SCENE1
12月の夕暮れ。
窓の外は茜色に染まり始めている。
教室内には、紙と鉛筆が擦れる「カリカリ」という音だけが充満している。
黒板には『2学期期末考査 数学Ⅱ』の文字。
壁掛け時計の秒針が進む音。
カチ、カチ、カチ……。
その規則的な音が、異常なほどの圧迫感を持って響く。
**福田湊(17)**の手元。
解答用紙は、半分以上が白紙のまま。
湊の額には脂汗が滲んでいる。
シャーペンを持つ手が、微かに震えている。
湊の主観映像(POV)。
問題用紙の数式を見つめる。
焦点が定まらない。文字が二重、三重にブレていき、ただのインクのシミのように見えてくる。
キーン、という耳鳴りが遠くで聞こえる。
湊(最初は、砂時計の穴がほんの少し広がっただけだと思った)
湊、目を強くつぶり、こめかみを押さえる。
昨夜、必死に覚えたはずの公式。
ノートのページ。先生の声。
記憶の引き出しを開けようとするが、中は空っぽだ。
湊(こぼれ落ちる砂の量が、昨日より少し多い気がする。……ただ、それだけのことだと)
焦燥感。
湊、何とか答えを書き出そうと、筆圧を強くして芯を走らせる。
書けない。思い出せない。
力任せに書こうとした、その瞬間――。
パキッ!!
乾いた音が静寂を切り裂く。
シャーペンの芯が折れ、破片が解答用紙の上に飛ぶ。
その音に、前列の生徒が数人、ビクッとして振り返る。
湊は息を荒らげ、折れた芯を見つめて呆然としている。
自分の頭の中で、何かが同じように「折れた」感覚。
ふと、隣の席に視線を移す。
大石陽向(17)。
数学の教科書を枕にし、机に突っ伏して爆睡している。
解答用紙は裏返し(あるいは白紙)。
窓から差し込む夕日を浴びて、気持ちよさそうに肩を上下させている。
……スピー……グゥ……。
間の抜けた、平和な寝息。
湊の張り詰めた恐怖とは対照的な、圧倒的な「日常」と「生命力」の塊。
湊は、その寝顔をじっと見つめる。
羨ましさなのか、呆れなのか。
湊の瞳の揺れ。
キーンコーン、カーンコーン……。
終了のチャイムが無情に鳴り響く。
監督教師「はい、そこまで。筆記用具を置いて」
教室中から「はぁ~」「終わったー」という安堵のため息が漏れる。
大石もチャイムの音でビクッとし、涎を拭いながらガバッと起き上がる。
大石「……んぁ? 終わった?」
寝ぼけ眼の大石が、大きく伸びをする。
湊は、白紙に近い解答用紙を、誰にも見られないように素早く裏返す。
その手は、まだ震えていた。




