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潜伏する。

 ダイコン、ニンジン、タマネギ、キュウリ、ピーマン、パプリカ、トマト、カボチャ、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、長ネギ、トウモロコシ、アスパラガス、スナップエンドウ、キヌサヤ、ズッキーニ、ゴーヤ、ナス、ショウガ、ミョイウガ、ニンニク、トウガラシ、オクラ、サニーレタス、キャベツ、ホウレンソウ、セロリ、カブ、小松菜、白菜、ブロッコリー、カリフラワー。

 糯米、粳米、小麦、大麦、蕎麦、稗、粟、大豆、黒豆、緑豆、大納言小豆、中納言小豆、白小豆、ヒヨコ豆、レンズ豆、ササゲ、胡麻、落花生。

 栗、甘柿、梨、マンゴスチン、ライチ、柚子、甘夏、橙、温州ミカン、オレンジ、レモン、グレープフルーツ、ライム、梅、白桃、黄桃、アンズ、リンゴ、サクランボ、サワ―チェリー、キゥイフルーツ、マンゴー、パイナップル、カカオ、巨峰、マスカット、ヤマブドウ、レッドカラント、ブラックカラント、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、イチゴ、メロン、スイカ。

 サトウキビ、テンサイ、サトウカエデ、カカオ。

 シナモン、カルダモン、クローブ、キャラウェイ、アニス、ターメリック、サフラン、セージ、ローズマリー、タイム、コリアンダー、ナツメグ、バニラ。

 オリーブ、ヤブツバキ、ホホバ、アルガンノキ、シアバターノキ、ローレル、ムクロジ。

 とあるジュヴナイル(の皮を被った中華風味の超本格ハイファンタジー)小説を参考に作ったスミノキ、淡水テングサ、淡水真昆布。

 エノキ、マイタケ、ホンシメジ、ブナシメジ、ムラサキシメジ、ナメコ、マツタケ、シイタケ、ハナビラタケ、キクラゲ、シロキクラゲ、ヤマブシタケ、エリンギ、マッシュルーム、ブラウンマッシュルーム、ポルチーニ、黒トリュフ、白トリュフ。

 オリバナム、ミルラ、アンソクコウノキ、沈香、白檀、伽羅。

 季節感とか気候風土が仕事を放棄しているけれど、ため息が出るほど実りに実った見事な作物たちが、収穫の時を待っている。

 菌類が混ざっているけど、この世界ではキノコ類は植物のくくりになるらしく、米糠油を搾った後の糠とオガクズを混ぜて詰めた木箱でにょきにょき大量発生しているのが、微妙にカオスだ。

 実り溢れるこの庭――神恵級スキル≪庭師の王≫を活かすため、便宜上庭と呼んでいる――が、もとは納屋の裏、荒れ放題で放置された裏庭だったとは、お釈迦様でもご存じあるまい。

 本来、一アールほどの広さもない裏庭だけど、≪庭師の王≫によって「王の庭」になっているから、九ヘクタールまで拡張されて耕し放題の植え放題、しかも外からは元の荒れ放題の放置庭にしか見えないというチート加減。

 笑み崩れる顔はどうしようもない。

 側に控える栗毛の大型犬、に見えるものをもふりながら笑み崩れるわたしの視線の先では、『改良型マンドラゴラVer:05自律式農作業用じぇ☆いえー君』たちが、アケビの蔓で編んだ籠に、たわわに実った農作物を収穫している真っ最中だ。

 頭のおかしいスキルを持っているとはいえ、まだ九歳の女児でしかない私に、ガチの肉体労働である農作業は難しい。

 そこで、≪緑の王≫を使ってじぇ☆いえー君を作ったのだけど、作業内容に応じて大中小とバリエーションも数も豊富、手作業の繊細さと機械作業の効率性を兼ね備えているとか、作った本人も驚く高性能っぷりだったりする。

