第12話~罪悪感~
「すいません。足止めを食わせてしまって」
「謝るな。お前のせいじゃないし、無いものはどうしようもない」
冒険者ギルドでの打ち合わせを終え、建物を出たところで私はマドさんに頭を下げる。
私たちは今日、西に向かう隊商の護衛依頼を探してギルドを訪れていたのだが、残念ながら条件に合う依頼は見つからなかった。元々西向きの商路は王都と南方諸国の交易と比べて旨味が少なく、それほど商人が活発に行き来しているわけではない。西に向かう商人は月五便程度。ギルドとは情報が入り次第連絡を貰うということで一旦話を付けてきたものの、それが何時になるかは見通しが立たなかった。
「先を急ぐ旅ではないんだ。幸いこの町は比較的規模が大きいし選り好みしなければ仕事もあるだろう。焦る必要はない」
「……ですね。まぁ、一週間ぐらい待っていい便がなければ、乗合馬車を使うことも考えましょう」
乗合馬車はそこそこ高価なのであまり使いたくはないが背に腹は代えられない。一週間も酒場で歌えばそれぐらいの金は稼げるだろう。
ちなみにこの国での乗合馬車は公共交通機関としての色合いが強く、護衛は騎士団か専属の傭兵が担当していて冒険者が割り込む余地はない。
──あまり長くこの町には留まりたくないんだけどなぁ。
先日聞いたアンデッド出没の噂を、結局私はマドさんに伝えないことを選んだ。
僧侶が仲間におらず、対アンデッド用の装備を持たない私たちが今そうした敵と相対することはリスクが高過ぎる。
勿論、アンデッド──ひいては死霊魔術師と何らか因縁があるらしいマドさんの気持ちは重々理解している。だが今彼女を敵に突っ込ませれば無駄死にする可能性が高いし、そもそも今回の話がマドさんの因縁と関りがあるかどうかさえ分からない。最悪の場合、全く彼女の因縁とは無関係な、ただ厄介なだけの敵と戦って命を落とすことだってあり得るのだ。
情報を集めると約束していながら、それをマドさんに黙っていることに罪悪感はあった。彼女であればどんな不利な相手であっても妥当してくれるのではないかという期待感がないわけではない。だがもし、実際に彼女が苦境に陥った時──
「──ヨシュア?」
気が付くとマドさんが眉根を寄せてこちらを見上げていた。いかんいかん、よりにもよってマドさんと一緒にいる時にぼうっとするなんて。
「すいません。何かありましたか?」
「いや……疲れてるなら先に宿に戻っていたらどうだ? また今夜も酒場で歌うんだろう?」
「────」
え? もしかして私、マドさんに気遣っていただいてる?
「おい、どうした?」
「──はっ!? いえ大丈夫です、たった今絶好調になりました!」
「うぇ? そ、そうなのか……?」
「ええ! ご心配ありがとうございます!!」
マドさんに気遣っていただけたという望外の幸福に私は一瞬至りそうになるものの、ギリギリのところで現世に立ち戻った。ここにマドさんがいる以上まだあちら側に行くのは早すぎる。
「…………まぁ、大丈夫ならいいんだ」
マドさんは暫し何とも言えない表情で私を見ていたが、かぶりを横に振り話題を切り替えた。
「それより、これからどうする? 今からじゃ日雇い仕事の募集もないだろうし、私は宿に戻って稽古をするつもりだが……」
「──あ、それならちょっと付き合ってもらえませんか?」
折角時間が出来たのだから、前から気になっていた用事を済ませてしまうことにしよう。
「?」
私の視線はマドさんの背に紐で括りつけられた大剣に向けられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「デカいからちょいと値は張るが、ちょうどいいヘラジカの出物がある。今なら四日もあれば納品できるだろう」
マドさんを連れて行ったのは、袋や鎧などを手掛ける皮革職人の工房。私はマドさんの大剣の鞘を注文するためにここを訪れた。
普段マドさんはその大剣の刀身を布で覆い、紐で背中に結わえて持ち歩いている。彼女の背丈より長い大剣を腰に下げることは難しいし、普通の形状の鞘に納めてしまうと戦闘時に素早く抜くことが出来ない。今のスタイルは必要に迫られたやむを得ないものだということは分かるのだが、しかしそのスタイルは彼女を余計に子供っぽく見せてしまっていて、常々残念な気持ちが拭えなかった。
そこで思い出したのが以前何かのアニメで見た横の部分がパカッと開くタイプの鞘。鞘というよりケースと言った方が近いそれを、私はマドさんにプレゼントすることにした。
「えっと……」
「嬢ちゃん。実際に使うのはあんただ。希望があれば言えよ」
「予算には余裕があるので遠慮なさらず」
