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第132話 闇夜の銃撃戦

 轟音と共に鉄扉が吹き飛ばされた瞬間、カレンは手にしていた小銃を発砲、その直後には腰のホルダーに提げていた散弾銃を抜き放っていた。


「――くそったれ、地獄に墜ちろ!!」


 罵倒と共に二連射――弾切れになった方をホルダーに突っ込んで、もう一丁をさらに発砲する。弾き出された直径六ミリの散弾が広角に飛散して敵兵に鉄の雨を降らせ、悲鳴と血飛沫が吹き上がる。


「ケツをつけてやがったなら……殺るしかねえよな!」

「ええ――やるわよ!」


 着剣したカービン銃を閃かせ、アイリスとカレンが前方へ突出する。部隊としての高い平均値から見れば、アイリスは決して格闘術に秀でているというわけではない。だが、こと銃剣術に関して言うのであれば、その技が槍術に通じるという一点において、彼女には精鋭無比の技量があった。


「こいつ――」


 咄嗟に拳銃を構えた敵の士官が前に出る。率先垂範を是とする軍において、その行動は美徳であったかもしれない。だが、刃を手にした猛者二人を前にして、それは余りにも愚かな行動であった。


「奥に引っ込んでりゃ――」


 地を這うような低い構えから、カレンが銃剣を一閃する。稲妻が逆さに駆けたが如くに刃が奔り、拳銃を握っていた右腕が斬り飛ばされる。


「――死なずに済んだかもしれねえってのになぁ!」


 それを目で追う間も与えず、返す刀で振り抜かれた切っ先が心臓を貫いた。咄嗟にカバーに入ろうとした隣の兵士が前に出たが、その前身はアイリスが放った鋭い刺突によって阻まれた。狙いすました一撃が革製の軽胸甲ごと胸を貫き、切っ先が背中に突き抜ける。

 だが、それを正確に視認した者はいない。突き刺して引き抜くまでの一瞬は、尋常の視力では決して捕捉し得ない領域に達している。

 入隊以前から武門に身を置いて修練を積み重ねた果てに会得した戦技は、今は最早時代遅れとなりつつある。だが、白兵戦において繰り出されるその威力に関しては、火器と密集防御に頼り切った近代的国民軍の兵士を圧倒するに十分であった。

 近代的な軍事訓練の域外にある戦闘技能を前にしたとき、尋常の兵員ではそれに対応することは不可能である。コンバット・ナイフを手にした兵士と、短剣で武装した武術の達人――それが相対したが如き状況である。裂帛の気合とともに放たれた連続の刺突が三人の兵士を瞬時に貫き、次いで横薙ぎに払われた銃床が、棍棒となって一人の頭蓋を打ち据えた。

 えげつねえ、とカレンは内心舌を巻いた。殺意を込めた技でありながらも流麗――国民軍の形成とともに失われつつある戦技は、カレンの持つストリートファイトの技術とは対極にある。

「スキル」として相手を打倒する戦闘技術と、歴史の中で体系化されてきた「アーツ」――その二つをもって、彼女らは眼前の敵を圧倒した。半ば捨て鉢にナイフを振りかざした最後の一人の腕をアイリスは取り、小さく弧を描くように捻り上げ、同時に膝関節に銃床を叩き込んだ。

 その一撃で半回転して宙を舞った兵士の身体は、鈍い音を立てて石畳に打ち付けられた。苦痛に表情を歪めた直後、稲妻のような刺突が胸甲の隙間を縫って心臓を穿つ。残酷でありながら鮮やかな技量を見せたアイリスは、着剣した小銃を手元で振り回して刀身の血を払い飛ばした。


「やりたくないけど、強行突破しかないわね――プランBよ」

「プランB? 何だそりゃ?」

「今考えたのよ――どうにしろ、地上に注目を集めるのが私達の仕事なんだから、見つかったって問題ない!」


 そう言って、アイリスは薄暗い弾薬庫から飛び出した。あちこちで軍靴が石畳を蹴る派手な音が響き、城内の兵員が次々と吐き出されてくる。だが、状況は未だに彼女らに味方していた。過大な防御要員の投入は、逆に少数で潜入している敵の発見を困難とする。