 ちなみに、Ver:01は定着型非可動式索敵自宅警備員ヒッキー君(アイビーモデル)。

 Ver:02自律式コンパニオンアニマルは、わたしにもふられている記念すべき第一号、ダイアウルフモデル・個体名称ホロケゥで、Ver:3はモビルトレース式着ぐるみGファイター(偽)だ。

 Ver:01は母屋から使用人が様子見に来る可能性が絶無と言い切れないので、その対策に、Ver:02は癒しのため、Ver:03は、スキルではフォローできない生活必需品を入手するために作った。

 後悔も反省もしていないけど、脊髄に沿ってばっくり割れた背中から、蚕豆の莢の中のようなふかふかの中身を見せて体育座りしているモブ系壮年男性は、軽くホラーかもしれない。

 ホロケゥにもたれながら見守る中、大小様々なじぇ☆いえー君たちは、収穫を終えると、それぞれの作物に応じた作業に移る。

 糯米、粳米と落花生ははさがけ・・・・に、雑穀類は実を落とさないよう元の向きのまま束ねて塚にして、からからに乾いて弾ける寸前の豆類は、特大じぇ☆いえー君の腹部に格納されていたミニじぇ☆いえー君が手作業で収穫、分別作業用の干し台へ。

 鮮度が命の野菜と果物は、重さやサイズごとに分けてから、じぇ☆いぇー君の手で傷まないよう注意深く、錬金術で作った段ボールの箱へと詰められて、箱がいっぱいになったら、一週間で消費する分くらいを残して、あとはストレージの中へと片っ端からしまっていく。

 サトウキビとテンサイ、淡水テングサは作業場へと運ばれ、オリーブとヤブツバキ、アルガンノキ、シアバターノキ、ローレル、ホホバは、十分油が搾れる実だけが厳選され、ムクロジは熟して皺の寄った実が次々摘まれ、幹をゆすれば熟した実が勝手に落ちるスミノキの下では、じぇ☆いえー君(小)がせっせと落ち実拾いの最中だ。

 茸はそれぞれの一番美味しいタイミングでぽこぽこ摘まれ、運ばれてくる山盛の籠をストレージにせっせと収納していく。

 樹木以外の、収穫が済んで捨て置かれた、どこかもののあはれを漂わせる非可食部分は、じぇ☆いえー君(大)たちが一ヶ所に集めているが、これも立派な資源になる。

 じぇ☆いえー君は、非可食部分回収班以外を二組に分け、一組はサトウカエデの樹液と香料になる樹脂・樹木(の一部)、Ver:06転化酵素保有・ミツバチ型蜂蜜製造用がため込んでいる蜂蜜の回収に、残り一組はわたしと一緒に加工作業に向かわせる。

 無論移動はホロケゥタクシー。乗り心地最高です。ネコヤナギの絹毛の滑らかさと、ポプラの綿毛のふわふわ感を併せ持つとか、最強だと思う。

 加工作業は、割と力技だ。物理的な意味ではなく、スキルでゴリ押しする、という意味でだけど。

 ここで活躍するのは、《緑の王》、魔力の理不尽なまでの汎用性と万能感に、わたしの中の厨二歳がハッスルしてしまい、気付けば生えていたスキル、《物質操作》、《錬金術》だ。ちなみに等級はどちらも特等級、レベルは99。

 何かと便利だし重宝しているものの、厨二歳児のヒャッハーおおあばれは、思い出したくない黒歴史だ。

 さすが神恩級だけあって、《緑の王》は頭のおかしいバグスキルだが、何でもアリ、ではない。

 すでにある植物に干渉したり、イモ類のデンプン質を糖化したり、ウルトラマリンブルーのバラやカーボンブラックのチューリップ、根から汲み上げた地下水を原泉かけ流し的に放出する蔓植物、等級を下げたスキルと単純なコマンドを基に自律的に動く植物を作ることは可能でも、綿花を直接糸にしたり、果物を直接ワインにしたりはできなかった。

