罪と罰と俺様 中編
「………」
ジャルバーンは自分の首元に突き付けられた刀を睨み、次いで棗に視線を向ける。
無言…だが言いたいことは良くわかった。
「こんな事をしてどうなるか分かっているのか?」そう言いたいのだろう。
無言が言葉よりも雄弁に語りかけている。
「くくく…」
それに対して俺は肩を震わせて笑ってしまう。
魔族という種族がどこまでも馬鹿で愚かで滑稽だということは分かった今、笑わないのはむしろ失礼というものだろう。
このジャルバーンを騙る魔族はいつまで自分の方が優位だと思っているつもりだ?
剣を突き付けられて尚、自身満々な態度…数分後を予想するだけで憐憫すら生ぬるい。
「何がおかしい?」
魔族は不快げに顔を歪めながらも、微塵も揺らがない。
「お前があまりにも馬鹿だからだ」
だからおしえてやろう。
お前に。
自分がいかに無知で馬鹿で憐れな犬畜生にも劣る劣等生物だと言うことを…。
俺様は直々に赤ん坊でも理解できるようにお前に粉みじんにまで噛み砕いて説明してやろうではないか。
「――――!」
「まぁ、まて」
俺は怒気を膨らます短期な魔族に射るような視線を投げかける。
もちろん、その視線には憐憫の情も多分に含まれていたが、それはまぁ置いておこう。
「お前は本当に横領をしていないのか?」
「も、もちろんです。天地神明に誓ってありえません」
怒りを押し込め、慌てて弁明する魔族。
あと、その発言はギャグか何かだろうか?
「では、お前らにも聞く」
成り行きを傍観していた貴族達を見まわし、再び問う。
「横領はしていないのか?」
その言葉に貴族達はおずおずといった感じで頷いた。
「ふむ…しかしおかしいな…。横領事件があったのは事実だ。では誰がやったんだろうな?」
「正確には分かりませんが…おそらくはグラウディウス卿がやったのではないですかねぇ?最近はいろいろと困っているようですからね…」
魔族はそう厭らしい笑みを浮かべて答える。
グラウディウスとは、国王派の伯爵位をもつ大貴族である。
数年前までは卓越した先見眼による投資、政治手腕によって莫大な財をなしたが、血縁にあたる貴族が没落寸前になり多額の融資をしたが、努力空しく没落。
それと連動するように妻が亡くなり、それが原因か何をしても上手くいかなくなっているらしい。
しかし、その人の良さから多くの民や国王派の貴族に慕われている人格者でもある。
たとえお金に困ったからといって横領を働くとは思えない…とエルフィーナは言っていた。
まぁ、グラウディウスの人格はどうあれ、フローラらの証言によってジャルバーンが犯人であることは疑いようのない事実だろう。
「ふむ…」
先の言った通り、俺はまどろっこしいのが大の苦手である。
なんでもズバリ!簡潔に!を至上に生きている。
俺は魔族をちらりと見る。
相も変わらず、不愉快な笑みを浮かべている。
さて、ここで一つの問題だ。
こいつがどうしてこんなにも自信満々なのか?
その答えは極めて簡潔。
奴の協力する貴族連中の数が圧倒的に多いこと。
それは金であり、弱みで築いた砂上の楼閣ではあるが、今、この瞬間においてはそれは上手く機能していると言えるだろう。
その証として、魔族を裏切ろうとする貴族がいないことだ。
すべての貴族を処断してしまうと、これも先の述べたように国か立ち行かなくなる。
魔族に従う貴族は質こそ低いが数が多い。
質より量!とでも言いたげに貴族全体の半数を占めている。
これは明らかに国王にも責任はあるが、とりあえずその問題は置いておく。
なによりもフローラとの契約があるしな。
そして、結論。
こいつ一人を処断するには、こいつに付き従う貴族達の裏切りが必須である。
多くの貴族による後ろ盾がなくなれば、筆頭貴族といえども、処断は免れない。
逆に言えば、貴族達の裏切りがなければ、魔族を処断することは極めて難しいと言わざる負えない。
何故なら、無理に魔族を処断しようとすれば、貴族達による妨害が起こることは目に見えているのだから。
それはフローラ達から得た情報により明らかだ。
――――「呪い」。
これこそが魔族の切り札だ。
それを覆す策はただ一つにして単純明快。
今握られている弱み以上の弱みを握ること。
単純ゆえに困難。
普通ならば実現は不可能である。
そう――――普通ならば…な。
別に小賢しい策を弄した訳ではない。
いつも通りの力技。
さぁ、お前達はどんな反応を見せてくれるのかな?
