第十三話 ヴァンパイア襲来 前
「ありえないわ……」夕方、宿屋に帰ってきたフラーウムは一言呟いた。
「何が?」俺は答えた。
「あの女よ。あのエフトという女盗賊に魔法のランプ『希望』をスられたのよ!」フラーウムは叫んだ。
「決めつけるのはよくないと思うけど……」
「コータ! あなたはどっちの味方なのよ!」
「でも、証拠が無いんじゃどうしようもないじゃないか」
「どう考えてもあの女以外に考えられないのよ! ぶつかってきたのはあの女なんだから! これじゃご先祖様に顔向けできないわよ!」
フラーウムは俺の身体をぽかぽか叩いた。
「じゃあ俺が取り返してくるよ」
「どうやって?」
「前回途中で『今日はここまで』って言ってただろ。エフトからの『調査』の続きがあるから、その場で交渉してくる。まあ銀貨二枚もあれば足りるだろう」
「盗まれたものを買い取るですって?」
「世の中、貴族のルールとは別に、盗賊のルールってもんがあるんだよ。たぶん」
その日は新月で、夜空は暗かった。その闇がさらに深くなってきていることに、俺たちは気付かなかった。ただ、なぜかその夜は寝付けなかった。まあ、たまにはそんな日もあるか。そう思って、俺は目を閉じていた。
閉まっていた二階の窓が、音も立てずに開いた。吹き込む風の寒さに、俺は飛び起き、剣を握った。だが窓のほうを見るも、星明りすら見えない。暗闇に目が慣れず、名乗られるまで目の前に立つ男にも気付かなかった。
「はじめましてコータ。博識なる勇者よ。新月の夜に現れる怪物の名を知っているかね?」
「人狼か?」俺はわざと間違えた。
「あんな獣と私を一緒にするな!」闇が吼えた。
「じゃあヴァンパイアだ。知ってるか? 俺の元いた世界では、ヴァンパイアは正義のヒーローってことになってるんだぜ?」
背後でヴォルフガングが起き出して、ランプに火を着けようと、火打ち石を打った。
火花が散り、一瞬、男の姿が見えた。背が高い。
「正義のヒーローだと?」ヴァンパイアが訊ねた。
「そうだ。蝙蝠マークで夜を征く、ダークヒーローだ」そう言いながら、剣を両手で構える。
「馬鹿馬鹿しい。我ら夜の眷属は、英雄ごっこになど興味は無い! 今日は貴様の素っ首を貰い受けに来た」
ヴォルフガングの手によって、再び火打ち石が打たれた。ランプに火が着く。黒い貴族姿の男が、闇の中に浮かび上がった。「胴!」俺は剣を振るった。手応えはなかったが、胴を真っ二つに切ったはずだ。
「なるほどなるほど。その剣がお前の強さの秘密だというわけか」
だがヴァンパイアは何事もなかったかのように拍手をした。俺はぞっとした。伝説の剣さえ効かない怪物など、想定外だ。
「理解した。理解したぞ、小僧。なるほど他の者なら剣で斬られて野垂れ死ぬところだ。だが私は死なない。この私がヴァンパイアだからだ。太陽の光以外を恐れぬノーライフキングだからだ。さあどうする? どうする小僧? 万に一つの勝機のために、その棒切れを振り回すか?」
「霧化か? その身を霧と化したのか?」
「ほう! もう私の特長を理解したのか、賢い勇者よ。だが状況は何も変わらんな。お前の剣は私に効かない。だが私のこの黒い剣は――お前に効く!」
幾度も剣と剣が打ち鳴らされた。防戦一方だった。俺はつばぜり合いののち、相手の剣を払って後ろに飛んだ。
ヴォルフガングは叫んで銃を撃った。だが、ヴァンパイアには全く効かない。
「無駄無駄ァ!」
ヴァンパイアは叫んで言った。そして俺に止めを刺そうと、剣で突こうと、剣をきっちり構え直した。そのときだった。
「コケコッコー!」
甲高い声がした。夜明けの撃鉄が引かれた。太陽が昇ろうとしていた。
「そんなバカな! まだ夜のはずだ! まだコータの首を獲っていない。まだ殺しきっていない!」
「いいやもう朝だ。雄鶏が鳴き、夜が明ける。夜明けは早められ、悪しきものは滅ぼされる」俺はひとりでに、いつかどこかで聞いたことのある名文句を口に出した。
「クソ! 今日のところは勘弁してやる! だが明日は! 明日こそは貴様の首を獲ってやる! 必ず! 必ずだ!」
ヴァンパイアは無数の蝙蝠に姿を変えて飛び去った。俺は震えていた。剣では勝てない相手がいる。死の恐怖のためではない。強者に出会ったがための武者震いが、俺の全身をわななかせていた。
ランプに照らされて、戸口から部屋に現れたのはフラーウムだった。
あの絶望の中、鶏の鳴き真似をしたのはフラーウムだった。
「もう二度とあんな真似は御免こうむるわ」とフラーウムは言った。
「無敵のヴァンパイアを相手に、私がコータの命を救ってあげたのよ。感謝しなさい」
俺は心底感謝していたが「感謝の仕方が分からない」と言った。
「今日は私と一緒に寝なさい。ただし、手を出したら殺すわよ」
よく分からなかったが、俺は言われた通りにした。フラーウムはすぐに眠りに落ちた。俺は髪の毛に触れようと手を伸ばしたが「手を出したら殺すわよ」という言葉を思い出し、踏みとどまった。命を助けられた感謝からだろうか、フラーウムの寝顔はまるで天使のように見えた。その感想を素直に口にすればまたビンタされるだろうから、俺はその言葉を胸の奥に秘めた。
その日、俺はよく眠った。