 穀類の脱穀脱ぷ、果物やサトウキビ、テンサイ、オリーブ、椿の種等からの搾汁、綿花、麻、樹皮、ヘルバ=サクラ、ソーマ草からの製糸、織布、樹齢三桁超えのレバノン杉や屋久杉の巨大な原木の乾燥から家具への形成は《物質操作》。

 果物の搾汁の発酵、テンサイとサトウキビの搾汁からの砂糖の精製、オイルを搾る前段階の加熱処理やオイルの鹸化、ハーブ類や香料樹脂からの精油の精製、樹脂を琥珀に変え、ソーマ草でソーマ酒を醸し、希釈したソーマ酒をベースに各種霊薬、基礎化粧品を作るのは《錬金術》だ。ただし、どこかのアトリエのように材料を錬金術の鍋に投入してかき混ぜても、焼きたてのパイが出てきたりはしない。

 《緑の王》は確かに凄いスキルだけれど、それだけではどうにもならない穴も用意されているから、よく考えて慎重に扱わなければ、ミダス王の二の舞になりかねない諸刃の剣だ。

 わたし? 自重していないだけで慎重に扱っていますが何か。

 収穫したテンサイは《物質操作》で搾汁して、《錬金術》でテンサイ糖に、サトウキビは搾汁してから黒糖と上白糖、和三盆糖に変え、《物質操作》と《錬金術》のちょっとした応用で、大量に作っておいた陶器のかめに分け、ストレージにどんどんしまう。

 和三盆糖の割合をちょっと多めにしているのは、後からお干菓子を作るからだ。お干菓子美味しいよお干菓子。

 オリーブ、ヤブツバキ、アルガン、シアバター、ローリエ、ホホバのオイルのうち、常温で液体のオイルは、全量を《物質操作》と《錬金術》のちょっとした応用で大量に作っておいた細口の一斗缶に、常温で個体のシアバターは蓋つきの一斗缶に詰め、半分はストレージに収納し、もう半分は加工するためそのまま置いておく。

 ムクロジは乾燥させた果皮と、フルーツワイン作りで大量に出た柑橘類の皮を《錬金術》でフリーズドライしたものを一緒に《物質操作》で片栗粉より細かな粉状にして、素焼きの大瓶に。

 アルガンノキとローリエのオイルの半分は《錬金術》で石鹸にしているから、ムクロジ粉末のなんちゃって石鹸は食器洗いと洗濯にしか使っていないけど、《緑の王》で洗浄力を強化し、泡立ち泡切れともに抜群、肌荒れ防止に保湿成分を追加して自然分解能力も向上させつつ、魚毒を抜いた優れものなので、着ぐるみが顔見知りになった雑貨屋に卸している。

 入荷したら、あっという間に売り切れ御免となる人気商品だそうで、持ち込むと結構な値段で買い取ってもらえる優良商品で、香りの良さから台所用洗剤としてより、浴用石鹸として飛ぶように売れていくらしい。

 スミノキの実は、落ちた時点で水分量0が判明しているので、使う分だけ籠に分け、後は段ボール箱に入れてストレージに。

 LLサイズの卵より一回り大きなスミノキの実は、完全に乾燥すると非常に軽く、今のわたしでも簡単に割れるようになり、一つで中華の強火程度の火力が三時間続く、非常に優れた燃料となる。

 スミノキの名の示す通り、木炭と同じで炎を上げて燃えることはないけれど、遠赤外線効果があり、不完全燃焼を起こしても一酸化炭素を発生させないよういじっているので、冬場、屋内で暖を取るのにも向いている、雑貨屋の人気商品だ。

 ウェルウァインだった≪私≫がわたしになって一年。

 《緑の王》をはじめとするスキルでも、どうにもできない生活必需品を買うために始めた洗剤と燃料の卸しは順調で、ここを出て、どこか地方の田舎の村で小さな店を持ち、親子三人、商売が軌道に乗るまで食べていくのに必要な資金も、十分貯まっている。

