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宝石店での襲撃・2

――まさかこの強盗の狙いは……。


 ライカは一つの結論にたどり着いた。


――私を追い詰めること……?


 あまりにも危険が高く、杜撰な計画だ。

 けれど、それ以外の目的が見当たらなかった。

 彼らは宝石が欲しかったわけではない。

 では、どうしてこんな昼間に、警備の多い宝石店を選んだのか。

 ライカは痛む体を引きずるようにして、ゆっくりと立ち上がった。


「……あなたたちの目的は、私ですね?」


 誰も答えなかった。

 けれどライカは、沈黙そのものが肯定のように思えた。


「そちらの令嬢の言葉がなければ気づきませんでした」


 声に出して語るたび、ライカの中で確信が形になっていく。


「後で売るつもりの宝石を粗雑に扱いすぎです。

 この宝石一粒で民家が一軒建つんですよ?

 けれど、宝石は傷がつけば当然、価値が下がります。

 本当にお金が目当てなら、あんな詰め方はしません」


 カティスが忠告した時、強盗たちは苛立った様子を見せた。

 それは、本当の目的が他にあることが露見することに対する焦りからだったのだ。


「それに、襲撃したのはこんな昼間です。

 ここは王都の中でも警備が厳重な場所のひとつなのに……」


 ライカは強盗たちの顔をぐるりと見回した。


「それでもあなたたちは入ってきた。

 ――私が中にいるとわかっていて」


 強盗たちは黙ったままライカの言葉を聞いている。

 そうするより他にないのだ。

 ライカの目が細められる。


「<王国の天秤>を狙った理由は何でしょうか?」


 バーマンに暗殺されかけた後、<王国の天秤>が命を狙われるならば、どんな理由があるのか両親と考えた。


「いまだ五大貴族の家門は後継者が途切れたことがないそうですね。

 ですがもし、私が殺されてクラシェイドの跡取りがいなくなれば、<王国の天秤>はどうなるか……」


 そのまま廃絶されるか、あるいは他の家門に引き継がれるか。

 後者を狙って、上位貴族がライカを暗殺する可能性はあった。


「あるいは……」


 ライカは口に手を当て、視線を床に向ける。

 次の考えは彼女の憶測でしかなかったからだ。


「〝選王会議〟を開催する権限を持つ私を殺すことにより、王位継承問題を混乱させる気なのか……」


 呟くようなその一言に、ライカを殴った男の目が鋭く見開かれた。

 別の男が、他の仲間に一瞬だけ視線を交わす。

 ぴりっとした空気が周囲に流れた。


――今のは……?


 男たちのただならぬ様子から、触れてはならない核心に近づいてしまったことにライカは気づいた。


――計画犯は継承問題に関わる人物……?


