第14話~準備~
アンデッド退治──その裏にいるかもしれないマドさんの父親の仇を追うために、私は東に向かうことに同意した。しかしそれは決して思考を放棄し無条件の突撃を認めるものではない。
「マドさんの方針自体は了承しました。ですがやはり今私たちがアンデッド退治に向かうことは無謀を通り越して愚行です」
「ふむ……」
それまでの話をひっくり返すような私の発言に、しかしマドさんは気分を害した様子もなく無言で続きを促す。
「アンデッドには通常の物理攻撃や呪文攻撃の通じない敵も多い。最低限、そうした敵を一時的にでも退けられるだけの備えがなければ無駄死にするだけです」
「確かにな。確認だが、ヨシュア。その辺りはお前の呪文で何とかできたりしないのか?」
「……難しいですね。相手によっては全く通じないわけではないですが、正直当てにはできません」
マドさんの疑問に私は何とも言えない表情で顔を顰める。本当にそこは微妙なラインだった。
ここでアンデッド対策をとる上で、まず私とマドさんのカタログスペックを整理してみることにしよう。
【パーソナル・レコード】
名前:ヨシュア
種族:ヒューマン
年齢:16歳
性別:男
外見:灰髪、灰目 178cm 59kg
出自:浮浪児
属性:中立にして善
<基礎能力値>
筋力:10 耐久:12 敏捷:17
器用:18 知力:14 知覚:16
魅力:20
職業技能:バードLV2
スキル:声援、多芸
呪文 :第〇位階 ∞ 手品 悪口
第一位階 3 初級治癒 誘眠 変装 翻訳
雷鳴
個別技能:エルフ語 隠密 看破 芸能 演奏 説得
開錠 罠 ペテン
まずは私。こちらの世界に来た当初から比較するとLVが1上がって2に。
戦闘以外の一般技能判定に有利な補正が付く「多芸」のスキルが生えて、第一位階呪文の使用回数が増加、新たに轟音で攻撃する【雷鳴】の呪文を習得した。
順当にできることは増えているが、戦闘能力的にはLV1の頃と大きな差異はない。戦力的なブレイクスルーを望むなら一人前とされるLV5、最低でも第二位階の呪文を習得するLV3にならないと難しいが、そもそもこちらの世界のレベルアップ条件がどうなっているのか私にはよく分かっていない。単純にそこいらの魔物を倒せばレベルアップできるなどという単純なモノであればいいが、そうだとしたら十数年も経験を積んでいるのに私たちとさして技量の変わらない低レベル冒険者が存在しているのはおかしな話だ。LVをあてにしてもいつそれが達成できるか分かったものではない。
となると今ある手札でどうにかするしかないわけだが、私が習得している攻撃呪文は【悪口】と【雷鳴】の二つだけ。【悪口】は精神ダメージを与える呪文だが知能の低い相手には通用しないし、【雷鳴】は轟音属性でゴーストなどの非実体には通じない。
ヴァンパイアとかの知性が高くて実体のあるアンデッドには有効だが、そんな大物が出てきたら通じる通じないの問題ではなくアウト。また知性を残したゴーストとかが相手なら嫌がらせレベルのダメージは与えられないこともないし、スケルトン系の敵には轟音属性の【雷鳴】が有効だが、ゾンビ系や通常のゴースト相手だと有効な手札とはなり得ない。
【パーソナル・レコードシート】
名前:マードレッド・アイアンハート
種族:ハーフドワーフ
年齢:15歳
性別:女
外見:赤髪、蒼眼 140cm 67kg
出自:山の氏族
属性:混沌にして善
<基礎能力値>
筋力:20 耐久:19 敏捷:12
器用:15 知力:8 知覚:13
魅力:12
種族特徴:暗視
職業技能:ファイターLV4
スキル:不屈、猛攻、致命の一撃
特技 :両手武器習熟
個別技能:ドワーフ語、威圧、運動、鍛冶、自然、動物使い
一方こちらがパーティーを組んでから見えるようになったマドさんの詳細なカタログスペック。
典型的なゴリゴリのパワーファイターで、LV4に上がった際には基礎的な技量向上に加え、両手武器の扱いに更に習熟したようだ。
恵まれた基礎能力の高さもあり、一般的な魔獣などが相手であれば非常に強い一方で搦め手に弱く、ゴーストのような物理攻撃が通じない相手には全く対抗手段がない。
「……うん。やっぱりどう考えても今の私たち二人でアンデッド退治に向かうのは無謀で蛮勇で意味不明です」
「意味不明か」
「ええ。多分、人に言ったら普通に正気を疑われるレベルだと思います」
「……そうかもな」
マドさん本人にも割と無理無茶無謀という自覚はあったのだろう。私の酷評に冷静に頷く。その上で。
「だったらどうすればいい?」
「まともな人間なら諦めるように説得するところですけど──」
「お前はまともとは程遠いな」
「──ですね。なので次善策を二つ。まぁ、素人に思いつくようなあり触れた内容ですけど」
「具体的には?」
「僧侶の仲間を募る。そして可能な範囲で装備や道具を整える。単純ですけど、マドさんの希望を叶えるとなるとこれ以外にないと思います」
「ふむ……」
