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風天使にお見舞い


「酷い目に遭った……。知ってるっすか先輩方、捕虜虐待は国際法違反っすよ」


「知らないんですか?納得は全てにおいて優先されるんです。リョウ君の持っているまんがに書いてありました」


「なんてもの読ませてるんすかスケコマシパイセン!!そんなものをエルっちパイセンに読ませるなんて!!!アタイも読みたい!!!!」


「元気いいなぁ……。まだやり足りないかな」



 そう呟くと抗議の声を消して静かに土下座に移行した後輩天使、彼女を見て少し安堵する。天使の中にも彼女のようにエルに対してあけすけに接する人がいる、それがとても嬉しかった。

 それはそれとして名誉毀損は訴えられてしかるべきなので厳重に抗議することには変わりないわけだが。



「すんませんっす、これ以上正座した膝の上に教科書乗せていくのはやめて欲しいっす。膝がマジでキツいんっすよ」


「本来乗せるのは石で、更に地面にもギザギザの岩を置いてその上に乗せるんですけどね」


「マジで拷問じゃないっすか」


「本当に拷問ですよ?」


「まぁそこまでするほどの罪なんてそうそうないと思うけどね。とにかく反省するべきことは分かったかな?」


「はいっす!!本当のことでも全部口にするのは不味いってことっすね!!!」


「うん、それはそうなんだけどね。それを今口にするのは反省してないってことになるんだよ?いや本当口は禍の元だから気を付けた方がいいよ」



 後輩天使は元気いっぱいにそう答えて、実際それは間違えていないのだが本当にいつか火に油を注ぐ結果になりそうで心配になる。天使として戦う時も変わらないのであれば誰かフォローすべきではないかとさえ。



「いやぁ、心配性な人っすね。そういう人は嫌いじゃないっす!!それでは改めて自己紹介を。アタイはアリナ・スペースというっす。よろしくっすリョウパイセン!!」


「う、うん、よろしく。元気いっぱいだね……」


「それが取り柄なんで!!!」



 僕の心配も余所に彼女は変わらぬ調子で僕に話し掛ける。話し掛けるどころか背中をバシバシ叩いてきてる。この距離間の詰め方をどこかで見た気がするが……どこか作り物染みているのは気のせいだろうか?



「それでアリナ、一体どうしたのですか?貴女が二年生の教室に来るなんて非常に珍しいですが」


「ああ、そうそう!!いやシルフィパイセン今日学校休んだじゃないすか。だからお見舞いに行こうと思ったんすけどエルっちパイセンも誘おうと思ったんすよ。あの人私生活ズボラなんでお粥の作り方も知らないだろうし。アタイも知らないっすけど」


「成程、確かにそれはそうですが……先程言った通り私は補習なので、それに向けて勉強するべきで……いやでも一日くらいなら問題はない、かな?だったら……いやでも夏休みがなくなる可能性は少しでも消したいし……リョウ君と旅行……」


「おお、そこで悩むとは……エルっちパイセンなら即断即決で行くと思ったのに。随分人間臭くなったというか……うん、そっちの方がアタイは好きっすね!!!」


「うんうん、クールな表情もエルには似合うと思うけどこうやって表情コロコロ変わるエルもいいよね。分かってるじゃないかアリナ」



 美人は何しても似合うというのは極論だが、エル程になるとそれも正しいという気分になる。ここまで来たらそれは惚れた弱みとさえ思えるがそれも悪くはない気分なのだから仕方ない。こうして彼女の変化を近くで見れるのであれば天使とか悪魔とか、そこに巻き込まれるのも受け入れられるというものだ。



「そうっすよね!!でもコロコロって言う程変わってないっすよ?ちょっと眉をひそめたりしてるだけっすし……」


「えっ、でも口元がちょっと引きつってたりするよ?ほら、このへん」


「むきゅ!?」


「うわ……。まったく気負わずエルっちパイセンの頬を指で押した……。えぇ、なにこの距離感、バケモノっすか……?」


「失礼な、どこからどう見ても純粋な人間じゃないか。あれ、エル赤くなってるけどどうかした?」



 思わずエルの柔らかい頬を指で押してしまったが思っていた反応はなかった。即座に叩き落されるか距離を取られるかと思ったのだが赤い顔してされるがままにされている。その表情に少しイタズラ心が湧いて指に力を入れたり入れなかったりして遊んでしまう。エルの柔らかい頬は幾らでも沈み込みそうで、その上きめ細かい肌はしっとりとして延々と触り続けたくなる。



「あの、先輩方。アタイの前でそんな高度なイチャつき方しないで欲しいんすけど……。いや、マジで反応に困るんで……」


「むきゅ。アリナもむきゅ。いつかこういうことを出来る人をむきゅ。見つけられるといいですむきゅね」


「良いこと言ってると思うんすけどアタイはそこまで堕ちたくねぇっす」


「ん……?」



 そういえばふと思ったんだが天使と悪魔が存在するのは分かった。それはあくまでこちらの世界で似てる存在に当てはめただけなのかもしれないがその在り方は納得出来る。だったら天使が堕落した存在である堕天使は存在しないのだろうか。

 こちらの世界では堕天使も悪魔の一種みたいな感じだった記憶があるが、エル達も同じなのだろうか。それとも堕天使というのは存在しないのか。どうにもこれは忘れてはいけない疑問だという直感があった。

