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『東京封鎖・2160時間〜自給率0%のメガロポリスで1400万人が共喰いするまで〜』  作者: 月神世一


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EP 3

【情報のディーラー】タワマンと不動産屋

港区、六本木。外資系も入居する豪奢なオフィスタワーの最上階。

全面ガラス張りの窓から見下ろす交差点は、すでに阿鼻叫喚の様相を呈していた。

信号機は機能しているというのに、車は完全にクラクションを鳴らし合いながら身動きが取れなくなっている。歩道では、両手に抱えきれないほどのトイレットペーパーやカップ麺を抱えたスーツ姿の男が、見知らぬ若者に突き飛ばされ、路上に散らばった食料を奪い合っていた。

「馬鹿どもが。乾燥した麺をいくら買い占めたところで、数日で水が止まることにも気づかないのか」

大手総合デベロッパーのトップセールスマンである黒崎くろさきは、冷笑とともにブラインドを下ろした。

パニックが始まって数時間。同僚たちは皆、家族に電話をかけたり、近くのコンビニへ走ったりと我を忘れている。だが、黒崎だけは己のデスクに座り、社内の極秘サーバーにアクセスしていた。

手元の分厚い暗号化USBメモリに、次々と膨大なデータを吸い出していく。

黒崎の頭脳は、誰よりも早くこの封鎖都市における『真の通貨』の正体に気づいていた。

現金など、明日にはただの紙屑になる。金塊もブランド時計も腹の足しにはならない。

これからの世界を支配するのは『カロリーのありか』を示す情報だ。

ダウンロードしているのは、ただの顧客名簿ではない。

都心に点在する超高級タワーマンションや、政治家・芸能人が所有する要塞のような邸宅の『完全な設計図』である。

「港区の〇〇ヒルズ、非常用発電機のための重油タンク、容量五万リットル。……よし。渋谷区の地下シェルター付き個人邸宅、完全防音・独立浄水システムあり。……これもいただきだ」

どこに、どれだけの水(受水槽)と燃料、そして富裕層の隠し持った備蓄があるか。

警察や自衛隊でさえ把握しきれていない「都市の死角」を、黒崎たちディベロッパーだけは正確な座標データとして握っていた。

プログレスバーが100%に到達し、黒崎はUSBメモリを引き抜いた。

その足で、彼は静かに個室の喫煙ルームへと向かい、自身のスマートフォンではなく、会社が緊急用に備えている衛星回線めいた特殊な有線電話を取った。

コール音は二回。相手は、懇意にしている内閣府の副大臣だ。

黒崎は、相手がパニックで喚き散らすのを冷たく遮った。

『……先生。落ち着いて聞いてください。今、あなたがた政府は西多摩に防衛線を敷き、国民を見捨てる算段をしているでしょう。ええ、わかっています。私を舐めないでいただきたい』

黒崎は、ポケットの中で冷たいUSBメモリの感触を弄びながら、悪魔の取引を持ちかけた。

『自衛隊を動かすにも、どこに物資があるか分からなければ無駄足になりますよ。私の手元には、都心のどこに重油と地下水脈と……豊かな備蓄を持った”豚”が隠れているか、すべて記した宝の地図があります』

電話の向こうで、副大臣が息を呑む音が聞こえた。

『この全データを差し上げます。軍の徴発にお役立てください。その代わり——』

黒崎の目は、ガラスに反射する自身の顔を冷酷に睨みつけていた。

『今日の深夜、私の家族3人を西部のグリーンゾーンへ運ぶヘリの座席を用意してください。……ええ、良いお返事をお待ちしております』

電話を切る。

黒崎の密告により、彼がこれまで笑顔で「終の棲家です」と売りつけてきた顧客たちのタワーマンションは、明日以降、政府軍による容赦ない強制徴発(略奪)の標的となる。そしていずれはその情報が暴徒にも漏れ、凄惨な襲撃の舞台となるだろう。

だが、知ったことではない。

生き残るのは、情報を売り捌いた者だけだ。

黒崎がオフィスを出た時、空に浮かぶ無機質な数字が、また一つ時を刻んだ。

【2153:10:44】

最初の夜が、ゆっくりと東京を黒く染めようとしていた。

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