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影法師のバイト事情

「みんなーーー!!!今日は来てくれてありがとーーーー!!」


『『『シルフィーちゃーん!!!』』』



 エメラルドグリーンの髪をツインテールに結んだ美少女が舞台の上で笑いながら、歌って踊っている。それはみんなが想像するアイドルという存在を体現しているようでこれまでそれを直に見たことのなかった僕ですら圧倒され虜にされそうになった。



「じゃあ一曲目は私の代表曲ーー!!!『愛を伝えて』!!!」


『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!』』』



 エルという心に決めた人と、リルナという誰より優先する契約を結んだ少女がいるというのに、舞台でその魅力を振りまく天使の姿に僕は一時的にでも彼女を忘れそうになる。僕ですらそうなるというのだからこれを直に見ているファン達は世の苦しみも辛さも全て忘れてこの時を愛しているのだと分かる。



『うっわぁ……人間の男女問わず熱狂してる……。これが歌って文化かぁ……。確かに耳心地はいいかも。お兄さん、帰りにあれ、CDだっけ?買って帰ろうよ』


「お金は大事って言ったの誰だっけ?というかダウンロードした方が安上がりだしいつでも聞けるよ」



 世間知らずでありながらかなりしっかりしているはずのリルナでさえもこうなっているのだからシルフィさんのアイドルとしての技量と熱意は間違いなく本物だろう。

 認識阻害など関係ない。その容姿と努力によって得た歌唱力とファンに対する自分の魅せ方。それら積み上げてきた物全てで彼女は全てを魅了している。ここまでやるのにどれほどの努力があったのか、あるいは才能を生かす為に考えてきたのか。その時間を考えるだけで尊敬に値する。



「ふぅー……。30分の休憩入るのは大分助かるわね……。賛否両論あると思うけどファンの皆に魅せるパフォーマンス下げないって意味じゃ大分ね」


「はいお疲れ様エアロードさん。こっち薄めのスポドリとタオルね、拭くから動かないで。あと座ってる間に髪型整えるから待ってて。慣れてるとはいえライブで動いてる分ちょっと乱れてるからさ。あとトイレは大丈夫?今ならスタッフ用の所は行けるけど」


「…………至れり尽くせりとはこのことね。といっても普段は専門スタッフがやってくれるんだけど……」


「うん、まぁ、スタッフさんほぼダウンしてるからね。あの流行り病で。だからといって交友関係のあるとはいえ違う会社のバイトをこうして使うのはどうかと思うけど」


「そこは、本当に悪いと思うわ。ただどうしてもこのライブは成功させないとまずかったのよ……。それこそ猫の手を借りるつもりだったし。猫の手どころか千手観音みたいな働きっぷりだけど」



 化粧品とかまるで興味のないエルに化粧を施す為に学んできた技術を遺憾なく発揮しながらエアロードさんの衣装のずれを直して行く。髪で隠れている部分も、少し悪いと思うが持ち上げながら首筋などをタオルで拭いて汗を取る。こういった部分は後で汗で痒みを持つと辛いと肌が弱い僕は知っているのだ。夏とかお風呂入るだけで身体のあちこち赤くなるし。


 利尿作用の少ない薄めたスポドリで彼女の喉を潤しコンディションを少しでも上げておく。歌って踊るって見てるだけでカロリー消費するのが分かるくらいには激しかったからなぁ。前半はダンスを前面に押し出した奴でこれからの後半は歌をメインとは聞いているけど。



「エルって毎日こうして甲斐甲斐しく世話をされてるの……?溺れるのも分からないでもないわね……」


「そうかな?ここまではやってない気がするけど……。お風呂出てきた後のエルの髪を拭いてドライヤーで乾かしたりとか、耳の中の掃除とか膝をかしてやったりとかはしてるけど。耳掃除は僕の方もやってもらったけど」


