10 資質
ここで一旦退場される予定の方が一名おられましたが少し伸びました。
「俺に商人が面会希望だって?」
俺は怪訝に思い聞き返した。
この大空洞の実質的責任者はルシア王女で俺には裁量権はない。
多少の口聞きぐらいは出来るだろうが厄介事に係わるつもりもないので全ての面会希望は断るように文官達には伝えてある。
「はい、この手紙を見せれば必ず会ってくれると申しておりまして」
手紙を押し付けられた文官が渡してくる。
俺は受け取り中を確認した。
「!?」
「ユウキ様、どうされました?」
俺の顔色が変わったのに気付き声を掛けてくる。
「会おう。応接室に通してくれ」
しかし俺はそれには返答せず部屋を出ていった。
“旧ラード王国の王族の生き残りについて情報あり”
手紙に書かれていた内容はそれだけだ。
俺が旧ラードの王族に深い恨みがあるのを理解しているようだ。
ラード王城で殺戮を行った夜王侯貴族は男女の区別なく皆殺しにした。
偶々祝宴には子供は招かれていなかったので手にかけることはなかったがいたなら迷わず斬り捨てていただろう。
王太子については体調不良で欠席のため殺し損ね王族の子弟についても居住区である離宮の位置が分からなかったため見逃していた。
後で王太子も王族の子弟も全員シュルトに捕まって処刑されたと聞いて自分の手で殺せなかったことを残念に思ったものだった。
その王族の生き残りについての情報ならどんな厄介ごとを背負い込むことになったとしても商人に会う価値はあるだろう。
俺は応接室のソファの上にふんぞり返って商人が通されてくるのを待っていた。
部屋には双子メイドがお茶の準備をして控えているだけだ。
「こちらです」
文官の従者の一人に案内され商人とお付きの女が入ってきた。
商人は中肉中背、毒にも薬にもならぬような平凡な顔をしている。
お付きの女は頭からすっぽりとフードを被って顔は見えないがスラリとしてそれでいて出るところは出た魅惑的な身体付きをしている。
「これはこれは御高名な勇者様にお会い出来て光栄で御座います」
商人がにこやかに挨拶してくる。
俺は返事もせず目で向かいの席に座るように指図する。
俺の最大のトラウマを刺激してくれたのだ。
大した情報でなかったら斬って捨てる。
俺の殺気の籠った視線に笑顔をひくつかせながらも商人とお付きの女は対面のソファに座る。
お茶を差し出す双子メイドを一瞬値踏みするように見るがすぐに視線を俺の方に戻した。
「社交辞令はいい。さっさと情報とやらを話せ」
「その前にお願いしたいことが御座います」
「どんなことだ」
「実は私、奴隷商を営んでおりましてこの度この大洞窟で発見されましたトカゲ人を扱ってみたいのです。この大陸には他に存在しない珍種中の珍種、それはもう大商いになるでしょう。それで勇者様に御力添えをお願いしたいのです」
「・・・俺にそんな権限はないぞ」
「それは御謙遜を。この大洞窟で貴方様に逆らえる者などいないと聞いております。いくらでもゴリ押しは効くのでしょう?」
「ゴリ押しは効くかもしれないがお前の情報が対価として十分かは分からない」
「それは御満足頂けると思います。実は情報ではなく商品で御座います」
「女の奴隷はいらんぞ。侍女は間に合っている」
俺は商人の横に座る女を見ながらいった。
「この者なら必ず御満足頂けるものと思います」
商人が促し女はフードを下した。
確かに類い稀な美しい娘ではあった。
年の頃は十五、六歳。
金髪碧眼でよく整った顔立ち。
触れば滑らかであろう白磁のような肌。
長い髪を見事に結い上げ豪奢な髪留めでその美しさをより際立たせている。
ふくよかな胸と引き締まった腰の括れとほぼ完璧な容姿であった。
ただ一つ奴隷にしては目の光が強いところが不自然ではあったが。
