第2章 - 帝国ラインシャルドの帝都
カイロはただ横へ身をずらした。狼はそのまま彼の横を通り過ぎ、勢いを殺せないまま木の幹へ激突して地面に落ちた。カイロはその場から動かず、ゆっくりと起き上がろうとしている狼を数秒間、静かに観察していた。
「俺を襲おうとしたのか?」カイロは少しだけ首を傾げながら尋ねた。狼は再び唸り声を上げ、鋭い牙を見せる。カイロは小さく笑い、指を軽く曲げた。(やっぱり、俺を襲おうとしたんだな)
「なるほど」カイロは落ち着いた声で答えると、ゆっくりと狼に近づき、両手でその身体を掴んだ。驚いたことに、狼の身体は何の苦労もなく持ち上がった。腕の中で狼が必死にもがき始めるが、カイロは興味深そうにその様子を眺めていた。(思っていたより、ずっと軽いな)
「結構軽いんだな」カイロはそう呟きながら、狼を少しだけ持ち上げた。すると狼は腕の中から抜け出し、数メートル後ろへと下がる。再び敵意を込めて唸り声を上げたかと思うと、すぐさまカイロへ向かって飛びかかった。カイロは片手を上げる。今度は少しばかり好奇心があった。ただ止めてみたら、どうなるのだろうか。
次の瞬間、カイロの一撃が狼の身体に命中し、その身体を数メートル後方へと吹き飛ばした。狼は地面に落ちると、そのまま数秒間動かなくなった。カイロはゆっくりと手を下ろし、倒れた狼を見つめる。(……強く殴りすぎたか?)
少し気になったカイロは数歩近づいてしゃがみ込み、狼がまだ呼吸をしていることを確認した。「生きてるな」そう呟きながら狼を観察したカイロは、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑って立ち上がった。
「よかった」特に心配している様子もなく、カイロは狼をその場に残し、再び依頼へと戻っていった。(先に薬草を全部集めるか)
必要な薬草をすべて見つけると、カイロは帝都へ戻る道を歩き始めた。それから数時間後、冒険者ギルドへ戻ったカイロは依頼の品を受付に渡し、報酬として銀貨十五枚を受け取った。カイロは受け取った銀貨を数秒間眺め、指先で軽く動かしてみる。(銀貨十五枚……これでどれくらい暮らせるんだ?)
まだ泊まる場所も探さなければならないし、何よりもまともな食事が必要だった。「薬草を集めるだけで十五枚か……」カイロは銀貨をしまいながら呟いた。「冒険者って、そんなに悪くないかもな」(これで生活できるかもしれない)
近くに宿屋を見つけたカイロは、そのまま扉を開けて中へ入った。店内は冒険者たちで賑わっており、あちこちのテーブルが埋まり、さまざまな会話が飛び交っていた。厨房からは食欲をそそる料理の香りが漂い、カイロが数歩進んだところで、突然、大きな口論が耳に入った。
「だから、そんなことしちゃダメだって言ってるでしょ!」女性の声だった。カイロは声のした方向へ少しだけ顔を向ける。そこには緑色の髪をした少女と、彼女の話を聞くつもりなどまったくなさそうな大柄な男が向かい合っていた。
「俺は払わないって言ってるんだよ!」男は腕を組み、悪びれる様子もなく笑っている。(お……)カイロは足を止めた。(なんだか面白そうだな)
少女は男よりもずっと小柄だったが、その表情からは一歩も引くつもりがないことが伝わってきた。濃い緑色の髪に、緑の縁取りが施された白い短いジャケット。その下には黒いシャツを着ており、暗い色のズボンと茶色の革製ブーツを履いていた。腰にはいくつもの小さな袋が付いたベルトを巻き、銀色の柄を持つ短剣を差している。さらに、エメラルドグリーンの短いマントを片方の肩に掛けていた。
「料理を食べて、テーブルまで壊して、それで払わないってどういう神経してるのよ!」少女は壊れたテーブルの残骸を指差しながら抗議した。
「テーブルが古かったんだよ!」男も木片を指差して言い返す。
「買ったの三日前よ!」少女は目を大きく見開いた。
「じゃあ、粗悪品だったんだな」男は何の悪びれもなく答えた。
少女の動きが止まった。(……今、本当にそんなこと言ったのか?)
