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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第一章 霧笛のカウンターで、女は待つことを覚える

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19/42

双子は同じ顔で来て、違う恋を連れてくる

神戸港近くの純喫茶「霧笛」には、少しずつ不思議な常連が増えていた。


深煎りのコーヒー。

やや苦いカラメルの霧笛プリン。

アンティーク調のランプと、壁に飾られた古い港の写真。

港町の午後をそのまま閉じ込めたような店内に、かつて玲奈の部下だった戦隊ヒロインたちが、ときおりお忍びでやってくるようになっていた。


その日、扉のベルを鳴らして入ってきたのは、迫田澄香と迫田澪香だった。


宮崎県都城市出身の一卵性双子。

空前絶後と言っていいほど瓜二つの、華やかな美人姉妹である。


整った顔立ち。

よく似た瞳。

柔らかな笑み。

首を傾げる角度。

カップを持つ指先。

笑う時に少しだけ目元が細くなるところまで、ほとんど同じだった。


玲奈は水を二つ持って席へ向かった。


「いらっしゃいませ、澪香さん、澄香さん」


二人が同時に玲奈を見た。


「玲奈さん、逆です」


「私が澄香です」


玲奈は一拍だけ沈黙した。


「……失礼しました」


カウンターの奥で女主人が肩を震わせている。


「玲奈ちゃんでも間違えるんやねえ」


玲奈は伝票を持ったまま、真顔で答えた。


「初動判断に若干の誤差が出ました」


「喫茶店でそんな言い方せんでも」


迫田ツインズは笑った。


現場では、この二人の同一性は強力な武器だった。

片方が表で会話し、もう片方が裏で情報を拾う。

敵が澄香を見たと思えば、別の場所に澪香が現れる。

あるいはその逆。

潜入捜査でも、かく乱戦術でも、彼女たちの瓜二つぶりは抜群の効果を発揮していた。


玲奈も、その能力を高く評価していた。

ただし、見分けるのは今でも完全ではない。


一瞬の目線。

言葉の間。

表情の沈み方。

そういう細かな違いを拾えば分かる。

だが霧笛のように穏やかな場所で、二人が同じ席に並んで同じように微笑むと、玲奈でさえ判断が遅れることがあった。


「ご注文は」


二人は同時に言った。


「ブレンド」


少し間を置いて、また同時に言う。


「霧笛プリンも」


女主人が感心したように言う。


「ここまで揃うと、もう芸術やね」


澪香が笑う。


「便利な時もありますよ」


澄香が静かに続ける。


「でも、ずっと一緒に見られるのも、少し疲れる時があります」


その言葉に、玲奈はわずかに目を向けた。


二人は似ている。

だが、同じではない。


任務ではそれを武器にできる。

けれど日常では、二人を一つの存在のように扱われることがある。

「どっちがどっち」と聞かれ続ける。

片方の言葉が、もう片方の意見として伝わる。

片方の失敗が、もう片方にも乗る。


双子であることは、誇りでもあり、少しだけ重さでもあるのだろう。


玲奈は二人の前にコーヒーを置いた。


見た目は同じブレンド。

だが、澄香のカップは少しだけまろやかに。

澪香のカップは少しだけ苦味を強く。


二人は一口飲み、同時に玲奈を見た。


「玲奈さん、分けてますね」


「さすがです」


玲奈は静かに言った。


「間違えることはありますが、同じとは思っていません」


その言葉に、二人の表情が少しだけ柔らかくなった。


霧笛では、任務の話はしない。

二人はただコーヒーを飲み、プリンを食べ、アンティークのランプの下でゆっくり過ごした。

同じ顔で並んでいるのに、どこか別々の時間を楽しんでいるようだった。


数日後、霧笛に小さな波が立った。


澪香が、一人の男性を連れて来店したのだ。


相手は都会的で、少し軽い雰囲気のある男だった。

洒落たジャケットを着て、会話のテンポが速く、澪香の言葉にも自然についていく。

危ういほどではないが、どこか夜の街に慣れている感じがある。


玲奈は二人を見た瞬間、確信した。


「いらっしゃいませ、澪香さん」


澪香は微笑んだ。


「今日は正解です」


玲奈は小さく頷く。


