第118話 魔人
アルクスは帝都を脱出し、川沿いを進んでいた。
先に逃げ出した皆がどうなったかはわからなかったが、気を使っている余裕もなかった。
自分が今何をすべきかが明確ではなく、ただ逃げ続けるということがどれだけ辛いかということをアルクスは身をもって体験していた。
現状の危機は理解しつつ、仲間の元に戻ろうにも王国までの道程は遠買った。
川沿いにある街に通りがかった際は休息を取り、補給をすることは欠かさなかった。
「今のところ追手に追いつかれている様子は特にないな。街中でも話題にはなっていなそうだ。こんな時、帝国語が使えて良かったと思う。」
少しずつ休むことでアルクスは精神的にも余裕が出てきた。
出歩くのは最低限にしつつも、精霊達に街中の様子を探ってもらうことで情報収集には問題はなかった。
「さて、1人で当初の目的地である真紅龍様のいる場所へ向かうべきか、それとも王国へ戻るべきか…」
悩みながらも川沿いを進んでいるうちに、大河に面した都市へと辿り着いた。
「ここは以前見た商都ともまた違うけど、王都よりもすごいな…」
王国の王都以上とも言える、街並みを眺めてアルクスは息を呑んだ。
「帝都では牢屋と地下しか記憶にないから街並みも見てみたかったな。また行く機会があると良いんだけど。」
都市の中でも特に威容を放っていたのがデストールの教会だった。
以前商都の教会でもらったメダルのことを思い出し、少しでも今後の指針を得られればと思い向かうことにした。
教会に近づくとなんだか慌ただしく、異様な気配を感じた。
近くで怯えている様子だった信者らしき人を見つけ、話を聞いてみると。
「なっ、中で神父様達が…」
危険な状況だと判断したアルクスは教会の中へと急いだ。
扉を開けるとそこにいたのは先日帝都で生み出された魔人と似た様相をしたものが、血だらけの騎士や僧侶達と対峙していた。
『誰だっ!』
『君、ここは危ない!逃げるんだ!』
『素晴らしい心意気だな。こんな時でも人を気遣う余裕があるのか?』
魔人が腕を振り下ろし、騎士が盾で受け止めると闘気ともまた違う衝撃波が周囲に広がっていた。
僧侶達の支えがあり、なんとか持ち堪えているものの、騎士の顔色を見るに押され気味の様子だった。
『助太刀します!ナトゥ、ヘルバお願い!』
足元を土で固め、蔦で雁字搦めにして魔人を拘束するも、一瞬動きが鈍くなったものの、簡単に振り解かれてしまった。
『ふんっ、この程度!そこの男の忠告通り、早く逃げていれば死ぬこともなかったのにな!』
拘束を振り解いた魔人はアルクス目掛けて爪を振り下ろしてきた。
アルクスが龍気を込めた刃で受け止めると、あっさりと爪を削り取ってしまった。
あまりの出来事に魔人は驚愕した顔で固まっていたが、隙有りと感じた騎士が巨大な槌に武器を持ち換え僧侶の加護を纏い、強力な一撃を魔人へと叩きつけた。
魔人も敵意には敏感だったのかすんでのところでかわしたものの、戦槌の一撃はわずかに右腕をかすっていた。
かすっただけでも衝撃は大きく、魔人の右腕は吹き飛びさらに魔人は壁へと打ち付けられた。
『くっ、侮っていたか...』
劣性と見た魔人は飛び上がると、天井に空いていた穴から空へと逃げていった。
『大丈夫ですか!?』
『あぁ、助かったよ。ありがとう。君はここの信徒かい?』
アルクスが騎士達のところへと駆け寄ると騎士達から感謝の言葉を受け取った。
『いえ、偶々この街に立ち寄っただけの探索者です。一体何があったのですか?』
僧侶達が怪我人に手当てをしている間、自身のことを簡潔に伝えつつ騎士から話を聞くことになった。
最近皇帝が教会の力を削ぐために手を回しているらしく、近いうちに何かが起きるかもしれないということがデストールの教会間で情報共有されていて、備えていたところ先程急に地下から魔人を名乗る者が現れたということだった。
『皇帝陛下と関わりがあるかはわからないが、少しタイミングが良すぎて疑わざるを得ないんだ。
今回は怪我人だけで済んだが、もしまた現れた場合にどうなるか…
君さえ良ければここの教会の用心棒にならないか?私もこの教会だけに常駐することは難しくてね…』
『お誘い嬉しいですが、僕はデストールの信徒ではないですし、行かなければならないところがありまして。
ところでこういった神託が降りたという噂を耳にしたのですが、何かご存知でしょうか?
