第13話~誠意~
こちらに来てからずっと、小細工を弄し過ぎているという自覚はあった。
好かれる努力を放棄し醜さを曝け出すことで、自分が予防線を引いていることも分かっていた。
騙して、陥れて、真正面から彼女に向き合おうとしない──それが最低のやり方だなんてことは、言われるまでもなく理解している。
けれど仕方がないではないか。
自分が薄っぺらで中身のない人間であることは事実なのだ。
今もこうして、熱い鉄の塊に魅せられ、ただその周りを飛び回っているだけ。
羽虫が戦士に『仲間にしてください』とか、冗談にもならないだろう?
まともな手段では一緒にいられない。
道化として振る舞わなければ耐えられない。
──だからまぁ、最初から分かってはいたのだ。
そんな関係が長くは続かないことぐらい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
「…………」
宿の朝食を食べ終えたマドさんは無言で席を立ちそのままどこかへ出かけていった。
私は声をかけることもせずそれを見送る。どうせ夜になれば戻ってくれば大丈夫だとか理由があってのことではなく、ただただ単純にこの気まずい空気に私が耐えられなかった。
三日前、私が死霊魔術師に繋がるかもしれないアンデッドの情報をマドさんに隠していたことが判明して以降、私たちはずっとこんな状態だ。
険悪とか冷戦状態ですらなく無──没交渉。私の存在は無いものとして扱われており、私も私で負い目から踏み込むことができずにいた。
「…………はぁ」
深々と溜め息を吐く。自分が失敗したことは分かっていた。しかしだとしても一体どうすれば良かったのか。
マドさんに情報を隠していたことが間違いだとは今でも思っていない。マドさんは才能に溢れ爆発力のある戦士だが、技量そのものは客観的に見てまだまだ未熟な部類に入る。現時点で不利なアンデッド相手に突っ込ませたり、まして死霊魔術師のような高位の存在と戦っていたら命がいくつあっても足りやしない。
まずは経験を積んでもらい、技量を高め、アンデッドや魔術師対策をしっかり済ませた上で戦いに臨んでもらうべきだ。
だが正直にそんなことを伝えても私が彼女を説得できるとは思えない。だから情報を隠して彼女を騙した。
結果的にそのことが最悪の形で彼女に伝わってしまい、私はすっかり彼女の信頼を失ってしまった。ゼロ、あるいはマイナスが更にマイナスに振り切れることを“失う”と表現していいかは微妙なところだけど。けれど、だから間違いだったと言うのは結果論が過ぎるようにも思う。
他にやり方が思いつかず、失敗した。けれどそれを間違いだと認めることも運が悪かったと割り切ることも出来ず、私は再度溜め息を吐き、冷たい食事を喉に流し込んだ。
「…………はぁ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の深夜。
──ドゴォッ!!