「男性の傾向で判断しました」


澪香の笑顔が少しだけ固まる。


「玲奈さん、それ言っちゃいます?」


女主人が奥で吹き出した。


「玲奈ちゃん、たまに鋭すぎるわ」


澪香はその男性と窓際に座り、楽しげに話していた。

テンポの速い会話。

少し挑むような視線。

お互いに退屈しない距離感。


玲奈は黙ってコーヒーを淹れた。


澪香は、少し危うさのある男に惹かれる。

会話が速く、相手の奥を覗きたくなるような男。

玲奈はそう記録したわけではない。

だが、何となく分かった。


さらに数日後。

今度は澄香が別の男性を連れてきた。


その男性は、澪香の相手とは正反対だった。

落ち着いた雰囲気で、言葉数は少ない。

服装も派手ではないが、清潔感があり、所作が丁寧だった。

澄香が話すと、急かさず最後まで聞く。

笑う時も、静かに笑う。


玲奈は水を持って席へ向かう。


「いらっしゃいませ、澄香さん」


澄香は少し驚いたように笑った。


「今度も正解です」


「男性の傾向で判断しました」


「玲奈さん、やっぱりそこなんですね」


女主人が興味津々で小声を出す。


「玲奈ちゃん、何が違うん?」


玲奈は真面目に答えた。


「澪香さんは、少し危うくて会話の速度が合う相手を選ぶ傾向があります。澄香さんは、落ち着いていて受け止める力のある相手を選ぶ傾向があります」


女主人は感心した。


「顔は同じでも、恋の入口は別なんやねえ」


玲奈は伝票を書きながら頷く。


「双子でも、別人ですから」


その言葉を、澄香は聞いていた。

そして少しだけ嬉しそうに目を伏せた。


だが、玲奈の完璧そうな見立ても万能ではない。


ある日、二人が一緒に来た時、玲奈はまた間違えた。


「澄香さん、ブレンドはまろやかに――」


「玲奈さん、今日は私が澪香です」


「……失礼しました」


「今、彼氏なしだから判断材料がなかったですね」


澪香がいたずらっぽく笑う。

澄香も隣でくすくす笑った。


玲奈は無表情のまま言う。


「判断材料が不足していました」


女主人は大笑いした。


「玲奈ちゃん、双子の見分けに恋愛情報使うんやめなさい」


「有効な情報です」


「喫茶店の接客でその情報使わんでええ」


店内に笑いが広がる。


迫田ツインズも笑っていた。

その笑いは、任務中の妖艶な笑みでも、潜入先で見せる計算された笑顔でもなかった。

ただの姉妹の笑いだった。


霧笛は、二人にとっても少し特別な場所になっていた。


任務では、同じ顔であることを武器にする。

誰かを惑わせ、敵を揺さぶり、情報を抜く。

けれどこの店では、同じでなくていい。


澄香には澄香のカップがある。

澪香には澪香の味がある。

同じプリンを食べても、感じることは少し違う。

同じ顔で笑っても、恋の好みは別々だ。


玲奈はカウンターから二人を見ていた。


自分はまだ時々間違える。

それでも、二人を一つにまとめて見たくはなかった。


カフェとは、そういう場所であるべきなのだろう。

似ている客を、似ているまま扱わない。

誰かが「自分として座れる席」を用意する。


南の島で店を開いた時にも、きっと同じことが必要になる。

よく似た寂しさを抱えた客が来ても、それぞれの寂しさは違う。

同じように笑う人でも、その笑顔の理由は違う。

その違いを、静かに尊重できる店にしたい。


霧笛のランプが、二人の横顔を柔らかく照らす。


澄香と澪香は、瓜二つのまま、別々の顔で笑っていた。

同じブレンドを飲みながら、違う恋の話をしていた。


玲奈は二つのカップを下げる時、今度は間違えなかった。


「澄香さん、澪香さん。またお待ちしています」


二人は同時に笑った。


「次も当ててくださいね」


「男性同伴じゃなくても」


玲奈は少しだけ目を細める。


「努力します」


女主人が奥で言う。


「玲奈ちゃん、そこは“もちろんです”やろ」


玲奈は静かに答えた。


「誤認の可能性がありますので」


双子はまた笑った。


港町の純喫茶に、やわらかな笑い声が残る。

任務のために同じ顔で戦ってきた二人は、その午後だけ、別々の女性として霧笛の椅子に座っていた。

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