首筋に隷属の首輪が着けられている。
「美しいがそれ以外は別段変わったとこのない奴隷に見えるが」
「そんなことは御座いません。さあ、お前、挨拶をしなさい」
「・・・ラード王国の王女デリラと申します」
その自己紹介を聞き俺の憎悪と怒気が爆発的に膨れ上がった。
「ヒッ!?」
奴隷商人はその厖大な威圧感の余波に悲鳴を上げた。
物理的な圧力さえ感じさせる威圧を真正面から受けたデリラの方は挑むように俺を見返している。
双子メイドの方は平常運転でお茶出しが終わった後は部屋の隅に家具のように突っ立てニコニコと俺を見ている。
商人以外は皆大した心臓だ。
「・・・なるほど、対価としては十分だな」
「はい、取引のご了承を頂ければ直ぐに引渡し致します。その後は文字通り煮るなり焼くなりして頂いても構いません。もちろん、これとは別に金銭での謝礼も十分用意致します」
商人も好感触に立ち直り謝礼の追加で畳み掛けてくる。
「まあ、いいだろう。何体必要だ?」
「出来れば十体、それ以上でも構いません。謝礼もその分上積み致します」
「分かった。ルシアに話しは通しておく」
「有難う御座います。では早速奴隷の委譲契約だけでも済ませてしまいましょう」
善?は急げとばかりに商人が契約書を取り出した。
デリラの血判とサインが入った形式のものである。
そこに互いのサインを交わす。
次に実際に奴隷を縛る所有者登録魔法を準備する。
所有者登録は隷属の首輪と対になった専用のナイフ型魔道具で指先を傷つけ出た血を首輪の正面のクリスタルに擦りつけるだけである。
現在は奴隷商人に登録されておりそれを上書きして所有者登録を移すのだ。
商人が俺の指を魔道具で切ろうとする。
俺は商人の表情を伺いながらそれを掴んで取り上げ逆に商人の手に軽く傷をつけた。
「いったい何をなさるので・・・グフッ!?」
俺の行動に驚きの表情を浮かべた商人の顔が突然凍りついた。
そして直ぐに顔面が蒼白となり口から泡を吹きながら倒れ伏す。
商人の首に手を当て死んでいるのを確認する。
「毒だな」
どうやらナイフ型魔道具の先端に無色の猛毒が塗られていたようだ。
商人自身は表情から見て知らなかったようなので商人の登録が終わった後気付かれないように密かに塗られたかすり替えられたのだろう。
商人自身は巻き添えを食っただけだが知らなかったとはいえ俺を殺そうとしたのだ。
当然の報いとしておこう。
それより何より隷属の首輪を使うような人間に容赦するつもりはなかった。
死んでも良心に一片の呵責も感じない。
「さてと・・・」
俺はデリラの方を向いた。
デリラは俺を睨みつけているがそのままの姿勢で動かない。
所有者が死んだ場合隷属の首輪に拘束されている者は待機状態になって首輪を壊されるか再登録されるかするまではそのまま動けなくなってしまうのである。
俺はデリラに歩み寄るとその顎に手を当て上向かせると顔を近づけゆっくりと口付けする。
デリラは睨みつけてくるが身動ぎひとつしない。
「大した精神力だ」
俺はくるりと背を向けた。
その途端細長い太い針のようなものが後ろから首筋に飛んできた。
俺は見もせずに軽く避け再びデリラの方に振り向いた。
デリラは投擲した姿勢で凍りついていた。
髪飾りが無くなっており豊かな金髪が乱れている。
「その髪飾りにも毒が塗ってあるはずだ。触るなよ」
双子メイドに注意する。
天性の狩人だから狩猟用の毒などの知識があり心配ないとは思うが一応女の子だから用心しておく。
金属製の精巧な髪飾りなんて見たことないだろうから好奇心刺激しまくりだろうし。
さて、ここでデリラを拷問して殺すのは簡単だ。
しかし双子メイドの情操教育上悪い。
奴隷商人の方はいいのかって?
