罪と罰と俺様 後篇
皆、沈黙。
誰一人として口を開こうとはせず、会議室は静寂で満ちていた。
しかし、そんな中でも、状況は刻一刻と変化を遂げている。
――――目だ。
違うのだ。
悲しいほどに…。
恐怖と諦観によってしめられていた貴族達のその視線。
ジャルバーンを見るそれが憎悪の炎へと変わっている。
彼らは国を思っていない訳ではなかった。
それはそうだ。
生まれてから何十年をここで暮らしてきたのだろう。
祖国ヴェゼーラを嫌えるはずがない。
ここで生まれ、何者かを愛し、そして新たな命の生まれた場所だ。
国王は賢王だったし、それなりに豊かである。
一体どうすれば嫌えるだろう。
しかし、彼らは裏切った。
仕方のないこと…とは言わない。
だが、生粋の貴族である伯爵家ならさておき、男爵、子爵の彼らに国のために家族を捨てろというのはあまりにも酷だ。。
ゆえに、手を汚した。
より大事なものを守るために。
なにより、ジャバールへの恩もあった。
彼らが困った時、手を差し伸べてくれるのはいつもジャバールだったのだから…。
――――でも。
それも、今日、終わらそう。
この瞬間、貴族達の心は一つになった。
償おうと…貴族としての誇りを取り戻そうと…。
彼らは、反旗を翻す。
ツカツカと背筋をピンと伸ばした男がジャバールの前に歩み出る。
その瞳には生気が宿り、どこか毅然とした雰囲気を纏っていた。
「ジャバール様…。あなたは変わってしまわれた。しかし、それをわたしは憎んではいません。小さい罪を隠すために大きな罪を犯す愚行をしたわたしが弱かったのです」
――――と、ジャバールに一礼し、彼は言った。
「我が名はフランツ・フォン・エルガー。我が息子は禁忌とされている『セレフの聖薬』を口にしました。このフランツどんな罰でも謹んで受ける所存です!!」
自らの罪を告白した。
「はは」
俺は笑みを零し――――
「勇者の名において許す!」
そう宣言した。
罪を告白した貴族が唖然としているが、今はこの勢いの乗じることが最優先だ。
「ほら次!」
せかすように声をかけると、貴族達は慌てたように自らの罪を告白していく。
その内容の中には、不貞――――ヴェゼーラにおいて不貞行為は重罪とされている――――やこの件とは別の横領など、俺からすればひどく小さな罪ばかりである。
圧力があったとはいえ、よくもまぁ、こんなことのために大きな罪を犯したものだ。また、別件の横領とはいっても、金貨を数枚――――俺の国でいうところの数十万円――――程度だという。
金額が小さいから許されるという訳ではないがこの三年間で魔族の懐に入った金貨が推定三千枚という話だから文字通り桁が違う。
知られたくないことや、罪の意識や重さは人それぞれだとは思うが、それにしても呆れるほかない。
ちなみに、横領をしていた貴族達にはそれぞれ役割分担があり、小さい罪からだんだんと慣らしていくシステムがあったそうだ。
――――閑話休題。
俺は罪の度合いによっては事前に国王と話し合って決めていた妥当な罰をあたえ――――人殺しなどの場合――――ほとんどの貴族は無実となった。
「ふ、ふざけるな!!」
「あ?」
突然、魔族が泡を食ったように騒ぎだす。
まだ観念してないのか?あいつは…。
「なに騒いでる?うるさいんだけど?」
「こっちの台詞だ!な、なんなのださっきから!?こいつらは罪を犯してるんだぞ?!」
「だから許すって言ってるだろ?耳鼻科行け」
「じ、じび…?そ、そんなことよりも!許すで済まされる訳がないだろうが!?」
「済まされるさ」
「な、なな何を…」
「だってこれは王族会議だぞ?ここでの発言は覆らない。よって馬鹿貴族共の罪も覆らないが、俺の許しも覆らない。まぁ、そういうことだ」
まぁ、この王族会議が誰かの恩赦のために使用された記録はないらしい。
基本的にここは自白なりなんなりして罪を認めている罪人の最後の懺悔と判決を言い渡す場となることがほとんどだ。
「そんな…馬鹿な事が…」
