はなさないで
江戸時代のある場所で、二人の男女が歩いていた
女の方は10歳くらい、男の方は7歳くらいの姉弟であった。二人とも、長期間同じ着物を着ているため、ボロボロだった
「お姉ちゃん、もう歩けないよ……」
「我慢して。すぐに休める場所を探すから」
二人は、親から逃げてきたところだった。二人の母親は病気で死んだ。父親は、母親が死ぬと酒に溺れ、働かなくなった。そして、酔うと二人に暴行を働くようになった。「妻が死んだのはお前たちのせいだ」と
「もう、あの家には戻れないんだから。これからは、二人だけで生きていくしか無いんだよ」
「うぅ……」
姉の方はサチ、弟の方は五郎という名前だった。家から子供の足ではずいぶんと歩いた気になるが、実際には10キロ程度歩いたところで五郎の体力が限界になったのだ
そして、あたりが暗くなりはじめ、どこかで夜を過ごせないものかとサチは付近を見渡す
「今日は、あそこで過ごしましょう」
「えぇ……あそこで?」
サチが見つけたのは、ぼろぼろのお寺だった。近くには墓もあり、いかにも何かが出てきそうである
「そうよ。それとも、外で野犬に襲われる方が良いの? 犬のエサになる?」
「食べられるのは、やだよぉ」
廃寺も怖いが、犬に襲われるのは現実的な被害を受けるため、五郎の中では犬の恐怖の方が勝った
「ごめんくださーい」
「ご、ごめんくださぃ」
一応、誰か居ないか確認のために玄関で声をかける。しかし、見た目通り誰も住んでいなかった。いや、野盗なんかが居ないだけましだった
「誰も居ないみたいね。できれば、布団なんかがあればいいんだけど」
サチは、怖いもの知らずでずかずかと上がり込むと、さっそく寝られる場所を探し始める
「お姉ちゃんー」
「もう、五郎は弱虫なんだから。手を繋いであげるから、ちゃんとついてきなさい」
「うん……」
五郎はギュッとサチの手を掴む。姉の手の暖かさに、怖さが緩んだ気がした。
寺は思ったよりも広く、だが、家具の様なものは盗まれたのか、何も無かった。何も無い床で寝るのは体が痛くなりそうだ
「何も無いわね……」
そうやっていくつかの部屋を渡り歩いた時、小さな部屋があるのを見つけた
「何、この部屋。入口が小さいわね」
小さな子供がやっと通れるくらいの小さな扉が床近くに設置されているだけだった。その扉は上に持ち上げる事が出来たが、その奥にも扉があり、扉を持ち上げながらでは入ることが出来ないようになっていた
「五郎、何があるのか見てきなさい」
「えぇっ、怖いよう……」
「こんな小さな扉じゃ、何もいないわよ。それに、これだけ小さな扉なら大人なら入れないはずだから何か残っているかもしれないし」
それからも五郎は嫌がるが、サチの執拗な説得に折れる
「分かったよぅ……その代わり、何かあったらすぐに手を引っ張ってよ」
「分かったわよ」
サチは手前の扉を持ち上げる。五郎は、左手をサチに握ってもらいながら奥の扉を右手で押して入っていく
「暗くて何も見えないよ」
「それじゃあ、もっと奥に行ってみてよ。このままじゃ奥までいけないだろうから、手を放して」
「やだよぉ、怖いよう」
「ほら、頑張って」
サチに再び説得され、五郎は嫌々中へと入る
五郎の体が半分ほど入った時、急に五郎の体が奥へと吸い込まれていった
「五郎? 急にどうしたの」
サチの問いかけにも、返事は無い。その代わり、すっと五郎の手が出された
「何? 引っ張ってほしいの。それなら、そう言えばいいじゃない」
サチは、差し出された手を引っ張る。しかし、そこに重さはほとんどなく、サチは尻もちをつく
「いったぁ……きゃあぁ!」
見ると、あるのは五郎の腕だけであった
「てをはなしちゃだめだよ……」
扉の奥から、小さな人形が顔を出したのだった