隷属の首輪を使うような外道を殺すのは毒虫を潰すのと同じ一般常識として覚えてもらいたいぐらいだから問題なしだ。
「何故分かったのです」
デリラは観念したのか姿勢を戻しソファに座り直した。
「いいや、隷属の首輪が偽物の可能性を考えて鎌を掛けただけさ。俺の言葉に焦ってボロを出したのはそちらが未熟だっただけだな。それに俺に殺意があるのならぎりぎりまで隠すべきだ。俺が本物の隷属の首輪を着けられていた時にはそうして相手を油断させ復讐を果たしたんだよ。元第十王女デリラ殿」
「私を知っているのですか?何故です」
「ラード王城での最後の祝宴の場で小耳に挟んだ。あの時は頸木から逃れ復讐を果たすために目と耳に入るあらゆる情報を最大限集めていたからな。その中にラード王が侍女として王宮に入っていた下級貴族の娘に手をつけて産ませた第十王女デリラの話しがあった。シュナ王と政略結婚させるって話しだったな。ラード王は会ったこともない王女だからシュナの欲ボケ爺にくれてやっても惜しくないって大臣と話していた」
「嘘です!お父様がそんなこと言われるはずがないわ!」
「しかしお前は実際にラード王と会ったことはなかったんだろ?それとデリラという第十王女がいることを俺が知っていたこと自体がその証明となる」
「そんな・・・、嘘よ。でっち上げよ・・・」
デリラの声が小さくなっていく。
「第十王女で母親は下級貴族の出。そのラード王とまったく似ていない美しい顔立ちから予想するに母親もさぞかし美しかったことだろう。それなのにラード王がお前に会っていないのなら母親はかなり早くに亡くなったか。幼くして母親もおらず後ろ盾となる有力な実家もない王女では離宮でもさぞかし邪険に扱われたことだろう。だからこそ会ったこともない父親に強い思慕を抱いたか」
「それのどこが悪いの!私を蔑み辛く当たる兄上や姉上達も冷淡な侍女達も一様にお父様を褒め称えていたわ。そしてこんな下級貴族の血を引く娘を王女として離宮においてくれているお父様のご厚情に感謝しろとも言っていた。お父様の仇である貴方より離宮においてくださったお父様を信じるわ!」
「その異母兄弟達や侍女達の言葉はあの愚王への追従とお前を貶めていることへの自己正当化に過ぎないことも分からないのか。愚かで憐れな娘だな」
「なんとでも言いなさい。私はお父様を信じる。お父様の仇を取る。そのためにこの一年辛い訓練にも耐えてきたのですもの」
「しかしこの状況ではどうしようもないだろ」
「そうかしら?」
デリラは立ち直り挑むように睨みつけてきた。
確かにまだ諦めていない目だ。
その時仮設庁舎前が急に騒がしくなった。
馬の嘶き、怒声が飛び交っている。
「トーアのライザ王女が攫われた!護衛の騎士達にも多数の死傷者!」
その中の一つがこの応接室まで届いた。
「シオン!使い魔を!」
俺は扉の向こうで盗み聞きしていたシオンに声を掛けた。
「今日のライザ王女達の視察予定ルートに沿って既に向かわせた」
「分かった。取り敢えずここで状況を確認する」
俺はデリラの腕を掴んで引っ張り仮設庁舎玄関口に向かう。
シオンと双子メイドもついてくる。
「これが次の手か?」
「そうです。ライザ王女の命が惜しければ私の指示に従いなさい」
「ハハハッ、笑える冗談だ」
普段は飄々として可愛い娘には優しいシオンが言葉とは裏腹にデリラを恐い目で睨んでいる。
結構ライザ王女を気に入っているのだ。
「今は状況確認が先だ。取り敢えず放っとけ」
俺はシオンに自制を促しそのまま進んでいった。
玄関口ではライザの護衛騎士の一人が座り込んでおり負傷して変な方向に折れ曲がっている右腕にレインディアの治療魔導士が治癒魔法をかけていた。
「いったい何があったのです」
一足先に着いていたルシア王女が護衛騎士に質問していた。
俺を見て目礼だけして目を戻す。
シオンが治療魔導士と交代し折れた腕を矯正した後治癒魔法であっという間に治していく。
