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異世界無双血風録  作者: 大五郎
第6章 シュルト王国編
17/119

11 報復

退場予定の方を少し引っ張りました。

トカゲ人(リザードマン)が誘拐されたってぇ?」

俺の頭にはトカゲ人(リザードマン)がお姫様抱っこされて攫われていくシュールな姿が一瞬過った。

いやいや、ないない。

そもそも奴らの体長は4m近いしそんなものを抱えられるのは同じ トカゲ人(リザードマン) 雪男(イエティ)ぐらいのものだ。

現在保護区内にしかいないトカゲ人(リザードマン)が他のトカゲ人(リザードマン)を攫ったとしても行くところがないし 雪男(イエティ)は黒化していなければ捕食者であるトカゲ人(リザードマン)を恐れて近づきもしない。

「いや集団脱走というべきか集団家出というべきか?」

シオンにしては歯切れが悪い。

俺の頭には再びトカゲ人(リザードマン)が保護区の土壁の下に穴を掘って逃げ出す姿とか『捜さないでください』と書置きをおいて姿を晦ます情景が浮かんだがそれも首を振って否定する。

だいたい奴らは温度調整が出来るようになって多少気温が上がったとはいえ保護区の外では生きてはいけない。

自殺なら保護区内でやればいい。

「事実だけを述べよう。ユウキがそこのデリラと共にライザ王女誘拐犯との取引に向かった日の夜のことだ。私もユウキ達の後ろをこっそりつけていて大空洞を留守にしていたのだが人間数人に先導されたトカゲ人(リザードマン)十体が防寒服を着こみ洞窟の検問所を突破、そのまま国内に手配されていた検問も次々と力づくで突破しレインディアとシュルトとの間にある小国に逃げ込んだとのことだ」

成程やっと理解出来た。

ライザ王女誘拐犯達を殲滅して無事ライザ王女を救出後、主犯であるエノスを拘束して意識を失ったままのデリラを連れて移動中、近くまで追ってきていたシオンとルシア王女配下の騎士団と合流し現在地方騎士団から借りた馬車で王都に帰還中である。

「申し訳ありません。トカゲ人(リザードマン)達を抑えられる貴方方を私のために足止めさせてしまって」

ライザ王女がすまなそうに謝ってくる。

「構わないさ。私達にとってトカゲ人(リザードマン)を掴まえるよりライザ姫の方が大事だし。ルシア姫もそう判断して私に連絡は寄越したけれどこっちを優先してくれってことだったしね。あっちは政治的判断も入っているだろうけど私達にとっては損得抜きの話しだね。なあユウキ」

「そうだな。ライザの方が大切だ」

俺はライザ王女の手を取りじっと見詰める。

「からかわないでください」

頬を赤らめ目を伏せるが手は振り払わない。

「そうだな。冗談はこれぐらいにして・・・」

「冗談だったのですか!?」

ライザ王女が情けなさそうな顔で目線を戻す。

まだまだ修行が足りんな。

「・・・トカゲ人(リザードマン)達の重要性は低い。それよりも俺への暗殺未遂とライザ誘拐、そしてトカゲ人(リザードマン)の脱走がリンクしていることが問題だ」

「エッ!?ユウキ様、暗殺され掛けたのですか?」

「そこのデリラにな」

「そうですか。そんな相手を助けろなんて無理を言って申し訳ありませんでした」

「後悔しているのか?」

「いいえ、それでもこの方が私を助けようと命を掛けてくださったのには変わりありません。もちろんユウキ様を本当に害されていたのであれば許せなかったとは思いますが」

俺はシオンの隣でまだ気を失っているデリラを見た。

因みにエノスは簀巻きにし猿ぐつわを噛まして足元に転がしてある。

「それならいい。さて話しを戻すが今回のことは全てシュルトが裏で糸を引いているのは間違いない。この間ライザ達を襲ってきた盗賊の首領もシュルト訛りの男から依頼されたって言っていたから俺がライザをどの程度重要視しているのか計っていたのだろう。このまま放置しておいたら第二、第三の陰謀を仕掛けてくるのは目に見えている。このまま後手に回るのも面白くないし俺の守護範囲(テリトリー)に手を出したんだ。相応の報いを受けてもらわないとな。そこで今度はこちらから打って出ようと思う」

