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エピローグ 天使と悪魔と変わらぬ日々

「よぉ、大丈夫かよ」


「…………おかげさまで。それで、本当に何が目的だったんですか」



 『大飢万征』ドルザルクの断末魔が聞こえなくなった後、影の異形は白銀の天使と合流し言葉を交わす。不信感を持つエルに対して飄々とした態度を崩さないその存在に、何故か安心感を抱きそうになるところを首を振ってその感覚を振り払う。



「何度も言わせるなよ。俺の目的は上級悪魔の首だ。もっと具体的に言うなら……『炎天渇奪(えんてんかつだつ)』を探している。その為に他の上級悪魔を狩ってるが、今回は外れだったな、何も知らなかった」


「……あの放火魔ですか。通った後は何も残らないと言われる、上級悪魔の中でも魔王の直属の真正の化け物。なるほど、故郷を焼かれでもしましたか」


(エルも知ってるレベルなのか。というか魔王なんてのも存在するのか……)



 今更ながらに敵対した悪魔達の凶悪さを噛みしめて後悔は一切ないがどうやってリルナの復讐を果たす手伝いをすればいいかで悩むドッペル。なにせ彼には情報源と言えるものがない。しいて言うならばリルナくらいだが、彼女は人間社会にすらほぼ無知の状態。現在の悪魔の居場所や能力など知りもしないのだから当てには出来ない。

 そんな微妙な表情を白い仮面で覆い隠しているドッペルの無言に対して一人勝手に納得しているエル。すぐに納得出来るレベルなのかそいつと更に困惑を深めるドッペル。二人のすれ違いがそこにはあった。



「これから、どうするつもりですか」


「しばらく日本にいるさ。俺の能力を使えばどこからでも来れるが、近い方が楽なのは間違いないしな。上級悪魔が出てきたら、また狩りに来てやるよ。お前らが頼りなければ、だがな」


「舐めないでください。この程度なんでもありません」



 そう言って心の動揺を既に抑え込んだエルは生成した光の槍を杖に立ち上がる。全身ボロボロになっているのに無理をして立ち上がれば当然のように足がもつれ倒れそうになる。



「おっと。あんま無理すんなって言おうとしてるのに早速かよ。お前さん、もう少し色々と冷静になった方が良いと思うぜ?」


「ッ!!余計なお世話ですっ!!!」



 その身体を支えるように抱きかかえられ自分でも気にしている部分を突かれたエルはドッペルを押し返し、今度こそ両足でしっかりと立つ。今回のようなことはもう起こさないという決意を持った目で黒い異形を睨み、その様子にドッペルは仮面の奥で安心し、笑った。



「じゃあな、光の天使さんよ。次会う時はちゃんと戦力になってくれよな」


「貴方と会うことなどありません。貴方が来る前に、私が悪魔を殺す。人々を、彼を守るのは私の役目です」



 笑うドッペルは影の中に沈み込み消える。それとほぼ同時にエルを呼ぶ声が上空から聞こえてきた。空を見上げればそこにはドルザルクが仕込んだ下級悪魔を探していた天使の仲間達が浮かんでいる。



「シルフィ達がいるということは、大丈夫になったという事ですね……」



 安心したエルはその場に座り込み息を大きく吐く。戦っている最中も、戦いが終わった後もドルザルクの置き土産がどうなるかが心配で仕方なかった。その策が成功していれば愛しい少年へ被害が出ることはほぼ確実だったのだから。



「リョウ君……会いたいですよ……」



 戦いを終えた少女の今の願いは愛しい少年のいつも通りの姿、それだけだった。


















 一般的な洋室のベッドの上で布団を被りながら小さく叫ぶ男子高校生の姿がそこにはあった。というか僕だった。



「ぐぉおおおおおおおおおお……!!!!」


『いやぁ、お兄さんかっこよかったねぇ。アタシ感動しちゃった』


「やめて、やめてクレメンス……!!!!」



 ほんの少しの会話だけで僕はその場を離れた。少しでも早く帰って違和感をなくさなければありえないとは思うが僕と影の異形をイコールで結ばれる可能性があったからだ。

 一応エルの無事は見ていたし、彼女を助けに来た天使達が来るのを確認してから帰ってきたので大丈夫なはずだと思いながら、実際連絡が来るまでは心配で心配で仕方なかった。

 怪我が酷かった影響か今日一日は「バイト先」から帰ってこないと聞き、帰ってくるのは明日の朝ということになる。なのでこうしてベッドの中に潜り込む必要もないのだが、今の僕はこみあげてくる羞恥心に顔が真っ赤になっているだろう。死にたい。



