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薬井さんのお願い

「親戚の子だよ……」兄妹の設定はさすがに無理があると踏んだ。「唯一の身寄りのおばあちゃんがこの前入院しちゃって、来年受験生だし国立目指してることもあって、勉強に集中させてやりたいから1年だけ俺が面倒見てるんだ」


 薬井は文系と言えど俺より偏差値の高い大学を卒業している。その地頭の良さは彼女とのこれまでの会話からわかっている。つまり、生半可な説明ではかえって怪しまれる。聞かれたことだけに答える、という俺の信条も今回ばかりは裏目に出そうだ。


「そっか。今の受験大変だしね、考える力をだの情報を整理する力だの入試も傾向がらっと変わって、私はそんなの大学で身につければいいじゃんって派」エルピスに向けて軽く微笑むと、「勉強のことなら佐村くんより私のほうが頼りになるから、いつでも相談乗るよ」


「あ、ありがとう……ございます」


 レジの支払いを済ませ、3人でスーパーを出た。


「じゃ、私はここで。明後日の出張だけど、先方に伝える内容まとまってる?」

「全然。なにせ人手が足りないから、要求品質に応えるどころか過去の負の遺産を整理するだけで手一杯。問題だらけの品番を客先に売りつける薬井も大変だよな」

「上の人は問題認識が甘いからね」


 客先に出向き、製品に不具合が出ている現状を技術の俺と営業の薬井で説明するという高難度クエストが待ち構えている。考えるだけで胃がキリキリと痛んだ。


 薬井と別れ無事に帰宅し、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「今日は追求が緩くて助かったよ、あいつほんと鋭いからな」


「すごく親しそうだったね……」スーパーの袋から食材を取り出しながら、エルピスが言う。


「口下手な俺のフォローをしてくれるって意味で機嫌を損ねるのが愚策なだけ。親しい、というよりポイントを落とさないように振る舞ってる、かな? 俺はわりと打算的に薬井との関係を維持してきたのか……」

「あの人、ちょっと怖かったかも」

「その気持ち、わかるよとても。あの全てを見透かすような目が俺も最初は怖かった。でも悪いやつじゃないのは保証する。ごめんな、怖い思いをさせてしまって」

「ユーマがどんな人と会社で一緒にいるのか知れて良かった。だから気にしないで」


 そう告げたエルピスの表情はどこか不安げな印象だったが、気のせいだろうか。


       †


「納期来月末かー、終わったな……」

「これでも粘ったんだから感謝しなさい。佐村くんだけだったら、来週中にサンプル持ってこいって怒鳴られてたと思う」

「感謝はしてるけど、ちょっとの延命じゃうちの会社の闇は晴らせない。話が進みすぎて追いつかなくなって、検査不正を強要なんて洒落にならないぞ?」

「転職先早めに当たりつけるほうがいいね」

「長くいるほど、辞めにくくなるだろうしな」


 出張帰りの新幹線、俺は薬井と新幹線の2人掛け指定席で会話していた。当然直帰が許される甘い環境の訳がない。


「ま、仕事のことはいったん忘れて、佐村くんにお願いしたいことがあるんだけど」

「納期はこれ以上妥協できません。どれだけ営業に催促されようとも」

「だから仕事の話じゃないって。この間の親戚の子だけど、すごく美人だったね。可愛いと美人の間というか、まだあどけなさの残る新人女優って感じ……まるで親戚以上みたいに佐村くんにべったりだったような、ね」


「何が言いたいんだ?」俺は自販機で買ったコーヒーの蓋を開けた。薬井のせいで手汗がひどい。


「あ、ちょっと顔赤い。もしかして?」

「からかうのはやめてくれ。探っても何も出てこないぞ。薬井さんの想像を満たすようなことは起きてない」

「私まだ何も言ってないよ。容姿を褒めただけで」

「まったく、営業は腹に黒いモノ飼ってる人ばっかりだな」

「それで、気にならないの?」

「何の話?」

「もう忘れた? お願いしたいことがあるって言ったでしょ。それとも早く話を終わらせるためにあえて突っ込まなかったとか」


 駄目だな、完全に心を読まれている。


「納期のこと考えてた。話聞くだけなら別に構わないけど」

「あの子に勉強教えさせてよ」

「うまくそそのかして芸能界デビューさせようとか、そんな魂胆じゃないだろうな」


「単純に話をしてみたいんだ」薬井は落ち着いた調子で、「私も両親、小さい頃になくしたからさ。遠い親戚の家で形見の狭い思いしながら勉強頑張るしかなくて、嫌われないように努力し続ける。佐村くんは大丈夫だと思うけど、居候に家事押しつけたり、私はあまり良くない待遇だったからね。てなわけで、あの子の力になりたいわけ」


 薬井の洞察力の鋭さはそういう幼少期の環境で身につけたものに違いない。常に相手の心理状態を把握し、嫌われないよう立ち回るスキル。そりゃあ2年目にしてスターと呼ばれるだけの営業スキルをもっているわけだ。


「今はおばあちゃんのことでナーバスになってるから、落ち着いてから薬井に連絡、という流れでどうだ?」

「ありがと、もちろん状況が落ち着いてからでいいよ」


 エルピスが幸せになるためには、もっと多くの人と広い視野で関わる必要があると俺は思う。例えば大学という場所のように。薬井を勉強の講師として迎える案は、それほど悪くない考えだと思った。


 落ち着いてから連絡する、と返したのには理由がある。エルピスはまだ日本の高校レベルの授業を全く知らないが、かなり優秀。少し俺が教えてやれば、薬井に怪しまれない程度の学力にしてやれるんじゃないか、それが俺の狙いだ。

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