小話3 見えない悪意
人は己の感知しないところで恨みを買っていたりするものです。
最近現地住民達の様子が変だ。
新たな世界の危機の情報もなく借金返済のための土木工事で足止め食ってほぼ半年、広大な大空洞内を回って各種土木工事を行った。
結構住民達に顔が売れ『ユウキ』と呼び捨てで親しまれていたのだが最近になって『ユウキ様』と敬われるようになってしまったのだ。
最初の頃は各村周辺での開墾や区画整理や治水工事などを遠巻きに見ていた住民も外から農作業の指導のために派遣された農民との相互通訳をしたりしている内に馴染まれてしまっていた。
それがここに来て畏れ敬う態度に変わったのだ。
どうにも居心地が悪い。
現在住民達への教育はレインディアの文官に丸投げしている。
その辺に原因があるのかもしれない。
一体何を吹き込んだのやら。
現場に出る前の朝食を喰いながらそんなことを考えていると丁度ルシア王女が通りかかった。
「おーい、ルシア。ちょっといいか?」
「あ、ユウキ様、おはようございます。どうしました?」
ルシア王女がにこやかに応対する。
ルシア王女は現在王国騎士団の副団長ではなく大空洞駐在騎士団長という立場である。
大空洞内の発見が公表されてからこっちレインディア国内だけでなく各国からも学者や商人達、果ては物見遊山の王侯貴族が押しかけておりそれらの対処や大空洞内の治安維持や環境の激変で凶暴化した野獣などから住民を保護したりと各種任務の指揮監督に追われている。
しかしそんな多忙な毎日でも余裕を持って人に接することが出来るのは有能且つ人格者である証明だ。
もっとも小国であるレインディアではトップが有能且つ人徳がなければ国が傾きかねないという事情もあるのだろうが。
「文官達が現地住民に施している教育について聞きたいのだが」
「申し訳ないのですが近頃は文官達と接する機会も少なくどのような教育を施しているのか詳しくは把握しておりません」
「そうか」
あてが外れてしまった。
「でもどうしてそのようなことを?何か問題でも?」
「いや、大した事じゃないんだが最近住民達の俺への対応がえらく丁寧になったんで気になってね。教育の成果なのかなと」
「まあ、そうですの。ああ丁度いい。ケイン、少しいいですか」
偶々通りかかった文官の一人に声を掛ける。
ルシア王女はここに派遣されている二百人の文官と千人を越す武官の騎士達の顔と名前、担当部門の全て覚えているそうだ。
大したものである。
俺は興味がなかったので土木関係の二、三人とここの文官全ての取り纏めをしている文官筆頭のヨハンという初老の爺さんしか覚えていない。
「はい、なんでしょうか。ルシア様」
ケインと呼ばれた文官がこちらにやって来る。
名は覚えていなかったがどっかで見た顔だ。
「貴方は住民の教育関係の担当の一人でしたね。現在住民に施している教育内容について聞きたいのだけどいいかしら?」
「はい、構いません。どのようなことをお知りになりたいのでしょうか?」
「最近住民達のユウキ様への対応が非常に丁寧になったと聞きました。何か教育内容に変更があったのですか?」
「ああ、それなら貴人への礼儀の教育が行き渡ったのでしょう」
「貴人?俺はそんなものになった覚えはないぞ」
「何を仰いますやら。各国で強大な魔物を打ち倒し我が国においても巨大 雪男討伐や大空洞内の住民を トカゲ人から解放されたまさに救世の勇者様です。これを貴人と言わずして誰を貴人と呼べばいいのでしょう」
「居心地が悪いんだよなぁ。そういう礼儀とかここではなしにしないか?」
「そうは参りません。この大空洞内には今後多くの人が出入りすることになります。商人とかならまだしも視察や交渉に訪れた他国の王侯貴族に粗相があっては我が国の威信を損ないかねませんし住民のためにもなりません」
確かにレインディアはましなようだが他国の王侯貴族であれば狎れ慣れしくしただけで無礼打ちにされかねない。
トーア王国の勇者の御目付役として同行して大空洞に滞在しているライザ王女の護衛騎士達には住民に下手に手を出したら切り捨てると言ってあるので護衛としての任務上ならともかく多少の無礼ぐらいなら大目に見ることだろう。
因みにライザ王女はわりと大様なようで視察と称して大空洞内の俺が整備した舗装道路を馬車で移動して住民達と親交を深めている。
言葉の方はシオンから教わった通りに額から魔力で記憶を流し込む方法で覚えさせておいた。
何故か不満そうな顔をしていたが。
そういえばシオンにライザ王女に覚えさせる前に反復練習をしろと言われて同じ方法で覚えさせた中にいた文官の一人がこのケインとか言う男だったのを思い出した。
後でルシア王女から聞いたところではあの時あそこにいた文官武官はシオンにからかわれていたそうだ。
道理でにこやかに応対しているが目が笑っていない。
とばっちりで俺を逆恨みしている目だ。
あっちこっちで恨みを買っているのでこういった目はよく分かる。
「それではこれでよろしいでしょうか?」
嫌味の一つも言われるのかと思っていたのだがそのまま立ち去るようだ。
「ああ、行っていいよ」
ケインは足早に去っていった。
「・・・よろしいのですか?」
「道理に適っているし実害も俺の気分の問題だけだ。構わない」
「・・・そうですか。それでは私も失礼させていただきます」
「ああ、時間を取って悪かった」
ルシア王女は軽く会釈して去っていった。
後日俺は『ルシア王女とライザ王女を侍らせ毎夜シオンが(魔術の指導で)部屋に通っている』という話しを誤解した住民に身寄りのない見目麗しい美少女達を側室として差し出され頭を抱えることになる。
勇気は文官達の恨みには気付いても他愛のない嫌がらせには気付いていません。
これが直接的攻撃に結びつく嫌がらせになら気付いて報復するでしょうが。
ルシア王女は気付きましたが勇気が気付いていないので文官達のストレス解消を優先して黙認しています。