『ドッペル』


「うぐぉ!?」


『だから、ドッペルでいい。俺の通り名だ』


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」



 リルナがキリッとした表情であの時の僕の口調を真似しながらそのセリフを吐く。テンションが上がってしまい黒歴史を残してしまった気分というかそのものだった。しかもそれを好きな人(エル)生涯の相棒(リルナ)に見られたというその事実。

 黒い衣装を外し、仮面がなくなればそのテンションも元に戻る。だが記憶はそのまま、しかも他の誰でもない自分自身の意思でやったという事実。誰も責めることのできない状況が僕を苛んだ。


 これに比べればあのドルなんとかとの戦いの方が遥かにマシだった。怪我はしたし超駆動のせいで身体は痛むが我慢出来る程度だ。特に怪我なんてエルに比べたら遥かにマシだった。やっぱりもう一回くらいぶん殴りたかった。本体に対しては影で突き刺したくらいで他に何も出来なかったからなぁ。



『ところであの名前っていつ考えたの?すぐに名乗ってたよね?』


「…………中学二年生の時」


『えっ、その頃って天使とか悪魔とか知らない時でしょ?』


「エルと出会ってすらなかったね……」


『そんな何もない時期にあんな台詞とか名乗りを考えてたんだぁ……。えっ、なんで?』


「もうやめてぇ!!!若気の至りなんだよぉ!!!!」



 揶揄うのではなく心底不思議そうに聞いてくるリルナに懇願し許しを乞う。あの頃はそれをカッコいいと思っていたのだ。男子ならばその頃は黒が一番好きだとか学校にテロリストがやってきてそれを一人で対処するとか妄想しただろう。この気持ちを理解してくれる人は必ず存在すると確信している。


 それはそれとして弄られると本当に恥ずかしいので止めて欲しいです。



『しっかし、本当面倒な奴だったよねぇドルザルク。マジで街の下水道の中に下級悪魔何体も仕込んでんだもん』


「ああ、まさか50体以上もいるとは思わなかった……。見つけ出して捕まえて天使達に放り投げるのに時間がかかったもんなぁ……」



 あのクソ悪魔は追い詰めたら絶対にあの脅しを実行すると確信していた。だってやったところで自分に何の被害も降りかからないんだもん。天使の手も潰せて悠々と逃げられるまさに一石二鳥の計画だった。なのでドッペルになった僕は即座に下級悪魔の存在確認と捕縛に集中した。


 “影探知”は自分の影を広げて探知することも出来るが、元からある影に干渉して探すことも出来る。下水道となればこれは最早全ての場所に影が存在すると言っても過言ではない。おかげで探索範囲を容易に広げることは出来たのだが……街中の至る所に仕込んでいたので移動時間も含めて、あの決戦場に辿り着くのがギリギリになった。


 捕まえた連中を影で縛り上げてエアロードさんの前に放り出してきたがあの後彼らはどうなったのだろうか。いやドルなんとかの作った下級悪魔は人の形をしていなかったからあまり罪悪感はなかったのだが。

 それ以上に捕まえてきた時にエアロードさんに攻撃されたことの方がショックだったが。覚悟していたとはいえ悲しかった……。まぁ影の中から五十体くらいの下級悪魔を縛り上げた黒い不審者とか反射的に攻撃しても仕方ないと思うが。



「だけど、なんだかんだで一件落着だね。少なくとも今回は」


『…………でもお兄さんはこれからたくさんの戦いに巻き込まれるよ。二つ名持ちの上級悪魔を狩った天使でも悪魔でもない存在。天使側はもちろん要注意でマークして最悪敵対してくる。悪魔だってその力の秘密を探ろうと襲ってくる』