俺は合図を示すように指をパチンと一度鳴らすのだった………。
その瞬間、会議室のドアがギィと音を立てながらゆっくりと開いた。
「誰だ!今は会議中だぞ!ぶ――――れ…いな……」
ノックもなしに会議中のドアを開いたことに憤慨した男が注意しようと前に出るが、語尾になるにつれその表情は青く頬を引き攣り出す。
不審に思った他の貴族達が無礼な侵入者を見ようと身を乗り出すが誰もが似たような反応を示した。
無理もない。
ざわめきは最高潮を迎えていた。
「お父様…」
無礼な訪問者は苦渋に満ちた表情で男達の前に立つ少女たち。
彼女たちは皆、貴族達の娘であった。
貴族の娘だけあって、どの娘も上等に仕立てられて衣服を纏い、それに釣り合うだけの気品と美貌を備えている。
だが、一つだけ違う所があった。
――――首輪。
それはこの国では奴隷を示すもの。
数年前に奴隷制度は廃止されたが、それが今だ根強く残っていることを貴族達は知っている。
「エリーシャ…何を…?」
一人の貴族が娘に事情を問いかけるがエリーシャと呼ばれた少女は父親であるはずの貴族を見ようともせずに、真っ直ぐに俺の元へ向かってくる。
そして、少女たちは俺の真正面まで来ると忠誠を誓うように跪いた。
「「「――――な!?」」」
その時、貴族達の心中は同じだったことだろう。
魔族でさえ、この様子を茫然と見ているだけだ。
そう、これが俺が一週間の準備の成果。
貴族達の最も大切であろう人物を手中に収めること。
俺に娘たちの様々な視線がぶつけられる。
崇拝、狂信、奴属、羨望、愛情、憎悪、怒り、哀願。
恍惚としたものから殺意を全面に押し出す者まで。
この視線からも分かるように皆が皆、従順に俺に協力した訳ではない。
しかし、人の心を折ることなど俺からしてみれば容易いことだ。
婚約者、恋人を人質にとり、それでも従わぬ者も、愛する者の目の前で犯してやれば、どんなに心に強い者でもすぐに俺に許しを請う。
うん、我ながら完璧な仕事である。
「………」
「はっ」
「――――っ!?」
先ほどから俺に強烈な殺気を浴びせている女を一瞥し、あざ笑う。
憎悪?
結構ではないか。
俺を殺したい?
上等だ。
つまり、何が言いたいかと言うと――――
――――やれるもんならやってみな!
あっははははははははははははははははははははははははは!!
嗜虐心を存分に満たした所で最後の仕上げだ。
「さて、貴族諸君?お前らはどっちの味方だい?」
その一言に貴族達がびくりと身を震わせる。
鈍感でどうしようもなく馬鹿なこいつらにも、ようやく状況が分かったようだ。
「この娘達はさ、お前らのやってきた事に心底心を痛めている。そこで救いを求めて自主的に俺の元へやってきたんだ」
もちろん嘘だ。
「そこで頼まれた。お前らを助けてくれ…とな。なぁ?お前らの敵は一体誰だ?俺か?違うだろ?」
高圧的な態度から一転。
優しげな天使微笑で問いかける。
雨と鞭。
見事である。
彼らが国を裏切ってまで魔族に協力していたのは一重に家族のためだ。
それがどれほど罪深く、愚かな行為と分かっていても手を染めてしまう。
守るために。
そうまでして守ろうとしていた家族を握られた今、彼らは何を思うのだろうか?
「あそこにいるジャルバーンだよな?」
全員の視線が一斉に魔族に向く。
顔色を次々と変え、動揺を隠しきれない魔族に………。
前後篇で終わらせるつもりが長くなりました。
次は戦闘描写も予定しております。
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