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穏やかな日々が続いている頃、ジェイクが俺の執務室に来て囁いた。
「2人揃って現れました。」
山間の隠れ家にアレックスとゾーイが現れた、と配下の者から報告が来たのだと言う。でも、なんだか様子がおかしいらしい。
「それで様子を見させているところなんですが…。」
どんなふうにおかしいんだよ?と聞くと、ジェイクは少し口籠った。
「どうも、昔の記憶がない様で…。
息子とおじいさんが村の皆に、アレックスとゾーイが馬車の事故から目覚めたのだけど、記憶が所々なくなってしまったと言ったようです。」
「えっ?記憶がない?
まさか、2人揃って…か?」
ジェイクは頷いて続けた。
「村での暮らしの事はよく覚えている様なのです。息子の事も。
元々、前の暮らしの事はあまり話さない2人だった様ですが、今は何を聞かれても、分からないとしか言わない。村の皆はかわいそうにと涙ぐむばかりで…。」
「そんな事が2人に揃って起きるなんて、おかしいだろう?」
2人に一体何が起きたのだ?
俺は執務室の窓から、澄み渡る青空に輝く大きな二つの月を見ながら考えたが、何かわかるはずもなかった。
俺はロッシュ宰相のところにいるルークを呼び寄せた。
どう思う?何が起きたと思う?と聞いた俺にルークは言った。
「私にわかるわけないでしょう!
…会いに行って来ます。この目で確認するのが1番ですから。
私はゾーイの事はよく分かりますが、アレックスの事はあまり分かりません。私と一緒にアレックスをよく知る人物、ジェイク殿に同行を願います。
許可を!」
2日後、2人はゾーイとアレックスのいる山間の隠れ家へと飛んだ。夜になってやっと戻って来た2人からは、人払いをした執務室で報告を受けた。
本物のゾーイとアレックスだった、姿を消して1日中2人に付いていたから間違いない、とルークもジェイクも言う。
そして、最後に思い切って玄関のドアベルを鳴らしたのだが…。
「まぁ、どちら様でしょう?
アレックスのお友達…でしょうか?」
ゾーイはよく知っている2人、兄ルークと親衛隊副隊長のジェイクを見ても何の屈託もなく微笑み、アレックスを呼んだ。
アレックスは頭を掻きながらルークとジェイクを見た。
「申し訳ないけど、あなた方が誰なのか、今の俺達には判らないんです。俺とゾーイは馬車に乗っていて事故に遭い、頭を打った様で、昔の記憶がはっきりしないんです。
だから、あなた方が誰なのか、本当にわからない。
昔の俺やゾーイの友達ならごめんね。
もし、俺達がお2人に何かご迷惑をかけていたのなら、すみませんでした。俺達が何をしたのかを教えてください。
本当に昔の事が分からないし、思い出せないのです。
この村の事や、息子のゼノンの事は分かるというか、覚えているのですけれど…。」
嘘をついている様に見えなかった。
「いやいや、お二人が事故にあったと聞いていましてね。心配していたのですが、最近、回復して戻ってきたと聞いたので、様子を見に来たのですよ。我々の事がわからないのは残念ですけど。お元気そうでよかったです。」
そう言って家を後にした後も、もう一度姿を消して2人に張り付いたがやはり同じだった。
どなただったのかしらね、とゾーイが言い、う〜む、やっぱりわからないなぁと答えるアレックス。2人に嘘は感じられなかった。
「どこから見ても私の妹ですよ。なのに、私を見ても何の反応もなかった…。」
ルークは少し寂しげだった。
それに…と、ジェイクは訝しむ。
「あの最強の魔力を持つアレックスが、姿を消しているとは言えベッタリと私に張り付かれて、気配も感じないなんて…。やはり、おかしいです。」
一体、何が?
俺が幸せになって欲しいと願った2人。
1人は死んだはず。もう1人は瀕死だった。
その2人が生きていて、昔の記憶が全くない…。
しばらく沈黙した後、俺はルークとジェイクに言った。
「俺が直接会ってみる。
だって、あの2人に何が起きたのか、知りたいじゃないか。」
ジェイクは俺がアレックスに会う事を危うんだ。
「殿下。直接あいつに会って大丈夫ですか?