「それならリルナとの契約も早く達成出来そうでよかったね。どうやって探すか悩んでたところだからあっち側から来てくれるならそれに越したことはないよ」


『あの光天使と風天使と戦うことになるかもしれないよ?』


「そうなったらさっさと逃げ出すさ。逃げ出すのが無理だったら……それはその時考える。行き当たりばったりかもしれないけど人生全部が全部準備万端とはいかないしね」


『本当、考えてるのか考えてないのか分からないなぁ』



 呆れたように笑うリルナだけど、そこには馬鹿にしたような感情はなかった。ただしょうがない人を見る目があって、僕を受け入れてくれているのだと分かる。

 短い付き合いで、これから長い付き合いになるけれどこうしてお互いに認め合える関係を築けるのは幸せなことだと思う。



「僕はいつだってエルかリルナのこと考えてるのにそう言われるのは悲しいね」


『…………お兄さん、本当にそういう言動続けてるといつか痛い目見るよ?刺されてもアタシは弁護しないからね?』


「僕は本当のことしか言ってないのに」


『気が多いとかよく言われない?惚れっぽいとも』


「あーーー……。昔、母さんにそんなこと言われた気がするなぁ。でも可愛い女の子に優しくされたら男って勘違いするもんだと思う。僕は本気になって突っ走っちゃうみたいだけど。でもエル以外にそうなったことは一度もないし。初恋は知らぬ間に終わったしなぁ」


『悪魔より悪魔らしくて笑う。というか初恋ってあの光天使じゃないんだ』


「十年くらい前のことだけどねー。もう殆ど覚えてないんだ」



 そう、初恋に関して僕は殆ど覚えてない。相手の名前はおろか容姿や特徴も覚えてない。覚えているのは彼女に白うさぎのぬいぐるみをプレゼントしたことだけだ。たった数時間しか一緒に遊んでいないのに我ながら惚れっぽいと思うが、それが僕なのだと胸を張ることにしてる。不思議と彼女に恋したことに何の後悔もないのだから。



「まぁ結論として僕は気が多いかもしれないけど全部が全部本気。更に本気で恋すること自体少ないってことで問題ないね!!」


『問題大有りだと思うけど……。人間社会ってそういうところフワフワなのかなぁ』



 リルナが首を傾げているが、結局のところ彼女と触れ合えるのは心の中でだけだ。いずれは外に出してあげたいが天使がいる状況でそれをしたら確実に終わるのでタイミングが難しい。ドッペルとしての活動についてもどう誤魔化したもんか非常に悩みどころだし。



「考えることは山ほどある……っと。エルから連絡?」



 これからのことに頭を悩ませていればスマホが震えメッセージで「予想以上に早く終わったので帰ります」とエルから連絡が来ていた。

 早く帰りたかったのか。そうだったら嬉しいなと思い僕はベッドから立ち上がる。ドッペルのことや天使と悪魔との関係とか、これからのこと。考えるべきことはたくさんあるけれど今一番大事なのはエルの夕食を用意する事。



「よし、この前圧力鍋を買ったことだし今日は肉じゃがにするか!!」



 いい鮭と納豆もある。材料もあるしエルの好物でもある。今日のメニューを考えてキッチンに向かい準備をする。いつも通り、彼女(エル)が望んだとおりの日常を僕は守る。同時に彼女(リルナ)が望む復讐を果たす。それが僕の選んだ道だ。



『おぉ、肉もジャガイモもふっくら……。カレーみたいに辛くなさそう!!』


「和食……って言っていいのかなこれは。まぁこっちの方がリルナの舌には合うと思うよ」


『…………その腐った豆も?』


「ご飯と一緒に食べてみな。飛ぶぞ」



 過酷だと思う。やめればよかったと後悔する日が来るかもしれない。だけど今は守った日常を大切にしよう。

 納豆にドン引きしているリルナを見て、そういえばエルも最初はそうだったと思いだす。幼馴染という関係は嘘で、そこから始まった関係だったけど僕の持つ彼女への想いは本物だ。



「ただいま、帰りました」


「うん、おかえり」



 帰ってきたエルの無事な姿を見て改めて笑う。いつも通りに浮かべた笑みに、彼女も同じように返してくれたことがとても幸せだと実感する。

 こうしていつも通りの日々に戻れたことを噛みしめて、今日も明日も、その次も笑っていこうと僕は思った。


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