布で即席の型を作り、実際に大剣を収めて肩に吊るして完成形をイメージしてもらいながら親方と私はマドさんに尋ねる。
マドさんは突然のことに少し戸惑い遠慮していた様子だったが、しかしやはり彼女も大剣の持ち運びには思うところがあったのだろう。遠慮気味に自分の希望を口にした。
「それじゃあ……まず剣を抜く向きがズレないよう上に固定できるようにして欲しい、です」
「ああ、それはベルトと肩に固定具をつけるつもりだ」
「それと、抜くときに拘束をすぐ解けるようにして欲しいのと、その上で邪魔にならないよう鞘自体を外せるようにしてもらえたら──」
「紐一本引き抜いてパージできるように作れなくはないが──」
親方とマドさんとで意見の擦り合わせを済ませた後、親方が見積もりを出すまでの間、私たちは店の中で待たせてもらうことにした。
「……まったく、こういう話なら先に言え。いきなり店に入ってから『鞘を作りましょう』じゃ驚くだろうが」
「ハハ、すいません」
マドさんがジロリとこちらを睨んで文句を言う。
言わなかったのは事前に伝えればマドさんが遠慮すると思ったからなのだが、騙し討ちのような形になったのはその通りなので素直に謝罪。
こちらの反応から確信犯であることを見て取ったのか、マドさんはかぶりを横に振って嘆息する。
「だが、気を遣わせてしまってすまん。時々引きずりそうになっていたからな。しっかりした鞘を作ってもらえるのはありがたい」
「…………」
「何だその顔は?」
この時、私はよほど間の抜けた表情をしていたに違いない。
「……まさか喜んでもらえるとは思わなくて」
「お前は俺を何だと思ってるんだ? 物を貰えば礼ぐらい言う。というか、お前も俺が喜ぶと思ったから鞘を作ろうなんて言い出したんじゃないのか?」
「マドさんの装備を整えるのは私の趣味というか生き甲斐みたいなものなので、単にその方がカッコいいだろうな、としか」
「──何だそりゃ」
思わず本音がこぼれてしまいキモがられるかと思ったが、マドさんはただただ馬鹿馬鹿しそうに笑った。
「…………」
「まぁ動機が何であれ、今回の件は本当に助かった。礼を言う」
そう言ってマドさんは壁に立てかけてあった大剣をゆっくりと指でなぞる。
「…………」
その仕草がやけに情感たっぷりで、つい見入ってしまった。
「何だ、ジロジロ見て?」
「いえ、随分その剣を大事にしてるんだな、と思って」
「ああ……」
彼女は一瞬言葉を区切り、仄かに苦みの混じった優しい笑みを浮かべて言った。
「父さんが、私のために打ってくれたものなんだ」
「…………」
初めて聞く彼女の家族に関する話題。当然興味はあった。だがその行間に滲む想いを感じとり私はそこに踏み込むことを躊躇する。
ただ家族からの贈り物というだけではない。まるで──
「──お? ヨシュアじゃねぇか。こんなところで奇遇だな」
私たちの間に流れた微妙な空気を断ち切るように、店の中に入ってきた男が話しかけてきた。
一瞬誰だろうかと首を傾げ、すぐに思い出す。つい先日このあたりの情勢について話を聞かせてくれた商人の一人だ。
「どうも。今日は仕入れか何かですか?」
「いんや。俺は商売で革は扱わねぇよ。私物の修理を頼みにきただけさ」
そう言って男は年季の入ったポーチを掲げて見せた。そしてキョロキョロと店内を見回し、
「親方はどうしたい?」
「裏で作業してますよ。そろそろ戻ってくると思いますけど……」
「そうかい。なら待たせてもらおうかね。──そっちの嬢ちゃんはお前さんのコレかい?」
そう言って古臭い仕草で小指をたてる男に苦笑し、マドさんの反応を見ないまま答える。
「冒険者仲間ですよ」
「おお、そういやそんなこと言ってたな。お前さん、見てくれがアレだから冒険者のイメージがなくてなぁ」
実際、マドさんに会う前のヨシュアは旅芸人だったのだから間違いではない。
私が苦笑を浮かべていると、男はふと思い出したように話題を切り替えた。
「そういや、冒険者と言えば聞いたかい?」
「何をです?」
「例の東方の噂だよ。お前さん、確か気にしてただろ?」
──あ。マズい。
私は嫌な予感がして咄嗟にその言葉を遮ろうとしたが、それより早く男は続けた。
「東の街道沿いで隊商がアンデッドの群れに襲われそうになったらしい。幸い、護衛に僧侶がいたからターンアンデッドで怯んでる隙に逃げ出したそうだが、群れにはまだ死体になって間もない武装したゾンビも交じってたみたいでなぁ。お前さんも、もし東に用があるなら気を付けろよ?」
「ど、どうも……」
かろうじて礼の言葉を口にする。
そして恐る恐る横に視線を向ける、と──
「…………」
そこには予想通り『どういうことだ?』と険悪な目付きで私を睨みつけるマドさんの姿があった。