「具体的にはどうされるのです?」

「第一案、俺が単身シュルトに攻め込み大規模攻撃魔法を乱射して国ごと吹き飛ばす」

「止めてください!それでは貴方が世界の危機そのものになってしまいます」

「第二案、俺が単身シュルトに忍び込み王から順に貴族全てを皆殺しにしていく」

「第一案と大して変わりません!それに報復が過大過ぎます」

「第三案、サンプルとして確保してある寄生体を増殖させてシュルト中にばら撒く。シュルトが混乱の坩堝と化したところを見計らって救世の勇者として乗り込み盛大に被害を出しながら黒化した魔物や人間達を皆殺しにして国力を低下させると共に恩にも着せる」

「それが勇者のやることですか!前の案より質が悪くなっています」

「では第四案・・・」

「もういいです。真面目に聞いていた私がバカでした」

「まあまあこれが一番のお薦めなんだよ。聞いても損はしないよ」

「本当ですか?」

そして俺は初めからやる予定の案を披露した。

「勇者がやることではないし悪質さはあまり変わらないと思いますがそれなら・・・」

ライザ王女のお墨付きが出たので実行することにした。

どのみちトーア王国の協力がなければこの案は実行出来ない。

しかし簡単な交渉術に引っ掛かるとはライザ王女もまだまだ甘い。



ライザ王女の帰国の日に合わせてトーア王国から護衛のために派遣されてきた騎士達五百が整然と隊列を組みライザ王女の乗る王家専用馬車を囲んで進んでいた。

更に護衛の補強として勇者である俺と従者の大魔導師であるシオンが随行していた。

「本当にやるのですか?」

ライザ王女が心配そうに聞いてきた。

今更ながら不安になってきたのだろう。

あの時は先の案が酷過ぎたので最後の案が名案のように思えたのだろうがよく考えればそれほどいい案ではないことに気付いたのだろう。

「上に立つ人間は一旦口に出した言質は違えちゃいけない」

俺が偉そうに諭す。

「それはそうですが・・・」

それと間違っていると思ったら止める勇気も必要だし人の話しを鵜呑みにせず自分の頭で考え丸め込まれてもいけない。

この辺は宿題だ。

次回会う時までに気付かなかったら又からかってやろう。

「何か悪戯小僧のような顔になっていますよ。ユウキ様」

侍女のアンナが気付いたのか窘めてくる。

あれからすっかり完治したアンナは前と変わらずライザ王女に仕えていた。

ライザ王女が拉致から救出されて再会した直後は二人して抱き合って泣いて喜んだものだが今は平常運転に戻っていた。

「ムフフッ、ムフフッ」

シオンは双子メイドの一人アイを膝の上において抱き締めてにやけている。

ちょっとどころかかなり危ない人だ。

因みにシオンは双子メイドの区別がつくようになっていた。

本人曰く愛の力だそうだ。

アイの方はシオンの邪気が分からないのか大人しくニコニコしている。

シオンの横にはデリラが座っており憎々し気に俺を睨んでいる。

あの後エノスは拷問に掛けなくてもベラベラと情報を喋り今回の件に関与していたシュルト側の貴族の名前も割れていた。

デリラについては法律上奴隷であったため責任は所有者である奴隷商人と俺にあるとし奴隷商人については死亡、俺についてはライザ王女救出の功による免責ということで話しをつけた。