「本日の視察予定である大空洞入り口の洞窟近くの村に到着寸前に襲撃を受けました。賊は林に隠れていたと思われる魔導士数人と騎士十人、隷従の首輪をつけた戦奴がおよそ二十人。木々に隠れて我ら護衛の前列と後列にいきなり 火弾で奇襲を掛けられ混乱している隙を突かれて側面から騎士と戦奴達に斬り込まれ守りを突破されてしまいました。ライザ姫が拉致され奪還しようとした我らに戦奴の半数が死兵として放たれ足止めされてしまいました。なんとか死兵を倒しまだ戦える者は賊の追跡を行い負傷して戦えないが動ける者は重傷の者を近くの村まで運んで介抱することとして動ける者の中で比較的マシな私は馬を飛ばしてこちらに応援の要請に戻りました」
「分かりました。至急手配します」
そしてルシア王女はこちらに向き直った。
「ユウキ様、何か他に情報はありますでしょうか?それにそちらの女性は?」
「俺の命を狙ってきた刺客だ。応接室には返り討ちにした奴隷商人の死体が転がっている。こいつは賊の関係者で交渉役でもあるとのことだ」
「なんですって!」
「詮索は後だ。シオン、使い魔からの情報は?」
「・・・襲撃された場所は確かに大空洞入り口の洞窟近くの村の手前だ。死体が敵味方合わせて十三人。村で介抱されている重軽傷者は十二人。重傷のようだがアンナはこっちにいる。追跡していた護衛騎士達は洞窟外の検問所でも死兵による足止めをされたようだ。既に死兵は倒しているが護衛騎士と検問所の警備兵に死傷者が出ている。残った護衛騎士達は賊の本隊は見失い闇雲に周囲の街道を探している。賊の本隊は街道に分散して一般人に紛れ込んだようだな。ここの開発ラッシュで人や馬車の往来が多過ぎる。これじゃ使い魔一羽じゃ探しようがない」
「分かった。取り敢えず俺達はアンナ達のところに向かう。そこの負傷者の治療は俺とシオンで行う。シオンは引き続き検問所へ向かい重傷者の治療に向かってくれ。俺は賊の交渉役の指示に従って動く。ルシアは双方の救援とレインディア女王とトーア王への報告、国内の検問の手配を頼む」
「分かりました」
ルシア王女はデリラの事を聞きたそうにしていたが直ぐに切り替えてテキパキと文官武官達に指示を出し始めた。
俺達はデリラを伴い大空洞入り口の洞窟近くの村に向かった。
大空洞入り口の洞窟近くの村は俺がこの大空洞に入って最初に訪れた村だ。
あの時は巨大 雪男との戦闘に巻き込まれ村は破壊され老人と子供しかいなかったが巨大 雪男討伐から辛うじて生き残った若い男女が戻り俺が道路整備や農地開墾区画整理宅地造成治水工事と住環境を整えた結果、外来者を一番最初に迎える村として発展中であった。
新築の建物が立ち並び外から大工や鍛冶屋や農業指導で来ている農民に商人が行き交いそれを目当てに露天商が店を開きと活気に満ち溢れていた。
しかしそんな村の様子に影を落とすように負傷した護衛騎士達が運び込まれたのを不安そうに見守る村人も多かった。
村の呪術師が応急処置をしておいてくれたお蔭で生き残っていた重軽傷者の容態は安定しておりシオンが重傷者を俺が軽症者に治癒魔法を掛け本格的に回復させていった。
流石にシオンは伝説の大魔術師と呼ばれるだけあって魔力さえ尽きなければかなりの重傷者でも立所に治癒させていた。
取れた腕があっという間にくっ付いたり無くなった指がにょきにょきと生えてきたりしたのはドン引きではあったが。
まあ出来ないよりはいいからファンタジー世界万歳ではあるけど。
因みにシオンに言わせると厖大な魔力を持つ俺がそこまで出来ないのは先入観による思い込みのためだそうでこの世界の魔導師より遥かに人体の構造、骨格や神経や血液や細胞、更には分子や原子まで細かく理解している異世界人なら魔力による 感知と併せて瞬間再生や死亡直後なら蘇生すら可能なはずとのことだ。
もっとも過去の勇者でそこまで出来た者もいなかったとのことだが。
シオンはこちらの治療が終わると予定通り検問所の重傷者の治療に回ってもらった。
魔力の方は前夜の訓練の時の魔力譲渡したのが十分残っているそうだ。
連れてきたデリラの方は重傷者の怪我の様子や村人達が回収してきてくれた遺体を見て青褪めていた。
頭では自分達が何をしているか分かっていても実際に血塗れの重傷者や無惨な遺体を見ればまともな人間ほどショックを受けるものである。
俺なんかこれを量産してきて感性が麻痺してきているから質が悪いともいえる。
少なくとも昔の俺ならそんな殺人鬼に近づきたいとは思わないだろう。
「「アンナ様!気付かれましたか!?」」
双子メイドの声が響いた。