「ねぇ、アンタ達って恋人じゃないのよね?」


「えっ、うん。そうだけど」


「その距離感の近さでなんで???」


「さぁ……?」



 我ながら距離感はバグってるとは思うけど今の関係が心地いいというのがあるのかもしれない。あとぶっちゃけ恋人になったとしてもやることもやってもらうことも特に変わらないのでというのも大きいだろう。



「あっちはプライベート充実してるわねぇ……。こっちも仕事が充実して楽しいけど」


「僕は私生活も仕事も充実しまくりだよ」



 いや本当、なんで今こうなったんだっけ。二週間前、『大飢万征』を倒した後のことを思い返した。










「リョウ、中間テストどうだった?」


「可もなく不可もなく、少し優秀程度だよ智弘君」



 あの上級悪魔を討伐した戦い。あれから既に三日が経った。この10年前から建設され、今もなお開発が進んでいる新興都市『ミライ』に出来た高校で僕は一介の学生を今も続けている。

 あれほど続いた災害対策アプリからの通知はもうなく、あの小物の上級悪魔がどれほど人に迷惑をかけ続けていたのかがよくわかる。本当にエルのことだけでも許しがたいというのに日々を真っ当に生きてる人の邪魔をするとかマジで万死に値する。


 兎にも角にも僕は平和な日常を送りながら、学生の試練の一つである定期テストを乗り越えていた。学期ごとに中間テストと期末テストがある。片方のテストで赤点一つでもとるともれなく夏休みに夏期講習が入ることになる。僕も最近はエルが天使だとか悪魔の存在だとかのせいで勉強に手を付けるのが難しかったが何とか中間テストをそれなりの点数で乗り越えることが出来た。



「100点満点中70点台か。お前そつなく何でもこなすよなぁ」


「そういう智弘君だって文系は80点台じゃないか。君だって文武両道ッてやつだよ」


「その代わり理系が赤点寸前なんだよ。ほらこれ。マジでギリギリだったんだぜ?」



 そう言って見せてきた彼のテストの点数は30点台。単純な計算問題はほぼ完璧だが証明問題やら高次式の因数分解が足を引っ張っているのが見て取れる。

 逆に文系の問題を読み解く能力はほぼ完璧なのでこれはもう完全に苦手意識や考え方の問題になる。頭自体はついていけてるのにやってられないと考えを放棄してる部分がいくつかあった。



「これ、今回はいいけど期末はヤバくない?赤点とったらサッカー部のレギュラーの座とか」


「そうなんだよ。これこのままだと監督とかに叱られそうだわ。今回はギリギリ乗り切れたから今度の小さい大会には出場できるだろうけど」



 大きな溜息を吐きながら、それでもゴールデンウィークにある大会に想いを馳せる親友に思わず笑う。高校一年からの付き合いだがこういいながら毎度乗り切っているのだから大したものだ。サッカー部で肉体を酷使した後に勉強とか辛いだろうに。その頑張りに敬意を表する。



「で、だ。俺の予定は今言った通りだがよリョウ、お前の方はどうなんだよ」


「うん?なにが?」


「ゴールデンウィークだよ。お前、ライトガーデンさんと一緒に遊びに行く予定とか立ててるんじゃないのか?」



 ニヤニヤという言葉がよく似合う笑みを浮かべて僕の方を見てくる智弘君に苦笑いを返す。その様子に何かおかしいと思ったのか彼は笑みをやめて困惑した顔を向けてくる。



「どうした?なんかあったのか?」


「エルがね、一つだけど赤点とっちゃったからその追試がゴールデンウィークにあるんだ」


「えっ!?あのライトガーデンさんがか!?」



 驚きに満ちた声。確かにエルが赤点とか物凄くイメージにそぐわないと思う。だが事実は一つ、そのせいでゴールデンウィークに遠出することは出来なくなったのだ。

 とはいってもエルが特段馬鹿というわけではない。彼女の勉強を見ていると素の頭は僕なんかよりよっぽどいい。ではなぜこんなことが起きるか、その原因は一つだった。



『高校の授業についていけてない、のよねぇ』


『うん。なにせ春休み、二年生が始まる前くらいにこっち来てるんだからしょうがないとさえ思うよ。むしろ一ヵ月でよくもあそこまで理解できるもんだって感心するね』



 ここから先は恐らくだが、エルは高校に入るまで悪魔と戦う事だけを考えて鍛錬していたのだと思う。逆に日常に溶け込むために必要なことは後回しにしていたのだろう。時々なんでこれで気付かなかったんだろう僕、と思うくらいには知ってるべきことを知らなかったりする。