「ふざけてるの!?」少女はついに両腕を上げて叫んだ。カイロは思わず小さな笑みを浮かべそうになる。どちらが正しいのかは分からないが、あの少女には妙に独特な勢いがあった。
やがて男はぶつぶつと文句を言いながら、その場を立ち去っていった。少女は男の姿が人混みの中へ消えるまで睨みつけ、それから腕を組んだ。「……臆病者」
そのとき、少女の視線とカイロの視線がぶつかった。少女の目はすぐにカイロの頭上に浮かぶ王冠へと向けられ、少しだけ首を傾げて目を細めると、数歩近づいてきた。
「あなた」少女はカイロを指差した。カイロは落ち着いた様子で彼女へ振り向く。
「俺?」自分の胸を指差しながら尋ねると、少女はもう一度、頭上の王冠を指差した。
「そう、あなた。冒険者?」少女は興味深そうに尋ねた。カイロは頷き、ギルドカードを見せる。
「うん」少女はカードを確認した後、再び王冠へ視線を戻した。「それで……強いの?」
好奇心を含んだ声で尋ねられ、カイロは数秒間考え込んだ。森で出会った狼のことや、ギルドで見た魔力測定用の水晶を思い出しながら、自分の手へ視線を落とす。(……分からない)
「分からない」カイロは正直に答え、軽く肩をすくめた。
少女は目を瞬かせる。「分からないって……どういうこと?」両手を広げながら、不思議そうに尋ねた。
「確かめる必要がなかったから」カイロは何でもないことのように答えた。少女は改めて彼を観察する。長い黒髪に暗い色の着物、頭上に浮かぶ王冠、そして落ち着き払った表情。どう見ても、冒険者になったばかりの人間には思えなかった。
「なんだか、すごく強そうに見えるけど」少女は王冠を指差しながら言った。カイロは彼女の指先を目で追い、頭上の王冠へ視線を向ける。
「これ?」カイロは指を伸ばし、王冠に軽く触れようとした。しかし、その指は王冠をすり抜けてしまった。「何なのか、俺にも分からない」自分の指を眺めながら、カイロは素直に答えた。
少女は彼をじっと見つめる。(なんでみんな、俺よりこの王冠について詳しいんだ?)
「それが何なのかも知らないの?」少女は呆れたように尋ねた。
「うん」カイロはあっさりと答えた。
リリアは数秒間黙り込んだ後、呆れたように呟いた。「……あなた、かなり変わってるね」
カイロは小さく笑った。「今日だけで何度か言われた」
少女は小さく笑い、再びカイロのギルドカードへ視線を落とす。「それで、ランクは?」
「ブロンズ」カイロが答えた瞬間、少女の笑顔が消えた。
「……ブロンズ?」片眉を上げながら聞き返す。
「うん」
「あなたが?」
「うん」
リリアは数秒間、カイロを見つめ続けた。「……ブロンズには見えない」
カイロは少しだけ首を傾げる。(ブロンズって、どういう見た目なんだ?)
「どう見えればいいんだ?」興味深そうに尋ねると、リリアは口を開いたものの、すぐには答えられなかった。彼の服装や髪を見て、最後に王冠へ視線を戻す。
「えっと……分からない。でも、あなたは違う」少女は困ったように答えた。カイロはその言葉を聞きながら、ただ彼女を見つめていた。
少女はため息をつき、両手を腰に当てる。「まあ、いいや。それより、私たちのパーティーに入らない?」そう言って笑顔を取り戻し、カイロへ手を差し出した。
カイロは差し出された手を見つめたが、すぐには握らなかった。「いくらもらえる?」
リリアは目を瞬かせる。「……最初に聞くの、それ?」
「お金が必要だから」カイロは自分が持っている数枚の銀貨をさりげなく指差した。リリアは数秒間カイロを見つめた後、突然、大声で笑い始める。
「はははっ! 少なくとも、正直ではあるね!」カイロは何も言わず、返事を待った。
「分かった。私たちと一緒に来てくれるなら、銀貨五十枚払うよ」リリアはそう言って、五本の指を立てた。
カイロの目がすぐに彼女へ向いた。「五十枚?」
「うん。五十枚」
カイロは今日稼いだ銀貨十五枚を見つめ、それから再び少女へ視線を戻した。(十五……五十)その差はかなり大きい。
「分かった。受ける」カイロが即答すると、少女は目を見開いた。
「……早っ!」
「うん」
「まだ何をするのか説明してないんだけど!」リリアはカイロを指差しながら抗議した。
カイロは少しだけ首を傾げる。「でも、五十枚って言っただろ?」
リリアは完全に言葉を失った。(……それだけで十分な理由じゃないの?)