今のセオドラ殿下なら平気だとは思いますが…。
私は、少し心配です。」
「ありがとう、ジェイク。俺は大丈夫だよ。
お前達が一緒に行ってくれるのだろう?」
そんな事を言った自分が少し恥ずかしくなって、俺は2人を見てちょっと微笑んだ。
1週間後、俺はルークとジェイク、ローリーを従えてあの2人がいる山間の村へとやって来た。
ルークの策に従ったんだ。
「あの辺りの視察に来た、という名目で堂々と行きましょう。殿下は姿を変える必要はないです。その方があの2人の反応もわかりやすいし、無闇に怖がらせる事もない。
ただ、今更記憶のないあの2人が何をしたか、なんて言っても本人達も困るだけですからね。適当に話を作ります。
殿下、あとは何が起きているのかを自分の目で確かめてください。」
俺はローリーに視察の本当の目的を話した。ローリーなら全てを飲み込んで協力してくれるから。
ローリーはあの辺りの準騎士団の詰め所に連絡を取り、馬と従者を数名用意した。そして当日、俺達は詰め所まで飛び、村の一本道を馬に乗って進むことになった。
ローリーの先導で村の中をゆっくりと進み、時折村人に声を掛けて話を聞いた。皆、王太子の突然の視察に驚いたり、眼を輝かせて手を振って喜んでくれた。これだけ整えれば、視察という事をアレックスとゾーイだけでなく誰も疑わない。
その村は、よく言えば…長閑な景色が広がる所。
見方を変えると…何もない所。
小さな畑、点在する小規模の果樹園、迫る山々と広がる森。老人が陽だまりで座ってお喋りを楽しんでいる。
「ルーク。この村の者達はどうやって生活の糧を得ているのだろう。少し、気になる。調べてくれないか。」
はいと返事をしたルークは、何故かニヤリと笑った。
その家は小高い丘の上にある。
ゾーイがいなくなって1年ほどした時にここに来たから覚えているが、そのまま何も変わっていない。
ジェイクが、行きますよ、という様に大きく頷いて、その家のドアベルを鳴らすと、はあーい、どなた様ですか、と聞き覚えのある声が聞こえた。
「セオドラ王太子殿下がお2人に会いたいと言っておられる。扉を開けられよ。」
ギギギ〜と音を立ててドアが開き、ゾーイが顔を出した。その後ろにアレックスの顔も見えた。
2人は俺達を見て目を丸くし、突っ立っていた。
そして、事態を把握すると、オロオロとし始めた。
「あっ!こ、この前のお2人ですよね。
あ、あ、あの…申し訳ありませんでした。こんなに、え、え、偉い方だったと知らずに…失礼をしてしまいました。」
そう言うアレックスのシャツをつまんだゾーイは、驚いて声も出ない様で狼狽えていた。
ここから先は打ち合わせ通りに、ジェイクが話を進めた。
「お2人は覚えておられないが、以前はお2人共、王城で働いてたのですよ。セオドラ殿下とも顔馴染みでね。私がお2人に会ったと話したら、視察のついでに久しぶりに会いたいと殿下がおっしゃるのでね、お連れしたのです。」
顔を見合わせる2人は何の疑問も抱いていない様だった。
それから準騎士達には休憩を取らせ、礼儀作法などは気にするなとアレックスとゾーイを外に誘った。
青空にはいつもと同じ様に大きな赤い月と青い月が輝いていた。そよそよと暖かな風が吹き、木々は緑が芽吹いている。そんな場所に6人で座った。
適当に作った話をジェイクがすると、2人は嬉しそうに聞いていた。
「へぇ〜!私達はそんな暮らしをしていたんですか…。
驚きました。私達がお城の下働きだったなんて。
そこでゾーイと知り合ったのか…。」
2人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。新しく知った自分達の昔の作り話を疑いもしない。
ゾーイがアレックスの肩に自分の頭をちょこんと乗せて、アレックスがその肩を抱いた。
あぁ、2人とも幸せそうだ…。
俺は2人を見て安心した。
2人はもう自分達の過去に苦しむ事もない、穏やかな日々を過ごしている。そして、笑顔は本物の笑顔だった。本当に幸せでなければ、そんな笑顔はできないはずだ。