 ライカはぐるりと男たちを見回した。

 彼らはじっとライカを睨みつけている。


「喋りすぎだ。死にたいのか?」


 強盗の一人がナイフをライカに突きつけ、低い声で脅した。

 鋭い刃先がぎらりと光る。


「殺せませんね?」

 けれど落ち着いた声でライカは返す。

 足は震えておらず、怯え一つない目で男を見つめた。


「これだけ喋っていても殺さないのがその証左です」


 カティスはあんなにもあっさりと殺そうとしたのに、ライカには暴力を加える以上のことはしなかった。

 初めからそう命令されていたかのように。


「どういう訳かはわかりませんが、私を殺すのは今ではないようです」


 まだ利用価値があると判断したのか、殺す機会を窺っているのか、とにかく彼らは痛みだけをライカに与えた。


「目的は私。

 ――私の心を折ることでしょう?」


 たまたま訪れた宝石店で強盗に遭い、悲劇に襲われた若き伯爵。

 例えその後、屋敷に籠ったとしても、疑問に思われないだろう。

 最初から茶番だったのだ。

 この強盗劇は。


 ライカネル・クラシェイドを追い詰めるための。


 ライカの言葉を聞いた強盗たちは、一人の男を見た。

 よく鍛えられた体を持ち、額に薄らと傷のある男を。


「バレちまったか。仕方ねぇ」


 彼が手を挙げると、仲間たちはすぐさま従った。

 カティスの肩を押さえていた男も、ため息をついて手を離す。


「見かけによらねぇな、坊ちゃん。

 ――いや、伯爵様、か」


 額に傷のある男がそう言うや否や、彼らは背を向け、光に追われた影のように逃げ出した。


「待ってください!」


 ライカは慌ててその後を追う。

 彼らが逃げ去った裏手の扉。

 そのドアノブに手をかけ、身を乗り出すように外へ出た。

 ライカはその先の光景を見て短く叫ぶ。


「ゼナイ……!?」


 赤髪を翻し、ゼナイが強盗たちと相対していた。

 同じ隊服を着た騎士たちも剣をとり、金属の重なる高い音を響かせている。

 額に傷のある男が苦しそうにゼナイの剣を受けている。


「くそっ……<王国の長剣>が何故……!?」


 男の動きからそこそこ腕が立つことが窺えたが、相手をするゼナイは余裕さえ見せている。

 やがて男の手から剣が弾き飛び、ゼナイの足が腹にめり込んだ。

 男は呻き声を上げ、膝をつく。

 他の強盗たちも地に押し付けられ、次々と騎士たちに捕縛された。


「怪我はありませんか、ゼナイ?」


 剣を鞘に収める青年に向かって、ライカは駆け寄った。


「ああ、何も……」


 ゼナイは驚いたように口を閉じた。

 何せライカは殴られた後なのだ。白い顔が赤黒く腫れていた。


「大丈夫か、ライカネル?」

「まぁ、なんとか……」


 急に恥ずかしくなり、ライカは頬を抑えながら目を逸らした。

 きっと今、自分は酷い顔をしているのだろう。


「伯爵様……」


 カティスが小声でライカを呼んだ。


「申し訳ありません。私のせいで」


 その言葉にライカは首を左右に振った。


「いえ、私が巻き込んでしまったようです。

 怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」


 謝るライカを見て、カティスはいつもの鮮やかな笑みを浮かべた。


「強盗に立ち向かうお姿、ご立派でしたわ」


 包み込むような柔らかな眼差し。

 頭に着けた蝶の髪飾りが店の外から差し込む日の光を反射し、きらきらと輝いている。


――綺麗だな。


 彼女は確かに、この強盗劇のヒロインだった。



 ◇



 ライカは窓の外に映る夜空を見上げた。

 セイランには先ほど、屋敷から一人で抜け出したことを酷く叱られた。

 こんなに強い感情を向けられるのは、久しぶりのことだ。

 だが、これだけ腫れた頬を見れば仕方がないかもしれない。

 濡らした布で患部を冷やしながら、ライカは今日の出来事を思い出す。


――強盗たちはシルヴィス騎士団が捕まえてくれたけど……。


 彼らは果たして口を割るだろうか。

 強盗たちからは強い忠誠心を感じとれた。

 彼らは首謀者の名を、バーマンとは違う理由でもらさないような気がした。


「……ライカ」


 扉を叩く音が響く。

 仕事から帰ったロウザが、部屋に訪ねて来たのだ。

 ライカの頬を見ると目を細め、優しく頭を撫でた。


「セイランの誕生日プレゼントを買いに行ったんだね?」

「……」


 ライカは答えず俯いた。

 思いがけず本当のことを当てられ、目の端に涙が滲んだのだ。


「ありがとう。セイランもわかってくれるさ」

「私は……」


 ライカの声は震えていた。

 強盗の前ではあんなにも果敢な態度だったのに、ロウザの前に立っているのは、ただの十三歳の子どもだった。


「僕たちにとって君はブレスレットよりも大切な宝物なんだよ。

 ――それだけで十分だ」


 ライカははっと目を見開き、ロウザを見上げた。

 そんな娘をロウザは不思議そうに見返した。


「変なことを言ったかな?」

「いえ、ありがとうございます……」


 ライカは目の端に溜まった雫を指で払った。

 頬の腫れが痛々しく、ロウザはどこか悲しそうにその顔を見つめる。


「――さぁ、もう寝よう。早く元気にならないとね」

「はい、お父様」


 明日になったら、もう一度セイランに謝ろう。

 ライカはそう考えながら眠りについた。

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