やがて彼女は片手で顔を覆い、信じられないといった様子で笑った。「やっぱり変な人……」首を横に振りながら呟く。
「それも今日、何度か言われた」カイロは平然と答えた。
リリアは再び笑顔になると、もう一度手を差し出した。「私はリリア」
カイロはその手を握る。「カイロ」
「知ってるよ。カードに書いてあったから」リリアはそう言って手を離した。「明日の朝、この宿屋の前に集合ね」
「分かった」
リリアはカイロの目の前で人差し指を立てた。「遅刻しないでよ」真剣な表情で念を押す。
「しない」
「よし!」リリアは満足そうに笑った。「じゃあ、完全に役立たずじゃないことを期待してるからね」
カイロは軽く肩をすくめる。「できるだけ頑張る」
リリアの笑顔が一瞬だけ固まった。「……今の、なんだかすごく不安になる言い方だったんだけど」そう呟くリリアをよそに、カイロは再び食事へ戻った。
(とりあえず、仕事は見つかった)
お金を稼ぐ機会。そして、もっと多くの人間と出会う機会。何より、冒険者が実際に何をしているのかを知ることができる。自分が何に巻き込まれたのかはまだ分からないが、カイロはそれほど気にしていなかった。(明日は……面白くなりそうだな)
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翌朝、カイロが宿屋を出ると、入口の前にはリリアが待っていた。カイロの姿を見つけた彼女はすぐに片手を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「おはよう!」リリアは頭上で手を振りながら、元気よく挨拶した。
「おはよう」カイロも彼女へ近づきながら答える。
「てっきり、起こしに行かなきゃいけないかと思った」リリアは両手を腰に当てながら言った。
「よく眠れた」カイロはそう答え、歩き始める前に着物を軽く整えた。(五十枚……ちゃんと貰えるよな)
「それならよかった」リリアは笑いながら答える。「ほら、行こう。私たちの拠点を見せてあげる」
二人は帝都の通りをいくつも抜け、やがて二階建ての建物の前へとたどり着いた。入口の上には緑と金色で彩られた旗が掲げられ、その中央には五つの星に囲まれた一枚の葉の紋章が描かれている。
リリアは足を止めると、誇らしげに腕を上げた。「ここだよ。ここが私たちの拠点!」
カイロは旗を見上げる。「これがパーティー?」
「そう。名前は《エメラルド・ランス》!」リリアは誇らしげな笑顔を浮かべた。
カイロは五つの星を数秒間見つめる。(一つ、二つ、三つ、四つ、五つ)
「五人いるのか?」カイロが尋ねると、リリアは少し考えてから頷いた。
「うん」
カイロはもう一度旗を見て、それからリリアを見る。「じゃあ、今は六人?」
「うん」
カイロは星を指差した。「一つ足りないな」
リリアは目を瞬かせた。「……」
少女はゆっくりと旗を見上げた。カイロはその紋章を見つめたまま、何でもないことのように続ける。「もう一つ星を追加した方がいいんじゃないか?」
リリアの目が大きく見開かれた。「なんで今までそれに気づかなかったの!?」彼女は両手を頭に当てながら叫んだ。
カイロは肩をすくめる。「さあ」
リリアはまるで重大な問題を発見したかのように旗を見つめ続けた。「直さなきゃ!」
「重要そうだな」カイロは小さく笑った。
