66 白竜は招くⅠ
久しぶりに投稿します。
『『『『『『・・・ォオオオオーン!!!!!!』』』』』』
大地を揺るがす数百体の巨竜の咆哮。
間断なく放たれる数百の光の吐息が世界を厚く覆う暗雲を千々に引き裂き全方位に長く伸びていった。
全長千mの巨竜群の視界すら遮る超高峰である彼方の山脈を消し飛ばしていく。
惑星の地形を変える猛威の中、巨竜群の周囲では雲霞の如く群れ集う翼竜らが背に白き翼を持つ天使達と激突を繰り返していた。
翼竜が放つ火弾が天使達を焼き焦がし天使達も腕から放つ光槍で翼竜らをズタズタに引き裂いていく。
乱舞する天使の白き翼と翼竜の緑の体色が入り混じりその中に火弾と光槍とが弾け瞬き交錯して無数の赤が花のように咲いていく。
その乱戦の中、天空より万華鏡のように七色に光を乱反射させ光柱が降下し大地に突き刺さっていった。
それに巻き込まれた天使も翼竜も全て粉砕されていく。
地表は数十kmに渡って大きく抉れ底には沸き立ち荒れ狂う灼熱の溶岩の海が厖大な熱量によって液状から気体状に盛んに変容して岩石蒸気をドンドン立ち昇らせていた。
そこに巨竜群の姿は見えなかった。
それを見下ろす天空には巨大な巨竜に匹敵する大きさの数百の人型の姿があった。
全長千mの完全な人型、彫像のように均整のとれた筋骨隆々な身体にトーガのような衣装をゆったりと纏い光輝く膜に包まれ激烈な環境を物ともせずゆっくりと降下してくる。
その偉容は惑星の地形を変える猛威の中にあっても圧倒的存在感を発し神々しくもあった。
突如その足元の巨大クレーターから溶岩の柱が爆発的に立ち昇った。
赤熱する溶岩の衣を脱ぎ捨てるようにその中から巨竜群が現れ巨神達に迫っていく。
見た目では巨竜群にダメージらしきものはなく巨神達にも動揺はなかった。
巨神達の両腕が光り輝き巨大な光槍が生み出され撃ち下ろされる。
光槍に直撃された巨竜は一旦叩き落とされるが直ぐに体勢を立て直し再び挑むために飛び上っていく。
巨竜群からも光の吐息が応射されるが巨神達を包む光の防御膜に弾き飛ばされていく。
距離が詰まり両者は中空で激突し乱戦に突入した。
巨竜は大きく咢を広げ爪を掲げて巨神に迫り、巨神は両手を光輝かせ周囲の空間を揺らめかせて殴り掛かっていく。
巨竜の咢や爪は巨神を包む防御膜を貫通しその腕や脚や首を切り裂き引き千切り、巨神の光撃は巨竜の頭や胴体に触れた瞬間周囲の空間ごと破砕し吹き飛ばしていった。
乱戦の中牽制として時折り放たれる巨大光槍や光の吐息が世界を引き裂き砕き融かし蒸発させていく。
そんな互いの身を喰い合うような凄惨で熾烈な殺し合いが戦場各所で繰り広げられ流れ弾の余波だけで世界を崩壊させていく。
その戦場にあって金属質的な質感を持つ白銀に輝く百m級の竜が数百頭の同サイズで同質感の白灰色の竜を引き連れ戦場を駆け巡っていた。
一体の巨神に向けて巨竜の放つ光の吐息より遥かに細い白熱光が白竜群から一斉に放たれ防御膜に阻まれる。
しかし白竜群の一隊が横合いに回り込み防御膜を巨竜群と同じように爪と牙で切り裂きかじり取りその内に潜り込んで本体に食らいついていく。
そちらに気を取られ体勢を崩した巨神に更に白竜群が襲い掛かりその爪と牙で削っていき遂には致命傷を与え屠っていく。
白竜群は広げた双翼の後方から魔力光を噴出し翼竜を遥かに超える高速機動で戦場を縦横無尽に飛翔し一糸乱れぬ統率の元陣形を崩さず突撃を掛け戦果を上げていく。
幾度となく巨神の光撃が掠めそれだけで灰竜の数を削っていくが尚も戦場を疾駆していった。
『・・・戦いは創世の刻より幾度となく繰り返されていた』