ふと見ると、男の子が家のドアから顔を覗かせていた。不安げにこちら見ている様子から、その子がゼノンであろうとわかった。
「かわいい子が顔を出してるね、息子さんかい?」
その子はキラキラとした光に包まれていた。
「ええ、そうです。」
ゼノン、こっちにおいで、とアレックスが手招きをすると、少年は走ってやって来て、座っているアレックスの背中にしがみついた。
「こんにちわ、ゼノン君。おじさんと遊ぼうか?」
俺が立ち上がり手を差し出すと、ゼノンはゾーイの顔を見てから、俺の手を取った。俺とゼノンはそのまま歩き、見晴らしの良い場所に2人並んで座った。
警戒している様子のゼノンに、俺は話し出した。
「心配はいらないよ。おじさん達は、君が困ったり悲しくなったりする事はしない。約束だ。
君の事は知ってる。
ほら、あそこに座ってこっちを見ている人がいるだろう?あの人はゾーイのお兄さんなんだよ。前にゾーイがあの人に会いに来て、全てを話してくれたからね。私はあの人から君の事も聞いたんだ。
あ、でもこの事は2人には内緒だよ。昔の記憶がない2人が、そんな事を知っても困ってしまうからね。」
ゼノンは頷き、俺を見て聞いた。
「おじさんは、セオドラ王太子さま?」
俺は、そうだよ、と言った。
「あの2人に何があったのか、知ってる事をおじさんに話してくれないかい?あの2人を捕まえたり、罰を与えたりしないよ。もちろん、君の事もね。
おじさんとあそこに座っている3人はアレックスとゾーイの幸せを願っていて、2人の事をとても心配している。
だから、何が起きたのか、本当の事を知りたいんだ。
いいかな?」
頷いたゼノンは、それから彼なりの言葉で教えてくれた。
自分のした事、おじいさんと呼んでいるゼノンの所の偉い人に言われた事、おじいさんがしてくれた事、ゼノンの願い…。
最後にゼノンが俺に言ったんだ。
「おじいさんから言われてる事があるの…。セオドラ王太子様はきっと会いに来るから、その時にこう言うんだよって。
僕の父上と母上は、セオドラ様をお助けしたいと願っていました。その心を継いで、僕、ゼノンはセオドラ様の守護になりました。
僕の助けが欲しい時は、僕の名前を心の中で呼んで下さい。
僕は必ず、セオドラ様の願いを叶えに参ります。」
ゼノンのキラキラとした光が強くなった。
俺はそんなゼノンの頭をぽんぽんとして、微笑んだ。
「ありがとう。
…そういう時がきたら、君を呼ぶからね。
その時は頼むね。
戻ろうか。皆が心配そうにこっちを見てる。」
俺とゼノンは手を繋いで皆のところに戻った。
ゼノンは嬉しそうにゾーイの胸に飛び込んで甘えていた。
俺達は手を振る3人に別れを告げて、村の一本道を戻った。
その時の俺はゼノンの言葉の本当の意味や、ゼノンの真の力をまだ知らなかった。
それを知るのはもう少し先の事になる。
俺達は俺の執務室に戻った。
俺はゼノンが言った事をルークとジェイク、ローリーに話した。
「これでもう、あの2人についての調べは終わりにする。
2人の姿と名は前のままだが中身は別人で、ゼノンと共に新しい人生を歩いているんだから。
父上とロッシュ宰相には俺から報告しておくよ。」
最後に俺が、ゼノンは聞いていた通りキラキラと光っていたな、と言うと…。
えっ?光ってたんですか?気がつきませんでした、と3人が驚いた顔をした。
「…その光は、特別な者にだけ見えるのかもしれません。そうでなければ、ゼノンが生まれた時にあの村は大騒ぎになるはずですから。」
そのルークの言葉で思い出した。
「そう言えば…ゼノンは俺の守護になった、と言ったんだ。俺が困った時に心の中で名を呼べば、父上と母上の代わりに助けに来るって。子供らしくって、かわいいと思ったよ。」
ルークはしばらく考えていたが、ふふっと笑った。
「今は考えてもその言葉の意味は分からない。
さあ、解散しましょう。これからの事はまた追々に。」
そうだなと俺は頷き、愛するかわいいソフィアの元へと急いだ。