隷属の首輪があるが故の免責条項だったがゴリ押しで認めさせた。

せっかく命を助けたのに王族拉致の罪を問うて死罪にさせるつもりはない。

もっとも隷属の首輪がなくても奴隷契約自体は有効なので俺の奴隷として苛めてやるつもりだ。

ライザ王女は呆れた顔をしていたが俺に何か考えがあるのだろうと口出ししてこなかった。

もう一人の双子メイドのマイはアンナの横で腕に寄り添うように座っている。

まるで親子のようだ。

「何か失礼なことを考えていません?」

アンナが俺の暖かい視線から何かを察したのか睨んでくる。

鋭いことだ。

俺は肩を竦めた。



レインディアとトーアの国境に程近い街で出国前の最後の宿泊を行う。

護衛騎士団のほとんどは街の宿に入りきらないので街の外に野営地を作って夜を明かすことになる。

ライザ王女と俺達は街一番の高級な宿に泊まり街中での護衛の騎士の五十人は寝ずの番で宿周辺を固めている。

五十人ずつ十交代で警備に当たるそうだ。

ご苦労なことである。

翌日ライザ達は勇者様御一行と共に街を立ち去っていった。

俺達五人は遠目にそれを見送る。

「シオン、敵の監視はどうだ?」

「上手い具合に姫様御一行に付いていったようだね」

使い魔で周囲を探っていたシオンが答えた。

どうやら上手く俺達の影武者に引っ掛かってくれたようだ。

俺達は背格好のよく似た影武者と入れ替わり監視の目を誤魔化していた。

影武者は予めトーア王国側の諜報員が用意し宿に泊まらせていた。

内通者からの情報漏れを考慮してこの事はレインディア王国側には一切知らせていない。

ルシア王女だけには含みをもたせておいた。

彼女なら上手くやるだろう。

トーア王国側もトーア王と諜報部門の一部の責任者と現地工作員しか知らされていない。

これで作戦の第一段階は成功である。

俺達は十分時間をおき敵の監視が周囲からなくなったのを確認して街を出発した。



シュルト王国の王都は併合した元ラード王国から吸い上げた富で日夜発展していた。

王城を中心に貴族街が広がり城壁を挟んで平民街が広がっているが王都の発展に伴い流れ込んだ新規住民のための新築住居が外に向けて広がり続けていた。

平民街は活況を呈し行き交う人々の身なりはよく顔は精力に満ち溢れている。

城壁まで続く中央通りを商人に扮した俺達は荷馬車に乗って進んでいく。

トーア王国側の諜報員が用意した手形で城壁の大門を抜けた。

貴族御用達の商店に入る。

「待っていたよ、ルイス。早速裏手に荷物を運び込んでおくれ」

「旦那様、私はリュースですって。いい加減覚えてくださいよ」

符牒を交わし裏手に回って荷台の荷物を運び込んでいく。

シオンとデリラ、双子メイドも手伝って手早く荷物を運び込むと馬屋で馬を預け母屋に入っていった。

「お待ちしておりました」

「ああ、よろしく頼む」

店主が母屋の裏手側に回ってもう一度挨拶を交わす。

この店自体がトーア王国の諜報拠点の一つだ。

店主の書斎に通されお茶を出され人心地つく。

シオンと双子メイドは遠慮なくお茶菓子をパクつき御代わりまで求めていた。

こいつらはいつもマイペースである。

「シュルトの様子はどうだ?」

水を向ける。

「旧ラード王国からの税収と国家管理の鉱山などからの資源の流入でシュルト王国の歳入は膨れ上がり公共事業が積極的に行われ空前の好景気に沸いております。従来のシュルト王国内の食料品の物価上昇を抑えるため旧ラード王国側では農民に物納が奨励されそれが出来ない都市生活者などは多額の税金を納めており税が払えない者は奴隷落ちさせられて労働力として鉱山での採掘などの危険な労働に投入されているそうです。旧ラード王国側では経済の衰退、治安悪化、食料品価格の上昇で餓死者も出ているとのこと」

「旧ラード王国側の状況は見てきたから知っている」

ライザ王女達と別れてレインディア王国側から旧ラード王国に入りゆっくりと旅をしてきたのだ。

悲惨な状況は嫌というほど見てきた。

税が払いきれず村民全てが奴隷落ちして干からびたような多数の廃村、餓死者や病人が路上にごろごろと転がる街々、痩せ細った逃亡農民の盗賊などがあちこちに出没し衰退が著しかった。

早めに帰順した貴族達の所領は比較的マシだったが平民が重税に苦しみ貴族の贅沢な暮らしを支えている状況だった。

始めは俺の所為だと詰っていたデリラもそんな恥知らずな貴族達を見ている内に静かになっていった。

当初は毎晩俺の命を狙って襲ってきたがねじ伏せて抱き枕にしてやっている内に正攻法?は諦めたようである。

今も俺の横で静かに話しを聞いている。

「軍備についてはどうなっている?」

「旧ラードの騎士や魔導士や傭兵などを積極的に登用、武具の増産や軍馬集めなども周辺の小国から供出させるなどして増強しています。このままでは一年以内にはトーア王国への再侵攻もあるかもしれません」