「!!?」
いつものように酒場で働いた後、重い身体をおして宿の自室に戻ってきた私を襲ったのは鳩尾に突き刺さる重い衝撃だった。
ここ数日遠ざかっていた鈍い痛み。見ずとも分かる。マドさんの拳だ。
床に膝をつきながら、久しぶりに無視されず相手をしていただいたことへの喜びと、とうとう彼女に見限られたのかという不安とが同時に私を襲う。
暗い部屋の中、目線が同じ高さになったマドさんの視線が私を射抜き──
「……よし」
彼女は久しぶりに見るカラリとした態度で頷きを一つ。
「例の件を俺に黙っていたことはこれでチャラだ」
「…………へ?」
呆気にとられる私を置き去りに、彼女は備え付けのランプに灯りをともす。そして椅子にドカッと腰を下ろすと、未だ何が起きているのか分からず膝をついたままの私を一瞥。
「どうした? そんなところに膝をついてないでお前も座れよ」
「…………」
字面だけ見るとかなり横暴で酷い内容だったが、マドさんの耳は赤く色づいていた。彼女なりの照れ隠しなのかと好意的に解釈し、痛むお腹をさすりつつ、ベッドに腰掛けマドさんに向きあう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………悪かったな」
「?」
長い沈黙の後、そっぽを向いてポツリとこぼれたマドさんの謝罪に、私は一体何のことかと首を傾げる。
私が疑問を口に出すより早く、マドさんはまくし立てるように続けた。
「その、一方的に不貞腐れて無視したりして。お前が悪意を持って俺に情報を隠してたわけじゃないことは分かってる。アンデッド相手に無策で突っ込んでも勝ち目が薄いってことは前にも言ってたもんな。だからその辺りの対策のためにもまず学問都市を目指そうって話だった。うん、お前が俺の身を案じてアンデッドの情報を伏せてたことは、少し冷静になれば分かることだったんだ」
彼女は改めて私に向き直り、深々と頭を下げる。
「すまなかった」
「……あ。いやいや、そんな……!」
数秒遅れて自分が謝罪されていることに気づき、私は慌てて彼女の言葉を訂正する。
「そもそも私が情報を集めると言っておきながら、マドさんにそれを隠していたのがいけないわけで──」
「逆の立場なら」
しかしマドさんは私の言葉を遮り、キッパリと言った。
「もし俺とお前の立場が逆だったら、俺もお前に情報を伏せていたかもしれない。放置したからと言って差し迫った問題があるわけでもない、問題が大きくなればより適任な誰かが動いて解決してくれるだろう」
「…………」
「この間のガロンの一件とは違う。お前が──いや、俺が動く意味なんてないんだ。それこそ自己満足以外に何も。お前が情報を隠して、俺を危険から遠ざけようとするのは当然のことだった」
「…………」
私は何も反応しない。マドさんが今しようとしているのが謝罪ではないと分かったからだ。
「──だけど俺は行きたい。行かなくちゃならないんだ」
マドさんは今、私に歩み寄ろうとしてくれている。
真っ直ぐに私を見る彼女の目を見返して、私はその言葉を口にした。
「理由を……お聞きしても?」
「父さんの仇かもしれない」
その理由は何となく予想していた。しかし続く言葉は私の想像を超えてきた。
「父さんだけじゃない。俺が育った里は二年前、死霊魔術師に滅ぼされた──犯人は、俺の母だ」
「────」
言葉を失う私に、マドさんは落ち着いた声音で淡々と続ける。
「何故母が父さんや里の皆を殺したのか、あの後どこへ行ったのか……何故俺だけが生かされたのか、俺は何も知らない。分からない。だから俺は母を問い質して、仇を討たなきゃならない。それは俺にしかできないことなんだ」
そこまで聞いてようやく私は彼女が怒った本当の理由を理解する。
「今回の一件に母が関係している可能性が高くないってことは俺も分かってる。それにここは王都からそれほど離れていない。放っておいてもその内騎士団が解決してくれるだろう。俺が動かなくても誰も困らない。──だけどそれじゃ駄目なんだ」
「…………」
これは彼女の誠意だ。
貸し借りなんて無視して一人で東に向かうことは出来ただろうし、本当はそうしたかったに違いない。
だけどマドさんはそうせず、私に自分の過去を晒してくれた。
「だから俺は──」
「マドさん」
今度は私が彼女の言葉を遮って、伝える。
「ついてこいと、言ってください」
「…………」
「いえ、言ってくれなくても勝手について行くんですけど、出来れば貴女の口から、その言葉を聞かせて欲しいです」
「──ハッ」
そして彼女はニヤリと好戦的に笑った。
「アンデッド退治だ。ついてこいヨシュア。段取りはお前に任せる」
「喜んで」
彼女がそうと決めたなら私がそれを止めることは出来ない。
それは決して私ごときがしていいことではなかった。
私にできることは全力で彼女をサポートするだけ──この時私は、すっかり迷いを捨てたつもりになっていた。
そして私は己の最大の矛盾に直面することになる。
自分が彼女の仲間なのか、傍観者であるべきなのかという、最低最悪の矛盾に。