苛烈な戦場を俯瞰する存在があった。
『永き戦いの果てに我らは最後の大戦で彼のものと滅ぼし合い微かな残滓は残れど我らの時代は終わった』
戦いの世界が消え巨神や巨竜その眷属達の残骸が地に墜ちて骸を晒し、激しい戦いの余波でその他の生物も死に絶えた荒涼とした死の世界が現れた。
勇戦していた白竜達も満身創痍の白銀の竜を除き皆失われていた。
最後の白竜は大地に佇み北の空によろよろと去っていく一体の傷付いた巨竜と数百頭の少数の群にまで撃ち減らされた翼竜群を見ていた。
『・・・どうしてこんな光景を俺に見せる?』
『我らの命運が汝の道と交わるが故に・・・』
そして夢は唐突に終わった。
勇気は身体全体を襲う激痛の中で目覚めた。
周囲は暗黒に閉ざされ静寂に満たされていた。
辺りが暗いかどうか無音かどうかは分からない。
眼球や鼓膜が破れそれどころか身体全体が大きく損傷している事が襲い掛かる強烈な激痛から分かっていた。
普通の人間ならとうにショック死するほどの激痛が断続的に襲い掛かってくる。
しかし勇気は意識を手放さなかった。
ここで気を失えば二度と目を覚ます事がないと分かっていたからだ。
激痛の中で絶対に生きて帰るという強固な意志がそれを支えていた。
枯渇し尽くした魔力が僅かに回復する度に治癒魔法で少しずつ身体を再生させていく。
肺や心臓の維持と止血から始めて重要器官を徐々に治していく。
治癒魔法で一気に治そうと魔力を使い過ぎれば魔力切れを起こし意識が跳びそのまま死んでしまうため激痛に耐えながら魔力回復分を少しずつ使って治していくしかなかった。
そのため治癒は遅々として進まず地獄の苦しみが延々と続いていくがやがて重要器官の再生が終わりギリギリの状態から脱すると後回しにした手足の骨折や頭部の裂傷や火傷を癒して苦痛の元を取り除いていき多少の余裕が生まれた。
身体の治癒に全力を傾注していたため後回しにしていた周囲の状況確認を始める。
眼球の再生が終っても周囲は薄暗くよく見えないままだったが様々な音が聞こえてくる。
木々のざわめき甲高い鳥の鳴き声や重低音の獣の唸り声、虫の囁きや風の音。
それらが遮蔽部物に囲まれているようにくぐもって聞こえてくる。
魔力による周辺探知で原因は直ぐに分かった。
勇気は内部組織がほぼ炭化し龍鱗の張りぼてと化した竜の鎧の中にいた。
有機結合していた内部組織が完全に死んでいるので龍鱗の外に魔力が通らないが響いてくる音から森の中にでも墜落している事が分かる。
薄暗いとはいえ微かな光や閉じた機体内で酸欠になっていないのは間接部の隙間が筋組織の崩壊で広がりそこから光や空気が入ってきているからだ。
内部組織が生きていて自律制御が可能であったなら操縦者が意識を失っていても自動で着陸出来るのだが内部がこの有り様で瀕死の重傷であったとはいえよく生きていたものである。
こんな有り様になった直前の状況を思い出す。
成層圏で迫る超巨大敵母船。
地表への被害を最小限に抑えるため竜砲に自分の魔力の全てを込めた。
機体の防御は切り捨てた。
竜砲の威力が足りずに地表の人間が全滅してしまっては元も子もない。
世界の人間全てのためなんてガラじゃないが知り合ってそれなりに情の湧いている連中のためになら命を張るのもありだろう。
厖大な魔力を竜砲で高効率に熱量変換し限界まで圧縮を掛けた一撃を解き放った。
それは膨れ上がりながら敵母船の中央部に命中して巨大な爆発球になり船体を破壊し崩壊させていった。
勇気の乗る竜の鎧も魔力が尽き回避行動もままならずそのまま爆発球に突っ込んでいった。
