EP 1
空が断絶された日
朝礼の最中だった。
練馬駐屯地の上空、抜けるような秋の青空に、突如としてバグのようなノイズが走った。
「……なんだ、あれ」
第1普通科連隊に所属する若き3等陸曹、神谷は目を疑った。
空が、まるで出来の悪いホログラムのようにモザイク状に歪み、直後、巨大な『数字』が東京をすっぽりと覆うドーム状の膜に浮かび上がったのだ。
【2160:00:00】
デジタル時計のような無機質な赤い光。
駐屯地の外、環状八号線を走っていた車が次々と急ブレーキを踏む音が響く。
フェンスの向こう側で、スマホを空に向ける市民たちの姿が見えた。彼らはまだ笑っている。どこかの世界的IT企業のドローンショーか、映画のプロモーション映像だとでも思っているのだろう。呑気にSNSへ投稿しているのが遠目にもわかった。
しかし、神谷たち自衛官の背筋は凍りついていた。
基地内のあらゆる通信機器が、不気味な沈黙に陥っていたのだ。
防衛省本省(市ヶ谷)との暗号通信網はおろか、個人のスマートフォンすら完全に圏外。
直後、けたたましい非常サイレンが駐屯地内を切り裂いた。
「全隊、直ちに武装せよ! 災害派遣ではない、繰り返す、災害派遣ではない!」
中隊長のひび割れた怒声が飛び交う。
神谷は武器庫へ走りながら、自身の耳を疑った。
次々と隊員たちの手に渡されていくのは、演習用の空包ではない。
ずっしりと重い、89式5.56mm小銃用の『実包(弾薬)』だった。
「……中隊長殿、これは、テロ対策ですか? それとも暴動鎮圧ですか」
弾倉を受け取りながら尋ねた神谷の震える声に、中隊長は血の気の引いた顔で首を振った。
「有線回線でかろうじて警視庁本部と繋がった。……東京が、物理的に封鎖された。都境に目に見えない壁ができている。何も出られないし、何も入れない」
中隊長は神谷の肩を強く掴み、吐き捨てるように言った。
「1400万人が、この箱の中に閉じ込められたんだ。……東京の食料自給率を知っているか? ほぼゼロだ。数日後、スーパーから食べ物が消えた時、外にいるのは『保護すべき市民』じゃなくなる。食い物を奪い合う暴徒だ」
神谷は、手の中の冷たい真鍮の弾丸を見つめた。
自衛隊が、国民に銃口を向ける日が来るなんて。
空に浮かぶ巨大な数字が、無音のまま時を刻み始める。
【2159:45:12】
自給率0%のコンクリートジャングルで、1400万人の生存競争(共喰い)が始まるまで、あと90日。