「世界の危機や勇者についてはどう扱われている?」

「王国の公式見解としてはトーアとシュナによる謀略であり勇者などはおらず“殺戮の戦鬼”は王国騎士を多数殺傷した凶悪な戦犯であるとなっています。しかし民衆には強大な魔物討伐の噂が伝播しつつあり王国の公式見解には懐疑的です」

「そうか分かった。早速こっちの作業に入る。準備は出来ているか?」

「はい、完了しております。しかし本当にされるのですか?」

「だてや酔狂でシュルトの王都まで来ないさ」

俺達は店主に案内されて作業場に向かった。





シュルト王城の王の寝所。

豪華なベッドの中シュルト王が愛妾の一人と一緒に寝入っていた。

寝所の入口は屈強な近衛騎士が二人、扉を挟むように立っており一部の隙もなく周囲を警戒していた。

王族の居住区であるこの一画は贅を尽くした調度品が並び魔道具の照明が廊下の端まで明るく照らしていた。

微かな横風が流れそちらを見やるが何も見えない。

しかし二人の近衛騎士はいきなりバランスを崩したように倒れた。

何故か転倒音はしない。

廊下の端から黒装束の人影が現れ悠々と歩いてくる。

扉の前の近衛騎士をスルーして鍵の掛かっているノブを掴み暫くした後そのまま何もなかったように扉を開き中に入っていった。

王と愛妾は侵入者に気付かない。

侵入者は王の枕元に立つと持参した紙を置きナイフを抜いて白刃をひらめかし頭付近に一気に突き立てた。

そして侵入者は静かに引き上げていった。

翌朝王の寝所から愛妾の悲鳴が響き渡った。



「陛下、如何なさいますか」

近衛騎士の隊長がシュルト王に尋ねた。

「どうしたもこうしたもあるまい。犯人を草の根を分けても捜し出して極刑に処せ!警備の近衛騎士もだ!王の寝所を護るべき近衛騎士が居眠りなど言語道断。許してはおけん!」

シュルト王が激昂しながら叫んだ。

その頬には愛妾の悲鳴に慌てて起き上がった際に枕に突き立てられていたナイフで切ったかすり傷があった。

髭剃りを失敗した跡のようにどこか滑稽である。

「警備の者はそれでよろしいとして侵入者の方は名乗っています。しかしこれが本当だった場合手出しは・・・・」

「“殺戮の戦鬼”か。我が国はいつまでヤツの影に怯えねばならないのだ」

シュルト王が吐き出すように言った。

枕元にナイフで止めてあった紙に目を落とす。

『先の件にて責任者の処罰と謝罪と賠償を求む。“殺戮の戦鬼”』とだけ書かれていた。

「舐めおって、舐めおって」

怒りを募らせている。

当人がいれば誰が舐めるかそんな汚い面と逆に罵倒が返ってきそうだが。

「とにかく侵入経路を探し出せ。寝所の警備も増やしておけ。二度とこんなふざけた真似が出来ないようにな」

シュルト王の命を受け一礼して近衛騎士の隊長が謁見の間から出ていった。

憤懣やる方無いシュルト王は尚も殺戮の戦鬼に呪詛を呟いていた。



その夜警備の人数が十人となり王の寝所の扉の前の廊下は近衛騎士で埋まっていた。

しかし、昨夜と同じ微かな横風が吹き、以下同文。



「ガーッ!近衛は無能の集まりか!全然対処が出来ておらんではないか!進入路もどうなっておる」

「も、申し訳ありません。進入路は昨日から捜索中ですが外部から侵入された形跡は見つかっておりません。近衛達についてはどうやら即効性の眠り粉を使われているようで今夜から立ち番にはマスクをさせます。更に城内の警備も厳戒態勢を敷き鼠一匹通させません」