 エレベーターとか初めて見た時とか「飛べばいいのに……」とか呟いていたことを思い出す。当時の僕は絶賛認識阻害の影響下だった為何の違和感も覚えなかったが、物凄いボロ出す発言ぽろぽろしている。

 しっかりしているし実際優秀だし努力家なんだろうけど、気を抜くとすぐに天然な所がにじみ出てくる美少女、それがエルだ。すっごい可愛いと思う。


 僕の見立てではこの一ヵ月普通に過ごしていれば今頃エルは学年トップクラスの学力を得ていたと思う。だがそうはならなかった。理由はただ一つ、『大飢万征』による一ヵ月をかけた襲撃事件のせいだ。アレが何度も何度も襲撃かけてきたせいで彼女の勉強時間と集中力は物凄く削られてしまったというわけだ。とことんまで人の邪魔しかしない奴である。



「まぁ外国人だし日本語に不慣れなせいかねぇ。次は期末だけど大丈夫なのか?中間テストは一応夏休み講習受けない為の温情あるけど、期末はないだろ」


「期末は何とかなると思うよ。本人もやる気だし、僕も手伝うからね。さっき会ったらエル、かなり落ち込んでたけど。まぁ遠出出来ないなりに楽しむことは出来るからそこらへんはまた次の機会、って感じかな」



 中間で赤点を取ってそのままであれば夏休み講習を絶対受けなければならないが、このゴールデンウィーク中の再試験を赤点以上で突破すればその記録はなくなる温情。夏休み確保のためにエルがそれを受けるのは仕方のないことだ。学校への登下校は僕も付き合うので彼女には頑張ってほしい。



「後はまぁ、遠出できない理由がもう一つあって……」


「遠出できない理由って、なんかあったのか?」


「お金がない」


「あぁ……」



 ここ最近天使と悪魔の事情を知ってしまったからかエルのことを食事的な意味で可愛がり過ぎた。いつもは安く済ませる所をいい食材とか使ったり、服を一気に買ったり。生活費には問題ないとはいえ自由に使える貯めていたお金を結構消費してしまったのだ。



「というわけで僕もこの際バイトして社会経験を得ようと思ってね」


「成程ねぇ。夏休みに向けて、ってところか?」


「そうそう。夏休みは絶対一緒にどこか行きましょうってエルも言ってたし。だったらその分のお金を何とかするのが甲斐性ってもんじゃないかな」


「で、どこでバイトすんだよ。コンビニとかか?」


「僕もそう思ったんだけど……。ちょっと前に縁が出来たとあるところからバイトの誘いが来たもんだからそっち頼ろうと思って。『スメラギ製薬』って言うんだけど」


「新興企業ではデカい所じゃんか。すげぇな」



 以前エルとデートした時に渡された名刺、そこに書かれていた番号から電話が来た時には流石に驚いたが、バイトのお誘いというこれまたピンポイントな話なので快く引き受けた。いやまぁ、ちょっと怪しかったりはしたが最悪の場合はドッペル化で逃げればいいというのが僕の考えである。使えるものは使わないとね。



「というわけで今年の僕のゴールデンウィークはバイト三昧さ」


「頑張れよー。これも経験の内ってな!!」









「では改めて……吾輩が『スメラギ製薬』代表取締役兼研究所長、皇ライドウである!!ここに来たことを心より歓迎するぞ影法師!!!」


「なんでこうなった」



 バイト先に向かえばいきなり社長に会わされたと思ったら、その社長が悪魔特有の黒翼を広げていた。何がどうしてこうなったのか僕にも分からなかった。

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