双子メイドは教師役であるアンナを母のように慕っておりつっきりで看病していたのだ。
アンナも重傷でシオンに治療を受けていた。
ライザ王女を守ろうとして俺の時と同じように賊に立ち向かったのだろう。
胸の傷が後少しずれていたら致命傷だったそうだ。
「姫様は、姫様はどこに・・・」
声が細い。
傷自体は治っても失った血液までは戻らないから重傷の場合は暫く動けないほど体力は低下する。
「賊に拉致された。まだ戦える護衛騎士達は賊を追跡中だが発見出来る見込みはない。今レインディア中で検問の準備をさせているところだ」
「そんな・・・、私がついていながら姫様を連れ去られてしまうとは。身を呈してでもお守りするつもりだったのに姫様を連れ去られてもまだ生きているなんて・・・」
「自分を責めるな。あの状況じゃどうにもならん。むしろお前が生きていないと助け出した後ライザが悲しむぞ」
「ユウキ様!姫様を、姫様をお助けください!私の命など差し上げます。だから、どうか・・・」
「俺は悪魔と呼ばれたことはあるが本物の悪魔じゃない。だから人間の命なんていらない。ライザは必ず助け出すからお前を心配しているこの娘達のためにも早くよくなれ」
「本当に姫様をお助けくださいますか!?ありがとう御座います。ありがとう御座います」
涙を流して感謝の言葉を口にするアンナの手を握って一生懸命支えようとしている双子メイド。
中々感動的な場面ではあるし嫌いじゃない。
だがライザ王女救出を確約した以上、それすらも利用させてもらうことにする。
「デリラ、離宮でお前の面倒を見ていた侍女達の中に命を掛けてくれる者はいたか?」
「・・・いませんでした。お兄様やお姉様の侍女達ですら日頃あれだけ忠節を誓っていたのにお兄様やお姉様を見捨てて逃げてしまいました。そして全員捕まって私以外は全員処刑されました。私はなまじ後ろ盾がなかったので危険はないと判断され捕えられただけで生き延びられました」
「ラード王族の侍女達がアンナのように本当の忠節を捧げなかった理由が分かるか?」
「分かりません」
「簡単なことさ。お前の兄弟達が忠節を捧げるに足る人物でなかったってことだ」
「・・・どうしたらそんな人物になれるのです」
「王や王族、およそ人の上に立つ者に言えることだがな。主として尊敬出来る矜持を持ち義務や責任を果たしていれば自然とそうなる」
「お兄様やお姉様、ラードの王族の者はそうじゃなかったっと言うのですか」
「そいつらがお前にした仕打ちを思い出せ。とても尊敬に足る人物じゃなかっただろう?」
「・・・」
「さて、与太話はこれくらいにしてライザを返してもらうためのお前の指示とやらを聞こうか」
急な話しの転換に戸惑いを覚えながらデリラは答えた。
「馬を二頭、私と貴方の分を用意してください。私が案内する場所に貴方一人で来てもらいます。その後の指示はその都度出します」
「分かった。その場所にはもう向かえばいいのか」
「はい」
「分かった。これから出発しよう」
「・・・私を拷問に掛けて情報を聞き出そうとは思わないのですか」
「どうせ場所以外大したことは知らされていないんだろう?だったら拷問に掛ける時間が無駄だ。それとも拷問して欲しいのか?そんな趣味があるのか?」
「ありません!」
デリラは力いっぱい否定した。
俺はデリラの案内でレインディア王国と旧ラード王国との国境近くの平原に到着していた。
そこが取引場所とのことである。
馬で移動して三日目の夜のことだった。
ライザ拉致犯捜索の検問所はデリラの指示で迂回させられレインディア側と連絡を取ることも許されなかった。
昼は睡眠を取り夜移動することで夜目の効かないシオンの使い魔からも逃れるように動いていた。
シオンが使い魔を使っているのを見てもデリラが驚いた様子がなかったことからもこちらの詳細情報をかなり正確に掴まれていることが分かる。
ライザ達の視察予定も筒抜けだった。
こちらに内通者でもいるのだろう。
取引場所の周辺は星明りしかなく手に持つカンテラの光の外は闇に溶け込んでいた。
騎乗したまま進んでいくと前方の闇の中に淡い光が一つ見えてきた。
近づいていくとやがて同じくカンテラの光が一つ騎乗した十二人の人影を薄く照らし出す。
一人は女性である。