「本当に大丈夫なのだろうな」

「この首に掛けましても」

「よし、失敗するでないぞ」

フラグを立てた近衛騎士の隊長は一礼して謁見の間から出ていった。



その夜マスクを着けた十人の近衛騎士が王の寝所の扉の前を護っていた。

すると廊下を明るく照らしていた明かりの魔道具が一斉に消えた。

近衛騎士達が口々に警戒の声を叫ぶが音として響かない。

完全に無音の中人影が縦横無尽に近衛騎士の間を駆け巡り当て身を喰らわしていく。

ほんの数秒で全ての近衛騎士は無力化され黒装束の侵入者は扉を開き中に入っていく。

いきなり室内から剣が突き出されるが侵入者は軽くそれを避ける。

そこには剣を構えた決死の表情の近衛騎士の隊長がいた。

口をパクパクさせているがやはり音になっていない。

やむなく斬り掛かってくるが当て身を食らわされあっさりと撃沈した。

なんのために出てきたのやら。

侵入者はいつも通り呑気に寝ている王の枕元にナイフで紙を止めて寝所を出ていった。



「あの神速と武威、あれは本物の“殺戮の戦鬼”に間違いありません」

「言い残すことはそれだけか?」

「お、お慈悲を・・・」

近衛騎士の隊長が床に頭をこすり付けるように頭を下げて懇願していた。

「連れていけ」

「どうかお慈悲を~!」

近衛騎士の元隊長が引き摺られて謁見の間から連行されていった。

「お前はしくじるなよ」

「ハッ、命に代えましても」

又フラグを立てた近衛騎士の新隊長は一礼して謁見の間から出ていった。



その夜マスクを着け金属甲冑(プレート・アーマー)で完全武装した三十人の近衛騎士が王の寝所の扉の前に立ち室内にも同じ装備の近衛騎士が控えていた。

城内も煌煌と明かりが灯され増員された歩哨が歩き回っていた。

突然寝所の周辺の明かりの魔道具が昨夜と同じように一斉に消える。

「・・・!」

「・・・!」

やはり警戒の声は音にならないが近衛騎士達は手にした照明の魔道具を点け周囲を照らし出した。

そこに人影はなかったが足元を薄い膜のように流れる水に気付いた。

電撃(サンダー)

水の出所と思われる寝所から少し離れた場所で呪文が囁かれた。

パチッと火花が散り金属甲冑(プレート・アーマー)の近衛騎士達が音もなく倒れていった。

黒装束の侵入者はいつも通り扉を開け中に入っていった。

室内の金属甲冑(プレート・アーマー)の近衛騎士達も同様に倒れており今夜は起きていた王は口をパクパクさせているがやはり音になっていない。

侵入者は無言で近づくと容赦なく王に当て身を食らわし昨夜と同じように枕元にナイフで紙を止めて寝所を出ていった。



「連れていけ」

「どうかお慈悲を~!」

以下同文。



そんな夜が十日ばかり繰り返された。

侵入者は近衛騎士側が人員を増やそうが罠を仕掛けようが寝所を変えようが時に奇想天外な方法で突破しそれが無理なら力尽くで押し通り寝所を変えても探し出して淡々と枕元に要求文をナイフで突き刺しておいていく。

王都全体に厳戒態勢を敷いても普通の犯罪者しか引っ掛からず治安は向上したがなんの解決にもなっていなかった。

シュルト王はまともに安眠も取れず目の下に隈を作ってげっそりと窶れていた。

「クロフト伯爵を呼べ!」

そして王は決断した。



「陛下、御呼びと聞き参上致しました。陛下におかれましては・・・」

クロフト伯爵が謁見の間に入ってきて王の前で挨拶しようとする。

細身で顔色も悪く目だけがギラギラしている男だ。

「挨拶はよい。それより呼ばれた理由は分かっているな」

「噂では王の寝所に毎夜忍び込む賊がいるとか。しかしそれが私とどう関係があるのか分かりません」

「その賊が“殺戮の戦鬼”を名乗り『先の件にて責任者の処罰と謝罪と賠償を求む』と要求文を置いていっているのだ。毎夜どれだけ防備を固めようとそれを突破して我が寝所に侵入し我を殴り倒して気絶させてでも要求文を置いていく」

「先の件というと例の一連の作戦のことでしょうか」

「それしかあるまい」

「しかしあれは陛下にも御承認頂いたこと。今更私の責任を問われましても・・・」

「お主が偽勇者である“殺戮の戦鬼”の鼻を明かせると言ったからだ。だが現実はどうだ。鼻を明かすどころか我が追い詰められておる。ヤツはその気になればいつでも我を殺せることを誇示しているのだぞ」

