第四話 最初の一本
休みの日、異世界に来て初めての休日であるが何かすることがあるわけではない。
スマホもない、ゲームもない、動画配信もない、ベッドの上で暇を持て余していると、階下から怒鳴り声が聞こえた。
「寝てるなら置いてくぞ」
ガルドだった。
工場街の朝は早い、まだ太陽も昇りきっていない。
石畳は夜露で濡れていた。
「本当に武器屋行くんですか」
「行く」
「俺、冒険者になるって決めてませんけど」
「そうか」
ガルドは歩く、それだけだった。
話が終わったらしい。
武器屋は街の西側にあった⋯鍛冶場を兼ねている、熱気が凄い。
鉄を叩く音に悠人は少し興奮した。
「うわ……」
「田舎者か」
「いや男の子はこういうの好きなんですよ」
ガルドは意味が分からないという顔をした。
店主は小柄な老人⋯腕だけが異様に太い。
「誰だ」
「食堂の小僧だ」
「冒険者になるのか」
「まだ分かりません」
正直に答える。
老人は鼻を鳴らした。
「なら余計に武器がいる」
「え?」
「死にたくないならな」
妙に説得力があった。
店内を見回す。
剣、槍、斧、弓
ゲームで見たことがある武器ばかり。
しかし現実だった、重い。⋯⋯思った以上に重い。
まず剣を持たされた。
「重っ」
「軽い方だぞ」
嘘だろと思った、木刀くらいを想像していた。
全然違う、腕が疲れる⋯振るのも大変だ。
次に槍、これは少し扱いやすいが長い。
狭い場所では邪魔になりそうだった。
斧、論外だった⋯一振りで肩が死んだ。
老人が呆れた顔をする。
「坊主何で冒険者になろうと思った」
「いや別に」
「なら何で来た」
悠人は困った、確かにその通りだった。
ガルドが横から言う。
「生きるためだ」
店主が頷く、それだけで十分だったらしい。
最終的に選んだのは短槍だった槍というより長い棒に近い。
鉄の穂先も小さい、安い、軽い、初心者向け。
「格好悪いですね」
思わず口に出た時店主が笑った。
「そうだな」
ガルドも笑った。
「だが死ににくい」
それは妙に納得できた。
帰り道市場を通る。
人で溢れていた⋯野菜、肉、工具、布。
様々な物が並んでいる。
悠人は思わず立ち止まった。
「ん?」
ある露店だった、植物の苗が並んでいる。
見たことのない種類ばかり。
しかし興味を引かれる。
葉を観察する、茎を見る、根を見る。
⋯⋯楽しかった、大学時代のフィールドワークを思い出す。
「好きなのか」とガルドが聞く。
「植物は少し」
「へえ」
初めて聞いたような顔だった。
その時、店主の老人が声を掛けてきた。
「兄ちゃん詳しいのか」
「少しだけ」
「じゃあ見てくれ」
一つの苗を差し出される、葉が黄色く変色していた。
悠人はしゃがみ込む⋯土を見る、根を見る、葉を見る。
「水のやり過ぎじゃないですか」
老人が目を丸くする。
「分かるのか」
「たぶんですけど」
絶対ではないが見覚えはあった。
家庭菜園で似た症状を見たことがある。
老人は感心していた。
「面白い兄ちゃんだな」
たったそれだけ⋯だが少し嬉しかった。
異世界に来て初めて、自分の知識が誰かの役に立った気がした。
昼過ぎ食堂へ戻る、ミラが待っていた。
短槍を見一瞬黙る、そして言った。
「地味」
「俺もそう思う」
「もっとこう、伝説の剣とか」
「欲しいな」
「だよね」
二人で頷く。
しかし後ろからガルドの声。
「伝説の剣で腹は膨れん」
現実的すぎた、夢もロマンもない。
その日の夜悠人は短槍を部屋へ持ち帰った。
窓際に立て掛ける⋯⋯安物だ、飾り気もない。
英雄の武器には見えない。
しかし、この世界で初めて手に入れた自分の道具だった。
しばらく眺める。
そして少しだけ思う。
もしかしたら。本当に冒険者になるのかもしれない。
窓の外では工場の煙突が夜空へ煙を吐いていた。
遠くで鐘が鳴る。
まだ誰も知らない。
工場街の若者たちの人生が、少しずつ動き始めていることを。