ショックからか痙攣をしている魔族に向けて、俺はついでのように判決を言い渡す。
「ちなみにお前は有罪ね。今すぐ死刑だから」
こうなればもう自白も必要ない。
証人は大勢いるし、決定的な証拠もこいつを死刑にした後でゆっくりと探せばいい。事実、その証拠とやらを先ほど自白した貴族の中に一人が持っているらしいという報告を受けている。
さて、後は…。
俺はフローラとの契約を思い出す。
確か、魔族を殺すことと本物のジャバールの名誉を取り戻すこと。
魔族とやらは以外と気が長い。
俺の予想では誰かが罪を告白しだした時点で馬脚を現すと思ってたが。
「くく…くくく…くくくくく」
うむ。
どうやら始まったようだ。
「あははははははっははあはhがははははhgshdhjf!!」
何やら語尾の方は人語では解せない。
しかし、追いつめられた悪役の高笑いというのはどこの世界でもお約束なんだな。
そんなどうでもいいことを考えつつ魔族を見る。
中年にしては細身の身体が筋肉で盛り上がり、手足が不自然なほどに肥大する。
「エル」
その様子を見つつエルフィーナに声をかける。
すると、エルフィーナはすべて分かっていますとばかりに頷き、わけの分からぬジャルバーンの変容とその身から溢れる威圧感で悲鳴も上げれず硬直している貴族とその娘たちを外へと誘導していく。
「あっ」
そう言えば大切な事忘れてた。
「おいお前ら」
と出て行こうとしている連中に声をかける。
そして、その振り返ったそいつらに俺はお得意の天使の微笑を投げかける。
「俺の事、許せよ」
連中は恐怖と動揺と緊張からか小刻みに首を縦を振りながら返事をした。
「よし!とっとと行け!」
王族会議で起こったことは覆らない。
なんて素晴らしいルールだろうか。
これで俺がしてきた反感や憎悪をかわれて然るべき――――自覚はあった――――の無茶苦茶な行いも許されたわけだ。
「あとはお前を殺すだけだ!」
低い唸り声を上げる魔族に俺は不敵に微笑みかけた。
「うがぁ!!」
「ほい」
理性の吹き飛んだ様子の魔族。
その力任せの拳を引き寄せるようにして受け流す。
いくら肉体が強化されたとはいえ、それにも限界がある。
こんな岩でも砕きそうな拳を真正面から受け止めるほど俺は被虐趣味ではないのだ。
「おいおい、ちょっと落ち着けよ」
「がばぁ!!」
俺の言葉に耳を貸す様子もない。
繰り返されるのは単調な直線的な攻撃。
「おおら!」
顔を狙って放たれた空気を切り裂く拳。
その勢いを利用して、魔族を一本背負いの要領で投げ飛ばす。
――――ガララララ。
会議室内の机や椅子を豪快に巻き込みながら転がる魔族。
しかし、やはりというべきか、その身には傷を負った様子も見られず瞬時に立ちあがった。
「ん?」
だが、先程までのように突っ込んではこない。
一撃入れられたことで冷静になったのか、滾る様な殺意はそのままに俺を油断なく睨みつける。
「……貴様ぁ…勇者…!」
憎悪に濡れた声色。
「なんだ喋れるのか」
「当たり前だ。わたしは魔族。人間などという劣等種と同じにするな!」
威嚇するように咆哮し、右足をやや前に出す。
そのまま獲物を狙う獣のように重心を低くし全身に力が込められる。
「劣等も優越も関係ない。強い方が正しいんだぜ?そんなに自分の優越を証明したいなら俺を殺してからにしな」
「ふん!言われるまでもないわ!」
魔族は言葉と同時に突っ込んでくる。
その速さはさっきまでとは比べ物にならない程だ。
だが――――
「反応できない程じゃない!」
「がああああ!」
大きく開けた口。
巨大な牙を剥きだし、涎を滴らせながら俺の血肉を貪らんと首筋に食らいついてくる。
その牙を紙一重で交わしながら、無防備になった顔に渾身の回し蹴りを叩きこむ。
「はぁ!!」
「あああ!」
――――ガキン。
まるで金属同士がぶつかったような音を立てながら交差する牙と足。
それは蹴りの威力と牙の強度を雄弁に語っていた。
「ちっ」
舌うち一つ。
蹴りの反動で俺は魔族から一旦距離をとる。
「やるじゃねぇか」
