第50話 おじさん、引きこもる
「ダンジョン引き籠もり生活」が始まる。
村人たちへの連絡を済ませたその足で、渓谷ダンジョンの浅層と中層を一気に駆け抜ける。
その途中、因縁のモンスターと再会した。
通路を塞ぐように鎮座する、全長三メートル超の動く要塞。
堅牢の守護者。
以前、レジェンダリーアイテム『聖域の結界石』を手に入れた相手だ。
……そして、そのアイテムをクソ女にカツアゲされた苦い記憶も同時に蘇る。
「……思い出しちまったな」
胃の腑が、チリチリと焼けるように熱い。
あの時の屈辱。無力感。
目の前の巨体に罪はないが、今の俺にとっては不快な記憶のスイッチでしかない。
握りしめたバールの柄がきしりと鳴る。
「八つ当たりだ。悪く思うなよ」
地を蹴る。真正面からの特攻。
以前は「針の穴を通すような一点」を探して攻撃したが、あの時とは次元が違う。
全身の魔力を練り上げ、バールの先端へ一点集中。
赤黒い光が、唸りを上げて飽和する。
単純な質量と魔力による、強引な破壊。
一撃。
轟音と共に、自慢の外殻が紙屑のように弾け飛んだ。
中身が露わになる暇さえない。叩きつけられた衝撃波が、内部構造をズタズタに引き裂いていく。
一瞬の蹂躙。
光の粒子となって消えゆく巨体を前に、システムウィンドウがポップアップする。
「お! あった!」
ドロップの選択リストには、以前と同じ、橙色で輝くアイテム名が鎮座していた。
聖域の結界石。
半径5メートル以内に、あらゆる敵意を遮断する絶対不可侵領域を展開する結界具だ。
通常の深層探索や野営においては、これ以上ない安全地帯を約束してくれる便利アイテムである。
「これ、もう一回欲しかったんだよな。」
前と同様、ゴーレムの素材になる『守護者の核』と『聖域の結界石』を確保する。
虹色の光を内包した拳大の美しい石と、鋼鉄のような光沢を放つ球体が、手の中にずしりと重みを伝えてくる。
「おぉ、戻ってきた。今度はずっと一緒だからな」
手のひらの上で虹色に輝く石へ、愛おしげに指を這わせる。
端から見れば危ない奴だが、前はクソ女に分捕られたからな。
無機物相手に話しかけるくらい、バチは当たらないだろう。
ふと、あの時の光景が脳裏をよぎる。
圧倒的な暴力の前に為す術なく、ただ奪われるだけだった無力な自分。
あんな惨めな思いは、もう二度とごめんだ。
こいつを守るためにも、そして何より、俺自身の尊厳を守るためにも。
強くならなければならない。
大切に結界石をインベントリにしまい込むと、改めて周囲を見渡した。
思わぬ収穫に足を止めてしまったが、今日の目的地はここじゃない。
目指すは更に奥、地下31層からの『深層』エリアだ。
◇
階層を下るにつれ、肌にまとわりつく魔素の濃度が、これまでの比ではなくなっていく。
常に吹き荒れる暴風。切り立った崖。
ここから先は、深層の領域だ。
「……さて」
『通知:これより深層領域へ突入します』
ナビ子の無機質な、しかしどこか人間味を帯びた声が脳内に響く。
『推奨:今回は深部への本格的な探索行動が予測されます。前回のリハビリ時には不要と判断し省略しましたが、深層エリアの特性について詳細な情報の共有を提案します』
「ああ、頼む。そういえば、ほとんど知らないんだ。適正レベルが白金級以上ってことくらいか」
俺が曖昧な記憶を引っ張り出すと、ナビ子は少し嬉しそうに、まるで教師が生徒に教える時のようなトーンで語り始めた。
『お任せください。優秀なサポートAIである私が、マスターのために分かりやすく解説いたします。まず、最も重要なのは、深層以降が巨大な地脈で接続された「共通領域」であるという点です』
「共通領域?」
『はい。例えるなら、浅層や中層が「各家庭の個室」だとすれば、深層はそれらが地脈というパイプで繋がった「巨大な地下広場」のようなものです。同じ地脈の上にあるダンジョンであれば、どこの入口から潜っても、最終的にはこの広大なフィールドに合流します』
「なるほど」