 何しろ、洗剤と燃料の仕入れには一オエイレトもかかっていないし、ものを食べるのはわたしだけで、動物性の食品以外は買う必要もないのだから。

 ちなみにオエイレトというのは、この世界の通貨とその単位で、一オエイレト≒百円といったところ、らしい。

 どこから来たかも分からない子供が一人、保護者もなく暮らすのは不自然だけど、行商しながらお金を貯めていた男が、念願叶って町中に小さな店を持ち、郷里の妻子を呼び寄せるのは、不自然でもなんでもない。

 それでも、わたしはマゴット家のお膝元のような町で、新生活を始めるつもりはない。どうせなら、山一つ越えた先の公爵領の町に行きたい。

 そのためにももう一年、納屋ここを足場に稼げるだけ稼ぐ予定でいる。

 洗剤と燃料を卸している雑貨屋と肉屋、パン屋、金物屋の主人夫婦に、着ぐるみ経由でマンドラゴラの胚をこっそり植えたておいたのは、そのための第一歩。

 肉体を乗っ取るとか、そんなエグいことはしない。ちょっとだけ、記憶と蓄積した経験をコピーさせてもらって、わたしの両親を作る・・際に、商人としてのいろは、客あしらい、近隣住人との付き合い方含めてインストールさせてもらうためだ。

 それまでの納屋生活での安全は、ヒッキー君を作ったその日の夜に、少々特殊な植物を作って、母屋にいる人間すべての記憶に干渉することで、確保済みだ。

 花粉を吸い込むと、ある特定の記憶を忘れ、対花粉を吸い込んだ状態で聞いたことに、無意識に従うようになる、という危険物で、一輪だけ咲く雌花に話しかけると、すべての雄花に声が伝わる伝声管仕様。

 元ネタにあやかりロートパゴスと名付けた蔓植物で屋敷を覆い、わずかな隙間から蔓を這わせ、マゴット家の一族はもとより住み込みの使用人まで、残らず記憶をいじらせてもらった。

 その気になれば完全犯罪やったねわたし前科がつかないよ! が可能にもかかわらず、記憶をいじるだけで済ましたのだから、這いつくばって感謝してもらいたい。

 町外れの沼地で子供が溺死したが、特徴からどうやら屋敷を抜け出していたウェルウァインらしい。

ただ、町にウェルウァインを知っている者はいないため、身元不明のまま、町の共同墓地の、行き倒れ用の区画に葬られた、と改竄した上で、納屋とその周辺には、近付こうとすると、近付こうとしたことを忘れ、すぐ別のことに意識が向き、納屋の存在自体を忘れるよう、暗示をかけると、ロートパゴスを枯死させ、塵へと変えた。

 それでも念のため、ヒッキー君には別のロートパゴスを接ぎ木して、警戒にあたってもらっている。うちの自宅警備員、超仕事してる上に、ぐぅ有能。

 ……さて、次はイモ類の糖化か。

選別はじぇ☆いえー君が総掛かりでジェバンニしてくれるから、段ボールを用意しておこう。

 小山を築くジャガイモ、サツマイモ、イモではないけれどカボチャのデンプン質を、≪緑の王≫で糖化している間に、ミズナラで作った樽に三つ分のサトウカエデの樹液と蜂型マンドラゴラ蜜(以下蜂蜜)、ミズナラで作った三つのタライに乳香、没薬、安息香の原材料の樹脂を満たして、回収班がやってきた。

今は手が離せないし、この後は油脂類の作業もあるし……まあ、今日中に全部終わらせるつもりではいるけど、どうしようかな。

 それにしても、朝からずっと作業し通しだったから、お腹が空いた。

イモ類の糖化が終わったら、大きめのジャガイモを二つくらい焼いて、あとはリンゴの小ぶりなのを一つかじって済まして、晩御飯をちょっと贅沢しよう。

 そうやって山なすイモ類の糖化を終わらせた段階で、お腹の鳴き声はくうくうからぎゅるぎゅるに変わっていた。

 ストレージからスミノキの実を出して割り、火魔法を使って火を付け、イモ山の中から選んだ、ほどほどに大きなジャガイモを二つ、土を落としてからスミノキから少し離れた位置に配して、焼き上がりを待つ。