リリアは勢いよく扉を開ける。「ただいまー!」
「なんで叫ぶんだ!?」すぐに中から声が返ってきた。
リリアは両手を腰に当てる。「帰ってきたことを知らせたいから!」
「普通に入ってくればいいだろ!」
「それじゃ面白くないじゃん!」
カイロは数秒間リリアを見つめた。(……かなりうるさいな)
「結構うるさいな」カイロが素直に言うと、リリアはすぐに振り返った。
「今の、悪口?」
「違う」
少女は目を細める。「じゃあ、褒め言葉ってことにしておく」
カイロは何も言わず、そのまま歩き続けた。(決めるのも早いな)
建物のメインホールには、三人の冒険者が待っていた。二人は男で、もう一人は女だった。最初の男は濃い青色の髪に少し日焼けした肌、灰色の瞳を持つ若者だった。灰色と青を基調とした軽装鎧を身につけ、肩には長い槍を立てかけている。
二人目は短い赤髪の背の高い男で、がっしりとした体格をしていた。革鎧の下には茶色のシャツを着ており、すぐ横には巨大な片手剣が立てかけられている。最初の男とは違い、こちらはかなり気楽そうな雰囲気だった。
最後の一人は肩まで伸びた灰金色の髪をした少女だった。白と濃い青色のローブを身につけ、黒いブーツを履き、青い短いマントを羽織っている。両手には、青い石が飾られた短い杖を持っていた。
リリアは片手を上げ、嬉しそうにカイロを指差した。「みんな、紹介するね。彼はカイロ。今日から私たちの仲間になるの!」
青髪の青年はカイロのギルドカードへ視線を落とし、少しだけ眉をひそめた。「……ブロンズ?」
「そうだよ」リリアは腕を組みながら答える。
赤髪の男が小さく笑った。「本当に? こいつが新しく見つけてきた奴か?」
「名前はカイロだからね」リリアはカイロを指差しながら言った。
「名前が悪いなんて言ってないだろ」男は両手を上げた。「ランクの話だよ」
カイロは軽く手を上げる。「もうお金もらえる?」
三人が同時に沈黙した。リリアはカイロをじっと見つめる。「まだ!」
カイロはゆっくりと手を下ろした。「ああ」(……まだか)
ダリウスは突然大声で笑い、手のひらでテーブルを叩いた。「ははは! こいつ、俺は結構好きだぞ!」
リリアはため息をついた。「彼はアーヴェン。私たちの槍使い」
アーヴェンは軽く頭を下げた。「よろしく」
(かなり真面目そうだな)
リリアは次に赤髪の男を指差した。「彼がダリウス。戦士だよ」
ダリウスは片手を上げる。「よろしくな」
最後にリリアは金髪の少女を指差した。「そして彼女がセレネ。私たちの魔法使い兼ヒーラー」
セレネは小さく一歩前へ出ると、杖を両手で持ち直し、軽く頭を下げた。「初めまして。仲良くできると嬉しいです」
「よろしく」カイロも小さく頭を下げた。
ダリウスは再びギルドカードを見る。「本当にブロンズなんだな」
「うん」
「経験は?」
カイロは落ち着いた様子で首を横に振った。「そんなにない」
ダリウスは小さく笑う。「少なくとも正直ではあるな」
アーヴェンはカイロの前へ一歩進み、腕を組んだ。「聞いてくれ。なぜリーダーがお前を雇ったのかは知らない。だが、これは遊びじゃない。俺たちが受ける依頼には危険なものもある」
カイロは落ち着いた様子でアーヴェンを見る。「分かってる」
アーヴェンは目を細めた。「本当に?」
「うん」
(……他に何て言えばいいんだ?)