機体の間接部の僅かな隙間や接合部から超々高熱が浸入し一瞬にして内部を焼き尽くし爆圧が叩きつけられた。
機体との魔力的リンクを保つために剥き出しになっていた頭部は炎熱無効の雪男の毛皮で作られたヘッドセットで守られ身体も龍鱗の鎧を着込んでいたがやはりその隙間から潜り込まれ頭部は熱で炙られ身体全体は爆圧の衝撃で吹き飛ばされ意識を失った。
気を失っていた間に妙な夢を見て目覚めたら激痛の中にいた。
敵母船の爆発に巻き込まれて生き残ったとしても成層圏からの自由落下で地表に叩きつけられれば間違いなく死ぬはずだ。
瀕死の重傷を負っていたがこの程度で済むはずがない。
何か想定外の事態が起こったと考えるべきであろう。
勇気は外の状況を確認する事にした。
事態を把握するにしても情報が少な過ぎるし身体の回復には普通に食事を取って消費したカロリーや各種栄養素の補給をする必要があった。
金属製の飛行ユニットは壊れていたので紗耶香のものと一緒に作った竜牙の小刀を背中に背負って立ち上がった。
完全回復にはほど遠い身体に鞭打って胸部装甲に辿りつき覚束無い手つきで上向きになっているそれをゆっくりと押し開いていく。
ムッとした熱気と木々や草の青臭い臭く泥臭い匂いが吹き込んできた。
天頂には青空が広がっていた。
淵に手を掛け身体を持ち上げ外に出る。
竜の鎧の胸部に立ち周囲を見渡す。
そこには鬱蒼としたジャングルが広がり動植物の奏でる音に満ちていた。
破壊した敵母船の破片の影響は見られなかった。
予想では惑星規模の環境の激変を招いているはずだったがその様子はなかった。
竜の鎧は木々を押し倒し仰向けに倒れていたがとても成層圏という超高空から墜落したようではなく数m程度の高さから落下したぐらいの感じだった。
「さて、どうしたものか」
当面の危険がないのは確認した。
どうしてこういった状況になっているのかは相変わらず分からない。
優先事項は食料確保だが下手にジャングルの中を彷徨き廻っても無駄に体力を消耗するだけで効率が悪い。
諺としてではなく文字通りの意味で株を守りて兎を待つでいきたいのだが・・・。
グルルルッ・・・。
そいつは獰猛そうに唸りながらのっそりとジャングルの中から出てきた。
兎ではなく虎だ。
しかも口から発達した長い犬歯を覗かせていた。
俗に言うサーベルタイガーというやつである。
ゴルシェ伯爵の獣人達を見て元になった猛獣もこちらの世界にいるとは思っていたがサーベルタイガーまでいるとは思わなかった。
古生物マニアなら垂涎ものだが魔力が少ししか回復しておらず体力も常人以下に落ちている状態ではあまり出くわしたくない相手であった。
常人であっても野生の猛獣に敵う訳がないのに今の勇気ではまともにやり合えば勝ち目はない。
サーベルタイガーはトントンと軽く竜の鎧の側面を飛び跳ねて登ってくると勇気の正面に降り立った。
勇気は背中の竜牙の小刀を抜きもせず自然体のままで動かない。
サーベルタイガーは唸り声を上げて飛び掛かってきた。
勇気は緩慢に見える動作で横に動きそれでも宙で振るわれたサーベルタイガーの爪の一撃を躱した。
サーベルタイガーは着地すると直ぐに振り向こうとし、そしてその頭がゴトンと落ちた。
首から血が噴き出し周囲を朱に染めていく。
「今の状態でまともにやり合えばヤバかっただろうがまともにやり合わなければいいだけだ」
勇気は最小限の魔力操作ですれ違い様に相手の首に巻き付けた極細ワイヤーを回収した。
極細ワイヤーは龍鱗の鎧に内蔵していたため無事だったのだ。
「さて飯にするか」
勇気は今になって竜牙の小刀を抜き放つと調理に掛かった。
続きます。