スミノキの実の遠赤外線効果は、備長炭以上。ほっくり焼き上がってくれるのは確実だ。

 火魔法も、魔力の可能性を探っているうちに、気付けば身に付いていた。

ただし、身に付いたのは≪火魔法≫の他には≪水魔法≫だけ、両方初等級でレベルも49と微妙で、煮炊きの際の火熾しと、いざという時の飲み水の確保くらいにしか使えない程度。

 焼き上がりを待つ間に、サトウカエデの樹液を、《錬金術》でささっとわたし好みのミディアムタイプのメープルシロップにして一升瓶に詰め、蜂蜜は家庭用梅酒瓶を参考にした広口の瓶に集め、きっちり栓をしたら、ストレージにしまう。

 樹脂の三分の一を粉末にし、ストレージにストックしてあるタブの木粉とスミノキの実の粉末、≪錬金術≫で瞬間フリーズドライ製法で粉末化したヘルバ=サクラの花枝を少量加え、希釈したソーマ酒で練り上げ、円錐形に成形してからしっかり乾燥させれば、使い捨て前提の簡易神聖結界発生装置兼お香のできあがり。

 ヘルバ=サクラの粉末の量を今の1.5倍にして、ソーマ酒の濃度を5%上げれば、高位のアンデッドもイチコロ、とはいかなくても、ミニマム級最軽量のボクサーが、へヴィー級最重量のボクサーに数人がかりでフルボッコにされた程度のダメージになる、らしい。

 以前、《鑑定》をかけてみたら、そんな感じの結果が出て、噴いたことがある。アンデッドが存在するという点も含めて。

 ちょっと手の込んだ細工をした陶器の小箱に、円錐形の香をきれいに並べ、蓋をしてストレージにしまい、残り三分の二は製油にして、小瓶に詰めて栓をしたら、松脂を主成分にしたワックスで、瓶の口を包むように封をする。精油は揮発性が高いからね。

 作業をしているうちに、ジャガイモが焼き上がったようで、美味しそうな匂いが漂ってきた。

熱々のジャガイモは、じぇ☆いえー君に取ってもらった。

 ホロケゥを背もたれに、足を投げ出し腰を下ろす。

広げた厚手の布巾と、庭仕事用オーバーオールの丈夫なデニム生地が熱を吸収して、腿の上は湯たんぽをのせているような暖かさだ。

 カリッと焦げた皮が捲れて、濃いクリーム色のほくほくした実が覗くジャガイモを、布巾越しに掴んで二つに割る。

ここにバターをひとかけ落として、お醤油ひとふりしたら最高に美味しいのだけど、それの楽しみは明日まで取っておこう。

 《緑の王》で作ったアイスプラントから、《錬金術》で取り出した塩をひとふりして、イモ本来の味をしっかりと堪能し尽くし、酸味が強くて果肉の硬いリンゴをかじってお昼を済ませる。

 お腹はいっぱい、空は晴れて日差しは暖か、風は心地よく湿気も低めで、文句なしのお昼寝日和に色々と負けそうになりつつ、火の始末をしてからホロケゥの背中に跨って、ふかふかの毛並みに埋もれながら、次の作業へと向かう。

 アルガンオイル、ローリエオイルのうち、ローリエオイルの十分の七を《錬金術》で固形石鹸にして、五×五×五十センチの四角柱の形に成形し、木箱に詰める。

 アルガンオイルは、半分はそのまま石鹸に、もう半分には残ったローリエオイルと同量のシアバター、《錬金術》式フリーズドライ製法でパウダーにしたヘルバ=サクラの花枝とソーマ草の花をそれぞれ一カップ分加えてから更に半分に分け、一方には乳香とビターオレンジの精油、もう一方には没薬とダマスクローズの精油を加えて石鹸化して、四角柱の形に成形する。

