ギルドの代理人・1
ギリム伯爵領ハリヘン。
それは商売で賑わう活気のある都市だった。
その都市で、ライカは今日も<王国の天秤>として役目を果たした。
「ありがとうございました、クラシェイド伯爵」
白髪の混じる頭を下げるのは、ギリム伯爵ヴァルデック・クロスモア。子どものライカに対しても敬意は崩さない。
「お力になれて何よりです。――しかし、本当に賑やかですね」
ライカは依頼の帰りに、ギリムの都市・ハリヘンを案内してもらっていたのだ。馬車の窓から外を見るライカの目は、きらきらと輝いている。
ヴァルデックはそんな彼女に微笑んだ。
「ハリヘンは商業都市ですからね。何でもございますよ」
「我が領でも見習いたいものです」
食料・衣類・雑貨・書籍。ライカに思いつくものはすでに視界を通り過ぎた。追い切れないほどの数の物。それがここにはあふれている。
「おや……?」
路地の一角に、不自然な人だかりができていた。
複数で一人を取り囲んでいる。
その異様な雰囲気に、ヴァルデックは馬車を止めさせた。
「どうかしましたか?」
何者かを取り囲む男たちに向かって、彼は躊躇うことなく声をかけた。ライカもそっと後に続く。
最も背が高く、肩幅の広い男が前に出る。
「これは領主様。お見苦しいところを申し訳ございません。――この者が許可なく商売をしていたのです」
そう言って、引っ張り出されたのは、痩せた小柄な男だった。肩は下がり、背中を丸めている。顔に浮かべた表情は狼狽そのもので、助けを乞うように領主を見上げた。
「よそ者がハリヘンで勝手に商売をするなんて言語道断でございます!」
別の男がヴァルデックに訴えかける。それに続くように、他の男たちも口々に小柄なその男を罵った。
「無許可なんて図太い野郎だ!」
「さっさとお家に帰んな!」
どうやら彼らも商売人のようだ。通常、短期の商売ならばよそ者の無作法は見過ごされることも多いが、この小柄な男の行いは男たちの逆鱗に触れてしまったらしい。
「まぁ、そんな固いことを言わないでください」
ヴァルデックはそんな彼らを宥めようとした。しかし、男たちははっきりと言い返す。
「決まりは決まりです!
都市内で商売をするにはギルドの登録と、納税をせねばなりません!」
どうも言い分は男たちの方にありそうだ。ライカは他人事のように佇んでいた。
そんな彼女にヴァルデックが背中に手を回し、どういうわけか矢面に引きずり出した。
「この方は<王国の天秤>であるクラシェイド伯爵です。
彼が良いように解決してくれましょう」
「<王国の天秤>だと!?」
男たちが驚いたようにライカを見る。けれど、ライカも驚いた顔でヴァルデックを見た。
彼は懇願するように頭を小さく下げる。
困惑するライカを尻目に、ヴァルデックは言葉を続けた。
「知っての通り、不和を解決なされるのが<王国の天秤>のお役目。
領主として、この問題は彼に任せたいと思います」
男たちは顔を見合わせると、どうするかこそこそと話し合う。
「クラシェイドったら法律の家門だよな?」
「不利じゃないか?」
視線はライカに向けられる。そこにいるのは小さな子どもだ。
「俺の知り合いに優秀な法律家がいるぜ」
「ああ、あいつか!」
「いけすかないが、頼りになるやつだ」
彼らはにやりと笑うと、ライカたちに向き直り、余裕そうな表情を見せつけた。
「それならこっちも代理人を立てますぜ」
「良いでしょう」
なぜかことが勝手に進んでいく。商売に関する揉め事は専門外だ。けれど、ライカが断るために手を伸ばした時にはもう、男たちはその恰幅の良い背を見せ、立ち去っていた。
「困りますよ、ギリム伯爵!」
「いや、申し訳ない……」
ヴァルデックは白髪の混じった頭をぽりぽりとかいた。
「私はね、クラシェイド伯爵。
都市内ではもっと自由に交易をして欲しいと思っているのです」
「ですが……」
決まりがあるならば仕方がない。それは都市の秩序を守るために必要なことなのだ。
「我が領はギルドの権力が強すぎて困ります。
彼らは良い面もありますが、そうでない面もあります」
「と、言いますと?」
ヴァルデックはやり玉に上がっていた小柄な男を手で示した。その腕には商売品である布織物を大事そうに抱えており、中にはいくつか滑らかな布地が輝いていた。
「これは絹布です」
貴族であるライカには見慣れた生地だった。光沢のある柔らかなその布地は、間違いなく高級品である。もちろん、この小柄な男が抱えているのは、それほど質が高くはなかったが。
「ただ麻布を売っていただけなら見逃したでしょうね。
けれど、この者は絹を売っていた。だから、看過できなかったのです。同じ商売人として」
ライカはようやくことの流れを理解した。
あの男たちも布織物に関する商売人なのだ。そんな彼らのギルドが占有する都市で、新参者が絹という高級品を売ったものだから、目障りで圧をかけたらしい。
「それは……何と言うか……」
秩序を守るための行為ではない。
たとえ男たちの商売に影響が及んだとしても、それはわずかな期間でしかないのだから。
ヴァルデックは領の行く末を案じるような真剣な目をしたまま、背の低いライカに向き合う。
「ここであのギルドの思い通りになれば、また同じことが繰り返されます。ですのでどうか……」
白髪の混じった頭が垂れ下がる。ライカは忍びない気持ちになった。今日、彼に頭を下げさせるのは何度目のことだろうか。
――ギリム伯爵領の経営が悪化すれば王国にとって良くない、よね……?
