間章~とある魔王の災難~
とある場所。
異世界の中でもそこはさらに隔絶された場所。
そこに一人の少女の姿があった。
輝くさらさらの金髪に金の瞳。
おっとりしたような童顔で可愛さと美しさの狭間のいるような絶世の美少女だ。
その寝顔は安らかであり、見る者すべてを癒してしまいそうな安らかさに満ち溢れている。
これはそんな少女のお話である…。
ここは…どこ?
私が目を覚ますと、そこは見覚えのない場所であった。
全体的に暗く、明りはほとんどないと言ってもいい。
どこかの室内であることは分かるが、それ以上のことは何も分からない。
もしかしたら、誘拐…されたのかもしれない。
ブルッ。
身体が震える。
恐怖によって。
両手で身体をかき抱くように、力を込める。
記憶はあった。
学校が終わり、塾の帰り。
昨今増えている性犯罪者対策のために街頭の増えている公園。
家への近道のそこを通った記憶。
そこで途切れていた。
家についた記憶は…ない。
「あの…」
「ひっ!」
突然、背後から聞こえてきた聞きなれない声。
それに驚き、震えは激しさを増す。
しかし、なんとか私は相手の顔を確認しようと、振り返り――――
激しい後悔に襲われた。
「うぁ…な、なぃ…」
悲鳴も出ない。
そんな余裕はなかった。
わたしにあったのは、脳を焼き切らんばかりの恐怖。
振り返った先にいたのは人間ではなかった。
化け物。
そんな単語が頭に浮かぶ。
普段、人を傷つけるような差別をしないよう心がけ、できる限り庇うようにしてきた。
そんな自分の行為が欺瞞だと思い知らされる。
そんなものは余裕のある人間の特権だと。
私は自分の醜さに恐怖する。
だって思ってしまったのだ。
醜悪だと…。
瞳に映る存在に対して。
簡潔に述べれば、それはこの世界でゴブリンと呼ばれる魔族。
人間並みの知性のあるゴブリンは魔物ではなく、魔族と位置付けられている。
身体は小さく、筋肉質。
全身が緑色で、目は鋭く吊りあがっている。
乱暴そうでありながら、どこか知性を感じさせる佇まい。
「あああ…な、なに?なんなのぉ…?」
目から涙が溢れ、口から放たれる言葉はあまりにもよわよわしい。
そんな私の様子を見てか、焦った様子のゴブリンは慌てて自分の無害を証明しようと試みる。
「あ、安心してくだせぇ!あっしらは、貴方様に危害を加えることはありませんぜぇ!」
そのあまりの必死さに、私は思わず気が抜けてしまうが、もちろん恐怖がなくなった訳ではない。
見知らぬ場所で見知らぬ人間にそんな事を言われても、安心などできようはずもない。
ただ、今すぐどうこうされる――――殺されたりする訳ではないようだという事実に安堵の吐息が漏れる。
そもそも、選択の余地などないのだ。
どういう状況にしろ、ここが見知らぬ場所である以上、私が情報を得るには目の前の…彼に聞くしかないのだから。
「こ、ここは?」
「は、ここで魔王城です。まぁ、魔族の総本山ですね」
「ま、魔王?魔族?」
訳の分からない単語ばかりで混乱する。
しかし、ここが現実離れした世界であることは認めなければならないようだった。
それは目の前の彼が体現している。
人ではない存在。
彼の言葉を借りるのであれば、魔族という種族。
少し前に読んだファンタジー物の小説が思い浮かんだ。
まさか…と言い切れない自分が悔しい。
「なんで私がそんな場所に?」
「それは…」
ゴブリンは何を今更というような表情で言った。
「あなたが魔王様だからでっせ!」
「はっ?」
その瞬間、私――――片瀬里奈の日常が砕け散った。
「はぁ…」
私のために用意された豪奢な私室。
金が惜しみなく使用された贅沢極まりなく、かつ趣味の悪い私室で私は深くため息をついていた。
私がここに――――魔王城に召喚されてから一週間。
月日は怒涛のごとく過ぎ去った。
彼らによると私は魔王らしい。
人間たちが勇者を召喚するのに合わせて、魔族も魔王に相応しい人間を召喚する。
それは魔族の間で遥か昔から繰り返されてきた事。
あれから私は魔族の幹部との顔合わせをし――――なせか一様に驚きの表情を浮かべていた――――今日、ようやく自由な時間を得られたという訳だ。
まったく…最悪だ。
魔王なんて冗談じゃないわ。
勇者に合わせて、魔王を召喚する。
なんかそれって…まるで――――
――――魔王は勇者に倒される生贄のような気がしてならない。
そう想像すると恐怖が止まらなかった。
夜、ベットの中に入ると、枕を何度も涙で濡らした。
「帰りたいよぉ…!」
また涙が溢れる。
死にたくない!
死にたいはずがなかった!
友達と遊んで、好きな男の子と付き合って、結婚して、子供を産んで、おばあちゃんとおじいちゃんになって、そんな平凡な人生でよかったのだ。
こんな世界は望んでいない。
「棗くん…」
脳裏に浮かんだのは一人のクラスメート。
顔は女の子みたいなのに、自信家でちょっと危険な男の子。
私の初恋の人。
今でも好きだ。
すごく好きだ。
会いたい。
会いたかった。
「ううぅ…ひっ…うああ」
零れる涙。
涙…。
誰も助けてくれない。
魔族の人たちは私のことを気にかけてくれているけれど、どこか余所余所しく、そいてやっぱり怖いのだ。
心安らぐ場所がなく、胸に次々と溜まる不安。
「たすけてぇ…」
その声は誰にも届かない。
この物語の一応のメインヒロイン(笑)の登場です。
これからもたまに登場するので、里奈の苦難もお楽しみくださいませ!