 この、少々手の込んだ方の石鹸は、わたし専用なので外に出す気はないけれど、アルガンオイルとローリエオイルの石鹸、糠の処理の一環で作った米糠油石鹸は、将来的には商品として出す予定だ。

 ムクロジ洗剤で清潔の心地よさを知ったところに、アルガン石鹸とローリエ石鹸、米糠石鹸が美肌という概念をぶちまけたらどうなるかは、火を見るより明らかだろう。

 そうなってしまえばしめたもの。品薄状態を維持すれば、強気の価格設定でも、十分主力商品になる。

 椿油はヘアケア用として出すか、スキンケア用として出すか悩みどころだけれど、石鹸が定着してから様子見しつつ出していけば、何とかなる……と嬉しいかな。

 穀類と豆類の作業は今日中にはできないから置いておくとして、今の段階でできる作業は粗方終わった。

 さて、最後の仕上げに入るとしよう。

 不可食部位の茎(サトイモを除く)や葉に、菌床に使っていた糠とオガクズの混合物と、サトウキビやオリーブその他の搾り滓を加えて《物質操作》で細かく刻んでから《錬金術》で堆肥化し、〆切直後の徹夜明けの漫画家のようにくたびれた土に、じぇ☆いえー君(大)に均等に配置してもらい、《物質操作》で深さ三メートルまで掘り返しながら混ぜ込んでいく。

 この時、空気中の水蒸気をミスト状に集めて吹き付けながら混ぜ込むと、土の状態がよりよいものになる。

 水田の方は、はさがけでの天日干しが済んだ頃に、同じように底から掘り返してかき混ぜておけばいい。

 この同時進行を何とかできないかと試行錯誤したおかげで、《並列思考》のスキルが手に入ったけれど、真面目に頑張っている方に対して申し訳なくて、夜しか眠れない日が続いている。

 この一年、魔力が9^8から9^9に上昇したせいで、魔力にはまだまだ余裕があるけれど、納屋に戻って昼寝をすることにした。

 力仕事はじぇ☆いえー君たちがしてくれてはいるけれど、疲れるものは疲れる。

 明るいうちに目が覚めたら、夕方まで霊薬作りをして、それから晩御飯の支度。貴重なお肉様を使って、いつもよりちょっと贅沢にしよう。

 よし、決まった。

ホロケゥ、納屋までよろしくね。



*     *



 ……結局、寝過ごした。

土いじりをしたからと、布団に入る前にお風呂に入っておいて、本当によかった。

 寝過ぎて少しぼんやりする視界に映る、燦々と朝日が差し込む、広く居心地のいい1LDKには、一年前の廃屋寸前のボロ屋の面影はどこにもない。

 なんということでしょう、土が剥き出しだった床には基礎が作られ、槙の床材が張られているではありませんか。

 それだけではありません。雨漏りのひどかった屋根も、瓦のように大きく、高い撥水性を持つアイビーの葉が、屋根をみっしりと覆っているので、よほどの暴風雨でもない限り、まず雨漏りの心配はありません。

 やや低めの布団ベッドは収納を兼ねているので、お部屋を広くシンプルに使えます。

布団に接する部分はスノコ状になっているので、湿気対策も万全。心地よい眠りを約束してくれることでしょう。

 布団ベッドの他は、小引き出しの付いた文机とちゃぶ台があるばかりですが、床に置かれた素朴な藍染の座布団が、どこか懐かしさを漂わせています。

 また、Ver:04自律式家事手伝いニー子ちゃんの体長に合わせた調理場は、変わらず土の地面ですが、きれいに均された三和土ですので、雨でぬかるむこともありません。

 吸い上げた地下水をろ過しながら、先端からシャワー状に放出し続ける≪緑の王≫謹製の謎植物を水道代わりに据えた三和土の流し台は、大玉のスイカを三つ並べて冷やせるほどの広さがありますから、洗い物も楽々です。

