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ギルドの代理人・2

 本が散乱する自分の書斎。

 大きな机の椅子に座ると、ライカはため息を吐いた。


――どうにも勝てそうにないなぁ……。


 状況的にベリックが不利だった。それになにより、グレインの存在だ。どうも彼は法学者らしく、こういった争いごとは得意のようだ。


――特に経済。


 言葉をぶつけていてわかったが、彼は商売に関する知識が豊富だった。


――お母様も経済は詳しいそうだけど。


 セイランは法学だけでなく、経済学に関しても優秀らしい。けれど、なぜか経済に関する話題を振ると、ぴりぴりとした空気を発した。だから、ライカはあまり触れないでいたのだ。


――他に詳しい人は……。


 そう考えて、一人だけ頭に浮かんだ人物がいた。ライカは便箋に手を伸ばすと、流れるように文字を綴った。

 今はその人だけが頼りだった。



 ◇



 三度目になるヴァルデックの屋敷には、前と同じ顔ぶれが揃っていた。

 グレインが興味なさそうに眼鏡を拭き直す。


「――もう話し合う意味はないでしょう? 決まりは決まり。都市法に従い、処断すべきです」


 磨かれたばかりの眼鏡の奥で、グレインの目がライカを睨む。その奥に宿るのは確かなる対抗心。その理由がわからず、ライカは首を捻った。


――何かしたっけ?