「しかしこの計画が成功すればシュルト王国の全世界制覇も容易くなります。既に試作体であるトカゲ人(リザードマン)の強化も済んでおり上々の結果も出ておりいつでも実戦投入が可能です」

「この状況であれらが使えるか?人専用の通路しかない城内ではあれらは使えまい。それにあれらが使える広い場所で防御のために我の周囲を固めたら機動性を殺して攻撃魔法であっさり始末されてしまう。守勢に回った時には役に立たんのだよ」

「しかし国家戦略としてレインディア王国に侵攻し五万のトカゲ人(リザードマン)と未知の新兵器を接収し我が国の戦力増強を図る計画は必須と考えており・・・」

「その前にシュルトの王侯貴族が滅ぼされてしまえば元も子もない。ヤツには前科があるのだ。今は戯れに翻弄しているだけだろうがヤツを本気で怒らせれば一国すら滅ぼされかねん。ヤツは今レインディア王国と友誼を結んでいる。今手を出すのは無謀だったのだ。せめて世界の危機とやらが終わりヤツが元の世界に戻ってからやるべきだった」

「しかしそれでは遅過ぎます。レインディア王国の大空洞の開拓事業は“殺戮の戦鬼”の力により既に軌道に乗っておりこれがこのまま進めば旧ラードを併合して発展著しい我が国に対抗しうる力を数年の内に得てしまいます。攻めるならこの数年の内しかないのです」

「それはないものねだりで無理だと言っておる。それに現在の国力増強が続ければどんなに大空洞から税収が上がろうと追いつけるものではない。今回の計画は“殺戮の戦鬼”が元の世界に帰るまで凍結、責任者である貴様の処分は取り敢えず子爵に落とす。後は我が国としてレインディア王国に謝罪と賠償を行う。流石に講和すら行っていないトーア王国には謝罪は出来ないためレインディア王国を通じて賠償金を上乗せすることで納得してもらう。トカゲ人(リザードマン)達も強化装備を外しレインディア王国に返却することとする。よいな」

「しかしそれでは・・・」

「くどい!以上だ」

クロフト子爵(・・)は爪が手に食い込み血が流れるほど握り締め暫くシュルト王を見詰めていたがそれ以上語らず一礼して謁見の間を後にした。




「・・・随分回りくどいことをなさるのですね」

デリラが俺の方を見て話し掛けてきた。

俺は久しぶりの太陽光を荷馬車の荷台に寝転がって身体いっぱいに受けていた。

双子メイドはシオンと一緒に御者台で荷馬車を御している。

双子メイドも久しぶりの外で嬉しそうにしておりシオンも両手に花で満足そうである。

デリラも俺の横で身体を伸ばしている。

シュルトの王都についてから直ぐにトーア王国の諜報組織に案内され相続問題で空き家となっている王城に程近い貴族の館の地下から土魔法で穴を掘り進めていった。

やがて王族専用の抜け道を発見しそこから王城内に入る隠し扉の周辺を土魔法で拡張して居住空間を確保、家具や寝台を持ち込み居住環境を整備した。

双子メイドに命じて隠形を使って城内の厨房や食料庫から新鮮な食材を調達しシオンの指導の下にデリラと双子メイドは調理技術を磨き俺は毎夜王の寝所に忍び込み時には殴り込んで相手が根負けするまで嫌がらせを続けた。

今回シオンから教わった静寂(サイレンス)の魔法は役に立った。

本来は魔導士の呪文を封じる魔法なのだが相手の叫び声や物音を消すことが出来たので無理な荒事が減って仕事が捗る捗る(笑)

シオンの使い魔を通じて外の状況は逐次監視しながら行っていたため露見もせず作戦は無事終了した。

これで暫くシュルト王国が静かになってくれたら俺の本業も少しは楽になるだろう。

俺達は王都の厳戒態勢が解かれたため城壁の大門をあっさり抜けゆったりと街道を荷馬車で進んでいた。

「不満そうだな」

俺はデリラに応じる。

「貴方ならシュルト王に力を誇示して従わせることも可能でしょうに」

「そうでもない。王の権威というのは重い。トーア王も命を掛けて守ろうとしたしシュルト王も俺がいつでも命を取れることが分かっていても精神的に限界まで追い詰めるまでは折れなかった。俺がラード王城を壊滅させたことを知っていたんだ。さぞかし恐かっただろう」