『また、ここでは明確な「階層」の区切りが存在せず、進む方角や高度によって気候・生態系が極端に変化する「バイオーム構造」が展開されています。例えば、マグマが露出した灼熱の「火山・溶岩バイオーム」や、全てが凍りつく極寒の「氷雪・凍土バイオーム」など、低ランク探索者であれば環境ダメージだけで死に至る過酷なエリアが多数存在します』
初耳の話が満載だが、無理もない。
そもそも深層に到達できる探索者自体が世界でも一握りしかいないのだ。
貴重な攻略情報は探索者や大手クランが独占していて表には出てこないし、ネット掲示板に転がっているのは「深層にはドラゴンがいる」だの「異世界に繋がってる」だのといった、真偽不明の都市伝説ばかり。
俺のようなおっさんが詳しく知る由もなかったわけだ。
『さらに補足しますと、システム上に表示される「○○層」という数値は、実際のフロア数ではなく、エネルギー濃度に基づいた「深度レベル」を指します。階段を降りるのではなく、より「奥」へ、進むほど数値が上昇します』
物理的な高低差ではなく、概念的な「深さ」。
つまり、魔素の濃度が濃い方へと進めば、自然と深度が高くなる仕組みらしい。
単純明快で助かる。
『一部領域においては物理法則の歪みも確認されますが――今回の探索では、そういった危険地帯は避けてルートを構築します。効率的なレベル上げと素材収集を最優先しましょう』
「そりゃどうも。……ありがとな、ナビ子」
空気が重い。肺を満たす濃厚な魔素。
普通の探索者なら息をするだけで肺が焼けるような環境だろうが、今の俺には極上の酸素カプセルみたいなもんだ。
体内の細胞が、待ってましたとばかりに活性化するのを感じる。
視界に広がる、薄暗い荒野を見渡す。
ここから先は、地図もない未踏の領域だ。適当に歩き回って遭難するのは笑えない。
『ルート構築完了。推奨コースを表示します』
ナビ子の声と共に、視界にワイヤーフレームの3Dマップが展開される。
広大な深層エリアの中で、赤く塗りつぶされた危険地帯を巧みに迂回し、一本の青いラインが奥へと伸びていた。
『現在の装備とステータスを考慮し、最も効率的かつ安全に攻略可能なエリアを選定しました。
ターゲットは――深度33層〜35層、遺跡・古代都市バイオームです』
「古代都市?」
『はい。この先には古代文明を模した都市が広がっています。
推奨理由は3点。
1.環境ダメージを受けず、長期滞在に適していること。
2.出現するエネミーの多くが「機械型」であり、マスターの得意とする「物理的な構造破壊」との相性が極めて高いこと。
3.ドロップ品から拠点設営に有用な資材・部品が回収できること』
なるほど、理にかなっている。
いきなり極寒の雪山や灼熱の火山に放り込まれるよりは、屋根のある場所で足場を固めた方が確実だ。
それに、「機械」というのは興味深い。
「古代都市の機械か。……ボルトの一本も緩んでそうだな」
口元が自然と歪む。腰のバールを軽く叩く音が、静寂に小気味よく響いた。
サビついた機械を叩いて直すのは、得意分野だ。
『補足。当該エリアには古代殲滅兵器や亡国の怨念騎士といった高ランク個体の反応も確認されています。
これらはレベル400以上であり、これまでダンジョンで遭遇したモンスターとは比較にならない戦闘能力を有しています。十分な警戒を』
「名前がいちいち強そうだな……。まあいい、避けて通れるなら避けるし、襲ってくるなら返り討ちにするだけだ」
軽く屈伸をし、肺一杯に濃厚な魔素を吸い込む。
身体が軽い。指先まで感覚が鋭敏になっているのがわかる。
「よし、案内頼むぜ、ナビ子。――おじさんの深層引きこもり生活、スタートだ」
『了解。ナビゲーションを開始します』
視界に浮かぶ青い矢印に従い、荒野を蹴って走り出す。
目指すは古代の廃都。
そこには、俺のまだ知らない「お宝」と「経験値」が待っているはずだ。
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