宝石店での襲撃・1
ユイレンとの謁見が無事に終わり、しばらく経った頃。
ライカは一枚の紙を見つめていた。
『ルーフ・シェリス宝石店、本日開業』。
大きな見出しが目を引いた。
来月はセイランの誕生日だ。
購入するならこの店が良いだろうと前から目星をつけていたのだ。
今日はロウザもセイランもどちらも朝から出かけている。
ばれないよう、一人で外出するなら絶好の日だ。
分厚い上着を被り、ライカは出かける用意を整えた。
◇
できるだけ地味な装いで訪れたライカは、人で賑わう店内をきょろきょろと見回した。
何せ護衛もつけずに一人で買い物をするのは久しぶりなのだ。
どうやって購入して良いのかわからない。
身分を明かせば、それなりの待遇を受けるのかもしれない。
けれどライカは気ままに買い物をすることを選んでしまった。
「お目に叶う物はございましたか?」
店員の男がにこやかな表情でライカに声をかけた。
彼の目は客を見極めるような鋭さがあり、挙動不審であったことを咎められているような気持ちにさせる。
「母の誕生日祝いに何か贈りたいのですが……」
でしたら、と店員の男は雫のような、小さくて丸い宝石が連なった繊細なブレスレットを取り出して見せた。
「こちらはいかがでしょう」
「あ、いいですね……」
店員が勧めたブレスレットは、流行がわからないライカにも納得できる代物だった。
細いセイランの腕に良く合いそうだ。
「では、これを……」
「あら……!」
隣で弾むような声がする。
驚いて横を見ると、長い深緑の髪が目に入る。
「アレシ……」
言いかけてライカは口を噤む。
簡素な服を纏った少女――カティスは、どうも平民に扮しているように窺える。
自分と同じくお忍びで店にやって来たのだとライカは判断した。
「お久しぶりです」
ライカは名前には触れることなく、挨拶だけを言葉にした。
「はい、お久しぶりですね」
カティスは表情を緩めると、鮮やかな笑顔を返す。
「そちらのブレスレットにされるのですか?」
「ええ、もうすぐ母の誕生日なので」
「素敵です。きっと喜んでいただけると思います」
カティスからの評価も悪くないようだ。
ライカは安心して購入することを決意した。
「私は前からお店のことを知ってたんです。
実はここの宝石は……」
カティスがにこやかに何かを言おうとしたその時、彼女の首に大人の腕が絡みつく。
「動くな!」
低く、太い声が店内に轟いた。
懐からナイフを取り出し、男たちが店の中にいる店員や客を威嚇する。
客の振りをした強盗が本性を表したのだ。
「こいつ以外は隅に寄れ! 声を上げたらわかるな?」
店内にいる強盗は全員で五人。
その内の一人が短いナイフをカティスの首に向け人質にすると、店員や客たちを部屋の隅に誘導した。
ライカも黙ってそれに従う。
――カティス……。
彼女は腕を喉に回され、息が苦しそうだ。
目の前に突きつけられたナイフは、どれほど恐怖を感じさせているだろうか。
ライカはぎりっと歯を食いしばった。
――でも、下手に動くとカティスが危ない。
人質の代わりはたくさんいるのだ。
カティスでなくても良いはずだ。
――いっそ、人質を代わってもらおうか?
そう考えてライカは首を振る。
余計なことをして話がこじれてしまっては意味がない。
――焦らず冷静に……。
ライカはナイフを持って威嚇する強盗を見た。
男たちは誰もが汚れ一つない小綺麗な服を着ており、宝石店の用意した護衛の目を掻い潜れた理由がわかる気がした。
「やれ」
その合図とともに、強盗は持っていた袋の中に宝石を詰め込み始める。
カウンターに並べられた指輪。ショーケースに入れられたネックレス。
繊細なアクセサリーはどれも手荒に扱われた。
「いけませんわ!
その様に袋に詰めたら傷んでしまいます!」
カティスは目の前で乱雑に仕舞い込まれる宝石を見過ごすことができなかったらしい。
細い声がフロアに響いた。
「静かにしろと言ったはずだ」
腕に力を込めて、男はカティスに忠告をする。
苦しそうに彼女は手で男の太い腕を掴んだ。
「殺すか?」
「好きにしろ」
男たちのやり取りを聞き、ライカは思わず声を張り上げた。
「乱暴はいけません!」
一歩前に出ると、ライカは男たちに話しかけた。
「彼女はとある貴族の令嬢です。
殺せばあなた方の命こそなくなるでしょう」
頭の中で条文を思い浮かべる。
罪の重さに気づかせれば、この場をうまく収拾できるかもしれない。
「平民による貴族の殺害は重罪です。
『エルドガール法大全』第4編・治安と刑律篇・第5章第45条において、
爵位を有する者、またはその継承者を殺害したる者は、極刑に……」
鈍い痛みが腹にめり込む。
ライカはその勢いで床に転がった。
男の一人が彼女を足で蹴り付けたのだ。
「ひぃっ……!」
人質たちから小さな悲鳴が上がり、地に伏すライカを避けるように後ずさった。
「変な感触だな……」
けれど痛みを感じたのは蹴った男もだった。
ライカの服に手を伸ばすと、その下に隠していた物を取り出す。
「こいつ、本を入れてやがった」
ライカは命を狙われている。それは自分でも十分理解していた。
だから用心し、服の下に本を隠していたのだ。
けれどその行為は男の苛立ちを加速させるだけだった。
「こいつめ……!」
本を床に叩き落とし、男はライカの腹を再び蹴り上げた。
本の守りがない柔らかい腹に男の足がめり込み、ライカは大きくむせた。
「ゲホッ……ゲホッ……!」
男はそのまま彼女の襟首を掴んで持ち上げると、白い頬目掛けて拳を入れる。
ライカは頭をぶつけながら床に倒れた。
鼻から血が流れる。
ようやく痛いと思ったそのすぐ後、酷く惨めな気持ちが襲って来た。
前髪の隙間から助けを乞うよう視線を伸ばす。
ぼんやりとしたその景色の向こうにある、深緑の瞳と視線が交わった。
――そうだ、カティス。
彼女を守るために声を上げたのではなかったのか。
痛みが遠のき、止まっていた思考が動き出す。
――店の外には気づかれてないの?
おそらく、入り口は強盗たちの仲間によって封鎖されており、閉店したように見せかけられているのだろう。
――何か違和感がある。
ライカは目だけをぎょろりと動かし、強盗たちの様子を窺った。
どうも彼らはただの強盗ではなさそうだ。
説得など最初から無意味で、彼らは強い意志の元、行動しているようだった。
――まさかこの強盗の狙いは……。
違和感の正体。
それを考えるうちに、ライカは一つの結論に行き着いた。