「とても分かっているようには見えないが……」アーヴェンはため息をついた。
カイロは少しだけ首を傾げる。「何を分かればいいんだ?」
ダリウスが大声で笑った。「ははは! やっぱりこいつ好きだわ!」
アーヴェンがダリウスへ振り向く。「何がだ?」
「分からん。なんていうか、何もかも分かってなさそうな顔してるところがいい」
セレネは小さな笑みを隠すように口元へ手を当てた。「……少し分かるかもしれません」
カイロは二人を見る。「俺、何か変なことしてる?」
セレネは慌てて首を横に振った。「いえ。ただ……あまりにも落ち着きすぎているというか」
「それって悪いこと?」
「必ずしもそうではありません。でも、危険な依頼では、いつ警戒すべきなのか分からないと問題になるかもしれません」
カイロは黙って考え込んだ。(つまり、いつ心配すればいいのかを覚えないといけないのか)
「じゃあ、覚えないとな」カイロが答えると、セレネは少し驚いたような表情を浮かべた。
ダリウスは腕を組み、口元を歪めて笑う。「だが、俺たちと来るなら真面目にやってもらうぞ。自分の身も守れない奴を連れて歩くつもりはないからな」
「分かった」カイロは素直に頷いた。
セレネはカイロへ小さく一歩近づく。「それに、本当にランク通りの弱さなら、戦闘中は私たちの後ろにいてください。五分おきに治療する羽目になるのは嫌ですから」
カイロは素直に頷いた。「分かった」
数秒後、カイロは少しだけ手を上げた。「一つ聞いていい?」
セレネは首を傾げる。「何でしょう?」
カイロは彼女の持つ杖を指差した。「魔法使いって、具体的に何をするんだ?」
セレネの目が少しだけ見開かれる。「……知らないんですか?」
「魔法を見たことがない」
リリアも目を大きく見開いた。「え!? 一度も!?」
「うん」
ダリウスは腹を抱えて笑った。「ははは! こいつ、どんどん気に入ってきた!」
セレネは興味深そうに微笑む。「それなら、いつか見せてあげます」
カイロの目がすぐに輝いた。「本当に?」
「はい」
「すごい」
(見てみたい)
リリアがパンと手を叩いた。「よし! じゃあ決まりね!」
アーヴェンはため息をつき、片手で顔を覆った。「リリア……」
「何?」
「本当にこいつを連れていくつもりなのか?」
「うん」
「ブロンズなのに?」
「うん」
「俺たちは、こいつのことを何も知らないんだぞ?」
「うん」
「それに、どこから来たのかだって分からないだろ?」
リリアは一瞬だけ考え込んだ。「日本から来たって言ってたよ」
アーヴェンは眉をひそめる。「そんな場所、存在しないだろ」
「本人はあるって言ってるの!」
「それ、余計に怪しいだろ」
ダリウスは笑いながら椅子へ身体を預けた。「まあいいじゃないか。もしかしたら、日本っていうのは世界の果てにある小さな村なのかもしれないぞ」
カイロは数秒間、黙っていた。(小さな村……?)
「村じゃない」ゆっくりと首を横に振りながら訂正する。
ダリウスは片眉を上げた。「じゃあ、なんなんだ?」
カイロは少し考えた。「……かなり大きい」
アーヴェンは目を閉じた。「何も分からないな、それ」
「説明するのは難しい」カイロはそう言って、少しだけ視線を逸らした。(現代の日本を、この世界の人間にどう説明すればいいんだ?)
アーヴェンが自分を疑っていることについて、カイロは特に気にしていなかった。むしろ、そんなことよりも重要なのは、約束された銀貨五十枚を受け取ること。そして、この三人と一緒にどんな冒険ができるのかを知ることだった。
リリアがパーティーの規則や報酬を受け取るための条件を説明している間、カイロは少しずつ、自分が早まって決めてしまったのではないかと思い始めていた。どんな依頼をするのかも聞いていない。どんな敵と戦うのかも聞いていない。どれほど危険なのかについても、何も確認していなかった。(俺が最初に聞いたのって、いくら払うかだけだったな)
カイロは楽しそうに話しているリリアを見つめる。それから、まだ警戒するような視線を向けてくるアーヴェン、今にも自分を試そうとしているようなダリウス、そして奇妙な知識を持つ自分へ興味を抱いているセレネへ順番に視線を向けた。(……もしかしたら、思っていたより面白いかもしれないな)
カイロの口元に、小さな笑みが浮かんだ。自分が一体どんなパーティーに入ったのか。これからどんな魔物と出会うのか。そして、どんな危険が待っているのか。まだ何一つ分からない。それでも、あの世界へ来てから初めて、カイロは何かが本当に始まろうとしているような感覚を覚えていた。
(……まあ、先に何をするのかくらい聞いておけばよかったな)
カイロは数秒間、黙って考える。(やっぱり、聞いておくべきだった)
そして――。
(……金に目がくらんだ!)