薄っすらとした光に照らされライザ王女と分かる。
「エノス男爵!連れて来ました!」
少し距離を取った位置で止まりデリラが呼び掛けた。
「ご苦労様でした。デリラ姫様」
十一人の男の中でひょろりとした長身の男が返答する。
他は魔導士三人、騎士七人といったところか。
「指示通り一人で来た。ライザ王女を返してもらおうか!」
俺はその男に声を放った。
「貴方が“殺戮の戦鬼”ですか。そう焦らないように」
エノスはそう言うとライザ王女の方にカンテラを向ける。
ライザ王女の首には隷属の首輪が嵌っており手に持ったナイフを自分の首筋に当てていた。
「話していいぞ」
エノスが尊大にライザ王女に声を掛けた。
「ユウキ様!何故来たのです!貴方が危険を冒す必要などありません。私の我儘のために多くの護衛騎士達が死傷しアンナまでも・・・。私など放っておいてくださればよかったのに」
「そのアンナにお前を必ず助けるって約束しちまったからな」
「アンナが!アンナは生きているのですか!」
「ああ、重傷だったがな。シオンが傷も残さず治療した。体力が戻れば以前のように動けるだろう」
「よかった・・・」
ライザ王女は不幸中の幸いに胸をつまらせ涙を流した。
「さて、感動の対面はここまでとして取引を済ませてしまいましょう」
「どうしろと?」
「簡単なことです。貴方にこの隷属の首輪を着けて頂きたい。ああ、言っておきますがライザ王女には貴方が少しでも妙な動きをすればナイフで自分の首を突くように命令してあります。くれぐれも迂闊な行動は控えてくださいね」
「・・・分かった。抵抗はしない。その代わり首輪を着けると同時にライザ王女を放せ」
「ラード王国の貴族である私の名に掛けてお約束しましょう」
俺の返答を聞きエノスの部下の騎士が隷属の首輪をこちらに持ってきて手渡した。
自分で着けろということらしい。
自分で着けさせることによって俺に屈辱感でも与えたいのだろう
ニヤニヤしている。
幼稚なことだ。
俺は無表情にゆっくりと隷属の首輪を着けた。
「やった!やったぞ!シュルト軍数万でも討ち取れなかった“殺戮の戦鬼”をこの私が下した!これで私の望みが叶う!」
エノスは哄笑した。
「エノス男爵。約束通りライザ王女を解放して上げてください」
デリラがエノスの方に騎乗したまま向かい話し掛けた。
「何を言っているのです、貴方は。戦奴風情との約束など守る必要はありません。ライザ王女はまだまだ利用価値があります」
「そんな。王国貴族の名に掛けて誓ったではないですか。貴族としての矜持はないのですか」
デリラがエノスに詰め寄った。
「既にラード王国はありません。そんなものに何を掛けても問題ありませんな」
「王国の再興を目指すのではなかったのですか。だからこそ私は辛い訓練にも耐え命掛けの任務にも赴いたというのに」
「それはそれは御苦労様でした。これで貴方の利用価値は無くなりました。後は私が万事執り行います。貴方は暫く私の愛人にでもして差し上げますので残り少ない人生を楽しんでください。私が“殺戮の戦鬼”を手土産としてシュルト王国に迎え入れられる話しは既についています。シュルト王国の伯爵となる私が愛人とはいえ旧ラード王国の王女を囲っていれば痛くもない腹を探られかねません。正式に叙爵が決まったらシュルト王国への忠誠の証として私自身の手で首を刎ねてあげましょう。フフフッ、泣き叫び命乞いをする貴方の首を刎ねる日が楽しみです」
外道のサディストだ。
「私をシュルトの獄から救出したのも王国再興の旗頭として決起するという話しもそのために“殺戮の戦鬼”を殺しシュルトから懸けられている莫大な懸賞金をせしめて軍資金とするか“殺戮の戦鬼”を隷属の首輪で再び縛り直接的な戦力として使うという話しも全て嘘だったのですか」
「フフフッ、この策略はシュルト側から持ち掛けられたのですよ。王国再興なんて目指すはずがないでしょう。ラード王国は既に滅びたのです。これからは旧ラードを併合し超大国となったシュルト王国の時代が来ます。そこに伯爵の地位を得られるのであれば私はラードの愚王に仕えていた時よりも遥かに大きな権力と贅沢な暮らしを得ることが出来ます」
「貴方という人は・・・クッ!」
後ろから忍びよっていた騎士の一人がデリラを押さえつけた。
