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背後の刺客

「そろそろ帰るか。今日は疲れただろ」

「ユーマ、さっきの話……」

「エルピスを幸せにしてくれそうな人、か」

「わたしはユーマがいい。他の人じゃ嫌だよ」


 エルピスが傷つかない道にレールを敷くのが自分の役目だと思っていたが、それでは駄目だ。俺を信じるという言葉がいつしか依存に変わっていくのを俺は恐れている。無論、俺自身にも言えることだ。エルピスと暮らすこの状況が永遠に続くと思っていないか。いざというときは魔法で疲労を癒やしてくれるから心に余裕がある状況になっていないだろうか。


「ありがとな。そこまで自分を必要としてくれる環境に慣れてなくてさ……ひとまずこの話は一旦置いといて、今日は帰ろう」

「うん、わかった。じゃあ魔法で帰る? 魔素の巡りが良くなったし、大丈夫だよ」

「テレポート的なやつか」

「一瞬で家に着く」


 エルピスに魔法を使わせるのは少し気が引けたが、投資と同じでリスクを負わずしてリターンは得られない。魔法を使えばエルピスの魔素量は少し減るが、彼女は俺のために使うことで幸せを感じ、トータルではプラスマイナスゼロかややプラスに働くかもしれない。


「任せるよ、無理のない範囲でな──あ、そうだ。晩ご飯の食材買わなきゃだから、スーパーの近く、できれば人目につかない場所に転送してくれたら助かるな」

「ユーマはすごく慎重だもんね」

「性分だ。誰かに見られたら後々面倒だし」


 エルピスは例のごとく詠唱を始め、彼女自身と俺の胴体に魔法陣を浮かび上がらせたかと思うと、直後に急な加速度に襲われ平衡感覚を失った。


 目を開けると、俺たちは人気のない路地に立っていた。住宅街で、近くにはスーパーがある。俺の住んでいるアパートは目と鼻の先。ちょうどいいところに飛ばしてくれたらしい。


「ナイス着地、エルピス」


「そうでしょ」得意げに微笑んだ。


 だが着地の衝撃のせいか、ヘッドセットの位置がずれているのを俺は発見し、直してやった。何の脈略もなく彼女に触れたので、エルピスの身体がピクッと反応したのがとても可愛らしかった。


「ごめんごめん、びっくりさせたな」

 

 エルピスは頬を赤らめ、「さ、さあ。か、買い物行こう。早くしないと良い食材なくなっちゃうかも」


「それもそうだな。今日の晩ご飯──豆腐のハンバーグにするか」


 俺たちはスーパーへ足を運び、必要な食材を2人でカゴに詰めていった。エルピスの容姿を見てヒソヒソと声がする場面もあり俺はやや気を揉んていたが、可愛い子には旅をさせなければならないのだ。いつまでも俺が守ってちゃ駄目だ。


 そう固く誓ったはずなのに……。


 調達を終え、俺たちは1番空いているレジを見つけて並んでいた。


「お腹空いたね。豆腐のハンバーグ……美味しそうな響き。わたしも手伝うから、ちゃんと作り方教えてね」

「心強いな。お言葉に甘えるとするか」

「ユーマは慎重なくせに自分のことになると疎いから、いつか倒れないかこっちも心配してるんだよ」

「ごめんな、でも少々無茶してでもエルピスのためになら頑張りたいんだ。だって、これだけ心の綺麗なエル……人が報われないなんて、何だかもう1人の俺を見てるみたいで、何とかしたくなるんだよな」


 エルピスは逃げるように、すっと俺から視線を背け、「綺麗……」


 どんな表情をしているのか俺にはわからなかったが、不快ではなさそうな雰囲気なので、ひとまず安心。


「佐村くん……?」


 不意に背後から声がした。エルピスは俺の1つ後ろに並んでいるが、そのさらに1つ後ろ。


「薬井さん……!」

「よっ。その顔、また徹夜した?」


 ショート髪かつやや低めボイスをもつボーイッシュな彼女は、俺の同期だ。配属は同じ本社で営業をしている。


 いや、どうするどうするよ……エルピスと一緒にいるこの状況を知り合いに見られた。考えるんだ、会議で散々詰められ怒鳴られしてきた俺なら突破口を見出だせるだろ。


 エルピスは挙動不審で明らかに困惑している様子だった。


「あ、ああ……最近は徹夜してないんだ。健康診断引っかかって、ストレス性って診断されてな」


 エルピスが間に挟まれているので、何とも話しづらい。


「ふーん」薬井はちらりとエルピスのほうに目を向け、「なるほど」と自分の財布の中身を確認した。


「薬井さんこそ、どうしてここに? 最寄りじゃないだろ」

「九堂が今日会社で倒れて早退したから、近くに住んでる私がさっきまで看病に行ってた。あそこの駅、ドラッグストアはあるのにスーパーはないでしょ。電車遅延してるし、時間も時間だし、歩いてスーパー寄ってそのまま帰ろうかなと思ってね」


「あいつ、あれだけ注意したのにやっぱ無茶してたんだな」


 で、と薬井は告げた。「この可愛らしい子は佐村くんの兄妹? それとも親戚?」

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