 争う相手とはいえ、彼の態度は少し大人気ない。意見をぶつけ合うからこそ、敬意を持って接するべきだとライカは考えた。


「まだこちらには言い分があります」


 ライカは立ち上がると、彼に向かって一つの質問を投げかけた。


「まず、もう一度確認したいのは〝都市内〟がどこまでを指すのかです」


 彼女がそう言うと、呆れたようにグレインが息を吐く。


「またその手ですか? 〝都市内〟なのだから都市内です。つまりハリヘンの街全域です」


 その答えが返ってくるのは想定内だ。ライカは頷くと、いくつかの書類を机に並べた。


「ご覧ください。実情としてはですね、都市郊外においてはギルドの登録や納税が免除されている前例があります」


 その証拠となる書類に、ギルドの男たちは目を逸らす。それは何より、彼らがよく知っているだろう。


「まぁ、そう言うこともあるでしょう。全てを登録し切ることはできませんから」


 グレインは顔色一つ変えなかったが、その目はじっと書類を見つめていた。彼は別の書類に視線を向け、その内容を読むと、はっと目を見開く。

 ライカはグレインが驚いたその書類について説明する。


「これは四年前の事件です。酒に酔った男性が〝都市内〟で暴れて重い罰金を払ったという」


 それは、昔の事件の記録だった。紙はもうすっかり色褪せている。


「そして記録にはさらにこう書かれています。

 もう少し南で起こしていれば軽い罪で済んだであろう、とも」


 ライカはさらに、別の書類を手で示す。それはライカの流れるような筆跡で記された何かのリストだった。


「これは過去五年に起きた裁判所の記録をまとめたものです。

 共通しているのはただ一つ。ことが起きた現場が〝都市内〟であったという点です」


 その記録はどれも、先に挙げた酔っ払いの暴力事件のように軽微なものだった。問題はハリヘンのどこで起きたかだ。

 ライカは大きな地図を机の上に広げた。事件があった場所にばつ印がついていた。


「どれも都市中央に位置しているのがおわかりいただけますね?」

「ええ、はい。わかりますとも」


 ヴァルデックが嬉しそうに声を上げた。傾いていた天秤の皿が持ち上がりかけているのだ。期待せずにはいられないのだろう。


「都市郊外で起こった事件の裁判を追ってみましたが、〝都市内〟と表現されているものは一つもありませんでした」


 すっかり黙ってしまったグレインたちに向かって、ライカはゆっくりと、努めて穏やかな口調で続ける。


「つまり、ハリヘンでは慣習的に都市を中央と郊外にわけており、〝都市内〟とは中央を指す言葉なのです」


 部屋の視線はグレインに集まる。あとは彼の反応次第だ。青年は考え込むように書類を手に持ち見つめていたが、やがて切り捨てるように書類を机に放り投げた。


「これから正せば良いでしょう。都市法に合わせて」


 かつてのライカならば、これで怯んで終わりだっただろう。法律を齧るライカも賛同せずにはおれなかったからだ。

 けれど、彼女の考えは変わった。

 手紙で頼った人物が、ライカの見方を大きく変えたのだ。


〝商売は流れです。滞るようにはできておりません。そして、それに見合った決まりが自ずと作られるのです。そこに答えはございます〟。


 彼女は――カティス・アレシオンは手紙にそう綴った。

 流通を担う<王国の車輪>、ウェンセム・アレシオン。

 彼の養女であるカティスも、経済に詳しいことをライカは知っていたのだ。

 そんな彼女の優しい文字。

 おかげでライカは気づくことができた。重要なのは、条文の文章ではなく、その条文が作られた目的だ。


「そもそも、ギルドに登録し、納税の義務を課すのは、都市内の秩序を守り、安定した税収入を得るためです」


 グレインとは対照的に、ライカは驚くほど落ち着いていた。淡々と発せられる声は相手を落ち着かせるような柔らかな響きがあり、グレインの表情から怒りが和らいでいくのが目に見えた。


「リッジさんは短期間の販売であり、〝都市内〟の秩序を乱しておりません」


 税収入に関しても、条文だと長期間での販売を想定していると見て良いだろう。ならば、短期間の販売者からの納税は最初から見込んでいないと言うことだ。


「以上の点から、リッジさんは条文に抵触していないと判断すべきです」


 ふむ、とヴァルデックが満足そうに頷き、ちらりとグレインを見た。彼は何か言いたそうにしながらも、口を閉ざしたままだった。


「どうやら反論はないようですね」


 こうして問題は解決し、ベリックは短期の販売が許可された。けれど彼はこの件で懲りたようで、ハリヘンでの商売はしないと言う。


「ありがとうございました、クラシェイド伯爵様」


 ベリックは深く頭を下げる。


 その横で、ヴァルデックも白髪の混じった頭を垂れた。


「さすがでした、クラシェイド伯爵」


 立て続けに礼を言われ、ライカは恐縮する。やはり、頭を下げられるのは慣れないものだ。

 そんな彼女たちの様子を見て、グレインが大きく舌打ちをする。


「……クラシェイドめ」


 それは、呟いたにしては大きな声で、部屋の一同に聞こえるほどの悪態だった。


「無礼ですよ、フォスター殿」


 ヴァルデックが嗜める。しかし、グレインはそっぽを向いて忌々しそうに腕を組んだ。


「クラシェイド、クラシェイドと口を揃えて……」


 彼はぶつぶつとこぼしながら天井を見上げた。その目はどこか遠くを見ている。


「バンデルもそうだ……いつもこいつのことばかり……」


 恨めしそうにもらしたその言葉を聞き取り、ライカは目を見張った。


――バンデル……?


 その名は良く知っていたからだ。


「もしかして、ラッカスのことをご存知ですか?」


 ライカがそう言うと、グレインは急に彼女に向き直り、くわっと目を見開いた。


「気軽にやつの名を呼ぶな!」


 ライカは短く悲鳴を上げた。ギルドの男たちは他人のように距離をとっている。


「あいつはいつも学年二位の私を無視してお前のことばかり! 

 気に食わないやつだった!」


 グレインは自分で言いながら苛立っていた。こめかみに血管が浮いている。


「学年二位ということは……ラッカスと同級生でしたか……?」

「ああ、そうだ。アイシアン王立大学でな」


 いつも一位であったラッカス。グレインは彼の後を追うように成績を保っていたが、その眼中に入ることはなかったと言う。


「別に仲良くなりたくはなかったが、全く関心を向けられないというのも腹立たしい!」


 そんなラッカスの気を引く少年。それが他でもないライカだった。


――だから、あんなに刺々しかったのか。


 態度が悪い理由がわかったものの、ライカには呆れることしかできなかった。同じ法律を嗜むものとして、ただただ残念だ。

 グレインは眼鏡を外すと、上着の内側にしまった。


「次はこうもいかないからな! 覚えておけ!」


 まるで舞台の悪役のような台詞を吐きながら、彼はずかずかと部屋を出て行く。その後ろを、ギルドの男たちも仕方なさそうに追いかけた。


 ライカはただ呆然と彼らを見送った。

 兄のような存在、ラッカスのことを思い出しながら。

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