「本当なら旧ラード領内に逃げ込んでからじっくり料理してやろうと思っていたのですがいきなり貴族としての矜持とか言い出して私に意見するとは。一体“殺戮の戦鬼”に何を吹き込まれたのやら」
俺の方にチラリと目をくれる。
「まあ、いいでしょう。ライザ王女、ナイフを下しなさい」
そしてデリラに背を向け部下達に命令した。
「作戦は成功しました。旧ラード領内に撤収しましょう」
その瞬間デリラが騎士の拘束を振り払い腰の剣を奪ってエノスに飛び掛かった。
「なッ!」
二人は絡み合うように馬から転げ落ちたが上手い具合にデリラが上のポジションを取りエノスに剣を突き付けた。
「動かないで!他の者も止まりなさい!でなければ容赦なく刺します!」
エノスと助けようと近寄っていた部下達を同時に恫喝する。
あの触れば折れそうな可憐な外見には似合わない手際のよさだ。
訓練の成果が出ているのだろう。
「エノス男爵、ライザ王女にこの場から離れレインディアの地方騎士団の元に逃げ込むように指示しなさい!そしたら貴方を解放します」
自分の命を考慮しない言い分だ。
信じていた同志に裏切られて捨て鉢になっているのだろう。
「わ、わかった・・・。だから・・・少し剣を引いてくれ。話すだけで刺さりそうだ」
実際剣は喉を少し傷付けておりエノスも恐る恐る喋っていた。
「・・・分かりました」
デリラは剣を少し引いた。
「ああ、ありがとう。ではライザ王女に指示しましょう。ライザ王女、デリラにナイフを投げつけなさい!」
「!!」
デリラは反射的にライザ王女の方を向いた。
投げつけられたナイフがデリラに迫っていたが辛うじて躱した。
しかしその隙にエノスはデリラを押し退け腰の剣を抜いて一閃した。
「あ・・・」
デリラは逆袈裟斬りにされ後ろに倒れる。
俺はその瞬間動いた。
厖大な魔力を持った俺に魔道具を素手で触らせるとは愚かなことをしたものだ。
隷属の首輪は受け取った瞬間に壊してある。
もっともシオンの教授があればこその技術で普通の魔導師では周囲に気付かれないように壊すことは出来ない。
馬から飛び降り瞬時にエノスの元に駆け寄るとエノスの顎を手加減して蹴り飛ばして気絶させ剣を抜いてその部下達を斬り伏せていく。
エノスは後で情報を吐かせるために生かしておいた。
淡いカンテラの光の中ではただ影が踊っているようにしか見えなかったのだろう。
目で動きが追いきれなかった騎士も魔導士もなんの抵抗も出来ず瞬殺されていった。
騎士の一人がカンテラを取り落とし零れた油に沿って火が広がり少し辺りが明るくなった。
最後にライザ王女の隷属の首輪を壊し解放する。
「ユウキ様!この方を助けてください!」
ライザ王女が馬から急いで下馬するとデリラに駆け寄った。
デリラはまだ辛うじて生きているのか微かな呻き声を上げている。
「お前を拉致した一味の仲間だぞ。護衛騎士にもレインディアの警備兵にも多数の死傷者が出ている。それでも助けるのか?」
「それでもです。この方は命を掛けて私を助けようとしてくださいました。恩義は返さなければなりません。それに何より私は彼女を助けたい。そう思ってしまったのです。お願いします。助けてください」
「この俺に選りにも選ってラード王族の一人を助けろというのか?それにその傷じゃ俺の手に負えないぞ」
「お願いします」
ライザ王女が真っ直ぐ俺の目を見詰める。
「やれやれだな」
俺は根負けしてデリラが横たわっている場所に跪く。
「おい、デリラ、まだ意識はあるか。助けてほしいか?」
「・・・もういいのです。死なせてください・・・。・・・生きていても辛いばかりで・・・失望と絶望ばかりでした。もう生きる意味もない・・・」
その言葉を無視して魔力で体内を 感知で探りながら治癒魔法を掛けていく。
重要器官の損傷は徐々に塞がっていくが再生速度が遅い。
本人の生きる気力の低下が自己治癒能力の加速を行っている治癒魔法の効きを悪くしているのだ。
「・・・前に話した王や王族の資質についてだがな。主として尊敬出来る矜持を持ち義務や責任を果たすだけじゃなくもう一つある。それは己の守護する者達のために敢えて矜持を捨てさりどんな汚い手も使うことが出来それで非難されることも厭わないということだ。前に話さなかったのは『尊敬出来る矜持』に拘りライザ王女解放に固執させて仲間割れを誘発させ隙を作るためだったのさ。要するにお前は利用されたんだよ。憎むべき親の仇にな」
