わたしのはなし
乾いた蒼天に雲が流れる。王都と違い空は広く高い。
洗濯日和で良かったと、木の杭の間に張られたロープにシーツを広げる。
この救護院の建物が建つのは少し高い丘の上。石畳の街並みを見下ろす位置にある。
町は、雨で増水しやすい川と、蛇の巣といわれ入るには危険な山があったため、賑わいは僅かで、国境警備の軍人が居なければ人の流入も少ないので頼り切りな部分があるという。
はためく洗濯物の隙間から目隠しに植えられた樹木の間。城塞の壁は小競り合いがあったころの名残で所々壊れていて、少しづつ直している途中だと教えられた。挨拶に行った砦の司令官に緊張しながら聞いたのを思い出す。
開拓地は王都から陸路を馬車で止まらず進み一週間ほどかかる。もちろんラフィアが足手まといとなりながら途中宿泊したため、その倍はかかった。道中は何とも思わなかったのだが今になって、ロッドと二人旅になった旅路を不思議に思う。とても、穏やかでラフィアの人生で初めて安心できた日々だった。
見上げる空が少し眩しいと感じてラフィアは我に返る。過去を回想している場合ではない。洗濯物を干し終わったのだし。さて、次はと思った所で横から洗濯籠をさらわれた。
「お昼だよ」
見上げると人懐こい視線とかち合う。砦の塀の鎧に身を包んだロッドだった。ぴょこりと大きな耳が動いたのでついそっちに気が向く。彼の機嫌はそんな所にも現れるから観察してしまうのだ。
「・・・まだ、 日、高くありません、よ?」
「この季節はそんなもんだよ」
彼は大げさに嘆くようにため息をついた。
「やっと日が昇る前に起きだすのをやめたと思ったら?昼飯を忘れるようになるんだからな」
少しかがんで顔を近づけると目を細める。怒ってるぞっていうように。
「ごめんなさい」
ロッドの声色は柔らかく、怒りを秘めていないけれどラフィアは反射的に謝ってしまう。
ぐるぅとロッドの喉が鳴った。ぺしょっと片耳が伏せたので困らせているかもしれない。
ふわり、風が彼の毛並みを散らす。うっとおしそうにふるふる首を振る仕草は粗野で、初めて会った時からラフィアがどれだけ優しく扱われていたのかが伺えた。
「・・・わかった。ほら、行くぞ」
ロッドは最初『いちいち謝らなくていい』と言っていたのだが。事あるごとにラフィアがあやまるので、今は替わりに『わかった』と返す。
彼は籠を脇に抱え直し、手を差し出す。自然に手が繋がれた。ラフィアもいつの間にか受け入れてしまっている。
夫婦だからな。と彼は言う。
彼女の罪は公にされず。軍の上層部のみが把握し隠されることとなった。表向き、彼女は新たに軍に派遣された兵士とその妻だ。だから彼女は、監視役のロッドと一緒に住んでいる。
俯くと大きな手がラフィアの手を包み込んでいる。これ以上迷惑をかけたくない。
「夕方、迎えに行くから今度は勝手に帰るなよ」
「はい」
「昼飯。ちゃんと食わなかったら次から口に突っ込むぞ」
「ちゃ、ちゃんと食べます!」
焦って慌てて返事する。
ロッドが振り返って不満そうに口を歪める。
「そんなに嫌がらなくても・・・」
最初、慣れぬ同居に自分がおろそかになりがちな彼女が食事を抜かしている事に気づいたロッドは、彼女を膝に抱え込み腰をホールドして手ずから雛に餌を与えるか如く給餌し始めたのだ。
城で抱えられた時より驚き恥かしかった。彼の手が優しすぎて。思い出して顔を赤らめるラフィア。それを見て嫌なわけでは無さそうだと気付いたロッドの毛並みが僅かにふっくらする。
ラフィアの職場の救護院に着くまで楽し気にしっぽは揺れていた。