 流し台と一体化した調理台は、耐水性が高く、抗菌作用のあるヒバの一枚板を使っていますから、衛生面でも安心です。

 流し台のすぐ側には、≪錬金術≫で作られた耐火レンガの立派なかまど。焚口が二つあるので、とても便利です。

 水屋箪笥は小さめですが、一人分の食器と調理道具、数日分の食材をしまっておくには十分な収納力を備えています。

 そんな、動線にも配慮した調理場の隣は、サワラ材のスノコを敷き、壁に脱衣籠用の棚と洗面台が設えられた浴室となっています。

 ヒノキの浴槽は浅めですが、手足を伸ばしてゆっくり浸かれる広さがあるので、一日の終わりのリラックスタイムには、もってこい。

 シャワーはありませんが、流し台にも使われているのと同じ謎植物が、ラベンダーとカモミールのほのかな香りが漂う、人肌よりやや高めの温度の湯をかけ流しにしているので、贅沢な気分にひたれます。

 浴室の隣には、この納屋唯一の個室であるトイレ。

床の三和土にはヘルバ=サクラの繊維と粉末が練り込まれ、衛生面にも十分な配慮がなされています。

更に、汚水槽代わりの、ウツボカズラの捕虫袋様の根を持つ謎植物が、汚物を窒素、リン酸、カリウム、マグネシウム、カルシウムに完全分解、地上部分に種子として結実させるエコ仕様です。

作られた種子は改良型マンドラゴラ用の栄養剤にもなるので、無駄がありません。

 と、例の曲に合わせてナレーションをしてしまいたくなるほどの、劇的改装ぶりだ。

 布団を出て、ベッドの引き出しから取り出したリネンのシャツと、デニムのサロペットスカートに着替える。

ちなみに下着はシュミーズとズロース。綿にヘルバ=サクラとソーマ草の繊維を混ぜて紡いだ糸を生地に使用したせいで、体力・魔力自動回復(小)と毒・疫病無効、呪詛抵抗(中)なんて効果がついていた。

割合5パーセントでこれとか、頭おかしいと思う。割と本気で。

 調理場の土間では、ホロケゥと、フリルタックのフルエプロン姿のVer:04自律式家事手伝いニー子ちゃんが指示を待っているけど、ホロケゥ、犬の手は借りなくても大丈夫だから。

 それにしても、緑の恐竜の赤いお友達をスリムにして、毛を短く刈り込んだのっぺらぼうの裸エプロンとか、誰得なんだろうか。

 ニー子ちゃんはこれでも一応植物なので、かまどの火を熾すのは私の仕事だ。

 土間用のコルク底サンダルをつっかけて調理場に向かい、天井から吊るした籠に入れたスミノキの実を一つ、二―子ちゃんに取ってもらい、二つに割って焚口から中に入れ、火魔法で火を点ける。


「ニー子ちゃん、今日の朝はちょっと贅沢に、ベーコン多めのトマトのシチューとグリーンサラダ、フルーツヨーグルトにしますよ。シチューは任せるけど、しめじとマッシュルームは必ず入れて。サラダとご飯は私がするから、ヨーグルト用の桃をお願いします。カットしたらレモンを一振りして、保冷箱に入れておいてくださいね」


 指示を出し、鼻を鳴らしてすり寄るホロケゥにはお座り待機をさせ、調理台で果物をカットするニー子ちゃんの隣、踏み台に乗ってやっと届く流し台で、米を研ぐ。

 安全で美味しい無農薬の有機野菜中心の食事、快適な住まい、癒し効果抜群のペット、日本の水道水並みに安全で、富士の伏流水並みに美味しい水。

潜伏生活とは思えないくらい、わたしの生活は充実している。

 これならあと一年でも二年でも、潜伏生活頑張れる自信があるので、目標金額達成まで、頑張るぞう。

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