。五百年周期のサイクルが本当なら、現在の時代はそろそろ危険圏に入っている」

「ダリウス様も、大厄災のことをご存じで」

「知識として。詳しくはない」ダリウスは俺を見た。「エールハルトはなぜここにいる」

「教授に呼ばれました。古文書の話で」

「虚空属性の件か」

「関係はあるかもしれません」

 ダリウスはしばらく俺を見ていた。何かを計算するような目だったが、敵意ではなかった。

「一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「お前は昨日、セラ・ミストレアを助けたと聞いた」

 予想外の話題だった。俺は少し驚いたが、表情には出さなかった。

「助けた、というほどのことはしていません」

「直接助けるのではなく、迂回した形でやったと聞いている。誰から聞いたかは言わないが」ダリウスは腕を組んだ。「なぜそういう方法を選んだ」

「直接助けると、セラの立場が複雑になるからです」

「子爵家の人間が庇っている、という図式ができる」

「はい」

「それはミストレアの自立を妨げる、と」

「長期的には、そうなると判断しました」

 ダリウスは少し間を置いた。

「……私もそう思う」

 意外な言葉だった。

「あの四人については、私の方で動く。やり方は別だが」

「アードラー様が?」

「あの四人の出身家門は、いずれも中位貴族だ。アードラー家が直接動けば、再発はない」俺が何か言う前に、ダリウスは付け加えた。「ミストレアには関係ない形で動く。あくまで私の判断として、学園の秩序の問題として処理する」

 俺はその言葉を受け取った。

「ありがとうございます」

「礼はいらない」ダリウスは窓の外を見た。「……私は平民が嫌いなわけではない。ただ、どう扱うべきか分からないことが多い。家の中ではずっと、貴族と平民は違う生き物として教えられてきたから」

 珍しく率直な言い方だと思った。

「でもミストレアは土属性Sだ」ダリウスは続けた。「学問的な観点から言えば、あの才能は王国の資産だ。それを潰すような行為は、合理的でない」

 感情ではなく、論理から入る。

 それがダリウスという人間の誠実さの形だと、俺は理解した。

「アードラー様は」俺は少し考えてから言った。「感情より先に論理で動く人ですね」

「そう見えるか」

「それは長所だと思います。ただ」

「ただ?」

「セラは論理で動く人間でもあるので、その筋で近づけば話は通じると思います。今は接点がないかもしれませんが」

 ダリウスは俺を見た。少し訝しむような目だった。

「お前はなぜ、私にそんなことを言う。利益がないだろう」

「ありますよ」

「何が」

「アードラー様がセラの才能を正しく評価していれば、三年後に大陸で何かが起きた時、俺たちは同じ方向を向けるかもしれない。それは大きな利益です」

 三年後、と言ったのは意図的だった。

 大厄災の話は、まだ明確に口にする段階ではない。だが「何かが起きる」という前提だけは、この場の三人には共有していい。

 ダリウスの目が、少し変わった。

「三年後、とは?」

「まだ言語化できていません。ただ、アルベルト教授の研究はその点に関わると思っています」

 教授がそこで静かに口を挟んだ。

「ダリウス君、エールハルト君の感覚は私も共有している。具体的な話になれば、また報告するよ」

「……分かりました」

 ダリウスはそれ以上は聞かなかった。

 この場で聞ける限界を、彼は正確に判断したのだと思った。それも、彼の論理性の一部だ。


 帰り道、俺はダリウスと廊下を並んで歩いた。

 研究室を出てから最初の角まで、二人とも無言だった。角を曲がったところで、ダリウスが言った。

「エールハルト」

「はい」

「お前は学園に来る前に、どこで勉強していた」

「家庭教師と、領地の図書館です」

「図書館か」ダリウスは少し考えるような間を置いた。「エールハルト領の図書館には、普通の子爵家が持つより多くの蔵書があると聞いたことがある」

「父が本好きなので」

「お前もか」

「俺も本が好きです。特に歴史書が」

「歴史書」ダリウスは俺を横目で見た。「魔法師の卵が歴史書を好むのは珍しい」

「魔法と歴史は、根っこで繋がっていると思っているので」

「どういう意味だ」

「魔法の発展は、必ず社会の変化を伴います。火薬が——失礼、強力な攻撃魔法が生まれると、それまでの戦争の形が変わる。治癒魔法が普及すると、人口構成が変わる。魔法を知るだけでなく、それがどういう歴史的影響を与えたかを知ると、現在の世界がより見えやすくなります」

