第十四話 ヴァンパイア襲来 後
昼間の路地裏で、俺は女盗賊エフトの「調査」を受けていた。
「銀貨四枚だ」茶髪のエフトは交渉上手だった。
「一枚だ。それ以上は出せない」俺は言った。
「あのランプは、貴族が持てば価値があるが、他の者にとってはかなりどうでもいい骨董品だ。売りに出しても売れないよ」俺は軽い調子で言った。
「ランプの価値は私が決める」エフトは言った。
「いや俺が決める。必要ではあるが、別に無くても困らない。そういう代物だ。お前のスリの腕は確かなものだ。だから金を払うと言っている。銀貨一枚だ」俺は嘘をついた。
本当はとんでもなく必要で、とんでもなく重要な品だった。金髪の貴族フラーウムが言うには、太陽の欠片がその中には入っているのだ。ヴァンパイアを殺せる唯一のものが。
「銀貨三枚だ」エフトは食い下がった。
俺は肩をすくめた。
「あいにく今、持ち合わせが二枚しかなくてね。三枚ならこの話は無しだ。俺は帰らせてもらう。『調査』への協力ももう一切しない」
「……いいだろう。銀貨二枚だ。有り金全部で手を打とう」エフトは折れた。
「希望」が受け渡され、俺は銀貨二枚を差し出した。エフトはそれを互いにぶつけてチリンと音がすることを、贋金ではないことを確認した後、路地裏の先に走り去っていった。
俺は「希望」を買い戻した。昼日中では、それはまったく壊れたランプのように見えた。だがこいつが、ヴァンパイアに対する俺たちの回答だった。
「騙された!」「騙された!」「騙された!」
ヴァンパイアは古城の地下で繰り返し呟いていた。思ったとおり、やっぱり夜明けはこなかった。コータの周囲の誰か、おそらくあのフラーウムという女の、雄鶏の口真似に自分は騙されたのだ。これほど腹わたが煮えくり返ることはなかった。怒りのために棺桶で眠ることもできず、ヴァンパイアは地下室を歩き回った。
「五月蠅いのう」ランプを持った白い魔法使いが地下室の入り口に降りてきた。それを見てヴァンパイアはぎょっとした。
「貴様は『白の魔王』!」ヴァンパイアの影が尖り、戦闘形態を取った。
「そうじゃ。この丘の上の古城は儂の城じゃ。しかし、お主はそのことを知らなかったようだから、大目に見てやろう」
「大目に見てやるだと?」
「そうじゃ。お主が勇者コータを屠るまでの間、儂は中立でいることを約束しよう」
「だいたい今は昼じゃ。ノーライフキングよ。儂はやろうと思えばお主をいまこの場で殺せる」
白い魔法使いは言い切った。ヴァンパイアの影がざわめいた。
「じゃが別に儂はお主には恨みがない。あくまで中立じゃ。『黒の魔王』も、今回の指示でまず儂を殺せとは言っていなかったであろう?」
「……お前は魔王様の邪魔になる。いつか殺す」
ヴァンパイアはなんとか言葉をひねり出した。
「『いつか殺す』というのは、決まって雑魚の捨て台詞じゃ。その貴族の身なりに合わせるなら、言わずに胸に留めておくのがお主の身のためじゃぞ」
白い魔法使いはそう言って、ランプを揺らして地上に去った。
ヴァンパイアは己の両手を見た。その手は震えていた。それが恐れのためではないと自分に言い聞かせる為に、ヴァンパイアは手が震えるほど強く、両手の拳を握りしめた。
日が沈み、夜が来た。今宵こそコータを討ち取ろうと、ヴァンパイアは全ての蝙蝠たちを連れて出撃した。知覚共有。蝙蝠たちの鋭い聴覚が、宿の前に立ち、己を迎え撃とうとしているコータ、ヴォルフガング、フラーウムを感じ取った。
「あの細い月を覆い隠せ!」ヴァンパイアは命じた。蝙蝠たちはそうした。
「一等星を覆い隠せ!」ヴァンパイアは命じた。蝙蝠たちはそうした。
「二等星、三等星を覆い隠せ!」ヴァンパイアは命じた。蝙蝠たちはそうした。
空は暗黒に覆われた。闇がどんどんと深さを増し、コータたちは視界を奪われた。ヴァンパイアの眷属、蝙蝠たちの聴覚だけが、空を舞うヴァンパイアの知覚共有だけが、コータたちを捕らえた。
「勇者コータ! いまこそ貴様が死ぬべき時が来た!」とヴァンパイアは高らかに宣言した。
得意絶頂に黒い剣を構え、一直線にヴァンパイアは降り落ちた。黒い剣は闇を切り裂き、そのままコータを串刺しにしようとしていた。
「希望」を隠す覆いが、真っ黒い覆いが外されたのは、そんなときだった。
それは太陽そのものだった。
闇の眷属を焼き切る真っ白い光だった。
闇が深ければ深いほど、その光は増した。とりわけこんな暗黒の中で、「希望」は燃え上がるように輝いた。世界は白く染まった。
ヴァンパイアはその光の中に突っ込んだ。剣は砕け、その身体は灰になり、大地にぶつかって脚と腰が砕けた。ただ上半身だけになって、いまにも崩れ落ちそうになる身体でヴァンパイアはコータを見上げた。心臓めがけて振り上げられた白木の杭が見えた。
そしてそれは振り下ろされた。狙いは外れなかった。