 牛刀で鶏を割くが如き行動は作戦行動状の隙を大きくする。投射される戦力が巨大であればあるほどに、少数の侵入者にとっては有利であった。


「予備の工兵資材はどれだけ残ってる!?」

「火炎瓶が8本、梱包爆薬が4つ。弾薬庫をもう一つ吹き飛ばすくらいはいけるぜ! それに――あっちも頑張ってると見えた!」


 カレンが指差した先、爆発が立て続けに連鎖する。続けて建物が崩れる音――梱包爆薬を抱えたテレサによる破壊工作であった。


「造るのも得意だが、壊すのも同じくらい得意――そう言ってたな、あいつ。ゴキゲンに壊してるぜ。この調子で……おっと!」


 カレンが素早く小銃を構えて発砲し、銃を向けようとしていた敵を射殺する。直後に無数の弾丸が彼女ら目掛けて降りかかり、二人は揃って石畳に這いつくばった。


「マズルフラッシュを見て撃ってきた! 同士討ちが怖くないの!?」

「怖けりゃあんなことしねえよ! クソ、頭の中身をどこかに忘れてきたのか!」

「けど、これで一つ分かったことがある――敵の指揮系統は混乱してる! 多分小隊単位でバラバラに行動して、全体としての統制が取れてないのよ! 外部からの侵入を防御する訓練は受けていても、内側からの破壊工作は想定していない……」


 小銃を握りしめたまま、アイリスは静かに状況を見据えていた。まっとうな指揮官であるならば、同士討ちを恐れて発砲を控える。だが、何の躊躇もなく攻撃を繰り返すとなれば、その時点で統制が取れていないことだけは明らかであった。


(多分、私達が何人で潜入したのかも分かっていない。一個分隊なのか、それとも小隊規模なのか――私の推測が正しいとすれば、このまま作戦を続ければ……!)


 アイリスは城壁の隙間からそっと顔を出し、敵兵が移動するのを確認してから、手にしていたランタンを軍服の懐に押し込んだ。途端に辺りに暗闇が満ちる。


「……カレンは夜目が利くかな?」

「当たり前だ、猫より見える。夜のストリートで慣らしたからな」

「なら、このまま私をガイドして逃げられる?」

「そいつも簡単だ、お嬢のためなら何だってやるぜ。で、どうしてほしいんだ?」

「敵の分隊を探して、その後ろに回り込む。それから、持っている銃を全部発射してみればいい。そうすれば――」

「……なるほどな」


 カレンはにやりと笑い、持っていた散弾銃と小銃に弾丸を再装填する。アイリスはポケットにねじ込んでいた拳銃の感触を確かめると、小さく息を吐いて正面を見据えた。


「敵の後ろから敵を撃つ。向こうには私達が見えていないし、弾が飛んできた方向目掛けてやたらめったに撃ち返す。もしそうなったら――」

「見えない敵と戦ううちに、同士討ちを繰り返して全滅だな。面白い――行こうぜ!」


 姿勢を低くしたまま疾走――光源を一切持たないアイリスは、カレンに手を引かれるままに走り続ける。自分の足元すら危ういが、不思議と彼女の胸には安心感があった。この戦友ならば、自分をどこまでも導いてくれる。その確信が、彼女の脚を前へと進ませた。

 階段を駆け登って監視台へと向かい、そこに展開する一個小隊の裏へと回り込む。呼吸は荒く、心臓は早鐘を打ち続けているが、二人の心は冷たいままであった。命懸けのときこそ冷静に――訓練で叩き込まれた極限状態への耐性が、眼前の状況を掌握させる。


「……敵は見える?」

「ああ、真正面だ……適当に撃ったらずらかるぜ。流れ弾に当たったら損をするからな。私が合図するから、そのタイミングでやれ。連射だ」

「了解」


 アイリスはポケットに収めていた拳銃を二丁抜き放ち、カレンの指示のもとに銃口を振り向ける。数秒後、カレンがすっと右腕を振り下ろした刹那、両手の拳銃が火を吹いた。続けてもう二丁、そして小銃――その隣で、カレンは散弾銃と小銃を連射した。

 後ろから撃ってきた、と叫ぶ声。その直後、二人の射撃を浴びたもう一個小隊は、高台に陣取る味方目掛けて猛烈な一斉射撃を見舞った。即座に混乱が辺りに満ち、闇夜に銃火が突き刺さる。それを確認したアイリスは、弾切れになった拳銃をポケットに突っ込んで立ち上がり、カレンと視線を交わした。


「……もう一度やれる!?」

「やってみるさ、敵がうまく引っかかればの話だがな!」


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