「このくらいは当然だ。お前は温いな勇者とはこの程度か?」
「まさか」
俺は傲慢に笑いながら首を振る。
すると、魔族はその分厚い筋肉に覆われた巨大な肉体を震わせて笑いだす。
「くくく…よかろう。我が名はエリゼグス」
「あん?」
「名乗れ。戦の作法も知らんか?」
「これから死ぬ奴に名乗った所で時間の無駄だ」
「…違いない」
会話の最中も互いに一瞬の油断もない。
視線は絶えず動き、相手の隙を虎視眈々と窺っている。
息の詰まりそうな緊張感の中、先に動いたのは魔族――――エリゼクス。
雷のような不規則な動きで俺を翻弄する。
「ん?」
ふと、俺はある事に気がつく。
エリゼクスの通り道には、残像と何か…。
なにか…エリゼクスの身体が淡く発光しているような――――
「これで終わりだ」
瞬間。
その低く、重い声が耳元で聞こえてきた。
「なっ!?」
エリゼクスが纏う光が段違いに輝く。
俺の視界を焼くように圧倒的な光芒が俺を包む。
――――俺はこの光の正体に思い当たり、焦る。
この光、この熱量!
「ちょ!?てめ待て――――」
俺の声より早く、会議室を轟音と閃光が支配した。
「く…あく…くそ!?」
痛む身体を引きずるようにして、俺は風穴と炎渦巻く会議室から外へと脱出する。
出たのは城の中庭。
いつもはメイドや庭師などが忙しなく行きかうこの場所に、今は人影一つ見えない。
聞こえるのは俺の息遣いと中庭の中央にある噴水の音、それと――――
「………」
もう一人の――――俺を待ち構え、悠然と立っているエリゼクスの息遣いだけ。
「何故だ?」
「…?」
「何故魔術を使わない?確か貴様は強大な魔力を有していると聞いたが?」
エリゼクスは心底不思議そうに問う。
今の俺は隙だらけだというのに…。
「うるせぇ…てめぇには、そんなもん使う必要がないだけだ…」
苦しい言い訳だ。
戦闘経験の差か俺は追いつめられている。…ほんの少しだけ…。
しかし、魔術は使えない。
いかに強大な魔力を有しているとはいえ、魔術に関しては素人だ。
力任せならともかく、細かな制御などはまだ扱えない。
確かに、魔術を――――ここに召喚された時に使用した魔術を使えば、エリゼクスを葬れるかもしれない。
だが、それではエリゼクスを肉片一つ残らず消し去ってしまうかもしれない。
それではだめだ。
フローラとの契約――――ジャルバーンの汚名を晴らすことができない。
まだ、殺せない…。
「お前がジャルバーンを殺したのか?」
「なんだ?今更」
「答えろ」
「黙れ、劣等」
俺を見下ろしながら、エリゼクスは新たな閃光を纏いながら俺の腹部を蹴り上げる。
「ぐふっ!?」
強烈な衝撃に取り込んだ口から酸素と共に、血を噴き出す。
「げほげほ…は――――ぐあああ!?」
呼吸を収まらない内に、今度は背中から全体重を込めて踏まれた。
「くくく…苦しいか?そういえばジャルバーンも貴様と似たような表情をしていたなぁ」
「何?」
心底、愉快そうにエリゼクスは続ける。
その表情は本当に醜悪で。恐らくはこれこそがエリゼクスの本当の顔なのだろう。
「あいつ娘だけは助けてくれと、わたしに泣いて懇願するのだ。助ける訳がないだろう馬鹿が!あはははははは!」
「どういう…意味だ?」
「ジャルバーンを殺した後、あの馬鹿娘と従者はのこのこと家に帰ってきよった。だから犯した、三日三晩犯しぬいてやったわ!!」
「なん…だと?しかし…」
「記憶がないか?そんなもの消したに決まっておるだろうが!処女だと思っている奴を従者の前で犯しては記憶を消し、何度も何度も…。本当は穢れにまみれている女が穢さないでと懇願する様は実に滑稽であったわ!!」
ああ、そうかよ。
「淫乱の雌豚めが!どうせわたしの事をお前に知らせたのはあの娘であろう?貴様を殺した暁には、あの娘を再び犯し、ジャルバーンと同じように殺してやるわ!」
そう言いながら、最後の止めを刺すため、足を振り上げるエリゼクス。
そして、そのまま、一段と強い雷を纏った足を振り下ろす。
――――ドゴン!