 ダリウスは少しの間、何も言わなかった。

「……なるほど」

 短い言葉だったが、否定でも肯定でもなく、何かを処理している時の言葉に聞こえた。

「アードラー様は、歴史はお好きですか」

「嫌いではない。ただ、政治史に偏りがちだ。軍事と外交の話が中心になる」

「それは家柄の影響ですね」

「そうだな」

 次の角で、ダリウスは別の方向に曲がった。

 曲がり際に、一度だけこちらを振り向いた。

「エールハルト。お前は面倒な人間だ」

「それは褒め言葉ですか」

「判断保留だ」

 それだけ言って、歩いていった。

 俺は少し笑った。

 前世の歴史教師として言えば、ダリウスは「最初は扱いにくいが、一度信頼が生まれると動かない」タイプの人間だ。そういう人間が周囲にいた時代の政治は、長続きした。逆に、扱いやすいが信頼の浅い人間だけで固めた権力は、外圧に脆かった。

 今はまだ、ダリウスとは「互いに様子を見ている」段階だ。

 しかしそれが何年かかるとしても、この関係は積み上げていく価値がある。俺はそう判断した。


 その夜、食堂でセラが珍しく俺に話しかけてきた。

 クロードが別のテーブルの生徒と盛り上がっている隙に、向かいの席から静かに言った。

「昨日のことです」

「何でしょう」

「アルベルト教授が呼んでいる、という話」

「ああ」

「あれは嘘でした」セラは俺を見た。「なぜそういう方法を選んだか、聞いてもいいですか」

 俺は昨日クロードに話したのと同じ内容を、より短くまとめて話した。

 セラは聞きながら、何も相槌を打たなかった。ただじっと聞いた。

「つまり」聞き終えて、セラは言った。「私の立場を守るための方法を考えた、ということですか」

「そうです」

「それは」彼女は少し間を置いた。「普通の貴族が平民に対してすることではありません」

「俺は普通の貴族でもないし、あなたを貴族と平民の枠で見ていないので」

「なぜ?」

「測定会でのあなたの魔法を見たからです。土属性Sは、それだけで十分な話です。それに」

「それに?」

「あなたは最初の日に、俺を『何かを測っている感じがする』と言いました。正確でした。そういう観察眼を持っている人間は、立場に関係なく信頼できます」

 セラは黙った。

 クロードが向こうのテーブルから大きな笑い声を上げた。二つのテーブルが少し騒がしくなった。

 その騒がしさの隙間で、セラが言った。

「私は農村の出身です」

「知っています」

「父は農夫で、母は村の薬草師でした。貴族の子弟と同じ学園で学ぶことになった時、父は泣いて喜んだ。母は心配した」

「どちらも正しいと思います」

「私は母の言う通りだと思っていた。ここでは理不尽なことが多い。でも」

 セラは一瞬だけ、窓の外を見た。

「それを誰かが考えてくれるとは、思っていなかった」

「今後は三人で考えます」

「クロード君も?」

「昨日話しました。あれで見えていないようで、あなたのことを気にしています」

 セラは少し目を丸くした。珍しい顔だった。

「……そうですか」

「意外でしたか」

「少し」

「俺も最初は意外でした。ただ、あの人は鈍いようで、大事なところで鈍くないことがある」

 セラは視線をクロードの方に一度向けた。

 クロードは向こうのテーブルで相変わらず騒がしく笑っていて、こちらに気づいていない。

「そうかもしれません」セラは言った。「騒がしいのは変わりませんが」

「それは一生変わらないと思います」

 セラがわずかに、口元を動かした。

 笑った、と言えるほどではない。でも笑いに最も近い表情が、一瞬だけあった。

 それで十分だった。


 夜、自室で手帳を開いた。

 今日見えたことを整理した。

 ダリウスは「論理で動くが、感情を持っていない人間ではない」。それが今日の会話で分かったことだ。セラへの対処を「合理的でない」という言葉で表現したが、その根底には「才能ある人間が潰されることへの怒り」があったと俺は感じた。それを直接言わないのが彼のスタイルだ。

 セラは「助けを求めない代わりに、受け取ることを学んでいる最中」だ。父が泣いて喜び、母が心配した、という言葉の重さを、俺はまだ完全には理解できていない。でも今日、彼女が少しだけ話してくれた。それは大きな一歩だ。

 クロードは「隣にいること」を素直に引き受けた。それがどれほどの価値を持つか、本人はまだ分かっていないかもしれない。でも分からなくても、やれる人間だ。

 前世でよく考えていたことがある。

 歴史を動かすのは、英雄や天才ではなく、「その場にいた人間の選択の積み重ね」だという話を、授業でよく生徒にしていた。

 今日の小さな選択が、三年後の何かに繋がるかもしれない。

 繋がらないかもしれない。

 でも選択しないより、した方がいい。

 前世では選択が足りなかったと、落ちながら思った。今世では、後悔のない方を選び続けたい。

 ランプを消した。

 暗闇の中で、窓の外の星が見えた。

 今夜も多い。この世界の星は、本当に近い。

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