「それでも貴方なら力尽くで相手を従わせることも出来た」

「やり方しだいだからな。軍に大打撃を与え続けたり王都そのものに甚大な被害を与え続ければ折れるだろう。今回受けた被害に対して過剰な報復になるから止めといたがな」

「それでは・・・、今の過酷な搾取を受けているラードの民を救うためならその方法も取れるというのですか」

「俺が肩入れする理由があればな。だが俺にそんなものはない」

「では何故私にラードの現状を見せ貴方の力を誇示したのです」

「決まっているだろう。ラード王族のお前を苦しめるためだよ。民の現状を知ることもなかったのに王国再興の旗頭として立つことを決心したお優しいデリラ姫のことだ。助ける力がここにあるのに届かないもどかしさに苦しみ悶える姿は実に楽しい」

「・・・悪魔のような方ですね」

「よく言われる」

「・・・肩入れする理由があればいいのですか」

「何かお前が提供出来るというのか」

「この身を捧げるというのであれば・・・」

「既にお前は俺の奴隷だ。そんなもの担保にならんな」

「それでは・・・」

「おっと話しはここまでだ。お客さんが来た」

俺は起き上がった。

前方に二つの人影があった。

一つは普通の人間の二倍ほどの大きさだ。

トカゲ人(リザードマン)とクロフト子爵であった。

とてもトカゲ人(リザードマン)を返却するような雰囲気ではない。

トカゲ人(リザードマン)の首には隷属の首輪が嵌っており身体中には魔道具が装備されており抜き身の曲刀を握り締めて戦闘態勢を取っていた。

俺は荷馬車を止めさせ荷台から降りて前に出る。

「大門から付けていた気配には気付いていた。お前の手の者だろう。大人しく通す気はないようだな」

「貴様の所為でこの国の未来が閉ざされようとしている。ラードからの搾取も恒久的なものではない。後数年で絞り尽くしてしまうだろう。膨らみ過ぎた我が国は自重に耐えきれず破綻することになる。しかし貴様さえ除けば」

「身勝手な物言いだな。自国のために他国を犠牲にしていいだと?そんな考え方じゃ目の前の困難を切り抜けてもいずれ行き詰まる」

「抜かせ!貴様さえ倒せば全て上手くいくんだ」

『おい、そこのトカゲ人(リザードマン)。一応聞いといてやるがお前達は納得してこの場にいるのか?』

『我らの誇りを踏み躙り家畜にまで貶めた貴様を倒すためならどんな犠牲も厭わん』

『ならいい。遠慮なく殺れる』

トカゲ人(リザードマン)が一歩前に出る。

その途端周囲の地面の中から残り九体のトカゲ人(リザードマン)が現れ囲まれる。

包囲するために穴を掘って隠れていたようだ。

「どうだ。体温を高温に保つための魔道具を装備し隷属の首輪で潜在能力を全て引き出せるトカゲ人(リザードマン)が十体。逃げ出せないように既に囲んだ。いかにお前といえどこの死地は脱することは出来まい!」

「そうかな?」

俺は剣を抜きもせず応えた。

「抜かせ。『トカゲ人(リザードマン)達よヤツを全力で殺せ!』」

内通者から習ったのだろう。

トカゲ人(リザードマン)の言語で命令を出す。

トカゲ人(リザードマン)達は一様にダッシュしようとして・・・その太い首が全て飛んだ。

「な、なんだと!」

クロフト子爵の目が驚愕のあまり目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。

「俺を甘く見たな。お前達が現れた時点でこの半年間夜なべして魔法の訓練も兼ねて魔力で編み上げた超極細ワイヤーを伸ばしておいた。後は首に巻き付けダッシュした瞬間に魔力で硬化させるだけでこの通りだ」

俺はゆっくりとクロフト子爵に近づいた。

「クッ、貴様さえいなければ、貴様さえいなければ・・・」

俺は剣を抜き一閃して首を刎ねた。

これで一連の落とし前は済んだ。

無表情にトカゲ人(リザードマン)達を見回す俺をデリラは只黙って見ていた。

ツッコミ担当はデリラ嬢に交代です。

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