ライカはそう思うことにして、自分を納得させた。
◇
「まさか<王国の天秤>であらせられるクラシェイド伯爵様に助けていただけるとは思いませんでした」
そう言って恐縮するのは、ギルドの商人たちに詰め寄られていた小柄な男、ベリック・リッジ。落ち着きを取り戻すと、人の良い笑みを浮かべた。
「娘の婚礼品を賄うためにやって来たのですが、考えが甘かったです……」
「それは……そうですね」
場所にもよるが、基本的にはその土地毎に決まりがあり、ギルドが幅を利かせている。知らない土地で突然商売をするのは、それだけ危険性があるのだ。
「でも、少し理不尽なのは確かです」
絹を売ったからという理由で商売の邪魔をした。麻ならそうしなかったというのに。
ハリヘンの都市法により、ギルドが布の取り扱いに制限をかけることは可能だ。けれど、彼らはギルドの登録と納税に関する条文の内容を盾にした。
それは、絹を売ったから怒ったのでないと思わせるためにした、自分たちのちっぽけな誇りを守るための行為だ。
「どうも相手は心強い味方がいらっしゃるようですが……」
男たちからもれ聞こえた会話が少し気になったが、考えても仕方のないことだ。
「私がなんとかしてみましょう」
もはや、ベリック一人の問題ではなくなっているのだから。
◇
ベリックの処遇に関する話し合いは、ヴァルデックの屋敷で行われることとなった。再び訪れた屋敷には、すでに全員が揃っており、彼らはライカの登場を待ち侘びていた。
「初めまして、クラシェイド伯爵」
そう言って挨拶を投げかけたのは、眼鏡をかけた青年だった。
――ラッカスぐらいかな……?
纏う雰囲気が優秀な従兄弟、ラッカス・フレンダルを連想させた。歳は二十になったぐらいだろうか。壮年ぐらいの男性を想像していたライカには意外だった。
「私が彼らの代理人、グレイン・フォスターです」
グレインは平民の装いだったが、暮らしには余裕があるようで、身につけている衣服は手入れが行き届いた質の良いものだった。きりっとした眼差しが威厳を醸し出している。
部屋には長いテーブルが一つあり、両者は分かれて座った。その間に立ったヴァルデックが、開始の合図を告げる。
「では、始めましょうか」
最初に口火を切ったのはグレインだった。彼は立ち上がると、資料片手にゆったりと述べた。
「ハリヘンでは都市法にて、
都市内で物品を販売する者は、全て地元ギルドに登録し、規定の税を納めること、と定められています」
その目はライカに向いている。眼鏡の奥の瞳が鋭い光を放ち、確かに彼女を威嚇していた。
「この条文にベリック・リッジは違反しています。
罰金を払い、これ以上の商いは禁止すべきかと」
グレインの簡潔な言葉に、ギルドの代表として集まった二人の男たちはうんうんと頷いた。どちらもなぜか肩幅が広く、背が高い。
「その条文ですが……」
今度はライカの番だった。立ち上がると、ベリックの擁護を始める。
「〝都市内で物品を販売する者〟とは、都市内に住んでいる販売者だけでなく、領外から来た短期滞在の販売者も含めるのかが曖昧です」
グレインの言葉ですでに勝利を確信していたギルドの男たちは顔を曇らせる。ライカは畳みかけるように続けた。
「また、全て地元ギルドに登録し、とありますが、それは短期滞在者にも義務付けているのでしょうか?」
「それは……」
全てというならば、全てなのだろう。けれど、実際には本当に全ての販売者を登録してきたわけではない。その事実にギルドの男たちは黙った。
けれど、グレインは冷静そのもの。静かにライカに向き合った。
「条文通りでしょう。短期滞在の販売者も含まれますし、もちろん、ギルドの登録と納税が必須です」
薪を切るようにグレインの声はきっぱりとしたものだった。気圧されながらもライカは反論する。
「いえ、条文の対象外かと。当てはまらないのですから」
「伯爵は条文にないことまで読み取りすぎです」
その後も議論は続いたが、ライカには苦しい旗色だった。もつれ込んだ二人の言い合いを止めたのは、ヴァルデックが手の平を打ち付ける音だった。
「もう良い時間ですし、続きは後日といたしませんか?」
窓の外に目をやると、外はすっかり暗くなっていた。ギルドの男たちが慌てて立ち上がる。
「明日の準備をしないといけません」
「今日はこれにて」
彼らがいそいそと部屋から出ると、グレインも椅子から腰を上げた。その顔は険しく、どこかライカを睨むようだった。
「……クラシェイドもたいしたことはありませんね」
そう小さくこぼした声を拾い、ライカは驚いてグレインに視線を向ける。
彼はもう、彼女を見てはいなかった。
――聞き間違いかな?
ライカは自分の耳の方を疑った。