「な、なんですって・・・」
「お前の父親も愚かだった。自分に御しきれないものに手を出して俺に殺された。お前にも見せてやりたかったな、あの豚王の憐れな姿を。俺に懸命に命乞いをし両手両足を斬り飛ばされても見苦しい命乞いを止めなかった。耳も鼻も削ぎ目も潰し性器も斬り飛ばしたらただ呻くだけになった。俺はそのでっぷりと太った腹を裂き飛び出た腸をせん断し胸を剣で何度も突き続けた。中々お前の父親はしぶとかったぞ。少なくとも胸を突くまでは生きていたからな。そしてその娘であるお前も父親と同じように惨めに死んでいく。いい気味だ」
「・・・こ・・・ころ・・・殺してやる・・・必ず・・・殺してやる」
「俺を殺したければ今を生き延びることだな。死んだらそこで終わりだ」
「・・・死ぬもんか。・・・必ず生きて・・・生き延びて・・・貴様を殺す」
「殺せるものならいつでも殺しにこい。出来るものならな」
「・・・必ず殺してやる。・・・きっと・・・」
デリラは体力が尽きて気絶した。
しかし処置は間に合ったし生きる気力が戻っているので生き延びることだろう。
「お優しいのですね」
ライザ王女がそっと俺の肩に手をやった。
ラード王殺しの話しでドン引きされるかと思っていたのだがいい方に解釈したようだ。
「ラード王殺しの話しは本当だぞ。それにこの娘を利用したのも」
「『己の守護する者達のために敢えて矜持を捨てさりどんな汚い手も使うことが出来それで非難されることも厭わないということ』。貴方の言葉です。貴方は私のためにやってくださったのでしょう。なら私は責める言葉を持ちません」
「そっちこそ、王族として甘過ぎるぞ」
「そうですね。特に今度のことでは護衛騎士にもレインディアの警備兵の方々にも多くの死傷者を出してしまいました。王城育ちで何も知らなかった私は外の世界が面白かった。だから貴方の監視役と名目で色々なところを巡るのが楽しかった。貴方は外への扉も開いてくれた。私を壊れもののように扱う者達よりもぞんざいに振舞うけれども優しさが垣間見える貴方のことが好きになった」
「よせやい。俺はそんな善人じゃない。それに好きとかどうとかは一時の気の迷い、錯覚さ」
「それでも今の私にはこの想いは本物にしか思えません。でも今度のことで王族の責任の重さを思いしらされました。亡くなった者達のためにも私は王族としての義務を果たさなければなりません。一旦私は本国に帰ります。でも必ずもう一度貴方の元に王族の自覚を持った監視役として戻ってきます。それまでは待っていてくれますか」
「確約は出来ない。俺はいつどこに行かなければならないか分からない身だ。荒事も多いし世界の危機とやらは人の対処能力を遥かに越えた存在でいつ俺が対処出来なくなり死ぬかも分からない。しかも全てが終われば元の世界に帰る身だ」
「それでも構いません。世界のどこにいても探し出します。貴方が元の世界に戻られるならその日までに間に合わせてみせます」
「ふうッ、頑固な姫さんだ。分かったよ。成長し王族の自覚とやらを持ったお前の姿を見てやろう。だから必ず戻ってこいよ」
「はい、楽しみにしておいてくださいね」
辺りは死屍累々で死臭に塗れているが揺らぐ様子もない。
始めてあった時よりは格段に成長しているのは事実だ。
純真な頃のライザ王女も嫌いではなかったが成長を厭う訳でもない。
先のことは分からない。
しかし先が見えないからこそ偶にはこんな約束をしてもいいのではなかろうか。
侍女A「私のことは肉親のように思ってください」
双子メイド「「はい、分かりました。お母様」」
侍女A「私はまだ二十二でまだ若いのです。この場合はお姉様と呼ぶように」
双子メイド「「でも姫様が二十歳過ぎれば行き遅れのオバサンと仰っていました」」
侍女A「・・・後で姫様にはお灸を据えておきます」
大空洞駐在騎士団長R(二十歳)「私も協力しよう」
大魔導師S「・・・永遠の18歳である私には関係のないことだよね」(恐い笑み)
侍女A&大空洞駐在騎士団長R「・・・」※シオンが恐いので二人はツッコミを自主規制しました。