【皇帝は世界を破壊し尽くし、帝国が統べる構想があり破壊神もそれを望んでいる】』
『そんなことはない!』
突然年老いた神父が声を荒げて喋り出した。
『破壊神様は破壊・力こそ全てという教えではあるが、それはあくまでもそれは今までの古い自分を壊して、新たに力強い自分になるという個人・組織に関わらず成長し続けるための教えじゃ。
他国を蹂躙してでも成長を進めるなどという教えではない。
最近の皇帝陛下は一体何をお考えなのか…』
『皇帝陛下は結構お若い方なのですか?』
『いや、歳の頃で言うと初老にかかったはずだが、皇太子殿下と間違えておらぬか?』
(もしかして皇帝は既に殺されていて、皇太子が実権を握っていると言うことだろうか?)
『そうだったのですね、ご指摘ありがとうございます。』
『最近帝国の裏側から世界の滅亡を狙う悪魔がいるって聞いたけど、あの魔人がそうだったのかしら…』
『最近神託が降りることも減ったし、不明瞭であることも多いと聞くがそれもまた要因の1つなのだろうか。』
『破壊神様は我らを見捨てられてしまったのだろうか…』
突然の魔人の襲撃により、僧侶達は不安を強めていた。
神々が何を考えているかはわからないが、アルクスは何かが起ころうとしている予感だけは感じ取った。
急ぎ真紅龍のところへ向かおうとしたところ、優秀な探索者と見込んで1つだけ依頼したいことがあると頼まれた。
『この娘を旅の供として連れて行っていただけないでしょうか。』
老神父の後ろから歳の頃はアルクスより少しだけ幼く見える、金髪碧眼の麗しい僧侶が現れた。
『サルヲーラ・ティオーネと申します。ティオとお呼びください。』
『以前、混乱の風と龍の使徒が現れる時、癒しの使い手を供にと言う神託が降りました。その時は何のことかはわからなかったのですが、おそらく龍の使徒とは貴方様のことでしょう。その使命のためにもこの者をお使いください。
ここにいても今後何か起きるかわかりません、貴方の傍の方が安全でしょう。』
アルクスはティオにヘレナの面影を感じとり、一瞬目の錯覚を疑った。
『わかりました。過酷な道程になるかもしれないけど、それでも大丈夫かな?』
『はい、こう見えて体力にも闘気の扱いにも自信があります。ぜひご一緒させてください。』
そうして一晩デストールの教会で世話になった後、アルクスはティオを供として真紅龍の元へと向かう決心をして旅立った。
その頃、帝都へと辿り着いたアリシア達はアルクスの痕跡を辿っていた。
「なんとか帝都に辿り着いたがアルクスはまだいるのだろうか。」
「何だかお城の方が騒がしいけど、アルクスが何かを起こしたのかな?」
「ちょっとニンブスに調べてきてみてもらおうか。」
ニンブスが調べたところ、城壁の内側の庭には多くの兵士が集まって、1人の若い男が演説をしているとのことだった。
帝国は全世界を支配する。そのために各人今為すべきことを為せと鼓舞していた。
兵士達の目は正気には見えず、中には明らかに人外らしき存在も混じっていた。
「アルクスが何かを起こしたわけじゃなさそうね。」
「そしたらどこに行ったのかしら?」
「真紅龍様の元へと向かったのではないか?」
「よし、そうなったら俺達も最初の予定通り真紅龍様のところへ向かおう!そうすればアルクスと合流できるはずだ。」
皆で次の行き先を決めた時、アリシアとクリオは何かを感じ取っていた。
「「嵐が起きるかもしれない…」」
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