 エルの頬を押しながら逆の手で顎に触れて考え事をしている僕の思考を妨げたのはアリナの興奮している言葉だった。



「いやそれよりシルフィパイセンのお見舞いっすよ。弱り切ってるシルフィパイセンとかこういう機会じゃなきゃ見られないんすから行きたいっす!!」


「その思考がバレたらそれこそシルフィに怒られると思いますが。しかし、そうですね……。弱った姿はどうでもいいですが放置しておいたら体調悪化しそうで怖いですし……」


「それだったら僕が行こうか?エルは今日図書室で勉強したいんでしょ?」


「リョウ君、いいんですか?」



 本来だったら今日はエルの勉強に付き合いながら図書室で色んな本を読むつもりだったがそういう事ならば僕が行くべきだろう。幸い今日はバイトがないし、夕食も昨日の残りを食べるつもりだったので大した準備はない。時間はあるので行くこと自体には何の問題もない。



「勉強に付き合うっていう約束を守れないのはエルには悪いと思うけど……」


「いえ。リョウ君がシルフィの所に行くというのであれば心配はありません。気が利くという意味では私よりリョウ君の方がずっと上ですから」


「えっ、マジで行くんすか。女子の部屋っすよ。しかも今を時めくアイドルの」


「場所なら知ってるよ、この前送ったから。アイドル寮のすぐそばにあるマンションだったよね。いつも食事は寮の食堂を利用してるって言ってたけどその場合夕食とか食べれてないかもしれないし、心配だから」


「いやそこじゃないっす。まぁアイドル寮に男が出入りするよりはマシ、なんすかね……?」


 

 決まったのなら即断即決。学生鞄を持ってアリナの腕を取りエアロードさんの待つ家に向かう。帰った後エルに伝えた時に心配させないように完璧に看病しなければ。



「じゃあエル!!行ってくるね!!」


「はいリョウ君。私の友達をよろしくお願いしますね」


「良いんですか!?エル先輩それでいいんですかマジで!?」



 慌てたアリナの口からは「っす」口調が消えてそれが本当の口調かもと思うと、やはり天使というのも人間とそう大して変わらないのかもしれないと思う。天使も人も、取り繕うことはあるのだと。











 暗い暗い闇の中、これは夢なのだと即座に理解する。私がいつも見る悪夢の一つだ。嫌なことがあった時、真っ最中の時よく見る悪夢。



「本当、変わらないわねここは……」



 天使である私が悪夢にうなされるなんて悪い冗談にもならない。エルのジョークの方がまだ面白いかもしれない。ジョークといっても決まってダジャレだったけど。エルがダジャレ言うだけで笑ってそれでダジャレが受けると勘違いしてしまったのか度々言ってくるのはどうにかならないだろうか。笑う姿を期待してるのが分かるからこそ無碍には扱えない。



「楽しいこと考えても夢から覚めないか。……今回は結構深いみたいね……」



 この悪夢を見る時、楽しい思い出なんかを考えれば眠りから起きることが出来ることが大半だが眠りが深いとそれも不可能になる。

 結局のところ時間が経つか外部から起こされるまでずっとこのままでいなければならない。仕方ないと覚悟を決めて、暗い闇の中に時折浮かぶシャボン玉のような泡に触れる。



『役立たず』

『あの方の娘なのに』

『貴女には失望しました。ライトガーデン様とは比較になりませんね』

『あの人の隣に立つなど、諦めた方がいいですよ。あの方は本物の天才、比類なき大天使になりうる方なのですから』



 聞こえてくるのは天使達が天界と呼ぶ場所における戦闘訓練場、共同生活を過ごした場所での記憶。エルに対して友情など持たず、敵愾心を持っていた時期の記憶。誰かに認められたくてもがき続けていた日々の記憶。



「本当、これを見ると天使って名乗っているのが滑稽に思えてくるわね……」



 天使なんて種族を名乗ってはいるがそれはこの世界で似たような存在に当てはめた結果だと聞いた。背に白い翼を持ち、超常の能力を振るい悪意を持って人を弄ぶ悪魔を許さないところから名乗りだしたと。

 しかし極論で言ってしまえば人も天使も大して変わりはしないのだ。妬みつらみもあるし、その結果同じ仲間を傷つけることもある。天使だって悪意を持っている、力以外は人とそう変わりはしない。



「気にしても仕方ない、か」



 早く済ませてしまおうと次から次へと泡に触れて過去の記憶を想起する。何度見ても辟易となるし、心が抉られている。

 誰にも認められないあの時を捨てたくて延々と走り続けてきた。これからも走り続けることになるだろう。こうすることでしか私は私自身の承認欲求を満たす方法を知らないのだから。こんな理由でアイドルになりたいと思ってやってきたのだから純粋な願いを持っていた人達には頭が下がる。もっとも、だからと言ってやめるつもりは欠片もないのだけど。



「ゴホッ。なによ……?インターホン……?」



 唐突に悪夢から醒めて現実に戻る。喉が痛く、少しお腹も空いている気がする。朝から何も食べてなかった気がするから当然かもしれないけど。


 いつものように髪を結ぶのもおっくうなのでそのままの姿で玄関に向かう。恐らくだがあの能天気そうに見えて周囲をよく見ている後輩が来たのだろう。でもあの子も生活能力は私と大差なかったはずだし、エルも一緒かもしれない。

 そんな私の予想はドアを開いた時に外れていたことが一目でわかった。



「やっ。大丈夫……じゃないね。顔色が悪いし。それじゃあサクッと色々と済ませてエアロードさんが静かに眠れるようにしようか」


「すみませんリョウパイセン。その言い方だといかがわしさが凄いので止めて欲しいっす」



 ドアを開いた先にいたのは後輩の天使と最近よく接することになった男友達だった。


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