くわせろ
お寺の近くを歩いていた時の事
お寺自体は、街の中にあるのでうっそうと茂った森があるとか、昼でも日が届かないとかいうことは無い
少しだけ丘になったところに、周りをお寺が見えない程度の林が囲っている程度だ
参拝する人こそ平日はほとんど見られないが、ここで何か事件があったとかいう事は無い
夜の9時ごろ、その辺を散歩していた時、向こうから人影が見えた
「うぃ~、飲みすぎたぁ、早く帰らないと鬼嫁が怒らぁ」
見るからに千鳥足のサラリーマン風の男が歩いてくる
まだそんなに夜遅くにもなっていないのに、いつから飲んでいたのか……
俺は黙って道を譲ったが、リーマンは自分でも歩く方向を定められないのか、ふらふらとお寺の方へ
「おっと、おっととと」
ガシャンッ
近くにあった何かを倒したようだ。俺は「はぁ」とため息をつきながらもリーマンに近づく
「大丈夫か? 怪我は無いか?」
「おー、ありがとよ。土産は無いけどなー」
「いらねーよ。ほら、立てるか?」
見るに見かねて手を貸した。リーマンが立ち上がった拍子によろけ、バキッと何かが割れる音がした
見ると、絵馬の様なものを踏み割ったらしい
悪い気はしたが、誰かに謝ろうにも誰も居ない時間帯だ。明日になったら謝ろう。そう思ってリーマンに肩を貸して歩く
「……わせろ……」
「何か言ったか?」
「んにゃ? 何もいってないぞー」
「……気のせいか」
しかし、しばらく歩くと、後ろから
「……わせろ。く……せろ」
その声はリーマンじゃない。それに、もっと後ろから聞こえる
ジッと後ろをみると、何か1mくらいの丸いものが近づいてくるのが見えた
「くわせろ……くわせろ……」
近づくにつれてそう聞こえるようになった。そして、その丸いものは人間の頭部だった
口を大きく開けて、這いずるように近づいてくる
「うわぁ!」
俺は怖くなって逃げ出す。リーマンは俺に寄りかかっていたのでそのまま倒れた
「いてっ……、ってーな、おい」
リーマンは状況を把握していないようで、地面に座り込んだ
「おいバカ、逃げろ!」
「あん? 俺はバカじゃ無いから逃げねー」
「そうじゃない! 後ろを見ろ!」
リーマンは何を言われたのやらと後ろを向いて、近づいてくるそいつをみて腰を抜かした。酔いのせいか、上手く立てないようだ
「ちくしょう! ほら!」
俺はダッシュでリーマンの手を引き上げると、おんぶして走る。体重60kgはあるのだろうか、100mも走らないうちに息が切れる
「はぁ、はぁ、はぁ、ダメだ、自力で歩いてくれ……」
「あ、ああ……」
リーマンは自力で歩こうにも、まだまっすぐに歩けていない
「くわせろ……くわせろ……」
そいつはゆっくりとではあったか確実に距離を縮めてきた
俺は落ちている枝を拾って、やけくそで殴りかかる
「くそがっ! くらえ!」
しかし、俺の枝はその頭部をすり抜ける。さらに、俺の事を無視してリーマンの方へ向かって行った
「食わせろーー!!」
ひときわ大きな声を出すと、リーマンを呑み込む。物理的に自分より大きいはずのリーマンを……
これは警察か? 救急車か? 携帯画面を見て迷っている間に、いつの間にか頭部は消えていた
幸い、リーマンも無事のようだ
「だ、大丈夫か?」
一応声を掛ける
「…………」
すると、リーマンはさっきまでの酔いが嘘のようにスッと立ち上がった
そして、無言で俺の横を通り過ぎてどこかへ歩いて行った
俺はそれを追いかける事ができなかった
結局、そのあとリーマンがどうなったのかは俺には分からない