マドさんは私の提案に顎を撫でながら考える素振りを見せた。
凡庸すぎる内容に失望されてしまっただろうか? 少し不安になるが、しかしマドさん主体でこの問題に対処しようと思えば他にやり方があるとは思えない。
単純に東に湧いているアンデッドを退治することだけが目的なら解決は簡単だ。適当に被害や死霊魔術師や死霊王のような高位のアンデッドの目撃情報なんかをでっち上げて騎士団や神殿が動かざるを得ない噂を流せばいいのだ。多少時間はかかるだろうが私の能力があれば決して難しいことではないし、事件を解決するだけならこれが一番確実だ。
だがその場合、仮にこの事件の裏にマドさんの父親の仇がいたとしても私たちは蚊帳の外で終わってしまうだろう。
身勝手な話かもしれないが、私たちはあくまでマドさんの個人的な感情のためにアンデッド退治がしたいのであって、正義のために動くわけではない。被害者の発生防止や治安回復を無視するわけではないが、最初からそれを最優先して行動するつもりもなかった。
「言いたいことは分かる」
マドさんは自分の中で考えが整理できたのか、私に向き直って疑問を口にした。
「方針自体に異論はない。気になるのは現実問題それがどこまで対策可能なのか──いや、時間をかければどこまででもできはするだろうから、どこまで、あるいはいつまでやるつもりなのか、だな。仲間が見つかるまで何年もここで粘ると言われたら俺も我慢できんぞ」
「流石にそこまでは言いませんよ」
マドさんの冗談めかした物言いに苦笑し、私は現実的にマドさんが我慢できそうなラインを提案する。
「期限は半月。最初の一週間で仲間と装備にある程度目途を立てて、残りの一週間で連携や具体的な現地での活動方針を詰めていく、というのはどうでしょう?」
「半月か……まぁ、最低それぐらいは必要だろうな」
そう口にしたマドさんの表情に不満の色はない。
「だが、半月──というか一週間で準備の目途を立てるなんてことが出来るのか? アンデッド対策用の装備を整えるとなるとそれなりに金もかかるだろう」
「確かに。本格的なマジックアイテムなんかを揃えようとしたら金が幾らあっても足りませんし、そもそも王都にでも行かなきゃ手に入らないでしょうね。ただ流石に今回はそこまで準備を整えるつもりはありません。行ってみたらマドさんのお父さんの仇とは無関係って可能性も高いわけですから、まずすべきことは現地での情報収集。何かあったら最低限逃げ出せる程度の備えがあればいいわけです」
「ふんふん。聖水とか魔除けの護符とかであれば、俺たちでも何とか買えるかもしれんな」
「ええ……」
可能であればそれに加えて、マドさんにはアンデッドに有効な銀製の武器でも持たせたいところだが──
「ん? どうした?」
「……いえ、何でもありません」
マドさんの大剣から視線を外し、私はその提案を一旦飲み込んだ。
銀製の武器は高価だが、槍などであれば刀身部分が短くて比較的安く済むし、少し無理をすれば買えなくもない。ただそうなるとマドさんに形見の大剣以外の武器を使わせることになってしまう。彼女がそれに納得するかどうかというのもあるが、私自身マドさんの長所をスポイルしかねないその提案を口にすることに躊躇いがあった。
理想はマドさんの大剣そのものをマジックアイテム化すること。そしてそのこと自体は決して不可能ではないのだが──
「……ヨシュア?」
「すいません。少しマドさんの武器のことで考え事を」
「俺の武器?」
「いえ。費用やそもそも実現可能かどうかの問題もあるので、その話は今度にさせてください」
「……分かった。となると後は僧侶の勧誘だな」
そこでマドさんは眉根を寄せて首を傾げた。
「出来るのか? 冒険者になる僧侶なんて魔術師と同じくらい稀少だろう。戦士と違って駆け出しでも引く手数多だろうし、正直、俺たちが勧誘して応じてくれるような奴が都合よくいるとは思えん」
「まぁ、そこは考え方次第ですね」
マドさんの意見は当然のものではあったが、正直私はこれに関して選り好みさえしなければどうとでもなると思っていた。
「理想はマドさんを勇者として仕える戦神の僧侶ですが──」
「おい。誰が勇者だ」
「──こんな小さな町にマドさんの従者として相応しい人材がいるかは甚だ疑問です」
「いや、だからな? 俺はパーティーメンバーを探そうとしているのであって、別に勇者になるつもりも従者を探しているわけでも──」
「なので今回は最低限、対アンデッド戦に向いた能力さえ持っていれば良しと妥協しましょう。何、心配しないで下さい。お気に召さなければパーティーを追放してまた改めて探せばいいだけです」
「その理屈なら俺は今すぐお前を追放したいんだけどな」
「ハハハ、また面白いご冗談を」
「俺はちっとも面白くないし冗談を言ったつもりもないぞ」
マドさんはそこで溜め息を吐き、確認するように言う。
「……まぁいい。任せていいんだな?」
「勿論です。方舟に乗ったつもりでいてください」