威力のあまり、地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
「なんだと?」
しかし、その足元、潰され憐れな死体となっているはずの者はどこにもいなかった。
逆に――――
「ぎゃああああああ!」
猛烈な勢いで脇腹の衝突してきた何かにエリゼクスは吹き飛ばされる。
巨体を地面に擦りながら、ようやく十メートル先でその身体は止まる。
「ぐ…ぐぅ…」
なんとか立ち上がるが、一本背負いで傷つかなかった身体が見るからに傷ついている。
衝突を受けた脇腹が焦げて炭化していたのだ。
「ぎ、貴様ぁ!!」
叫ぶ声にも力がない。
どうやら立っているたけでも辛いようで足元はふらふらと揺れていた。
「エルフィーナ守備などうだ?」
「ご心配なく。完璧です」
「そうか、良くやった」
「あ、あの…」
「分かってる。今晩はご褒美だ」
「は、はい!!」
苦痛と憎悪に眩んだ視界の先に俺は立っていた。
雷光を纏いながら…。
「こんな感じか?」
俺は頼りなく揺れているエリゼクスに雷速で近づき、無防備な顔面に向かって軽く拳を繰り出す。
軽く出せれたはずのそれは、音速の壁をいとも容易く蹂躙し、いつ殴られたのかエリゼクスに認識できない早さで顔面を打ち抜いた。
それだけで、脇腹を同じようにエリゼクスの右顔面は黒く炭化し、ボロボロと皮膚が崩れる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫するエリゼクス。
「何故…何故だぁ!!わたしは貴様を圧倒していたはずなのに!!」
「黙れ三下」
俺は伊達や酔狂で殴られていたわけではない。
こいつから、自身がジャルバーンを殺したという言質を得るためにやられるふりをしただけだ。
プライドの高いこいつのことだ。
少し油断させればすぐにボロボロと勝手に喋り出すことは目に見えていた。
そして、ここから離れた所で様子を見ているエルフィーナにこの戦闘の様子を魔術を使って貴族や市民に見せているという訳だ。
誤算だったのはフローラの記憶が消されているという事。
この様子をフローラも見ているなら、そのショックは計り知れないだろう…。
「ま、関係ないか」
そこまで面倒は見られない。
あいつが立ち直れるかどうかはあの執事しだいだろう。
「さてと…そろそろお休みの時間だぜ?」
俺はこいつの使っていた魔術を真似した雷を消し、闇を顕現させる。
どこまでも暗く、どこまでも深い、奈落の底を体現したような直径一メートル程の球体状の闇。
「こ、こんな所で、こんな所で死んでたまるか!わたしはあいつを超え――――」
闇に恐怖したのか、先んじて捕えようとしたのか、再び雷を纏ったエリゼクスは俺に突っ込み、そして消えた。
あまりにあっけない。
俺自身、驚いてしまった。
エリゼクスの身体の一部に闇が触れた途端、それに吸い込まれたのだ。
まるでブラックホール。
すべてを無に帰す破壊の権化。
纏っていた雷光さえもかき消された。
「まったく…」
呆れのため息が漏れる。
「これから、どうなんのかねぇ…」
その声色は面倒くさそうだったが、エルフィーナ曰く、その時の俺はこの世の絶頂を迎えたかのような笑顔だったという…。
更新遅くなって申し訳ないです。
競馬で五万円負けて放心状態でした(笑)。
小説の方はこれにて一章が終わりですね。
次の間章が一つ入って第二章となります。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
ご意見・ご感想あれば、どしどしください!お願いします!




